理央と付き合い始めてから三週間近くが過ぎても、学校では二人の関係を特別公言してはいなかった。
隠しているつもりもなかったが、わざわざ言いふらす理由もない。そもそも付き合う前から昼休みも放課後も一緒にいることが多かったため、周囲から見れば変化らしい変化はほとんどなく、せいぜい最近になって互いを名前で呼ぶようになったことと、理央が以前よりさらに湊の近くにいる時間が増えたくらいだった。
ただし、本人たちは当然その違いを知っている。
理央は相変わらず人目のある場所では節度を守っていたものの、二人きりになれば遠慮なく甘えるようになった。頭を撫でてほしい時にはもう以前のように回りくどく頼まず、湊の肩に軽く額を預けながら「今日ちょっと疲れた」と言うだけで、こちらが何を求められているのか分かるくらいには扱いやすくなっている。
湊もまた、そんな理央を甘やかすことにすっかり慣れていた。
褒めれば喜ぶ。髪に触れれば目を細める。帰り道に好きそうな飲み物を買えば、たったそれだけで一日分の疲れが飛んだような顔をする。
以前なら、どうしてそこまで喜ぶのかと不思議に思っていた。今はむしろ、自分にしか見せない顔があることを少し嬉しく思っている。
そういう意味では、恋人になったことで変わったものは確かに多かった。
問題は、その変化が二人だけのものでは済まなくなった時だった。
夏休みを前にした七月下旬、期末試験も返却され、校内全体がどこか気の抜けた空気に包まれていた。
授業は午前で終わり、午後は終業式前の大掃除とホームルームだけという日、湊は教室の後ろでロッカーの中身を整理していた。
隣では篠崎が大量のプリントを机の上に積み、捨てるか持ち帰るかで悩んでいる。
「朝倉、これ去年の模試なんだけど要ると思う?」
「去年なら捨てろよ。というか何でまだ入ってるんだ」
「記念」
「模試を記念に残すな」
そんな話をしながら、湊も自分のロッカーから使いかけのノートや教科書を引っ張り出す。
その時、教室の後ろの扉が開いた。
「湊」
呼ばれて振り返る。
理央が立っていた。
今では聞き慣れた呼び方だったが、周囲にはまだそうでもなかったらしい。
篠崎が隣で露骨に顔を上げた。
「お前ら、いつから名前呼び?」
「最近」
「へえ」
嫌な笑い方をされる。
理央は気にした様子もなく教室へ入り、湊の机の横まで来た。
「終わった?」
「もう少し。そっちは?」
「終わった。待ってる」
それだけ言って、理央は近くの空いている席に腰を下ろした。
別クラスの人間が教室で待っていること自体は珍しいが、今まで何度も湊を迎えに来ているため、クラスメイトもそこまで気にしていない。
ただ、今日は篠崎がいた。
しかも妙に観察力がある。
湊がロッカーの奥から古いプリントを引っ張り出している間も、篠崎は作業するふりをしながら理央を何度も見ていた。
「瀬名」
「何?」
「朝倉のこと好きすぎじゃね?」
唐突だった。
湊が振り返るより先に、理央が笑った。
「うん。好きだよ」
「即答すんなよ」
思わず湊が突っ込むと、篠崎の眉が上がった。
「え、何その感じ。冗談じゃないの?」
一瞬、空気が止まった。
理央が湊を見る。
隠すつもりはない。
湊もそう決めていた。
「冗談じゃないよ」
今度は湊が答えた。
篠崎が何度か瞬きをする。
「……マジ?」
「マジ」
「付き合ってんの?」
「うん」
そこまで聞いて、篠崎は机に積んでいたプリントを取り落とした。
「いや待って。いつから?」
「三週間くらい前」
「全然分かんなかったんだけど」
「言ってないし」
「いやでも、お前らずっと一緒にいたじゃん」
「付き合う前からな」
「じゃあ俺、ずっとそういうの見せられてた?」
「何も見せてないだろ」
篠崎はしばらく二人を交互に見たあと、急に納得したように頷いた。
「なるほどなあ」
「何が」
「瀬名が朝倉にべったりだった理由」
その言い方に理央が少し笑う。
