翌日から、邦雄の動きは明らかに変わった。
「……ヨルムさん」
朝、真っ先に訪れたのは副船長の私室だった。寝起きの彼は驚いていたが、邦雄の覚悟の違いにわずかに目を見張る。
「どうぞ、中へ。……なにかを、決めたようですね」
「……はい」
勧められるままに、邦雄は室内へ。差し出された丸椅子に腰を下ろして、ひとつ、深呼吸。
「……俺、日本に帰らにゃならんのじゃ」
「……?」
「じゃけぇ、この戦争にまで、敗けるわけにゃあいかんのじゃ」
まっすぐに、大魔王と恐れられる男を見据えた。
「もっぺん、海賊連合として集うてくれんさった15の海賊団について、教えてつかぁさい……!」
「……」
「作戦を、練り直します!」
ざざん、ざざんと、波の音が外から聞こえてくる。それほどの静寂で、いったいどれくらい見つめ合っていただろう。
ヨルムの口角が、わずかに上向いた。
「えぇ、もちろん。海賊に喧嘩を売ったことを、ソルラーマに後悔させなければなりませんからね」
「は……はい!」
先に喧嘩を売ったのは海賊側ではなかろうか。
そんな言葉は、そっと胸の内に隠しておいた。
◇
それ以来、邦雄はヨルムの部屋にこもりっきりとなった。
3大勢力と言われる大きな海賊団の詳細や、その他勢力の力関係や、どことどこがライバル関係かなど。
航海図作成のための貴重な紙を使わせてもらい、書きまくって理解していく。
これほど決死の勉強は、教官から教わっていた訓練時代以来だ。
そうやって理解した内容をもとに、今度は海図を広げて海賊船に見立てた駒を置いて重ねる議論。
どこにどの海賊団を置くのがよいか、どう攻めるか、どう守るか。
そして、どう情報を伝達するか。
(教官は、中佐じゃった……。こんな風に、大和の作戦を将校様らぁと立てとったんじゃろうか……)
つい、邦雄の脳裏に浮かぶ教官の背中。一兵卒には、佐官の仕事姿なんて想像もつかないのだから、本当のことはわからない。
けれど勝手に、そうだったらいいなと思いながら、邦雄はうんうんと頭を悩ませていた。
知らせが届いたのは、そんな時だった。
「ヨルムさん!ニオ!!」
「……どうしましたか、マーン。そんなに勢いよく扉をあけては、船が壊れますよ?」
邦雄が肩を震わせるほどの大きな音を立てて、駆け込んできた彼女。ヨルムの注意も無視するように、マーンは声をあげた。
「ソルラーマの無敵艦隊に、ファルト海賊団が大敗したって!!」
「おや……」
始終様子の変わらないヨルム。だが邦雄は、言われた情報を理解するのにたっぷり数秒ほどフリーズしてしまった。
さて。ファルト海賊団とは、どの規模のどの海賊団だったかというと。
「……はい!?!?ファルト海賊団!?!?え、3大海賊団の一角を担う巨大海賊団じゃろ!?!?!?え、そこが負けた!?!?!?」
「そうなのよーーー!!!」
情報処理の完了した邦雄の口から飛び出たのは、船中に聞こえるほどの大声だった。マーンまでそれに同調するものだから、ヨルムは耳をふさいでいたが。
だが、それも致し方ないだろう。
簡単に言えば、大和が沈んだと言われるのと同じくらい想定していなかった事態なのだ。
「マーン、詳細の調査を。彼らに伝言があるか、エドに確認してくださいね」
「イエッサー!」
淡々としたヨルムの指示に対する、元気な返事。
一瞬開いた扉の隙間から、この船の姐御についていくレーンの姿も見えた。
「さあクニオ。恐らく彼らの船は沈んでいるので、主砲が1つ減る形になりますね。どう立て直しましょうか」
「あ、はい!!」
副船長は何事もなかったかのように、作戦立案を促してくる。
答えながら、邦雄は再び頭を捻った。
最初の会議で猛反発を受けた、主砲の設置。作戦の要だが、果たして本当にできるのだろうか。
