十一月に入ってから、湊は新しい話を書き始めていた。
これまでと同じ現代ものの恋愛小説で、主人公は社会人二年目の女性。仕事はそれなりにできるものの、頼られると断れず、何でも自分一人で片づけようとしてしまう性格で、学生時代から付き合っている恋人とは生活時間が合わなくなり、最近は休日に会うことも減っている。
設定だけを見れば、湊が以前から何度も書いてきた種類の主人公だった。
けれど書き始めてみると、以前とは少し違うところで手が止まるようになった。
たとえば、主人公が仕事で失敗して恋人の家へ向かう場面なら、以前の湊はそこに何らかの印象的な出来事を置いていた。雨の中を迎えに来てもらうとか、玄関を開けた途端に抱きしめられるとか、疲れていることを見抜いた恋人が何も聞かず夕食を用意して待っているとか。読者が恋愛らしさを感じやすく、なおかつ主人公が大切にされていることが一場面で分かるような出来事を選んでいた。
今も、そういう場面を書くのは好きだった。
ただ最近は、その前後が妙に気になる。
迎えに来てもらった二人が帰宅するまで何を話すのか。夕食を食べたあと、片方が食器を洗っている間にもう片方は何をしているのか。寝る前にそれぞれ別のことをしていても、同じ部屋にいるだけで落ち着けるようになるまでにはどれくらい時間が掛かるのか。
物語の展開だけを考えれば、わざわざ何千字も使う必要のない部分だった。
けれど、そこを書きたいと思うことが増えた。
その日も放課後の図書室で、湊は恋人の部屋へ泊まりに来た主人公が、ベッドの上で本を読みながら、床に座ってゲームをしている恋人の足に時々つま先を触れさせるだけの場面をずいぶん長く書いていた。
何も起こっていない。
会話もほとんどない。
それでも消す気になれなかった。
「湊」
隣から声を掛けられ、ノートから顔を上げる。
理央はさっきまで読んでいた文庫本を閉じ、こちらを見ていた。
「もう閉館時間近いよ」
時計を見ると、思っていた以上に時間が経っていた。
「ほんとだ。全然気づかなかった」
「今日ずっと集中してたもんね。新しいやつ?」
「うん。まだ全然途中だけど」
ノートを閉じながら答えると、理央は少し興味を引かれた顔をしたものの、以前のようにすぐ内容を聞こうとはしなかった。
その辺りも、付き合い始めてから変わったことの一つだった。
ファンとして作者本人と知り合った頃は、更新前の話を一行でも読みたがった。今でも好奇心がなくなったわけではないらしいが、湊が公開するまでは見せないと言えば素直に待つようになっている。
鞄にノートをしまい、二人で図書室を出た。
廊下へ出ると、窓の向こうはすでにかなり暗い。秋の終わりは日が落ちるのが早く、部活動をしている生徒の声も昼間より遠く感じる。
昇降口で靴を履き替え、並んで校門へ向かいながら、理央がふと思い出したように言った。
「最近の湊の話、ちょっと変わったよね」
「読んでるくせに感想言わないと思ったら、ちゃんと考えてたんだ」
「公開したやつは全部読んでるよ。感想送ったらまた長くなるから、会った時に言おうと思ってただけ」
「で、何が変わった?」
「前より、何も起きないところが増えた」
言われて、湊は少し笑った。
「やっぱり分かるか?」
「分かる。前だったら一行で飛ばしてそうなところ、最近結構書くじゃん。朝ご飯食べるとか、洗濯物一緒に干すとか、帰り道でコンビニ寄るとか」
「つまらない?」
半分は冗談だったが、理央はすぐ首を振った。
「逆。俺、ああいうところ好き」
即答だった。
「なんか今の俺たちみたいで」
湊は少しだけ足を緩めた。
理央がこちらを見て、不思議そうにする。
「別に俺らをモデルにしてるわけじゃないよ」
「分かってる。俺たち、会社員じゃないし」
「そういうことじゃなくて」
「でも、前より分かるようになったんじゃない? 何もない日のこと」
理央の言葉に、湊は少し黙った。
何もない日。
その表現が妙にしっくりきた。
付き合い始めてから、二人にはそれなりに色々なことがあった。初めて手を繋いだ日もあれば、初めてキスをした日もあり、付き合っていることが学校中に知られた時には少し騒がれた。理央の家へ泊まり、互いに今まで知らなかったところまで知った夜もある。
けれど、実際にはそういう日は数えるほどしかない。
大半は、何も起きない日だった。
学校へ行き、授業を受け、昼休みに一緒に食事をして、放課後に図書室へ行く。帰りにコンビニへ寄ることもあるし、まっすぐ駅へ向かう日もある。理央が疲れていれば湊が頭を撫で、湊が寝不足なら理央が小言を言う。それだけで一日が終わる。