「べったりではないと思うけど」
「昼も放課後も休日も一緒なら十分だろ。朝倉、よく落としたな」
「……俺が?」
湊は手を止めた。
篠崎は当然という顔で続ける。
「そりゃそうだろ。瀬名がこんなに懐いてるんだから、お前が押したんじゃねえの?」
「いや、告白したの理央だけど」
今度こそ篠崎は完全に黙った。
数秒後、理央を見て、それから湊へ戻る。
「瀬名から?」
「そう」
「へえ……」
反応が妙だった。
「何」
「いや、なんか……逆かと思ってた」
「何が逆」
聞き返したところで、篠崎は急に口を濁した。
「いや、別に。関係ないし」
それ以上追及する気もなく、湊はまたロッカーへ向き直った。
ただ、後ろで理央が少し笑っているのが聞こえた。
その日のうちに、二人が付き合っているという話は想像以上の速さで広まった。
別に篠崎が言いふらしたわけではない。
むしろ彼は「俺からは言わねえよ」と妙に律儀に宣言していたが、教室での会話を聞いていた生徒は他にもいたし、そのうち一人が友人に話せば、そこから先は早かった。
翌日には同じ学年の何人かから、それとなく確認されるようになっていた。
面倒ではあるが、悪意のある反応ばかりではなかった。
意外だと驚く人はいても、男同士だからと露骨に何か言う人間は少なく、むしろ理央の知名度のせいで別の方向に騒がれることのほうが多かった。
「朝倉くんって瀬名くんと付き合ってるって本当?」
廊下で突然そう聞かれたのは、終業式前日の昼休みだった。
相手は理央と同じクラスの女子二人で、顔は知っているが話したことはほとんどない。
「本当だけど」
隠しても仕方がないので答えると、二人は顔を見合わせた。
「そっか。なんか意外」
「そう?」
「でも、瀬名くん最近すごい楽しそうだから」
その言葉に、湊は少し意外に思った。
「分かる?」
「分かるよ。前からよく笑うけど、最近ちょっと違うっていうか」
もう一人の女子も頷いた。
「朝倉くんの話する時とか、分かりやすいよね」
「俺の話してるの?」
「するよ。昨日も、朝倉がすすめてくれた本が面白かったって」
学校では小説そのものの話をしない約束は守っているものの、湊のことは普通に話しているらしい。
少し恥ずかしい。
そんな湊の反応を見て、女子の一人が笑った。
「瀬名くん、大事にしてあげてね」
「……俺が?」
「だって瀬名くん、朝倉くんのことすごく好きそうだし。泣かせたら駄目だからね」
何とも言えない気分になった。
別に間違っているわけではない。
理央は実際、恋人に大事にされることを望んでいるし、湊もそうしてやりたいと思っている。
ただ、自分が完全に理央を守る側として認識されていることには、少し違和感があった。
「まあ、うん……努力する」
適当に答えると、二人は満足そうに去っていった。
その日の放課後、図書室へ向かう途中で理央にその話をすると、案の定ひどく嬉しそうにされた。
「ちゃんと大事にしてね」
「お前まで言うなよ」
「だって言われたんだろ?」
「お前の友達にな」
「いい友達だな」
「面白がってるだけだろ」
理央はまだ笑っている。
「でも俺、湊に大事にされるの好きだよ」
「知ってる。散々聞いた」
「じゃあよろしく」
「してるだろ、もう」
言うと、理央は一瞬黙った。
それから、先ほどまでより少し柔らかく笑った。
「うん。してもらってる」
その言葉に、不意に胸が温かくなる。
自分が意識してやっていることも、何気なくしていることも、理央の中ではちゃんと大切なものとして積み重なっているらしい。
そう思うと、悪い気はしなかった。
関係が周囲に知られたことで、理央が学校でどんなふうに見られているのかを改めて知る機会も増えた。
女子からすれば、理央はやはり「格好いい彼氏」らしい。
放課後に湊を迎えに来れば、「瀬名くん迎えに来てくれるんだ」と言われるし、二人で帰るところを見られれば、あとから「送ってもらってるの?」と聞かれる。