そんな不安は、奇しくもこの世界における「大和沈没」によって杞憂と成り果てたことなど、この時の邦雄はまだ知る由もない。
◇
マーンとレーンの2人は、この海賊団における重要な諜報員だ。
港町に停泊すれば、するりと酒場に紛れ込み、美貌と人懐っこさを活かして男どもから情報を聞き出してくる。
どの貴族が羽振りがいいとか、何が流行りかとかといった国内情勢。
そして、他の海賊団の船内の状況や、海の様子や、ソルラーマの商船の情報まで。
彼女たちの成果の影響は大きい。リヴァイの海賊団入りの背景にマーンのこの諜報活動があったことは、本人が知らない事実だ。
そんな彼女たちが今いるのは、首都の酒場……ではなく。生き残ったファルト海賊団の船員のいる、海賊船の中だった。
「ねえ、教えて。ソルラーマの軍は、どんな風にあなた達を襲ってきたの?」
傷ついた船員にしなだれかかりながら、マーンはそう尋ねる。レーンはせっせと、負傷者たちの傷の手当を行っていた。彼女による治癒の歌は、最後の切り札。
マーンの問いに、屈強な男は俯いたまま答えた。
かなりソルラーマに近い海を航海していた時だったこと。
化け物のような触手から爆弾を投げられ、帆が燃えたことが襲撃の始まりだったこと。
船を横付けされ、次々に兵士が乗り込んできて、戦闘になったという。
やり口は、アンピシア海賊団を襲った時と同じだった。
「大きな鳥みたいなものは、見ていない?」
「鳥ぃ? 見てねぇぞ」
マーンの質問に、投げやりに答える男。
そして彼は、ジッと彼女を見つめ返してきた。
「それより、テメェはアンピシアの船長の女だろ?」
「えぇ。そうよ」
「だったら、テメェの旦那に言っとけ! 裏切った船員くらい、キッチリ落とし前つけろってなぁ!」
「……どういう意味?」
ピリリと、険のある声音で聞き返す。美人の真顔は恐ろしいのだろう、周囲の船員は少々たじろいだ。
だが当の会話相手は、怯んだ様子もなく怒鳴りつけてきたではないか。
「しらばっくれんなよ! ソルラーマの船の操舵手、ありゃどう見てもお前らのところの白髪戦闘員だったぞ!」
「……人違いじゃない?」
「最初に爆弾を投げてきた触手といい、見間違うはずがねぇ! あんな化け物!!」
ビリビリとあたりに響く声。目の前で浴びる罵声が、どれだけ心臓に響いてくることか。
それよりも大きく響いたのは、床に叩きつけられた陶器が無残にも粉々になる破裂音だった。
「デイブさんは化け物じゃないもん!!」
レーンだ。
手に持っていたぬるま湯の入った桶は足元に散らばり、彼女の足元は湯に濡れていた。
スカートがちぎれんばかりに握りしめ、くしゃくしゃの目にいっぱいの涙を溜めて。
彼女の何倍も体の大きなその海賊を、射殺すように睨みつける。
「……行きましょう、レーン。十分話は聞かせてもらったわ」
そっと、マーンは立ち上がる。そして妹分の肩を出して、出口のほうへ歩き出した。
「そうそう」
扉を開いた手を止め、彼女は敗北した海賊団の男を肩越しに視界の端にとらえた。
「エドワード船長から招集よ。2日後の朝10時、王都南地区にある波の看板を掲げた食堂に来い」
そして、ニヤリと口角を上げる。彼女の最愛の男性が、何かを企んでいる時にする悪魔のような笑みと同じように。
「もし、俺たちに従ってでもソルラーマに一泡吹かせたいという気概が、貴様らにまだ残ってるなら。……なぁ?」
「なっ……!!」
最高に相手を煽る言葉を残し、スカートを風になびかせながらマーンはレーンと共にその場を後にする。
それは船長の伝言などではなく、彼女の心からそのまま飛びでたもの。
仲間を侮辱した相手を嘲笑するくらい、船長の嫁にとっては造作もないことだった。
