キミの理想になりたくて

そんなこんなで1週間が経過した。

俺は1週間ずっと透君のお家にお世話になっている。
1日で帰るつもりだった俺だったが、透君に

「もう1日だけ」

「今日だけ!」

「もう少し平気でしょ…?」

「なんで帰るの…?」

「帰らないで…!」

ときゅるきゅるフェイスで泣き落とされ、透君のご両親にも

「今日の晩ご飯はハンバーグよ!楽しみにしててね!」

「明日は何が食べたい?」

「ケーキ買ってきたわよー!」

「今日の晩ご飯、敦紀君の好きなカレーにしたんだけど帰っちゃうの…?」

と毎日ドロドロに甘やかしてもらい、帰るタイミングを見失ってしまった。
両親が毎日あんな調子だったため家族から愛された経験がない。透君のご両親がそんなつもりないって理解はしていてもつい嬉しくなってしまう。

それでも、これ以上迷惑はかけられない。
1週間もお世話になったんだ、流石に帰らなくちゃいけない。

「透君、」

隣で分厚い文庫本を手にしていた透君に声をかける。

「なに?」

「そろそろ俺、帰らないと…。」

「なんで…?俺の事嫌になった?」

また透君のきゅるきゅる顔…
今日は惑わされないと固い意思を持ち

「そんなわけないけど、1週間もお世話になっちゃったしこれ以上迷惑かけられないよ…事情も説明できないし…。」

「迷惑なわけないじゃん!母さんも父さんも、透の恋人が素敵な子でよかったって言ってたよ!事情だって、敦紀が話したくなったら話せばいいよ。」

へ…?
頭の中で何度も言葉を転がし、ようやく言葉を理解した。

「は、話してあったの…!?」

「え、うん。はじめて敦紀が来るって日に、今日恋人家に連れてくるねって話してあったからずっと知ってるよ。」

じわじわと顔が赤く染まるのがわかる。

「い、言ってよ…!だったらそれ相応の挨拶があったよ…!!」

「そんなの気にする人達じゃないよ。2人とも息子が1人増えたって喜んでたし。今日の夕飯のときに俺がちゃんと話してなかったのが悪いし、その話しようね」

押し切られるように頷くしかできなかった。


結局その日もそのまま家には帰らせてもらえず、晩ご飯にも参加することになった。

「敦紀君、顔色よくないね体調悪い?食欲ない?」

「いや、あの、違くて、その…」

俺なんかが透君の恋人で、ご両親はそれでいいのかな…
どんな気持ちで今まで接してくれてたんだろうか。ちゃんと挨拶も出来てないし、手土産だって……

グルグルとそんなことを考えていたために、おいしい透君のお母さんのご飯も箸が進まなかった。
なんて失礼なことをしているんだろうと思っていたら透君が口を開いた。

「さっき、敦紀に俺たちが付き合ってることを父さんと母さんに話してあるって伝えたんだ。そしたら、二人がずっと前から知ってたことにびっくりしちゃったみたい。俺がちゃんと言ってなかったのが悪いんだよね」

こんなことまで透君に説明させて情けないと俯きがちに俺も口を開く。机の下で透君が手をぎゅっと握ってくれる。

「あの、ご挨拶が遅れて申し訳ないです。透君と、お付き合いさせてもらってます。こんな俺ですが、透君と一緒にいさせていただきたいです……。」

支離滅裂で、声も小さかっただろう。
ちゃんと届いただろうか…

「敦紀君、こんな俺なんて言わないで?私たちにとって、敦紀君は息子同然なの。だから事情は聞いてないけど何日、何週間、何ヶ月ここにいてくれて構わないのよ。でも、お家にはちゃんと連絡するのよ?心配しない親はいないはずだから。」

俺を思ってそんな優しいこと言ってくれる大人は今まで出会ったことがなかった。

「ありがとう…ございます…」

我慢するつもりだったのに涙が溢れてしまった。

もう隠すのはやめることにする。

「あの、晩ご飯の後で大丈夫なのでよければ話をさせていただいたいです。」

「もちろん。なんでも聞かせてちょうだい。」

夕食を食べ、せめてもとさせてもらってる食器洗いを済ませお風呂を頂いた。

リビングへ戻ると、大きめのソファーの前のローテーブルには紅茶が4人分並べられていた。

「敦紀君、こっちへおいで。」

透君のご両親が優しく微笑む。

透君は当たり前に俺の隣へ腰を下ろす。
俺は緊張しながらもふかふかのソファへ身を沈めた。

ずっと口を閉ざしていた透君のお父さんが口を開いた。

「さっき、話したいって言ってくれただろう?ゆっくりで大丈夫だから聞かせて欲しい。」

「……はい。」

「無理に話さなくてもいいのよ。」

「……でも、ちゃんと話しておきたくて。」

一呼吸置く。

「俺の家、あまり仲が良くなくて…。」

透君のお父さんもお母さんも黙って聞いてくれる。

「母は俺よりも、成績優秀でスポーツもできる弟のほうがかわいいみたいで中学生に上がった頃から母からは毎日存在を否定されて父は無関心で助けてくれることはありませんでした。」