実際には帰る方向が途中まで同じなだけで、しかも理央のほうが湊と一緒に帰りたがっている。
それでも外から見れば、長身で目立つ理央が、地味な湊を迎えに来てエスコートしているように見えるらしい。
最初は訂正するのも面倒で放っておいた。
だが、ある日とうとう理央のクラスメイトから、
「瀬名って優しいでしょ。朝倉くん、ちゃんと甘えてる?」
と聞かれた時には、さすがに笑いそうになった。
「まあ、どっちかというと甘えてるのは理央だけど」
「え?」
「いや、何でもない」
言ってから、勝手に暴露するのも違う気がして濁した。
その日の帰り道、湊は思い出して一人で笑った。
「何」
隣を歩いていた理央が怪訝そうに見る。
「今日、お前のクラスの奴に俺がちゃんと甘えてるか聞かれた」
「湊が俺に?」
「そう。理央は優しいからって」
理央も意味が分かったらしく、少し笑った。
「優しくない?」
「優しいけど。甘えてるのはお前だろ」
「俺も湊のこと甘やかしたいよ」
「何かしてもらったっけ」
「してるよ。勉強教えたり、鞄直したり」
「ああ」
「あと湊が好きそうな新刊見つけたら教えてる」
「それは甘やかしてるって言う?」
「俺の中では」
理央は少し不満そうだった。
湊はその横顔を見ながら、確かに一方的ではないと思った。
理央は自分が大事にされたいと望んでいるけれど、だからといって何も返さない人間ではない。むしろ湊のこともよく見ているし、必要があれば自然に手を差し出す。
ただ、そのやり方があまりにも自然なので、湊のほうが甘やかされているという実感を持ちにくいだけなのだろう。
「じゃあ今度、俺が疲れてたら何かして」
「する。何がいい?」
「そこは自分で考えろよ」
「難しいな」
真面目に悩み始めるので、湊は笑った。
「本当に何でも考え込むな、お前」
「湊が喜ぶことならちゃんとやりたいし」
さらりと言われる。
以前なら、その手の言葉を聞くたびに少し戸惑っていた。
今はもう、嬉しいと思うほうが先だった。
隠しているつもりもなかったが、わざわざ言いふらす理由もない。そもそも付き合う前から昼休みも放課後も一緒にいることが多かったため、周囲から見れば変化らしい変化はほとんどなく、せいぜい最近になって互いを名前で呼ぶようになったことと、理央が以前よりさらに湊の近くにいる時間が増えたくらいだった。
ただし、本人たちは当然その違いを知っている。
理央は相変わらず人目のある場所では節度を守っていたものの、二人きりになれば遠慮なく甘えるようになった。頭を撫でてほしい時にはもう以前のように回りくどく頼まず、湊の肩に軽く額を預けながら「今日ちょっと疲れた」と言うだけで、こちらが何を求められているのか分かるくらいには扱いやすくなっている。
湊もまた、そんな理央を甘やかすことにすっかり慣れていた。
褒めれば喜ぶ。髪に触れれば目を細める。帰り道に好きそうな飲み物を買えば、たったそれだけで一日分の疲れが飛んだような顔をする。
以前なら、どうしてそこまで喜ぶのかと不思議に思っていた。今はむしろ、自分にしか見せない顔があることを少し嬉しく思っている。
そういう意味では、恋人になったことで変わったものは確かに多かった。
問題は、その変化が二人だけのものでは済まなくなった時だった。
夏休みを前にした七月下旬、期末試験も返却され、校内全体がどこか気の抜けた空気に包まれていた。
授業は午前で終わり、午後は終業式前の大掃除とホームルームだけという日、湊は教室の後ろでロッカーの中身を整理していた。
隣では篠崎が大量のプリントを机の上に積み、捨てるか持ち帰るかで悩んでいる。
「朝倉、これ去年の模試なんだけど要ると思う?」
「去年なら捨てろよ。というか何でまだ入ってるんだ」
「記念」
「模試を記念に残すな」
そんな話をしながら、湊も自分のロッカーから使いかけのノートや教科書を引っ張り出す。
その時、教室の後ろの扉が開いた。