「……ヨルムさん」
朝、真っ先に訪れたのは副船長の私室だった。寝起きの彼は驚いていたが、邦雄の覚悟の違いにわずかに目を見張る。
「どうぞ、中へ。……なにかを、決めたようですね」
「……はい」
勧められるままに、邦雄は室内へ。差し出された丸椅子に腰を下ろして、ひとつ、深呼吸。
「……俺、日本に帰らにゃならんのじゃ」
「……?」
「じゃけぇ、この戦争にまで、敗けるわけにゃあいかんのじゃ」
まっすぐに、大魔王と恐れられる男を見据えた。
「もっぺん、海賊連合として集うてくれんさった15の海賊団について、教えてつかぁさい……!」
「……」
「作戦を、練り直します!」
ざざん、ざざんと、波の音が外から聞こえてくる。それほどの静寂で、いったいどれくらい見つめ合っていただろう。
ヨルムの口角が、わずかに上向いた。
「えぇ、もちろん。海賊に喧嘩を売ったことを、ソルラーマに後悔させなければなりませんからね」
「は……はい!」
先に喧嘩を売ったのは海賊側ではなかろうか。
そんな言葉は、そっと胸の内に隠しておいた。
◇
それ以来、邦雄はヨルムの部屋にこもりっきりとなった。
3大勢力と言われる大きな海賊団の詳細や、その他勢力の力関係や、どことどこがライバル関係かなど。
航海図作成のための貴重な紙を使わせてもらい、書きまくって理解していく。
これほど決死の勉強は、教官から教わっていた訓練時代以来だ。
そうやって理解した内容をもとに、今度は海図を広げて海賊船に見立てた駒を置いて重ねる議論。
どこにどの海賊団を置くのがよいか、どう攻めるか、どう守るか。
そして、どう情報を伝達するか。
(教官は、中佐じゃった……。こんな風に、大和の作戦を将校様らぁと立てとったんじゃろうか……)
つい、邦雄の脳裏に浮かぶ教官の背中。一兵卒には、佐官の仕事姿なんて想像もつかないのだから、本当のことはわからない。
けれど勝手に、そうだったらいいなと思いながら、邦雄はうんうんと頭を悩ませていた。
知らせが届いたのは、そんな時だった。
「ヨルムさん!ニオ!!」
「……どうしましたか、マーン。そんなに勢いよく扉をあけては、船が壊れますよ?」
邦雄が肩を震わせるほどの大きな音を立てて、駆け込んできた彼女。ヨルムの注意も無視するように、マーンは声をあげた。
「ソルラーマの無敵艦隊に、ファルト海賊団が大敗したって!!」
「おや……」
始終様子の変わらないヨルム。だが邦雄は、言われた情報を理解するのにたっぷり数秒ほどフリーズしてしまった。
さて。ファルト海賊団とは、どの規模のどの海賊団だったかというと。
「……はい!?!?ファルト海賊団!?!?え、3大海賊団の一角を担う巨大海賊団じゃろ!?!?!?え、そこが負けた!?!?!?」
「そうなのよーーー!!!」
情報処理の完了した邦雄の口から飛び出たのは、船中に聞こえるほどの大声だった。マーンまでそれに同調するものだから、ヨルムは耳をふさいでいたが。
だが、それも致し方ないだろう。
簡単に言えば、大和が沈んだと言われるのと同じくらい想定していなかった事態なのだ。
「マーン、詳細の調査を。彼らに伝言があるか、エドに確認してくださいね」
「イエッサー!」
淡々としたヨルムの指示に対する、元気な返事。
一瞬開いた扉の隙間から、この船の姐御についていくレーンの姿も見えた。
「さあクニオ。恐らく彼らの船は沈んでいるので、主砲が1つ減る形になりますね。どう立て直しましょうか」
「あ、はい!!」
副船長は何事もなかったかのように、作戦立案を促してくる。
答えながら、邦雄は再び頭を捻った。
最初の会議で猛反発を受けた、主砲の設置。作戦の要だが、果たして本当にできるのだろうか。