小説なら、わざわざ何ページも使わないかもしれない。
「前は、そういうの書いても意味ないと思ってたのかも」
湊が言うと、理央は隣を歩きながら続きを待った。
「恋愛小説なんだから、読んで恋愛してるって分かる場面を書かなきゃっていうか。好きって言ったり、キスしたり、何か特別なことしてもらったり。そういうのがないと、読者が退屈するかなって」
「今は違う?」
「違うっていうより、そういうのだけじゃないって分かった」
答えながら、湊自身も少しずつ考えが整理されていく。
恋人になれば、何か特別なことが始まるのだと思っていた。
もちろん、実際に変わったこともたくさんある。
理央に触れたいと思うようになったし、誰かに向ける「好き」と理央に向ける「好き」が同じではないことも分かった。名前を呼ばれるだけで嬉しい日もあり、自分にしか見せない顔があることに優越感を覚えることもある。
けれど、それ以上に変わったのは、何でもない時間だった。
一人で本を読むのも好きなのに、隣で理央が別の本を読んでいるほうが少し落ち着く。
一人で帰っても何も困らないのに、駅まで一緒に歩けると嬉しい。
毎日会っているくせに、昼休みになれば今日も来るだろうかと少し待ってしまう。
恋人というものは、特別な瞬間を増やすだけではなく、それまで何でもなかった時間の意味まで変えてしまうものなのかもしれなかった。
「理央が最初に、俺の小説みたいな恋愛したいって言ってただろ」
「言った。かなり言った」
「今もそう思う?」
尋ねると、理央は少し考えた。
すぐに否定しないところが理央らしいと思った。
「やってみたかったことは今でも好きだよ。迎えに来てもらうのも、頭撫でてもらうのも、疲れた日に甘いもの買ってもらうのも。湊にしてもらうと今でも嬉しい」
「そこは知ってる」
今日だって放課後に疲れたと言われ、図書室へ来る前に一度髪を撫でてやった。
その時も理央は満足そうにしていた。
「でも、それが恋愛の全部だとは思わなくなったかな」
理央は少し笑った。
「最初は、ああいう場面があるから恋人っていいんだと思ってた。でも今は、普通に湊と昼食べるのも好きだし、図書室でほとんど喋らないで過ごすのも好き。俺が本読んでて、湊が隣でずっと書いてるだけの日も」
「地味だな」
「地味だよ。でも好き」
理央は迷わなかった。
「たぶん俺、恋愛ってもっとイベントみたいなものだと思ってたんだよね」
その表現がおかしくて、湊は少し笑った。
「お前、本当に俺の小説に夢見すぎだったんだよ」
「作者に言われる?」
「書いてる俺だって、実際に付き合ったことなかったんだから仕方ないだろ」
今度は理央が笑った。
考えてみれば、変な話だった。
恋愛経験のなかった高校生が書いた小説を、同じく恋愛経験のなかった高校生が一年以上読み続け、そこに描かれた恋愛に憧れていた。
その作者と読者が実際に付き合って、二人とも自分が想像していた恋愛とは少し違うものを知っていく。
「湊は?」
「何が」
「俺と付き合う前に思ってたのと、実際付き合ってみて違った?」
聞かれて、湊は少し考えた。
「全然違った」
「そんなに?」
「だって俺、付き合う前は恋人ってもっと分かりやすく特別な存在になると思ってたから。毎日ドキドキするとか、何してても相手のこと考えるとか」
「してない?」
「最初はちょっとしてたけど、今は普通に宿題やってる時は宿題のこと考えてるし、本読んでる時は本読んでる」
「俺も」
「でも、理央がいなくてもできることを、いる時にやるのが好きなんだよな」
口にしてから、少しだけ照れ臭くなった。
理央はすぐには何も言わなかった。
ただ、隣から視線を感じる。
「何」
「それ、すごい嬉しい」
「また?」
「また」
理央は幸せそうに笑った。
本当に簡単なことでよく喜ぶ。
それを以前は不思議に思っていたのに、今ではもう驚かなかった。
「じゃあ今度の休みも何かする?」
「何かって?」
「別に出かけなくてもいい。湊んち行って本読んでてもいいし」
「それなら宿題も持ってこいよ」
「する。あと昼ご飯一緒に食べたい」
「うちの母親いるけど」
「もう俺のこと知ってるんだろ?」
「この前話したから知ってる」
「じゃあ平気」
理央はすでに来るつもりらしい。
付き合い始めた頃なら、相手が休日に家へ来るというだけで多少は構えたかもしれない。今では本当に、友人が遊びに来るのとそれほど変わらないところまで日常になっていた。
ただし、友人とは違う。
その差は別に、毎回確かめなくても知っている。
数日後、湊は書き上げたばかりの新作を投稿した。
公開したのは夜の十一時を少し過ぎた頃だった。