「湊」
呼ばれて振り返る。
理央が立っていた。
今では聞き慣れた呼び方だったが、周囲にはまだそうでもなかったらしい。
篠崎が隣で露骨に顔を上げた。
「お前ら、いつから名前呼び?」
「最近」
「へえ」
嫌な笑い方をされる。
理央は気にした様子もなく教室へ入り、湊の机の横まで来た。
「終わった?」
「もう少し。そっちは?」
「終わった。待ってる」
それだけ言って、理央は近くの空いている席に腰を下ろした。
別クラスの人間が教室で待っていること自体は珍しいが、今まで何度も湊を迎えに来ているため、クラスメイトもそこまで気にしていない。
ただ、今日は篠崎がいた。
しかも妙に観察力がある。
湊がロッカーの奥から古いプリントを引っ張り出している間も、篠崎は作業するふりをしながら理央を何度も見ていた。
「瀬名」
「何?」
「朝倉のこと好きすぎじゃね?」
唐突だった。
湊が振り返るより先に、理央が笑った。
「うん。好きだよ」
「即答すんなよ」
思わず湊が突っ込むと、篠崎の眉が上がった。
「え、何その感じ。冗談じゃないの?」
一瞬、空気が止まった。
理央が湊を見る。
隠すつもりはない。
湊もそう決めていた。
「冗談じゃないよ」
今度は湊が答えた。
篠崎が何度か瞬きをする。
「……マジ?」
「マジ」
「付き合ってんの?」
「うん」
そこまで聞いて、篠崎は机に積んでいたプリントを取り落とした。
「いや待って。いつから?」
「三週間くらい前」
「全然分かんなかったんだけど」
「言ってないし」
「いやでも、お前らずっと一緒にいたじゃん」
「付き合う前からな」
「じゃあ俺、ずっとそういうの見せられてた?」
「何も見せてないだろ」
篠崎はしばらく二人を交互に見たあと、急に納得したように頷いた。
「なるほどなあ」
「何が」
「瀬名が朝倉にべったりだった理由」
その言い方に理央が少し笑う。
「べったりではないと思うけど」
「昼も放課後も休日も一緒なら十分だろ。朝倉、よく落としたな」
「……俺が?」
湊は手を止めた。
篠崎は当然という顔で続ける。
「そりゃそうだろ。瀬名がこんなに懐いてるんだから、お前が押したんじゃねえの?」
「いや、告白したの理央だけど」
今度こそ篠崎は完全に黙った。
数秒後、理央を見て、それから湊へ戻る。
「瀬名から?」
「そう」
「へえ……」
反応が妙だった。
「何」
「いや、なんか……逆かと思ってた」
「何が逆」
聞き返したところで、篠崎は急に口を濁した。
「いや、別に。関係ないし」
それ以上追及する気もなく、湊はまたロッカーへ向き直った。
ただ、後ろで理央が少し笑っているのが聞こえた。
その日のうちに、二人が付き合っているという話は想像以上の速さで広まった。
別に篠崎が言いふらしたわけではない。
むしろ彼は「俺からは言わねえよ」と妙に律儀に宣言していたが、教室での会話を聞いていた生徒は他にもいたし、そのうち一人が友人に話せば、そこから先は早かった。
翌日には同じ学年の何人かから、それとなく確認されるようになっていた。
面倒ではあるが、悪意のある反応ばかりではなかった。
意外だと驚く人はいても、男同士だからと露骨に何か言う人間は少なく、むしろ理央の知名度のせいで別の方向に騒がれることのほうが多かった。
「朝倉くんって瀬名くんと付き合ってるって本当?」
廊下で突然そう聞かれたのは、終業式前日の昼休みだった。
相手は理央と同じクラスの女子二人で、顔は知っているが話したことはほとんどない。
「本当だけど」
隠しても仕方がないので答えると、二人は顔を見合わせた。
「そっか。なんか意外」
「そう?」
「でも、瀬名くん最近すごい楽しそうだから」
その言葉に、湊は少し意外に思った。
「分かる?」
「分かるよ。前からよく笑うけど、最近ちょっと違うっていうか」
もう一人の女子も頷いた。
「朝倉くんの話する時とか、分かりやすいよね」
「俺の話してるの?」
