愛という名の



紡いできた時間も、積み重ねてきたものも、壊れる時は一瞬なんだと知った。



仕事中にスマホに着信があり、見ると実家からだった。
昼間にかけてくるのはめずらしい。

一抹の不安がよぎる。
そして、それは現実となる。


「お父さんが倒れたの。とにかくすぐに帰って来て……長くないかもしれない」


正月に帰った時は、あんなにピンピンしていた親父が?

それでも、母親のそんな弱々しい言葉に、すぐに実家に帰ることを決めた。
上司に事情を話し3日ほど有給を取ると、仕事は常広に引き継ぎ、1番早い飛行機に乗って、着いたその足ですぐに病院へ向かった。



病室に着くと、親父はオレの顔を見るなり「すまない」と、それだけを言い残してこの世を去った。
あまりにも呆気ない最後にショックを受けたのか、今度は母が倒れ、そのまま同じ病院へ入院した。

全てが1日にも満たない間に起こった出来事で、自分でもまだ消化しきれないでいるところに、親父の秘書から「大切な話がある」と、呼び出された。

何も今じゃなくても、と思っていたオレは、申し訳なさそうに告げられた。


「会社が、大変なことになってまして……」



親父は良くも悪くもワンマンなところがあって、それがこれまではいいように転がってきた。

けれども、今回はそれが事態を悪くした。

社内でも慎重になっていた案件を、親父が強引に押し進めた結果――


大掛かりな詐欺にあった。


負債総額12億。


大きな会社なら持ちこたえられる額かもしれない。
でも、うちはそこまでの規模の会社ではない。


「社長代理として、今後についての会議に出席していただくことになります」

「……いつ、ですか?」

「これから、すぐにでも」


親父は今亡くなったばかりで、母も入院したこの状態で?


「お心苦しいのですが、会社には家族のいる社員も多数います」

「わかりました。会社に着くまでに状況を教えてもらえますか?」



スマホに菜々子からの着信があったけれど、出ている余裕がない。
とにかくできる限り現状を把握しなければいけない。
渡された書類に急いで目を通していった。



菜々子と話したら、きっと泣き言をいってしまう。

それは許されない。

とにかくなんとかしなければいけない。



全てが、粉々に砕け散っていく時間は、まるでジェットコースターに乗っているかのようだった。
親父が騙されたのは、都会で話題になっている地面師というやつらによる詐欺だった。
田舎のこんな場所で、そんな大掛かりな仕掛けの詐欺にあうわけがないと、高を括っていたのかもしれない。

郊外だったけれど交通の便がいい土地があり、そこを売りたいという話に、マンション建設を考えた親父はまんまと騙された。
社内で「慎重になるべきだ」と意見が出ていたにも関わらず、「大手不動産会社も購入に動いている」という出鱈目を、どこからか吹き込まれた親父は強硬手段に出た。
賛同も得ないまま、あちこちから目一杯融資を受け、金をかき集めると契約を結び、さっさと支払いを済ませた。

結果、それが詐欺だと判明し、親父は倒れた。



今後についての会議は、何度も、長時間にわたって行われた。
みんな言いたいことは山ほどあったはずなのに、親父を責めることより、社員のことを1番に、話し合いは借金の返済についてに終始した。

会社の持っている不動産をはじめ、親父個人の資産も全て手放し、12億のうち6億はなんとか返済の目処がたったが、残りの6億がどうにもならない。利子だけでも半端ない。
破産手続きを取れば、長年付き合いのある会社に迷惑がかかる。
とにかく6億をなんとか返済するしかないというのが、全員一致の意見だった。なんとか借入金を返済しつつ、会社を継続する方法を模索した。


いろんな取引先に行き、どれだけ頭を下げたかわからない。
頭に入れるべき書類が大量にあった。
わからないことが多すぎて、目の前のことをこなしながらも、勉強しなければついていくことが出来ない。
警察にもいろいろ聞かれたが、親父がいない今、答えられることがない。
会社と母親の入院する病院とを行ったり来たりの毎日はあっという間に時間が過ぎていく。


菜々子の残していた着信に、「落ち着いたらかけ直そう」と思っていたのに、全く余裕がなかった。
母の病院の休憩室で、ようやく菜々子に電話をかけることができたけれど、「発作を起こした」と看護師に呼ばれ、強引に電話を切ることになった。


時間があやふやだった。寝ているのか起きているのか、それすら自分でわからなくなっていった。

その後、菜々子に電話をかけることができたのは、こっちに帰って来てからどのくらい経った頃だろうか?
菜々子から告げられた「妊娠」という言葉に自分を罵った。

オレは菜々子からの電話をどれだけ放っておいた?


けれども……思っていることとは真逆の言葉を言うしかなかった。
自分の知っている、卑怯な言葉を並べ立てた。
だってそうだろ?
オレの望みを口にすれば、菜々子の未来を奪うことになる。


初めて菜々子が18歳だと言うことを知った。
常広がコンビニで見た、高校の制服を着ていたという菜々子は見間違いではなかったんだ……


ますます何も言えなくなった。
「ごめん」なんて簡単な言葉で済ませられることじゃない。
そんなの自分が1番わかってる。言葉では足らない。
すぐにでも会いに行きたい。

でも今ここを離れることもできない。

会社を辞めた人もいたけれど、残ってくれた人もいて、オレが不安そうな顔をするわけにはいかない。
利息を返すばかりでは借金は減らない。でも、新規で仕事をとるには資金がいる。
なんだよこの堂々巡りは?
頭の中は絶えず金策のことで埋め尽くされている。

時間の感覚がおかしい。
どうやら夜中に菜々子に電話をしてしまったらしく驚かれた。
どうにかなってしまいそうだったけれど、オレなんかのことより菜々子の方が心配だった。

菜々子が中絶手術を受ける日、せめてそばにいたかったのに、融資について銀行や税理士と話し合う席が設けられることになった。
どうにか無理を言って時間をとってもらって、こちらがお願いする立場だった手前、先方の指定した日時を変更してほしいなど言うことは出来ない。
社長代理のオレがぬけるわけにもいかない。

菜々子に行けなくなったと伝えた。
でも、これで……良かったんだ。
会うべきじゃない。


どの選択肢を選んでも、菜々子は傷つく。
でも、どうしてもどれかを選ばなければならない。
いくら考えても、オレのいない未来が1番マシだ。
だから、最低な別れ方をするよ。


背負わなくていい罪を菜々子に負わせる。
全部オレのせいだ。
きちんと避妊はしていたつもりだったけれど、間違った方法では意味がないことを知った。
知らなかったからと言って、許されない。



無知は、罪だ。



半分は菜々子から、半分はオレから生まれた、命なのに――



その日の夜、夢を見た。
夢の中で菜々子は子供を産んだ。
かわいい男の子だった。
菜々子が赤ちゃんを抱いてオレを見る。
オレは嬉しくて泣いていた。
みんなが笑顔で、絵に描いたような幸せな家族がそこにあった。

目が覚めて、自分が本当に泣いていたことを知った。
ずっと眠ったまま、目なんか覚めなければ良かったのに。


6億の借金って、どのくらいあれば返せるんだ……?


会いたいよ。