愛という名の



一度だけ。
一度だけ、遠くから姿を見るだけでいい。
そうしたら、またあの昼も夜もわからない毎日に戻るから。



始発の新幹線に乗って、菜々子の通っていた高校へ向かった。
HPに毎年3月1日が卒業式だと掲載されていたので、今年もその日に行われるに違いない。

会って話をするつもりはなかった。
ただ、元気な姿を一目でも見ることができたら、そのまま帰るつもりでいた。

家の住所は知らなかったし、もう聞く資格すらない。
でも以前、菜々子が天応高校の制服を着ていたと常広が言っていたので、高校だけはわかる。

社会人が高校生の女の子をどこかからこっそり見ようなんて、まるでストーカーだな、と自分の行いに苦笑した。


天応高校は、交差する大きな十字の道路の一角にあって、正門は大きな道路に面した場所にある。
どこにいれば、向こうからは気づかれることなく、正門を出てくる菜々子を見ることができるんだろう?

周りには会社が立ち並ぶだけで、店も何もない。
流石に何もないところに長時間立っているわけにはいかない。向こうも気づくだろう。

地図を見ると、学校の最寄駅の前にファミレスがあったので、そこにいることにした。窓際に座ればそこから駅に向かう人が見える。
学校の正門を出たところで、タクシーを使われてたら全くの無駄でしかないけれど、どのみちこんな行為に意味はないのだから、構わない。



ファミレスに入ると、まだモーニングをやっている時間で、通常のメニューとそれ用のメニューの2つを渡された。
モーニングのメニューの1番上に載っていたのは、トーストに玉子とベーコンの焼いたものと、サラダと飲み物がついたセットだった。


『焼いただけだね』


菜々子の声が聞こえた気がした。

初めて菜々子と迎えた朝、「焼いただけ」と言って、トーストに卵とベーコンを焼いた朝ごはんを作った。
食べたのは、すっかり冷たくなってからだったけれど……


メニューを閉じて、あの日の朝と同じ物を注文した。

すぐに料理は運ばれて来たけれど、目の前に並べられた皿を見て、「こんなには食べられないな」と思った。

食事を前にしてイスに座ったのも、温かいものを目にするのも久しぶりだった。
それに今日はいつも片手に持っている書類もない。

手を合わせ小さく「いただきます」と呟いてから、視線を窓に向けたまま、サラダをゆっくりと口に入れようとして、手が止まる。
どうしても食べることが出来ない。
あきらめてフォークを置いた。



11時過ぎになって、一目で卒業式だったことがわかる親子連れが駅に向かう姿がちらほらと見られるようになった。

最後に会った時、菜々子は長い髪をしていた。
けれども、それは切っているかもしれない。
だから、背格好の似たような女子生徒を目で追った。

でも、制服を着た生徒が誰も通らなくなるまで見続けていたけれど、その中に菜々子の姿を見つけることはできなかった。



きっとこれがオレの運命なんだ。

菜々子のことを傷つけておいて、姿が見たいなんて虫が良すぎる話だ。



3月も終わる頃、母親が他界した。

親父の借金が発覚して、財産も自宅の土地も人の手に渡ってしまっていたから、母もいなくなった今、残ったのは、多額の負債を抱える会社だけ。
それを破産宣告して終わらせることは許されていない。
借金を返し終わるまで、この鎖から逃れることはできない。



菜々子は春から大学生になるんだよな。

どうか、どうか、笑っていてほしい。

神様、菜々子の辛い思いは全部オレが引き受けるから、どうか、彼女を幸せにしてください。