愛という名の



8月はわたしの誕生日。

遼には言っていない。
「付き合う」ことになってすぐに誕生日を聞かれたけれど、笑って教えなかった。
言えば「何歳になるの?」って聞かれてしまうから。
適当な年を言っても、大学生がどんなものなのかわからないからバレてしまう。



初めて遼の部屋に行った日、2人で並んでテレビを見ながら、頭の中では違うことを考えていた。

テレビでは、大手不動産会社が地面師という詐欺グループに騙されたニュースをやっていて、遼はそれを真剣に見ている。

「わたしは大学生じゃなくて高校生なんだ」って、正直に言わないといけない。このまま遼に嘘をついたままでいたくない。
わたしの頭の中は「いつ言おう?」ということでいっぱいだった。
でも、「いつ」とかタイミングなんて考えてたら言えなくなる。

今、言おう。

テレビがCMに入って、「話そう」と思った瞬間、先に言葉を発したのは遼の方だった。


「そう言えば、いつだったか忘れたんだけど、常広が……常広って、菜々子と最初に会った日、カラオケボックスにいたやつなんだけど、菜々子が天応高校の制服着てるの見たって」


心臓がぎゅうっと痛くなった。

早く、今、言わないと――。


「あのね――」

「他人の空似だって一笑しといた。菜々子が大学生ってだけでも『ロリコン?』とか女子社員に言われるくらいなのに。高校生はあり得ない」

「高校生は……なしなんだ?」

「ないよ。社会人と高校生はない」

「ないんだ」

「ないでしょ?」

「だよね。大学生だって十分やばいよ?」

「そんなこと言うのやめて。オレ別れたくないからね」


遼が真剣な顔でわたしを見ながら、わたしの指に軽くふれると、ゆっくりと絡ませてきた。
そして、もう片方の手で最初はわたしの長い髪の毛に指を通していたけれど、やがて引き寄せられた。

もう、とっくの昔にCMは終わっていたけれど、テレビの音なんて耳に入ってこなかった。

頭の中で、「大人のキスだ」って思った後は、もう何も考えられなくなっていたから……



言えない。

本当のことを言って、わたしがまだ高校生だなんてわかったら嫌われてしまう。

それだけは嫌――


だから、誕生日がきて、ようやく18歳になったことは言わなかった。
高校生だと言えないまま、付き合い始めて2ヶ月が過ぎた。

お盆になると、両親は親戚の人の法事があるということで、祖父母の家に泊まりがけで行ってしまった。
わたしは、会ったこともない人だったし、夏休みに入ってから一応通い始めた塾があったため、一人でこっちに残った。



無知は罪。



自分の身を守るのは自分しかいないのに。

学校では教えてくれなかったことを、みんなはどこで知るんだろう?



遼のマンションに行くのは3回目。

手を繋いで一緒に映画を見たり、ご飯を作って食べたりしただけで、まだキス以上はしたことがなかった。


「今日ね、ずっと一緒にいられるよ。朝まで……」

「……それ、意味わかって言ってる?」

「ん」

「やば……緊張する」

「そんなこと言ったら、わたしの方がもっと緊張するんだけど?」


遼がずっと笑顔でいるから、その顔を見て、わたしも笑った。


一緒にご飯を食べて、いつもみたいにテレビを見て、夜中の12時を過ぎても、その先の言葉が言えなくて、2人でゲームをしたりしていた。

1時前になってようやく遼が聞いてきた。


「先にシャワー使う?」

「うん……いい?」

「どうぞ」



そこからは、ずっと心臓がどきどきしていて、あまり記憶にない。

でも、「電気、消して欲しい」と頼んだら電気を消してくれて、真っ暗になった部屋で、遼が最初に言ってくれた言葉は覚えている。


「こんなに誰かを大切だと思ったのは初めてなんだ」
いつもより優しいキス。

わたしにふれる手はもっと優しい。

知らない自分。

知らない遼。

初めては全部、遼。

キスをしたのも、それ以上も――




その時わたしは18歳だった。




少し眠って、目を開けると、遼はまだしっかりとわたしの指に自分の指を絡ませたまま、隣で眠っていた。

これが「愛」って呼ばれてるものなのかな、なんて、そんなことを考えながら、もう一度目を閉じた。



次に目を開けた時、隣にいるはずの遼はいなくて、一人でベッドにいた。
カーテンの隙間から陽の光が差し込んでいる。

重い体を起こすと、キッチンにいた遼が駆け寄ってきた。


「起きた? よく眠ってたから起こさなかったんだけど」

「隣に……いてくれると思ったのに」

「ごめんっ。起きたらお腹すいてるかもしれないと思って、朝ごはん用意してた」

「遼が作った朝ごはん?」

「あー……期待はしないで。焼いただけ」

「焼いただけ?」

「パンを焼いて、卵とベーコンを焼いた」

「焼いただけだね」

「だからそう言ったけど?」


ベッドの上で掛け布団にくるまったわたしの頭を、遼が優しく撫でた。


「かわいい」

「なんか、軽い」

「え? 思ったままを言っただけなのに『軽い』とか言われたら、オレ、どーしたらいいの?」

「ふふふ」

「何? その笑い?」

「昨日、わたしのこと何回『好き』って言ったか覚えてる?」

「数えてた?」

「うん」

「何回言った?」

「途中まで数えてたけどすぐにわかんなくなった」

「ご飯食べる?」

「食べたい……服着るから、あっち向いてて」

「昨日全部見たのに?」


枕を投げたら、遼が「ごめんって」と言って笑った。


「なーなーちゃん」


ベッドの端に座った遼がキスをしてくる。
キスをしながら、その手がからだにふれてきた。


「明るいの……恥ずかしい」

「だめ?」

「だめとかじゃなくて……」

「後ろ向いて。顔、見えなかったら恥ずかしくないかも」

「や……」

「本当に嫌ならやめるから」

「……意地悪」

「菜々子がかわいいのが悪い」

「ずるい」

「これ、嫌?」


ずるい。
嫌って言わないのわかってて……


「本気で菜々子のこと好きだから」

「ん……」



わたしもね、遼が大好きだよ。

こんなにね、幸せでいいのかな?



そんなふうに思った気持ちに嘘はない。

いつだって、真剣だった。本気だった。

お互いがそうなんだと信じてた。