「するよ。昨日も、朝倉がすすめてくれた本が面白かったって」
学校では小説そのものの話をしない約束は守っているものの、湊のことは普通に話しているらしい。
少し恥ずかしい。
そんな湊の反応を見て、女子の一人が笑った。
「瀬名くん、大事にしてあげてね」
「……俺が?」
「だって瀬名くん、朝倉くんのことすごく好きそうだし。泣かせたら駄目だからね」
何とも言えない気分になった。
別に間違っているわけではない。
理央は実際、恋人に大事にされることを望んでいるし、湊もそうしてやりたいと思っている。
ただ、自分が完全に理央を守る側として認識されていることには、少し違和感があった。
「まあ、うん……努力する」
適当に答えると、二人は満足そうに去っていった。
その日の放課後、図書室へ向かう途中で理央にその話をすると、案の定ひどく嬉しそうにされた。
「ちゃんと大事にしてね」
「お前まで言うなよ」
「だって言われたんだろ?」
「お前の友達にな」
「いい友達だな」
「面白がってるだけだろ」
理央はまだ笑っている。
「でも俺、湊に大事にされるの好きだよ」
「知ってる。散々聞いた」
「じゃあよろしく」
「してるだろ、もう」
言うと、理央は一瞬黙った。
それから、先ほどまでより少し柔らかく笑った。
「うん。してもらってる」
その言葉に、不意に胸が温かくなる。
自分が意識してやっていることも、何気なくしていることも、理央の中ではちゃんと大切なものとして積み重なっているらしい。
そう思うと、悪い気はしなかった。
関係が周囲に知られたことで、理央が学校でどんなふうに見られているのかを改めて知る機会も増えた。
女子からすれば、理央はやはり「格好いい彼氏」らしい。
放課後に湊を迎えに来れば、「瀬名くん迎えに来てくれるんだ」と言われるし、二人で帰るところを見られれば、あとから「送ってもらってるの?」と聞かれる。
実際には帰る方向が途中まで同じなだけで、しかも理央のほうが湊と一緒に帰りたがっている。
それでも外から見れば、長身で目立つ理央が、地味な湊を迎えに来てエスコートしているように見えるらしい。
最初は訂正するのも面倒で放っておいた。
だが、ある日とうとう理央のクラスメイトから、
「瀬名って優しいでしょ。朝倉くん、ちゃんと甘えてる?」
と聞かれた時には、さすがに笑いそうになった。
「まあ、どっちかというと甘えてるのは理央だけど」
「え?」
「いや、何でもない」
言ってから、勝手に暴露するのも違う気がして濁した。
その日の帰り道、湊は思い出して一人で笑った。
「何」
隣を歩いていた理央が怪訝そうに見る。
「今日、お前のクラスの奴に俺がちゃんと甘えてるか聞かれた」
「湊が俺に?」
「そう。理央は優しいからって」
理央も意味が分かったらしく、少し笑った。
「優しくない?」
「優しいけど。甘えてるのはお前だろ」
「俺も湊のこと甘やかしたいよ」
「何かしてもらったっけ」
「してるよ。勉強教えたり、鞄直したり」
「ああ」
「あと湊が好きそうな新刊見つけたら教えてる」
「それは甘やかしてるって言う?」
「俺の中では」
理央は少し不満そうだった。
湊はその横顔を見ながら、確かに一方的ではないと思った。
理央は自分が大事にされたいと望んでいるけれど、だからといって何も返さない人間ではない。むしろ湊のこともよく見ているし、必要があれば自然に手を差し出す。
ただ、そのやり方があまりにも自然なので、湊のほうが甘やかされているという実感を持ちにくいだけなのだろう。
「じゃあ今度、俺が疲れてたら何かして」
「する。何がいい?」
「そこは自分で考えろよ」
「難しいな」
真面目に悩み始めるので、湊は笑った。
「本当に何でも考え込むな、お前」
「湊が喜ぶことならちゃんとやりたいし」
さらりと言われる。
以前なら、その手の言葉を聞くたびに少し戸惑っていた。
今はもう、嬉しいと思うほうが先だった。

