戦艦大和で戦死した男、異世界で海賊になる

 翌日、太陽が高く昇る頃の王宮にて。
 邦雄はヨルム、リヴァイと共に爵位授与式に参列していた。

 白と水色のタイル貼りが美しい城内。玉座には、顔のよく似た二柱の神が彫られている。
 まさに、絢爛豪華。邦雄は完全にお上りさん状態だ。

「……口を閉じなさい、クニオ。目立ちますよ」
「し、失礼しました!」

 ヨルムのささやき声に慌てて顔に力を込める。
 そしてチラリと、隣の2人を盗み見た。

 先輩たちは、いつものラフな海賊姿とは全く違っていた。
 シミ1つない真っ白なシャツと、黒いズボン。そのうえに色違いの丈の長いジャケットを羽織っている。肩から斜めにかけた太いリボンが華やかに彼らを飾り、腰には金色の柄の剣。

 行きがけにリヴァイから聞いたが、これは騎士団の正装だという。まさか、ヨルムまで騎士だったとは思わなかった。

「……ヨルムさん」

 リヴァイが、耳打ちをするように囁いた。

「爵位の授与式にしては……参列者が少なすぎませんか? 三大侯爵家がどこも参列してないなんて、おかしいです」

 聞き慣れない言葉に、邦雄は首を傾げる。この国の権力者だろうか。それが居ないと、どう不都合なのだろう。

 しかしヨルムの返答は、邦雄の疑問を打ち消すものだった。

「そもそも、海賊の船長に爵位授与など前代未聞。……対外的には癒着を隠したい国王からすれば、秘密裏にさっさと終わらせたいのでしょう」
「……なるほど」

 リヴァイと同様、邦雄もとても腑に落ちた。

 すると、式典開始のラッパが鳴り響く。授与式が始まるようだ。
 3人の海賊は何食わぬ顔で、姿勢をただした。
 
 重厚な扉が開く。そこから現れたのは、いつもとは違ったエドワードだ。

 服装は、普段と変わらない海賊姿。
 髑髏が中央に鎮座する不穏極まりない帽子が目立つ。水色のロングコートを靡かせ、腰のスカーフに飾られた大洋の向こうの金貨や望遠鏡や銃のホルダーやコンパスたちがジャラジャラと揺れている。

 だと言うのに、表情がとても穏やかで紳士的だ。
 足先まで洗練された優雅な歩き方は、海賊というよりもむしろ貴族。

 こんなの、詐欺ではないか。

 その邦雄の心を読んだように、リヴァイがポツリと呟いた。

「三枚舌め……。あの立ち居振る舞いに父様がコロッと騙されたせいで俺は……」

 眉間の皺が凄い。エドワードを射殺さんとするかのように睨んでいる。
 昨夜の宴で聞いたが、リヴァイは父に売られたせいでこの海賊の一員となったそうだ。

 あれだけ騎士に誇りをもっているのだ。心中、察するに余りある。

 そんなことを思っている間に、いつの間にか国王が玉座に腰を下ろしていた。
 膝をつき、頭を垂れるエドワード。そこへ、国王が述べる。

「エドワード・J・ロングハースト。右の者は、大洋の先の品々を国内へ多数もたらし、国の発展に大きく貢献した。……その功績を認め、伯爵の爵位を授ける」

 しぶしぶ、と言った声音だ。
 白銀の美しい髪を丸く結った、初老の国王。

「拝命致します」

 エドワードの声の方が、王よりずっとハッキリと広間に響いていた。

 書状と爵位の徽章を、王が差し出す。それを海賊の船長が受け取った、まさにその瞬間。

 ノックとほぼ同時に、この部屋の入口が開かれた。

「失礼します。アクアセリス国王殿、貴殿に散々申し上げている海賊への対処についてだが……」

 空気が、完全に凍った。

 現れたのは、深い赤の礼服をまとった男性。その胸元に描かれた国旗は、日本から来た邦雄でも分かるもの。

 ソルラーマ王国だ。
 
 開いたままの扉の向こうで狼狽えている従者。
 誰一人声を出せない、数少ない参列者。
 そして、真っ青に青ざめる国王。

(まさか……極秘ゆえに、お城のなかでさえ伝令が行き届いとらんかった……!?)