翌日は学校なので、いつものようにパソコンを閉じてすぐ寝るつもりだったが、投稿して十分もしないうちにスマートフォンが震えた。
理央からだった。
『更新お疲れさま。今から読む』
湊はベッドに入りながら短く返事をした。
『明日学校だぞ』
『分かってる。長くないから読む』
『寝坊するなよ』
『湊も』
そこでやり取りを終えた。
翌朝、教室へ向かっている途中で理央に会った時には、すでに全部読み終えていたらしい。
「今回すごい好き」
挨拶より先に言われた。
「朝から感想?」
「忘れる前に言いたかった。最後のほう、二人で夕飯食べて片づけして、そのあと別々のことしてるところ」
「そこ?」
「そこが一番好きだった」
今までなら、告白やキス、すれ違いが解決する場面を真っ先に挙げることが多かった。
湊は少し意外に思いながら理央を見る。
「ほんとに変わったな、お前」
「何が?」
「前ならもっと恋愛っぽいところ好きだっただろ」
「今も好きだよ。でも、こっちも好きになった」
理央は少し考えてから、付け加えた。
「湊の話、前より生活してる感じする」
「それ褒めてる?」
「すごく褒めてる。ちゃんと二人で一緒にいるって感じするから」
その感想は、思っていたより嬉しかった。
技術的に上手くなったと言われるのとは違う。作品を長く読んできた理央だから分かる変化を、きちんと受け取ってもらえた気がした。
「ありがと」
湊が言うと、理央は少し嬉しそうに笑った。
「あと」
「まだある?」
「最後の一文好き」
「どれ?」
「『一人でいることが嫌いになったわけではない。ただ、帰る場所に誰かがいることを知ってしまった』ってやつ」
自分で書いた文章を声に出されるのは、今でも少し恥ずかしい。
「学校で朗読するなよ」
「小声じゃん」
「そういう問題じゃない」
理央は笑いながらも、それ以上は続けなかった。
けれど数歩進んだところで、ふと湊の袖を軽く引いた。
「俺もそんな感じかも」
「何が?」
「一人でいるのも好きだけど、湊といるほうがいい時が増えた」
朝の廊下でそんなことを言う。
周囲には他の生徒もいるから声は小さかったが、湊には十分聞こえた。
「それ、俺の文章そのままじゃん」
「読者だから影響された」
「便利な言い訳」
「でも本当」
湊は何も返さなかった。
代わりに少しだけ歩幅を緩め、理央と並んで教室まで歩いた。
冬が近づくにつれて、日常はさらに単調になった。
中間試験があり、返却された答案の点数で一喜一憂し、体育では長距離走が始まった。放課後に図書室へ行けない日はそれぞれの教室で勉強し、帰る時間が合えば一緒に駅まで歩く。
理央が湊の教室へ来ても、もう誰も珍しがらない。
篠崎などは理央が扉から顔を出すと、湊より先に「朝倉ならいるぞ」と教えるようになっていた。
「俺、犬の散歩待ってる人みたいになってない?」
ある日の帰り道、湊がそう言うと、理央は声を上げて笑った。
「じゃあ俺が犬?」
「俺の姿見つけると嬉しそうにするし」
「それは否定できない」
「尻尾あったら振ってそう」
「湊が撫でてくれるなら振るかも」
「ほんと何でもそこに繋げるな」
呆れながらも、湊は少し笑った。
付き合い始める前、理央を犬みたいだと思ったことがある。
今でもその印象はそれほど変わっていない。
ただ、今は理央だけではなく、自分も似たようなものなのかもしれないと思う。
昼休みに来なければどうしたのか気になるし、廊下の先に理央を見つければ無意識に足がそちらへ向く。
表情に出るか出ないかの違いだけで、待っていることには変わりなかった。
十二月に入り、期末試験が終わった金曜日。
二人は久しぶりに勉強道具をほとんど開かず、放課後の図書室でそれぞれ好きな本を読んでいた。
暖房の効いた室内は眠くなるほど静かで、窓の外では風に吹かれた木の枝が揺れている。
湊は途中まで読んでいた小説を閉じ、背もたれに身体を預けた。
隣では理央がまだ本を読んでいる。
横顔を少し眺める。
初めてまともに話した日も、この場所だった。
中学の頃からずっと自分の小説を読んできたと言われ、過去作の一場面まで暗記されていて、恥ずかしくて仕方がなかった。
それから半年も経っていない。
なのに、今ではこの男が隣で本を読んでいる光景を見ても、何も特別だと思わなくなっている。
それが少し不思議だった。
「理央」
呼ぶと、すぐ本から顔を上げた。
「何?」
「いや、呼んだだけ」
一度言ってみたかった。
理央は目を瞬いたあと、少し笑う。
「珍しい」
「お前はたまにやるだろ。俺もやってみた」
「どうだった?」
「別に」
「俺は嬉しい」
