キミの理想になりたくて

透君と恋人になってから一年半程が経過した。
高校三年生となった俺たちはとても順調に進めていると思う。
特に大きな喧嘩もなく、友人や透君の幼馴染の優斗君からはバカップルなんて言われる程にはカップルらしくできていると思っていた。

『特進コースの江井さ、海外の大学行くらしいよ知ってる?』

『あぁ、知ってる知ってる。友達が本人に聞いたらしいけどまじらしいよ。』

なんていう噂が聞こえてくるまでは。

今まで大きな喧嘩はなく過ごしてきたが小さなすれ違いは何度かあった。

原因は俺。

自分が思っていること、悩んでいることを透君に相談できず気持ちがすれ違ってしまいその度に透君から怒られてきた。

三度目の喧嘩あたりから二人で約束を取り付けた。

嘘をつかないこと、思っている悩んでいること、大事なことは全部報告、連絡、相談をするということを。
周りから見ると重いと思われてしまうかと思う。
でも、俺たちにはそのくらいがちょうどよかったみたいで今まで人に相談したり思っていることを打ち明けるということが苦手だった俺だがそういう約束を決めたことにより透君に言いやすくなったし、透君も小さなことから全て話してくれるようになった。
成績優秀スポーツ万能、高身長で顔ももちろんかっこいい。
そんな誰もが羨み、誰もを魅了してしまう透君。
勿論モテないはずもなく、学年一かわいいと言われている女子や他校の女子、ナンパ等…

正直学力にも顔にも全てにおいて自信のない俺は女子に告白されたという噂を聞くたびに不安に陥りその度に小さな喧嘩を積み重ねてきた。
透君が俺のことを一番に思ってくれていて、大切にしてくれている。頭ではわかっていてもこのまま透君の隣にいるのにふさわしい人間なのかとどうしても不安になってしまっていた。

そんな小さなすれ違いもこの約束からなくなっていたと思っていた。

だからこそ、『特進コースの江井が海外の大学に行くらしい。』という話が周知の事実のようになっているのに自分だけ知らなかったという事実が悲しかった。

今までの俺なら身を引こうと考えたり、透君を避けたり…

そんなことをしていただろうが、今の俺は絶対に透君を裏切りたくないし、約束を破りたくない。
自分ひとりで考えて悩んで解決する問題でもない。

それをわかっているからこそ透君に直接聞きに行こう。そう思えた。
これもまた透君のおかげで成長できた一つだ。

そして何よりも今更透君が隣にいない人生なんて考えられない。
海外に行くという話。
本人の口から否定してほしい。
それが本心。
でも、もしも本当なのだとしたら大好きな透君の夢を応援したい。
自分が今までそうしてもらったように、俺も透君のためになにかしたい。

「敦紀!会いたかったよ~!」

「透君、七限お疲れ様」

「早く帰ろ~」

特進コースの透君には七限まである日がある。
俺たちのコースの授業は六限までとなっている。
そのため、透君が七限まで授業のある日は俺が旧校舎の図書室で待っているという約束だ。

…聞かないと。

大きなすれ違いになる前に。


「あのさ、透く…

ふたりで肩を並べ、家路につこうとしていたとき。

「江井!ちょっといいか?大学側から連絡があってだな」

「あー…ごめん敦紀、ちょっとだけ待っててね」

そう言い残して職員室の方へ向かって行ってしまった。

大学側からの連絡。

つまりはそういうこと、とも考えられる。
強がって透君の夢ならば応援したい。そう思っていたはずなのに現実的になってくるとどうしても受け止めきれない。
透君が隣にいない人生。
大袈裟かもしれない。
四年間だけかもしれない。

