戦艦大和で戦死した男、異世界で海賊になる

 ソルラーマ軍からの奇襲から、早3日。邦雄は胃が痛い日々を過ごしていた。

 エドワードとヨルムは現在不在。国王に呼ばれたため、首都へ向かったのだ。
 その出発直前、船長室でヨルムから告げられた衝撃の極秘任務。

「ソルラーマ軍に情報を漏らした者が船内にいます。その裏切り者を見つけてください」

 思い出すだけで、ため息が漏れそうだった。

「ニオー? どないしたん?」

 一緒に船の掃除をしていたニッドから声をかけられ、邦雄はハッとした。

「す、すまん! ちょっとボーッとしてしもうた……」
「大丈夫? こびりついとるのは血ぃの汚れやし、ニオは休んどく?」
「いや、大丈夫じゃ……!」

 吐いてしまって以来、ニッドはこうしてこちらを常に気遣ってくれる。
 一緒にいる時間が長い分、それとなく船長の魔法について聞くこともできた。

 ニッドも、あのように本気で魔法を使ったエドワードは初めて見たという。4.5キロも先の船の数まで正確に読んだことに、心底驚いていた。

 ヨルムの言っていた「裏切り者」の条件は、海上索敵魔法の詳細を知っていることと、こちらの船の位置をソルラーマ軍に伝えられること。

 少なくともニッドは前者に当てはまらない。その確信が持てたから余計に、邦雄は彼と行動を共にするようになっていた。

 強い風が吹く。温かくて心地良い。
 その風に促されるように空を見上げて、邦雄は目をこらす。

 空爆をしてきたあの「鳥」は、あの日以来見ていない。

(船長の魔法はともかく……この船の位置を知らせるなんて、どうやるんじゃろうか……)

 船の行き先がバレていれば、先回りも可能だろう。けれどこの船は、なにか海上作戦を遂行するための航路を進んでいた訳ではない。あの日は偶然、船長が商船を見つけたからそちらへ向かい始めただけだ。
 
 そもそも電信を送る機能も相手もないのだから、傍受だの暗号解読だのといった技術は、こちらの位置を割り出す手段にすらならない。

 ならば、これも魔法なのだろうか。
 リヴァイとの昼食で教えてもらった話を邦雄は思い出す。彼曰く、魔法とは国王や一部の貴族が使えるもの。基本的に、1人1つ。

(貴族……言うたら、ヨルムさんかリヴァイさん……?)

 そう考えるが、うーんと邦雄は首を捻ってしまう。

 まさか船長の目の前で極秘任務を言い渡した副船長が裏切り者では、ないだろう。そうだと信じたい。
 けれどそうすると、候補がリヴァイのみになってしまう。邦雄個人としては、それこそ疑いたくない仲間筆頭だ。
 
「はあ……」
「ニオ?」
「あぁ、うん。大丈夫じゃ」

 つい漏れたため息に、ニッドが不安げに声をかけてくる。血だらけだった戦闘直後の彼の姿は、まだ記憶に新しい。

 仲間にこれ以上傷ついてほしくない。だがそのためには、仲間を疑わないといけない。
 そのジレンマは、キリキリと邦雄の胃を攻撃してきていた。

「ニッド、クニオ」

 掃除を一段落させ、2人で伸びをした時。船内から現れたのは、リヴァイだった。

「リヴァイはん! もう起きて平気なんか?」

 パァと顔を明るくし、ニッドが駆け寄っていく。

「あぁ、レーンのおかげで、発熱も傷も今朝には落ち着いた。これ以上寝ていても、身体が鈍る」
「アッハハ、さすがリヴァイはん!」

 リヴァイの左腕は、パタパタと袖が風に揺れるだけ。
 そこに、邦雄は目が釘付けになってしまった。

「……クニオ」
「え! あ、はい!」

 そこに聞こえた、穏やかなリヴァイの声。目が合うと、彼は微かに微笑んで口を開いた。

「クニオの声のおかげで、死角からの攻撃に気づけた。あれがなければ、両腕とも失って、騎士として再起不能だったかもしれない」
「ッ……!」
「ありがとな」
「……!!」

 自分が一番辛いだろうに、他人の成果に目を向けられる。人の心に、そっと寄り添ってくる。

 顔と声が瓜二つのエドワードなんかより、リヴァイの方がずっと教官に似ている。やっぱり、そんな彼が海賊団を裏切ってるとは思いたくない。
 
 泣きそうになるのを、邦雄はグッと堪えたのだった。

 コンコンコンと、渡し板を通る足音が聞こえてくる。出かけていた残りの3人のうち誰かが戻って来たのだろう。

 そう考えて視線を移せば、姿を見せたのはデイブだ。
 両手に抱えているのは、最大帆の補修のための真っ白な布。

「リヴァイ……!? もういいのか?」

 彼だって重傷だったと言うのに。いつも喧嘩の絶えない相手を目にして、帰船後の第一声はリヴァイを気遣う言葉だった。

 ニッドが、今度はデイブの方へ駆けていく。出迎えた後輩に、デイブは買ってきた布を預けていた。

「……デイブ」
「ん?」

 リヴァイの硬い声が、彼を呼ぶ。
 右手が剣の柄を握ったのを、邦雄は見てしまった。

「貴様、なぜ船長の魔法で特定される前に、襲ってきたのはソルラーマ軍だと、断定できた?」
「……!」

 その発言に邦雄も、ニッドも、そしてデイブでさえ、息を呑んだ。