「知ってる」
それだけ話して、また静かになる。
理央は本に戻り、湊も閉じた小説をもう一度開いた。
数分後、机の下で膝が触れた。
どちらも動かさなかった。
そのままページを読み進める。
以前の湊なら、こんな時間を小説に書こうとは思わなかったかもしれない。
何も起きていないからだ。
名前を呼んだだけ。膝が少し触れているだけ。互いに別々の本を読んでいるだけ。
それでも今は、こういうところにこそ二人が恋人でいることが現れるのだと知っている。
しばらくして閉館を知らせる放送が流れ、二人はほぼ同時に本を閉じた。
「帰ろうか」
理央が言う。
「うん」
鞄を持ち、図書室を出る。
校舎の外へ出ると、冷たい空気が頬に触れた。
理央はすぐマフラーに顎を埋める。
「寒い」
「今日はちゃんと持ってきたな」
「前に湊に怒られたから」
「怒ってないよ」
「小言言われた」
「同じようなもんか」
校門を出て、駅へ向かう。
十二月の夕方はもう夜に近い。街灯の明かりの下を歩き、人通りが減ったところで自然に手を繋いだ。
手袋越しなので、直接体温は分からない。それでも隣にいることは分かる。
「明日、何する?」
理央が聞いた。
「休みだけど特に決めてない。原稿ちょっと書くかも」
「じゃあ邪魔しないから湊んち行っていい?」
「来るの?」
「駄目?」
「別にいいけど。お前、俺が書いてる間暇じゃない?」
「本持ってく」
「いつもと同じじゃん」
「それがいい」
理央は笑った。
「昼も一緒に食べよう」
「うちに来るならそうなるだろ」
「じゃあ明日も一緒にいられる」
たったそれだけで機嫌がよくなる。
湊は繋いだ手を少し揺らした。
「お前さ、毎回いちいち確認するよな」
「何を?」
「明日も会えるとか、一緒に帰れるとか。もう付き合って結構経つんだから、俺が嫌なら普通に断るって分かってるだろ」
「分かってる」
「じゃあ聞かなくてもいいじゃん」
理央は少し考えた。
「でも聞きたい」
「なんで」
「湊がいいって言ってくれるの好きだから」
やはり単純だった。
少し呆れたものの、湊は笑った。
「じゃあ明日も」
「うん」
「昼も一緒に食べて、俺が書いてる間は静かに本読んでて」
「分かった」
「あと眠くなったら勝手に寝ていいけど、俺のベッド占領するなよ」
「半分空ける」
「最初から床で寝ろ」
「ひどい」
笑いながら駅へ向かう。
今日も大したことは起こらなかった。
明日もたぶん、起こらない。
理央が家へ来て、母親に挨拶をして、昼食を食べる。そのあと湊は原稿を書き、理央は本を読む。飽きたら少し話して、眠くなれば理央がベッドに転がり、湊が呆れながら頭を撫でるのかもしれない。
小説にするなら、全部まとめて数行で飛ばしてしまえるような一日だった。
けれど、今の湊はそういう日が好きだった。
大きな出来事がなくてもいい。
恋人らしいことを毎回しなくてもいい。
理央がいて、自分がいて、明日もたぶん会える。
そのことが当たり前になっていくのが、思っていた以上に嬉しい。
最初に瀬名理央と話した日、湊はこの男を距離感のおかしい読者だと思った。
理央は湊の小説のような恋愛がしたいと言い、そこに描かれた主人公たちのように愛されたいと願っていた。
その願いを一つずつ叶えていくうちに、湊は理央を可愛いと思うようになり、やがて好きになった。
けれど今、二人が一番大切にしているのは、あの頃どちらも想像していなかった時間だった。
何かをしてもらうことでも、特別な台詞を言うことでもない。
ただ一緒に過ごす、何でもない時間。
「湊」
隣から名前を呼ばれる。
「何?」
「大好き」
理由も前触れもなかった。
湊は少しだけ笑う。
以前なら、またかと流していたかもしれない。
今ではそれにも慣れた。
「俺も」
そう返すと、理央が嬉しそうに笑った。
その顔を見て、湊もまた少しだけ手に力を込める。
恋愛小説なら、もっと綺麗な終わり方があるのかもしれない。
運命的な言葉を交わしたり、印象に残る景色の中で将来を約束したり、読み終えたあとまで余韻が残るような一文で締めくくったり。
けれど、現実の恋愛には物語の終わりなどない。
今日が終わっても、明日が来る。
明日が終われば、その次の日もある。
その全部を、これから少しずつ二人で過ごしていくのだろう。
だから今は、特別な結末などなくてもいい。
駅前の明かりが近づき、人通りが増える前に繋いでいた手を離す。
それでも歩幅は変わらず、肩が触れそうな距離のまま隣を歩く。
明日の昼は何を食べようかと理央が言い、湊は家に来てから考えればいいと返した。
そんな何でもない話をしながら、二人はいつもの駅へ向かった。
