愛という名の



土曜日、約束の15分前に待ち合わせの場所へ着くと、びっくりするくらい人がいっぱいだった。

もしかして、土曜の午後って、1番人が多い時間帯だった?
もっと具体的に場所を決めればよかった。
「TOYOシネマズAの前」なんてアバウトすぎた。

髪の毛を巻いて来たことも後悔した。あの時はストレートだったから、それを目印に探したら気づかないかもしれない。
そもそも小島さんはわたしがわかるんだろうか?

散々迷って、エレベーターが見える場所に立っておくことにした。
ここならエレベーターから降りて来る人がよく見える。


いつもだったら、スマホでも見て待ち時間を潰すのだけれど、下を向いていたら向こうも気づかない可能性があるから、仕方なく前を歩く人を見ていた。

自分と同じような人も結構いて、エレベーターのドアが開いた瞬間、フロアの人の多さに少しびっくりした顔をして、エレベーターを降りると同時にきょろきょろする。
そして相手を見つけられそうもないと気がつくと、スマホを手に取る。

そんな様子を何人も見ているうちに、待ち合わせの時間がやってきたけれど、小島さんは現れない。

もしかしてわたしが待っているのをどこかから見て笑ってるんじゃないかと思ったり、そんなこと小学生じゃあるまいし、と思い直したり……


約束の時間を30分ほど過ぎてから、からかわれたのかもしれないと思い始めた。
スマホにも連絡はない。
気が変わったのかもしれない、と思うと自分から連絡するのは躊躇した。
これ以上待つ気にはなれず、帰ることにした。
3台あるエレベーターは、どれも行ってしまったばかりだったから、同じようにエレベーターを待つ人に混じって、ドアが開くのを待った。

しばらくして、下方向のボタンが点灯し、ドアがゆっくりと開くと、降りて来る人のためにみんなが横へ避けた。
乗っていた人が全員降りると、今度は早く並んでいた人から順番に乗り始める。
自分の番がきて、エレベーターに乗る寸前、一度だけ振り返った。

その時、少し離れたところで、人の波を縫うように誰かを探し回る人が目に入った。

あ……と思った瞬間、その人と目が合った。


「すみません」


気がついたら、エレベーターに乗る人たちの間をすり抜け、その人のところへ駆け寄っていた。
わたしが近づくと、小島さんは目を細めて安堵の表情を見せた。


「良かっ……た。誘っといて……遅れるとかナシだよね……ごめん」

「いえ……」

「これっ」


小さな紙を渡された。
何かと思ったら、電車が遅れた時に発行される遅延証明。
小島さんを見ると、一生懸命息を整えている。


「どうして息をきらしてるの?」

「え? ああ……エレベーター……なかなか……乗れそうになくて……階段……走ったから」

「ここ4Fなのに走ったの? 遅れるって連絡くれれば良かったのに」

「これ」


次に見せられたのはスマホ。


「充電切れてた」

「いいもの持ってるから、あっちに座りませんか?」


2人で空いているソファに座り、小さなペットボトルの水を渡すと「いいの?」と言われ、頷いた。
小島さんはすぐにキャプを開けると、水を一気に飲み干した。


「ありがとう」

「少し早めに来たら、ビルの前でイベントやってて、抽選引いたらそのペットボトルが当たったんです。映画館は持ち込み禁止だし、カバンには入らないから、どうしようかと思ってたので役に立って良かった」

「これ、運命だ」

「何が?」

「オレの欲しいものを菜々子ちゃんが持ってた」

「こんなの運命だなんて言わないと思うけど?」

「こじつけでも何でもいいんだ。運命感じてよ」

「かるーい」

「これもダメだった?」

「だめだめですね」


また、しょんぼりした顔をされた。


「電車、乗ってる時に止まったから、降りることもできなかったんだ。スマホはこんな時に限って充電がないし。待っててくれてありがとう」

「待ち合わせに遅れたからって、遅延証明渡されたのは初めて」

「菜々子ちゃんの記憶に残れて嬉しい」


小島さんの、わたしを見る目が優しくて、下を向いてしまった。
映画を見た後、少し歩いてからカフェに入った。

2人で感想を言い合ったり、今まで見た映画の中では何が好きだったかとか、昨日食べたものは何だったかとか、何の脈絡もなく、とりとめのない話をしていたら、時間はあっという間に過ぎていった。


「もう6時過ぎてる。菜々子ちゃんは夜、何食べたい?」

「ごめんなさい、帰らないといけない」

「そうなの?」

「8時が門限だから」

「厳しいんだ」

「かな……」


高3になって、受験生だからという理由で、これまで21時だった門限が20時になった。
それでも、遊びに行くことまでは止められてないのだから、厳しいんだかそうじゃないのかわからない。


「そっか……」


小島さんは下を向いてしまった。

夏に向けてどんどん日が長くなっているから、雨さえ降らなければ6月の6時過ぎという時間はまだ明るい。
そんな時間に「帰る」と言われて、社会人の人にしてみたら、面白くないのは当然のこと。


「だったら、今度から早い時間に待ち合わせをしよう?」

「今度?」

「菜々子ちゃんさえ嫌じゃなければ」

「嫌だなんてそんなことない」

「6月6日って覚えやすいよね? これで6時だったら6が3つ並ぶからもっと忘れない」

「何の話?」

「2人が出会った運命の日」

「小島さん、何にでも運命感じすぎだと思う」

「そう?」

「そんなんじゃあ運命だらけになって一番大切な日を忘れちゃうよ?」

「忘れないよ。絶対に忘れない」


次があるんだ。
そう思うと嬉しくなっていた。
それから何度か、午前中に待ち合わせをして、お昼を食べに行ったり、水族館やショッピングにも行った。

「他に使うところもないから」と言って、いつも奢ってもらってたから、植物公園に行った時は、お礼がわりにお弁当を作っていった。
あんまり上手に出来なかったのに、とっても喜んでくれて、何度も「美味しい」って言われるから恥ずかしくなってしまった。


小島さんは、5月に25歳になったばかりだと教えてくれた。
でもスーツを着ていないと、大学生だと言っても通用するくらいの童顔で、少し無理したら高校生でもいけるかもしれない。
よくテレビで、20歳をとっくにすぎた俳優さんが、高校生の役をやっても違和感がないみたいに。

一方のわたしは、昔から「大人っぽい」と言われてきた。
一度なんか、制服を着て歩いていたら、知らないおじさんに「コスプレ? どこのお店の子?」と声をかけられて走って逃げたくらい。
私服を着て歩いていると、大学生を通り越して社会人に間違われることが多い。

だからなのか、2人が並んでいる姿が鏡に映っているのを見ると、まるで年の近いカップルのよう。


年なんて、きっと関係ない。