涙で声が滲む。

「1週間前も怒られて、高校に入ってから成績なんて見てくれたことないのに遊んでばっかりで大学に行かせてる意味がないって言われてしまって…」

震える声で、途切れ途切れに声を紡ぐ。
そんな俺を気遣って透君はギュッと手を握ってくれる。

「俺が悪いんです。期待に応えられなくて、何をしてもらっても成績を上げられなかった俺が。ほんとは透君の隣にいる資格もないくらいなんです。」

「資格……?」

透君のお母さんが不思議そうに首を傾げる。

「それは透がそう言ったの?」

「ち、違います…!透君はそんなこと…」

「じゃあなんでそう思うの?」

答えられなかった。

自分なんて…
そう思って生きてきた人生。
理由なんてない。
俺だから。
俺はダメだから。

「敦紀君、自分をそんな風に言うのはやめなさい。」

ずっと黙って聞いていた透君のお父さんがそう優しく告げた。

否定でも説教でもない一言。

思わず涙がボロボロと溢れた。

「父さん、母さん、敦紀はずっとひとりで抱え込んでたんだ。」

ずっと黙って手を握ってくれていた透君が口を開いた。

「愛されるために頑張らなくていいんだよ。透はもちろん私も母さんも君の人柄で大切にしたいって思ってるんだから。な、
母さん。」

「もちろんよ。透が好きになった子だもの、私たちも大切にしたいの。それに敦紀君とってもいい子だもの。もう息子同然よ。」


2人の言葉で涙が止まらなくなる。

「それでね、夏休みの間だけでもこの家にいて欲しいんだ。」

そんな透君の優しい提案。
もちろん一緒にいたい。
こんな優しい人たちといつまでも一緒にいたい。
それでも大好きな人たちだからこそ迷惑をかけたくない。

「嬉しいけど迷惑はかけられないよ…」

透君の顔を見られず俯き、呟く。

「迷惑ならこんな場は設けないよ。」

俺はパッと顔を上げる。

「でも、1つ条件としてお家に連絡をしなさい。」


スマホを取りだし、通話ボタンを押す。

3コール目で不機嫌そうな声が聞こえた。
母が話し始めるより先に事情を話した。

返ってきた言葉は二言。

『好きにしなさい。でも、人様に迷惑かけたら承知しないから。』

無慈悲にも電話は切られてしまった。


「よく頑張ったな。じゃあ、決まりだな。ここを逃げる場所じゃなく、居場所にしたらいい。」

はじめて大人に褒めてもらったような気がする。

「夏休みのあいだはここでゆっくりしたらいいわ。今度一緒にお料理しましょ!」

透君のお母さんも続けて言う。

「……ありがとうございます」

涙声で答えることしか出来なかった。

「礼なんていらないよ。大な息子なんだからな。」

「…はい!」

嬉しくて、苦しい。
胸の奥が痛くて、じんわりと温かい。

知らない胸の痛み。


『大切な息子。』


はじめて言われた言葉。


透君が俺の顔を覗き込む。


「ほら、また泣いてるね」

優しく微笑む。

「はじめてで、嬉しくて…」

「なんか、父さんにかっこいい所全部取られちゃったかも…父さんに惚れられちゃヤダよ…!?」

ぷんぷんと頬を膨らませながら、小さく文句を零す。

「嫉妬深い男は嫌われるぞ」

「敦紀は俺のこと大好きだからそんなことじゃ嫌わないよ!…だよね?」

俺の涙をハンカチで拭いながら首を傾げる。

「ふふ…うん。嫌わないよ。そんな透君が俺は大好き」

お互いに顔を真っ赤にしながら笑い合う。

「そういうのは部屋でしなさい。」

「ご、ごめんなさい…」

透君のお父さんの一言で部屋中に笑いが溢れた。


透君のお母さんが立ち上がり俺たちに声を掛ける。

「透、敦紀君今日はもう遅いから休みなさい。敦紀君、明日の朝ごはん何食べたい?」

そんな日常の当たり前のような一言に感動する。
当たり前にここにいていい前提で話してくれる。

「なんでも、嬉しいです。」

「じゃあ、考えておくわね。」

「敦紀、部屋行こ。」

透君のご両親に挨拶をして部屋へ向かう。

「今日は疲れたね。」

「うん……」

これでよかったのかな。

部屋のソファに腰掛ける透君においでと声を掛けられる。
隣に腰掛けると、手を握られる。

「もうここにいていいんだからね。もう寂しい想いはさせないよ。」

「……うん。」

「また泣かせちゃったね……」

「もう寝よっか」と電気を消す。

一階からはご両親の生活音、隣からは規則正しい寝息が聞こえてくる。
そんな生活音がたまらなく心地いい。

はじめて聞いた家族の音。

この日から、この家は透君のお家ではなく俺の帰る場所となった。