(了)
これまでと同じ現代ものの恋愛小説で、主人公は社会人二年目の女性。仕事はそれなりにできるものの、頼られると断れず、何でも自分一人で片づけようとしてしまう性格で、学生時代から付き合っている恋人とは生活時間が合わなくなり、最近は休日に会うことも減っている。
設定だけを見れば、湊が以前から何度も書いてきた種類の主人公だった。
けれど書き始めてみると、以前とは少し違うところで手が止まるようになった。
たとえば、主人公が仕事で失敗して恋人の家へ向かう場面なら、以前の湊はそこに何らかの印象的な出来事を置いていた。雨の中を迎えに来てもらうとか、玄関を開けた途端に抱きしめられるとか、疲れていることを見抜いた恋人が何も聞かず夕食を用意して待っているとか。読者が恋愛らしさを感じやすく、なおかつ主人公が大切にされていることが一場面で分かるような出来事を選んでいた。
今も、そういう場面を書くのは好きだった。
ただ最近は、その前後が妙に気になる。
迎えに来てもらった二人が帰宅するまで何を話すのか。夕食を食べたあと、片方が食器を洗っている間にもう片方は何をしているのか。寝る前にそれぞれ別のことをしていても、同じ部屋にいるだけで落ち着けるようになるまでにはどれくらい時間が掛かるのか。
物語の展開だけを考えれば、わざわざ何千字も使う必要のない部分だった。
けれど、そこを書きたいと思うことが増えた。
その日も放課後の図書室で、湊は恋人の部屋へ泊まりに来た主人公が、ベッドの上で本を読みながら、床に座ってゲームをしている恋人の足に時々つま先を触れさせるだけの場面をずいぶん長く書いていた。
何も起こっていない。
会話もほとんどない。
それでも消す気になれなかった。
「湊」
隣から声を掛けられ、ノートから顔を上げる。
理央はさっきまで読んでいた文庫本を閉じ、こちらを見ていた。
「もう閉館時間近いよ」
時計を見ると、思っていた以上に時間が経っていた。
「ほんとだ。全然気づかなかった」
「今日ずっと集中してたもんね。新しいやつ?」
「うん。まだ全然途中だけど」
ノートを閉じながら答えると、理央は少し興味を引かれた顔をしたものの、以前のようにすぐ内容を聞こうとはしなかった。
その辺りも、付き合い始めてから変わったことの一つだった。
ファンとして作者本人と知り合った頃は、更新前の話を一行でも読みたがった。今でも好奇心がなくなったわけではないらしいが、湊が公開するまでは見せないと言えば素直に待つようになっている。
鞄にノートをしまい、二人で図書室を出た。
廊下へ出ると、窓の向こうはすでにかなり暗い。秋の終わりは日が落ちるのが早く、部活動をしている生徒の声も昼間より遠く感じる。
昇降口で靴を履き替え、並んで校門へ向かいながら、理央がふと思い出したように言った。
「最近の湊の話、ちょっと変わったよね」
「読んでるくせに感想言わないと思ったら、ちゃんと考えてたんだ」
「公開したやつは全部読んでるよ。感想送ったらまた長くなるから、会った時に言おうと思ってただけ」
「で、何が変わった?」
「前より、何も起きないところが増えた」
言われて、湊は少し笑った。
「やっぱり分かるか?」
「分かる。前だったら一行で飛ばしてそうなところ、最近結構書くじゃん。朝ご飯食べるとか、洗濯物一緒に干すとか、帰り道でコンビニ寄るとか」
「つまらない?」
半分は冗談だったが、理央はすぐ首を振った。
「逆。俺、ああいうところ好き」
即答だった。
「なんか今の俺たちみたいで」
湊は少しだけ足を緩めた。
理央がこちらを見て、不思議そうにする。
「別に俺らをモデルにしてるわけじゃないよ」
「分かってる。俺たち、会社員じゃないし」
「そういうことじゃなくて」
「でも、前より分かるようになったんじゃない? 何もない日のこと」
理央の言葉に、湊は少し黙った。
何もない日。
その表現が妙にしっくりきた。
付き合い始めてから、二人にはそれなりに色々なことがあった。初めて手を繋いだ日もあれば、初めてキスをした日もあり、付き合っていることが学校中に知られた時には少し騒がれた。理央の家へ泊まり、互いに今まで知らなかったところまで知った夜もある。
けれど、実際にはそういう日は数えるほどしかない。
大半は、何も起きない日だった。
学校へ行き、授業を受け、昼休みに一緒に食事をして、放課後に図書室へ行く。帰りにコンビニへ寄ることもあるし、まっすぐ駅へ向かう日もある。理央が疲れていれば湊が頭を撫で、湊が寝不足なら理央が小言を言う。それだけで一日が終わる。
小説なら、わざわざ何ページも使わないかもしれない。