でも、寂しくても、悩み事があってもすぐに話せない。
海外なら時差もあるだろうし海外美人に目移りしてしまう可能性だって十分にある。


「…敦紀?大丈夫?体調悪い?」

透くんが職員室から戻ってきていることにも気づかずまた嫌な方へとグルグル考え続けてしまっていたみたいだ。

もうひとりで悩まない。
不安になったらすぐ話す。

そう約束したはずだ。

「透く…」

大好きな透君との約束を破らないために。
そしてなにより自分自身のために。

しっかり不安である。
ということを訴えようとしたそのとき

「敦紀さ卒業旅行どこに行きたい??」

にこにこと将来の不安など感じさせないようないつも通りの笑顔で、そう透君が問いかけてきた。

なんとなく、そんな大好きな笑顔で問いかけてくれたことで今自分がグルグルと考えていることは杞憂なのではないかと解釈してしまった。


「気が早いよ透君、まだ夏前なのに」

俺もいつも通り、そう返した。

そんな話をしてから数週間。

俺も本格的に卒業後の進路を考え始めた頃。

休み時間は放課後の数分、英語教師と話し込んでいる透君をよく見かけるようになった。
それだけで決めつけるなんてもちろんおかしな話であるし考えすぎということは自分自身よくわかっている。
でも、よぎってしまう。

もしかしたら本当に海外の大学へ……?

一度勇気をだして聞いてみた。

「最近英語の先生とよく話してるけど何を話してるの?」

「…そうかな?そんなことないと思うけど、授業でわからなかった所とか質問したりしてるかも。どうして?もしかして焼きもち!?大丈夫。俺は敦紀しか見えてないよ」

そう返されてしまった。

俺ははぐらかされているように感じてしまった。
毎回テスト前や最近だと模試前、一緒に勉強している俺がよく分かっている。

透君は、学校はもちろん全国模試でも上位に入るほどの実力者だし英語が好きで洋楽を聞いたり、洋画を見たり、英語の本を読んだりしている。
とにかく英語が身近にある人。

何度かおすすめしてもらったこともあったけど俺にはよくわからない世界だったため挫折した。

わからないところなんてきっとない。

でも、それ以上は踏み込めなかった。

特進コースでもない俺が「授業でわからない所なんてあるの?」そんなこと口が裂けても言えなかった。

「そうなんだ。でも、そんなことで焼きもちなんて焼きません!」

そう返すことしか出来なかった。

数日後、透君が六限授業のときは玄関前で待ち合わせをしているのだがいつもよりだいぶ遅く中々来ない。

あれ、今日七限の日だっけ?

そう思いスマホを取り出し、透君が送ってくれた特進コースの時間割を確認したが今日はやはり六限授業の日だ。

もう五分待ってこなかったら教室まで行ってみようかな。

そう思ったとき

「あれ?敦紀君だ!」

そう聞こえてきた。
辺りを見渡し、自分を呼んだ声を探す。

「……優斗くん!」

「久しぶりだね!江井待ち?」

「うん。透君待ってるんだけど中々来なくて…」

「あいつ鞄持ってたからもう帰ったと思ってたけど…。もしかしたら職員室かも。大学の話で。」

大学の話……

同じ特進コースのクラスメイトで透君の幼馴染の優斗君。
俺に相談してくれてない事実を知るのは少し寂しいけど、優斗君なら何か知ってるかも。

「あのさ、透君の進学先について何か知ってる?」

「江井の進学先…あんま俺もよく知らないんだよね。俺も俺の事で精一杯だし、そういう話あんましなくてさ。何か不安?」

「いや!そういうのじゃないの。進学先ってプライベートなことだし、聞きづらくて...でも気になっちゃってさ。優斗君に聞いてる時点で卑怯なんだけど」

そう自嘲するように笑った。

優斗君に聞き出そうとした情けなさの自嘲の笑み半分、優斗君も知らないという安堵の笑み半分。


俺の発言から少し気まづくなってしまった空気を変えるように優斗君が口を開いた。


「そんなことより、敦紀君、江井のこと下の名前で呼べるようになってるじゃん!」

「あ!そうなの。優斗君が背中押してくれたおかげだよ。ありがとねほんとに」

随分前の話だが優斗君と2人きりで話すのはあの相談以来であった。

「仲良さそうでよかったよ!敦紀が名前で呼んでくれたーって何回自慢されたことか……」

「鬱陶しかったよ」なんて笑っているがきっとそれだけ優斗君を信用していて軽口も言い合えるような仲の2人に少し嫉妬心を抱いた。

「あ、ごめんそろそろ塾の時間だ。帰るね!」

「うん。ごめんね引き止めちゃって、またね」

そう言って優斗君とは別れた。

ちょうど五分程経っていたが、透君はまだ表れなかった。

「やっぱり職員室の方まで行ってみよう。」

生徒のほぼ全員が各々部活や塾、アルバイト、はたまた寄り道へと足を進めた今、俺の独り言が妙に大きく感じた。

この高校には複数のコースが存在する。
私立高校なだけあり、校舎も嘘みたいに広い。
そのため、透君が属する特進コース担当の教師用の職員室、俺が属する普通コース担当の教師用の職員室という様に職員室さえも複数存在する。