そんな不安は、奇しくもこの世界における「大和沈没」によって杞憂と成り果てたことなど、この時の邦雄はまだ知る由もない。
◇
マーンとレーンの2人は、この海賊団における重要な諜報員だ。
港町に停泊すれば、するりと酒場に紛れ込み、美貌と人懐っこさを活かして男どもから情報を聞き出してくる。
どの貴族が羽振りがいいとか、何が流行りかとかといった国内情勢。
そして、他の海賊団の船内の状況や、海の様子や、ソルラーマの商船の情報まで。
彼女たちの成果の影響は大きい。リヴァイの海賊団入りの背景にマーンのこの諜報活動があったことは、本人が知らない事実だ。
そんな彼女たちが今いるのは、首都の酒場……ではなく。生き残ったファルト海賊団の船員のいる、海賊船の中だった。
「ねえ、教えて。ソルラーマの軍は、どんな風にあなた達を襲ってきたの?」
傷ついた船員にしなだれかかりながら、マーンはそう尋ねる。レーンはせっせと、負傷者たちの傷の手当を行っていた。彼女による治癒の歌は、最後の切り札。
マーンの問いに、屈強な男は俯いたまま答えた。
かなりソルラーマに近い海を航海していた時だったこと。
化け物のような触手から爆弾を投げられ、帆が燃えたことが襲撃の始まりだったこと。
船を横付けされ、次々に兵士が乗り込んできて、戦闘になったという。
やり口は、アンピシア海賊団を襲った時と同じだった。
「大きな鳥みたいなものは、見ていない?」
「鳥ぃ? 見てねぇぞ」
マーンの質問に、投げやりに答える男。
そして彼は、ジッと彼女を見つめ返してきた。
「それより、テメェはアンピシアの船長の女だろ?」
「えぇ。そうよ」
「だったら、テメェの旦那に言っとけ! 裏切った船員くらい、キッチリ落とし前つけろってなぁ!」
「……どういう意味?」
ピリリと、険のある声音で聞き返す。美人の真顔は恐ろしいのだろう、周囲の船員は少々たじろいだ。
だが当の会話相手は、怯んだ様子もなく怒鳴りつけてきたではないか。
「しらばっくれんなよ! ソルラーマの船の操舵手、ありゃどう見てもお前らのところの白髪戦闘員だったぞ!」
「……人違いじゃない?」
「最初に爆弾を投げてきた触手といい、見間違うはずがねぇ! あんな化け物!!」
ビリビリとあたりに響く声。目の前で浴びる罵声が、どれだけ心臓に響いてくることか。
それよりも大きく響いたのは、床に叩きつけられた陶器が無残にも粉々になる破裂音だった。
「デイブさんは化け物じゃないもん!!」
レーンだ。
手に持っていたぬるま湯の入った桶は足元に散らばり、彼女の足元は湯に濡れていた。
スカートがちぎれんばかりに握りしめ、くしゃくしゃの目にいっぱいの涙を溜めて。
彼女の何倍も体の大きなその海賊を、射殺すように睨みつける。
「……行きましょう、レーン。十分話は聞かせてもらったわ」
そっと、マーンは立ち上がる。そして妹分の肩を出して、出口のほうへ歩き出した。
「そうそう」
扉を開いた手を止め、彼女は敗北した海賊団の男を肩越しに視界の端にとらえた。
「エドワード船長から招集よ。2日後の朝10時、王都南地区にある波の看板を掲げた食堂に来い」
そして、ニヤリと口角を上げる。彼女の最愛の男性が、何かを企んでいる時にする悪魔のような笑みと同じように。
「もし、俺たちに従ってでもソルラーマに一泡吹かせたいという気概が、貴様らにまだ残ってるなら。……なぁ?」
「なっ……!!」
最高に相手を煽る言葉を残し、スカートを風になびかせながらマーンはレーンと共にその場を後にする。
それは船長の伝言などではなく、彼女の心からそのまま飛びでたもの。
仲間を侮辱した相手を嘲笑するくらい、船長の嫁にとっては造作もないことだった。