「前は、そういうの書いても意味ないと思ってたのかも」
湊が言うと、理央は隣を歩きながら続きを待った。
「恋愛小説なんだから、読んで恋愛してるって分かる場面を書かなきゃっていうか。好きって言ったり、キスしたり、何か特別なことしてもらったり。そういうのがないと、読者が退屈するかなって」
「今は違う?」
「違うっていうより、そういうのだけじゃないって分かった」
答えながら、湊自身も少しずつ考えが整理されていく。
恋人になれば、何か特別なことが始まるのだと思っていた。
もちろん、実際に変わったこともたくさんある。
理央に触れたいと思うようになったし、誰かに向ける「好き」と理央に向ける「好き」が同じではないことも分かった。名前を呼ばれるだけで嬉しい日もあり、自分にしか見せない顔があることに優越感を覚えることもある。
けれど、それ以上に変わったのは、何でもない時間だった。
一人で本を読むのも好きなのに、隣で理央が別の本を読んでいるほうが少し落ち着く。
一人で帰っても何も困らないのに、駅まで一緒に歩けると嬉しい。
毎日会っているくせに、昼休みになれば今日も来るだろうかと少し待ってしまう。
恋人というものは、特別な瞬間を増やすだけではなく、それまで何でもなかった時間の意味まで変えてしまうものなのかもしれなかった。
「理央が最初に、俺の小説みたいな恋愛したいって言ってただろ」
「言った。かなり言った」
「今もそう思う?」
尋ねると、理央は少し考えた。
すぐに否定しないところが理央らしいと思った。
「やってみたかったことは今でも好きだよ。迎えに来てもらうのも、頭撫でてもらうのも、疲れた日に甘いもの買ってもらうのも。湊にしてもらうと今でも嬉しい」
「そこは知ってる」
今日だって放課後に疲れたと言われ、図書室へ来る前に一度髪を撫でてやった。
その時も理央は満足そうにしていた。
「でも、それが恋愛の全部だとは思わなくなったかな」
理央は少し笑った。
「最初は、ああいう場面があるから恋人っていいんだと思ってた。でも今は、普通に湊と昼食べるのも好きだし、図書室でほとんど喋らないで過ごすのも好き。俺が本読んでて、湊が隣でずっと書いてるだけの日も」
「地味だな」
「地味だよ。でも好き」
理央は迷わなかった。
「たぶん俺、恋愛ってもっとイベントみたいなものだと思ってたんだよね」
その表現がおかしくて、湊は少し笑った。
「お前、本当に俺の小説に夢見すぎだったんだよ」
「作者に言われる?」
「書いてる俺だって、実際に付き合ったことなかったんだから仕方ないだろ」
今度は理央が笑った。
考えてみれば、変な話だった。
恋愛経験のなかった高校生が書いた小説を、同じく恋愛経験のなかった高校生が一年以上読み続け、そこに描かれた恋愛に憧れていた。
その作者と読者が実際に付き合って、二人とも自分が想像していた恋愛とは少し違うものを知っていく。
「湊は?」
「何が」
「俺と付き合う前に思ってたのと、実際付き合ってみて違った?」
聞かれて、湊は少し考えた。
「全然違った」
「そんなに?」
「だって俺、付き合う前は恋人ってもっと分かりやすく特別な存在になると思ってたから。毎日ドキドキするとか、何してても相手のこと考えるとか」
「してない?」
「最初はちょっとしてたけど、今は普通に宿題やってる時は宿題のこと考えてるし、本読んでる時は本読んでる」
「俺も」
「でも、理央がいなくてもできることを、いる時にやるのが好きなんだよな」
口にしてから、少しだけ照れ臭くなった。
理央はすぐには何も言わなかった。
ただ、隣から視線を感じる。
「何」
「それ、すごい嬉しい」
「また?」
「また」
理央は幸せそうに笑った。
本当に簡単なことでよく喜ぶ。
それを以前は不思議に思っていたのに、今ではもう驚かなかった。
「じゃあ今度の休みも何かする?」
「何かって?」
「別に出かけなくてもいい。湊んち行って本読んでてもいいし」
「それなら宿題も持ってこいよ」
「する。あと昼ご飯一緒に食べたい」
「うちの母親いるけど」
「もう俺のこと知ってるんだろ?」
「この前話したから知ってる」
「じゃあ平気」
理央はすでに来るつもりらしい。
付き合い始めた頃なら、相手が休日に家へ来るというだけで多少は構えたかもしれない。今では本当に、友人が遊びに来るのとそれほど変わらないところまで日常になっていた。
ただし、友人とは違う。
その差は別に、毎回確かめなくても知っている。
数日後、湊は書き上げたばかりの新作を投稿した。
公開したのは夜の十一時を少し過ぎた頃だった。