この高校に入学してから三年目であるが、特進コースの職員室へは足を向けたことすら一度もない。
あくまで透君がいるかどうか見に来ただけで職員室の中まで入るつもりなど一ミリもないのだが不思議と背筋が伸びるような、変な感覚に陥った。

ちょうど廊下で透君と、俺がモヤついている原因である特進コースの英語教師が話しているところを遠目から発見した。
あまり近づきすぎて会話を途切れさせてしまったら何方にも申し訳ないという思いから少し離れた所で様子を見ることにした。


壊れたトランシーバーのように途切れ途切れに会話が聞こえてくる。


「…っていうことだから……………英語力も活かせると思うし、…………海外にも……………考えてみてね。………私も大学側にはコネクションがあるし。………江井くん……期待してるよ。」

「…………………ありがとうございます。…………………です。
検討……ます。今日はこの辺りで失礼します。」


職員室から俺の現在の距離ではこの程度しか聞こえてこなかった。

端的に言うと後悔した。
あのままスマホゲームでもして暇を潰してればよかった。

俺は気づいたら足音が目立たないよう、ぼんやりとした視界で待ち合わせ場所まで戻っていた。

演技は苦手だ。
鋭い透君に対して何も知りません。
俺はずっとここに居ましたという顔が出来るのだろうか。


「敦紀ーーー!」

「透君、お疲れ様。遅かったね」

隠せ

隠せ

隠せ


「そうなんだよーー、早く敦紀に会いたかったし最近待たせちゃってるから今日は俺が先に来ようと思ったんだけど友達に捕まっちゃってさー、災難だよ」

ニッコリ笑って透君はそう言った。
耳を疑った。

…友達?

何かの冗談だろうか、

嘘?

俺の記憶が正しければ『嘘をつかないこと』という名目も約束の1つだったはずだ。

透君が何を考えているのかわからない。


「敦紀、今日欲しい参考書があって本屋さん行きたいんだけど一緒に行かない?」

「あー…ごめん。今日はちょっと」

「そっか、じゃあ駅までだね!」

わかってる。
逃げちゃだめだ。でも逃げてしまいたい。
いつもなら喜んでついて行く本屋さんデート。
でも今は一緒にいたくないとすら思ってしまう。


このままでいいのか?
いいわけない。

透君とお別れになってもいいのか?
いいわけない。

透君はもうそのつもりなのかもしれない。
そんなわけない…

そう思いたいだけ…?

それでも、透君との約束を破りたくない。前の俺から変わりたい。

意を決して声をかけようとしたその時

「…と、透く…


「江井!帰り際にごめんな!この前の模試の解き直ししててどうしても英語でわからないところがあってLINEで問題送るから明日の自習の時間に解説お願いしてもいいか?」

自分の知らない声が突然現れ、透君を独占する。

「もちろん大丈夫だけど、先生じゃなくて俺でいいの?」

「むしろ迷惑じゃなければ江井に教えてもらいたいんだよ!解説がわかりやすくて…」

「そういうことなら送ってくれれば、明日解説できるようにしておくね」

「ほんとか!ありがとう!」

「いいんだよ。それに”人に教えることで復習になるっていうしね。”」

この瞬間俺の中で何かが欠落した。

俺にとってこの言葉にどれだけ救われたか。
透君にとってはなんてことない言葉で何気なく発した言葉だってわかってる。
でも俺はこの言葉のおかげで透君との勉強会が楽しくなれた。
俺にとって大事すぎる言葉をあっさりとクラスメイトに使っているところを見て冷静ではいられなかった。

邪魔をしないように静かに見守っているつもりだった。
しかしこれ以上この場にはいられない。
本能的にそう思った。

「透君!電車の時間やばくて、先帰るね!」

「敦紀!」

そう叫ぶ声が聞こえたが聞こえないふりをしてがむしゃらに駅まで走った。着信音は知らないフリをした。

透君のことがわからない。
俺が一番わかってるつもりだった。
わからない。
わかりたくない。