 仮に邦雄の予測が当たっているならば、軍法会議ものの大失態だ。元通信兵としては、背筋が凍る思いがした。

「なっ……き、貴様は……!」

 ワナワナと震えるソルラーマ王国一行。従者らしい1人が紙を何枚か取り出し、エドワードと見比べている。

「貴様まさか!アンピシア海賊団船長、エドワード・J・ロングハーストか!!」

 叫び声と共に、突き出されるその紙。そこにはエドワードの似顔絵と名前、そして金額がデカデカと書かれている。

 つまり、手配書だ。

 立ち上がるエドワード。そして彼は国王とソルラーマ一行を遮るような位置で振り返る。

 いつもの海賊らしい笑みを浮かべて、船長は挨拶するように手を上げた。
 爵位の徽章を持った、手を。
 
「おう、そうだ。わざわざ抗議ご苦労なこったなァ」
「……!? な、なんだ貴様! その手に持っているのはまさか……!!」

 その態度に、もちろん相手国の皆様は慄いたらしい。
 信じられない、と目を見開く彼らに、エドワードはとんでもないことを宣言した。

「あぁ、お察しの通り伯爵位の徽章だ。国王公認の爵位持ちが、貴様ら相手に海賊してんだよ!!」
「な……はあァァァ!?!」

 この暴挙を、なんと表現するべきか。

 ただの少尉だった邦雄でも分かる。こんなの、国際問題どころの話ではない。国の公認で民間船を襲ってます、と、その被害者に向けて宣言したのも同然だ。

 リヴァイは天を仰いでいる。一方ヨルムは、面白そうに微笑んでいる。

 可哀想なのは、死にそうなくらい顔を青くしている国王だった。

「お、おい!!そこにいるのは『海賊騎士』、リヴァイ・A・フォードハムか!!」

 そこへ、こちらに気づいたソルラーマの従者が声を上げる。突き出してきたのは、リヴァイの手配書だ。
 その声で、他の国使もエドワードの配下までここに居ると気づいたらしい。本当に海賊団全体が公認なのかと、ざわめき立っている。

「……ちょっと待ってくださいよ。なんで副船長差し置いて俺なんですか」

 それに対して、リヴァイ本人はなんとも不満げだ。

「私は砲撃手ですので、敵に顔はあまり見せませんからね……。貴方のように、騎士らしく名乗ったこともありませんし」
「クソっ……!!」

 微笑みを浮かべながら告げられる、ヨルムの正論。これにはリヴァイも、顔をしかめることしかできない。

「よーーくわかりました、アクアセリス国王殿!!」

 そこへ、ソルラーマの代表が声をあげた。

「そちらがその気でしたら、我々にも考えがあります!!後日、正式に!通達しますので!!」

 嫌味ったらしく宣言し、踵を返す。代表のあとを追って駆け出す従者たち。

 大洋を股にかける大国は、嵐の前触れだけを残して去っていった。

「……さ、俺たちもずらかるぞ」
「イエッサー」
「えぇ!?」

 何事もなかったかのように言い出す船長。そして当然のように二つ返事の副船長。
 彼らの阿吽の呼吸についていけないリヴァイと邦雄は、驚愕を露わにしてしまった。

 広間の入り口に向けて歩きだすエドワード。それに続くヨルムと、慌てて追いかける2人。
 だがその態度に最もギョッとしたのは、国王だ。

「待たんか、ロングハースト! 貴様、この事態の責任をとれぇい!!」

 真っ青だった顔を真っ赤にして叫ぶ、この国のトップ。それに対し去り際のエドワードは、ひげ面に史上最悪の笑顔を浮かべて、言い放った。

「国際問題は海賊の領分じゃないんでなぁ? 専門はそっちだろ。任せたぜ? 国 王 陛 下」
 
 なんたる極悪非道ぶり。この男、完全にこの状況を楽しんでいる。

 邦雄は酷い頭痛に苛まれながら、どうにか船長たちの後を追う。
 本当に、どうして教官の顔であの人が絶対にやらない言動をするのだろう。教官ならもっと……。なんて、どこにも言う当てのない文句が脳裏を駆け巡って仕方がなかった。