翌日は学校なので、いつものようにパソコンを閉じてすぐ寝るつもりだったが、投稿して十分もしないうちにスマートフォンが震えた。
理央からだった。
『更新お疲れさま。今から読む』
湊はベッドに入りながら短く返事をした。
『明日学校だぞ』
『分かってる。長くないから読む』
『寝坊するなよ』
『湊も』
そこでやり取りを終えた。
翌朝、教室へ向かっている途中で理央に会った時には、すでに全部読み終えていたらしい。
「今回すごい好き」
挨拶より先に言われた。
「朝から感想?」
「忘れる前に言いたかった。最後のほう、二人で夕飯食べて片づけして、そのあと別々のことしてるところ」
「そこ?」
「そこが一番好きだった」
今までなら、告白やキス、すれ違いが解決する場面を真っ先に挙げることが多かった。
湊は少し意外に思いながら理央を見る。
「ほんとに変わったな、お前」
「何が?」
「前ならもっと恋愛っぽいところ好きだっただろ」
「今も好きだよ。でも、こっちも好きになった」
理央は少し考えてから、付け加えた。
「湊の話、前より生活してる感じする」
「それ褒めてる?」
「すごく褒めてる。ちゃんと二人で一緒にいるって感じするから」
その感想は、思っていたより嬉しかった。
技術的に上手くなったと言われるのとは違う。作品を長く読んできた理央だから分かる変化を、きちんと受け取ってもらえた気がした。
「ありがと」
湊が言うと、理央は少し嬉しそうに笑った。
「あと」
「まだある?」
「最後の一文好き」
「どれ?」
「『一人でいることが嫌いになったわけではない。ただ、帰る場所に誰かがいることを知ってしまった』ってやつ」
自分で書いた文章を声に出されるのは、今でも少し恥ずかしい。
「学校で朗読するなよ」
「小声じゃん」
「そういう問題じゃない」
理央は笑いながらも、それ以上は続けなかった。
けれど数歩進んだところで、ふと湊の袖を軽く引いた。
「俺もそんな感じかも」
「何が?」
「一人でいるのも好きだけど、湊といるほうがいい時が増えた」
朝の廊下でそんなことを言う。
周囲には他の生徒もいるから声は小さかったが、湊には十分聞こえた。
「それ、俺の文章そのままじゃん」
「読者だから影響された」
「便利な言い訳」
「でも本当」
湊は何も返さなかった。
代わりに少しだけ歩幅を緩め、理央と並んで教室まで歩いた。
冬が近づくにつれて、日常はさらに単調になった。
中間試験があり、返却された答案の点数で一喜一憂し、体育では長距離走が始まった。放課後に図書室へ行けない日はそれぞれの教室で勉強し、帰る時間が合えば一緒に駅まで歩く。
理央が湊の教室へ来ても、もう誰も珍しがらない。
篠崎などは理央が扉から顔を出すと、湊より先に「朝倉ならいるぞ」と教えるようになっていた。
「俺、犬の散歩待ってる人みたいになってない?」
ある日の帰り道、湊がそう言うと、理央は声を上げて笑った。
「じゃあ俺が犬?」
「俺の姿見つけると嬉しそうにするし」
「それは否定できない」
「尻尾あったら振ってそう」
「湊が撫でてくれるなら振るかも」
「ほんと何でもそこに繋げるな」
呆れながらも、湊は少し笑った。
付き合い始める前、理央を犬みたいだと思ったことがある。
今でもその印象はそれほど変わっていない。
ただ、今は理央だけではなく、自分も似たようなものなのかもしれないと思う。
昼休みに来なければどうしたのか気になるし、廊下の先に理央を見つければ無意識に足がそちらへ向く。
表情に出るか出ないかの違いだけで、待っていることには変わりなかった。
十二月に入り、期末試験が終わった金曜日。
二人は久しぶりに勉強道具をほとんど開かず、放課後の図書室でそれぞれ好きな本を読んでいた。
暖房の効いた室内は眠くなるほど静かで、窓の外では風に吹かれた木の枝が揺れている。
湊は途中まで読んでいた小説を閉じ、背もたれに身体を預けた。
隣では理央がまだ本を読んでいる。
横顔を少し眺める。
初めてまともに話した日も、この場所だった。
中学の頃からずっと自分の小説を読んできたと言われ、過去作の一場面まで暗記されていて、恥ずかしくて仕方がなかった。
それから半年も経っていない。
なのに、今ではこの男が隣で本を読んでいる光景を見ても、何も特別だと思わなくなっている。
それが少し不思議だった。
「理央」
呼ぶと、すぐ本から顔を上げた。
「何?」
「いや、呼んだだけ」
一度言ってみたかった。
理央は目を瞬いたあと、少し笑う。
「珍しい」
「お前はたまにやるだろ。俺もやってみた」
「どうだった?」
「別に」
「俺は嬉しい」
「知ってる」
それだけ話して、また静かになる。
