愛という名の



ちゃんと付き合うようになってからは、今まで以上に遼さんと過ごすようになった。

地元は九州で、就職でこっちに来たから、今は一人暮らしをしていると教えてくれたけど、「家においでよ」と言われることもなく、手さえ繋ぐことすらなかった。
いつも7時前には駅まで送ってくれる。

ちょっとくらいふれてくれればいいのに、なんて……いつしか、わたしの方が思うようになっていた。



夏休みに入って最初の日。
ドライブに誘われた。


「車持ってたの?」

「レンタカー。免許は持ってるし、仕事で毎日のように乗ってるから運転は安心して」


妙な沈黙。


「友達と……ドライブとか行ったりする?」


そんなのあるわけない。
みんなまだ免許すら持っていないんだから。


「ドライブは初めてだけど、どうして?」

「オレ以外の男の車とか乗らないで」

「乗らないよ?」

「良かった。学校、夏休みになったでしょ? オレが昼間ずっと仕事してる間、やっぱ、友達と遊んだりするのかなとか、そこに男もいるのかなとか、まぁ、いろいろ考えたりして……」

「もしかしてヤキモチ?」

「ヤキモチです」


からかったつもりだったのに素直に認められてしまった。


「そんなのないから、安心して」

「良かった」


運転している横顔が嬉しそう。


「どこに向かってるの?」

「神社。菜々子ちゃんとこの先もずっと一緒にいたいから」

「なーんか、プロポーズみたいだね」


軽い気持ちで言ったのに、思いがけず真面目な顔をされた。


「うん。今のは……まぁ、予行練習。菜々子ちゃんはまだ学生だから、これから就職とかも考えてるだろーし。だから、ずっと待ってる」

「そんなこと簡単に言っていいの?」

「簡単に言ったわけじゃないし、こんなの冗談で言わないよ」


「就職」という言葉に、自分が「高校生」だと伝えていないことを思い出した。
彼は、わたしを「大学生」だと思っている。
でも、あと9カ月すれば本当に大学生になるのだから……

完全に、言うタイミングを逃してしまった。
早く帰るために、早く待ち合わせをしている。
遼さんは、いつもわたしに合わせてくれる。


「早く来たおかげで駐車場に並ばなくて済んだ」


そう言って遼さんは笑った。

朝が早いことをわたしが気にしてることを知ってて、そういう言い方をしてくれる。


「遼さんって、今まで何人の人と付き合った?」

「それ聞く?」

「正直に教えて」

「……2人」

「間があったのはどうして?」

「なんか食い下がるね」

「教えて」

「明確に『付き合おう』って付き合ったのが2人で、なんとなくそれっぽかったのが……2人」


4人……25歳でそのくらいの数が多いのか少ないのかわからない。


「自分から言ったのは、菜々子ちゃんが初めて」


と言うことは、全部向こうから言ってきたんだ……
それはそれで……
自分で聞いておきながらもやもやとしてしまう。


少し歩くと、真っ赤な鳥居が見えた。


「下鴨神社?」
「最強の縁結びの神様らしい。この時期だけ、みたらい祭というのもやってるらしいから、そっちも行こう」


神社の入り口の、その鳥居をくぐった先には、ずっと先まで森の中にいるような道が続いている。


「涼しい」

「さっきまでの暑さが嘘みたいだ」


両方を木で挟まれた道を2人で歩きながら、昔のことなんて今言ってもしようがないよね、って自分に言い聞かせた。
今、隣を歩いているのはわたしだよね?


森を抜けると、「みたらい祭」と大きな白い看板があり、境内は一歩通行になるようにロープが張られていたので、それにそって、御手洗池へ向かった。
本殿でお参りをして、献灯料を納めてロウソクを受け取ると、御手洗池に入る。


「冷たい」


思わず遼さんの顔を見た。
それに気づいて笑いかけてくれる。


「湧き水だからかな。菜々子ちゃんスカート大丈夫?」

「大丈夫」


行く前に、「膝まで水に浸かると思うから」と聞いていたので、短めのスカートで来ていた。
海にでも行くのだと思っていたので、行先が神社だと言われて、どこで水に浸かるのかと不思議だったのだけど、こういうことだったんだ。

みたらい祭りは夏の短い間だけ行われていて、御手洗池に素足で入り、ロウソクをお供えして、無病息災を祈るお祭りだと教えてもらった。

ご神前にロウソクをお供えして、向きを変えたちょうどその時、余所見をしていた人がぶつかってきてよろけた。
それを咄嗟に遼さんが支えてくれた。


「大丈夫?」

「大丈夫」

「階段のところまでだけだから」


手をつないでくれた。

足元はとても冷たくて、繋いだ手は熱い。


でも、池から出て階段をのぼると、言葉の通り、簡単に手は離されてしまった。

つないだままで……良かったのに。
遼さんは、わたしが濡れた足を拭いて靴を履くのを確認してから「行こうか」と声をかけ歩き始めた。
それを見て、咄嗟にバカなことを口ばしった。


「ひ、人が多いから迷子になりそう」


なんて子供じみた……
自分で言っておきながら、恥ずかしくて俯いてしまった。


「菜々子ちゃんが嫌なんじゃないかと思ってた」


あきれたふうでもなく、遼さんは笑ってわたしの手をとり、そのまま、縁結びのお守りを買いに行った。

ちりめん生地で作られたお守りは、全て模様が違うと言われ、悩みに悩んで、わたしは水色に花の模様が入ったものを、遼さんは白地に半分が水色になって紅葉の柄がついたものを選んだ。




帰りは、また森の中のような道を、今度は手を繋いで歩いた。


「今度、遼さんの家に遊びに行ってもいい?」

「いいけど、何もないよ? いや、そう言えばゲームがある」

「遼さん、ゲームするの?」

「随分前に買って、しばらくやってないけど」

「どんなの?」

「アクションゲーム。敵を倒すやつ」

「やってみたい」

「いいよ。だったら掃除しないといけない。菜々子ちゃんにあきれられる」

「ぐちゃぐちゃ?」

「ビミョー」


「微妙」ってどんななんだろう?
帰りは、いつものように駅まで送ってもらったけれど、いつもみたいに「またね」と言われる代わりに、違うことを言われた。


「車だから家の前まで送るよ?」

「ううん、ここでいい」

「オレといるのを親に見られたら困る? 菜々子ちゃんが良ければいつでも挨拶しに行くけど?」


それは……困る。
高校生の娘が付き合ってる相手が社会人だなんて、しかも8つも上だなんて親が知ったら絶対に反対される。


「オレってまだ信用ない?」

「そんなことないよ! 遼さんのことは信じてる」


ほっとしたような顔をされた。


「『菜々子』って呼んでもいい? 『菜々子』って呼びたい」

「いいよ? そんなことわざわざ聞かなくてもいいのに」

「オレのことも、ずっと『さん』づけのままだけど、呼び捨てでいいよ」

「でも……」

「呼んでみて」

「……遼」

「次は『遼、好き』って言ってみて」

「えっ?」

「言って」

「遼……好き」


面と向かって言うのが恥ずかしくて、助手席のダッシュボードを見ながら言った。
言った後で、隣に顔を向けると、遼は優しい顔でわたしのことを見つめていた。


「オレも、菜々子が好き」


初めて、名前を呼び捨てにされた。


「信用……失くすようなことしていい?」

「それって、どんなこと?」

「例えば、こういうこと」


初めてのキスは車の中だった。