理央は本に戻り、湊も閉じた小説をもう一度開いた。
数分後、机の下で膝が触れた。
どちらも動かさなかった。
そのままページを読み進める。
以前の湊なら、こんな時間を小説に書こうとは思わなかったかもしれない。
何も起きていないからだ。
名前を呼んだだけ。膝が少し触れているだけ。互いに別々の本を読んでいるだけ。
それでも今は、こういうところにこそ二人が恋人でいることが現れるのだと知っている。
しばらくして閉館を知らせる放送が流れ、二人はほぼ同時に本を閉じた。
「帰ろうか」
理央が言う。
「うん」
鞄を持ち、図書室を出る。
校舎の外へ出ると、冷たい空気が頬に触れた。
理央はすぐマフラーに顎を埋める。
「寒い」
「今日はちゃんと持ってきたな」
「前に湊に怒られたから」
「怒ってないよ」
「小言言われた」
「同じようなもんか」
校門を出て、駅へ向かう。
十二月の夕方はもう夜に近い。街灯の明かりの下を歩き、人通りが減ったところで自然に手を繋いだ。
手袋越しなので、直接体温は分からない。それでも隣にいることは分かる。
「明日、何する?」
理央が聞いた。
「休みだけど特に決めてない。原稿ちょっと書くかも」
「じゃあ邪魔しないから湊んち行っていい?」
「来るの?」
「駄目?」
「別にいいけど。お前、俺が書いてる間暇じゃない?」
「本持ってく」
「いつもと同じじゃん」
「それがいい」
理央は笑った。
「昼も一緒に食べよう」
「うちに来るならそうなるだろ」
「じゃあ明日も一緒にいられる」
たったそれだけで機嫌がよくなる。
湊は繋いだ手を少し揺らした。
「お前さ、毎回いちいち確認するよな」
「何を?」
「明日も会えるとか、一緒に帰れるとか。もう付き合って結構経つんだから、俺が嫌なら普通に断るって分かってるだろ」
「分かってる」
「じゃあ聞かなくてもいいじゃん」
理央は少し考えた。
「でも聞きたい」
「なんで」
「湊がいいって言ってくれるの好きだから」
やはり単純だった。
少し呆れたものの、湊は笑った。
「じゃあ明日も」
「うん」
「昼も一緒に食べて、俺が書いてる間は静かに本読んでて」
「分かった」
「あと眠くなったら勝手に寝ていいけど、俺のベッド占領するなよ」
「半分空ける」
「最初から床で寝ろ」
「ひどい」
笑いながら駅へ向かう。
今日も大したことは起こらなかった。
明日もたぶん、起こらない。
理央が家へ来て、母親に挨拶をして、昼食を食べる。そのあと湊は原稿を書き、理央は本を読む。飽きたら少し話して、眠くなれば理央がベッドに転がり、湊が呆れながら頭を撫でるのかもしれない。
小説にするなら、全部まとめて数行で飛ばしてしまえるような一日だった。
けれど、今の湊はそういう日が好きだった。
大きな出来事がなくてもいい。
恋人らしいことを毎回しなくてもいい。
理央がいて、自分がいて、明日もたぶん会える。
そのことが当たり前になっていくのが、思っていた以上に嬉しい。
最初に瀬名理央と話した日、湊はこの男を距離感のおかしい読者だと思った。
理央は湊の小説のような恋愛がしたいと言い、そこに描かれた主人公たちのように愛されたいと願っていた。
その願いを一つずつ叶えていくうちに、湊は理央を可愛いと思うようになり、やがて好きになった。
けれど今、二人が一番大切にしているのは、あの頃どちらも想像していなかった時間だった。
何かをしてもらうことでも、特別な台詞を言うことでもない。
ただ一緒に過ごす、何でもない時間。
「湊」
隣から名前を呼ばれる。
「何?」
「大好き」
理由も前触れもなかった。
湊は少しだけ笑う。
以前なら、またかと流していたかもしれない。
今ではそれにも慣れた。
「俺も」
そう返すと、理央が嬉しそうに笑った。
その顔を見て、湊もまた少しだけ手に力を込める。
恋愛小説なら、もっと綺麗な終わり方があるのかもしれない。
運命的な言葉を交わしたり、印象に残る景色の中で将来を約束したり、読み終えたあとまで余韻が残るような一文で締めくくったり。
けれど、現実の恋愛には物語の終わりなどない。
今日が終わっても、明日が来る。
明日が終われば、その次の日もある。
その全部を、これから少しずつ二人で過ごしていくのだろう。
だから今は、特別な結末などなくてもいい。
駅前の明かりが近づき、人通りが増える前に繋いでいた手を離す。
それでも歩幅は変わらず、肩が触れそうな距離のまま隣を歩く。
明日の昼は何を食べようかと理央が言い、湊は家に来てから考えればいいと返した。
そんな何でもない話をしながら、二人はいつもの駅へ向かった。
(了)

