愛という名の



会社の時計がちょうど12時になったところで、常広が席まで来た。


「小島、一緒に昼行かね?」

「いいよ。どこ行く?」

「商店街の定食屋は?」

「いいね」


社内に2人揃っていることは滅多にないことで、入社して3年になるけれど、昼を一緒に食べたことは数えるほどしかない。

会社の目の前の道路を渡ったところに長い商店街があり、その中に常広のお気に入りの定食屋がある。
年配の夫婦がやっているその店は、いわゆる「お袋の味」がウリで、家庭的な料理が安く提供されている。


昼時の定食屋は混雑していて、少し待ってから席に案内された。
会社を出てから終始無言だった常広が、席について注文を済せると、ようやく口を開いた。


「あのさぁ、小島の彼女の菜々子ちゃんだけど……」

「なんか意味深な言い方だけど何?」

「高校生じゃないよな?」

「バーカ、そんなわけないだろ」

「だよな! 良かった。じゃあやっぱ見間違いだ」

「何だよ?」

「この間、営業で出た時たまたま寄ったコンビニでさ、天応高校の制服を着た菜々子ちゃんを見て思わず隠れたんだ」

「そんな似てた?」

「似てた似てた」

「何で隠れんの?」

「なんでだろ?」

「変なやつ」


常広は肩の荷がおりたみたいに、急に口が軽くなって、すぐに他の話題に変わってしまったけれど、オレの中で微かな疑問が頭の中をかすめる。

まさか高校生っていうのは、ない……よな?

見かけからして、ずっと大学生だと思って接してきたけれど、そのことについて訂正も否定もされたことはない。

ただ、菜々子のことは、知らないことが多い。
誕生日すら教えてもらえない。
本人が話したがらないことを無理やり聞くつもりもないから、いつか話してくれるだろう、というくらいのスタンスでいるけれど、どこに住んでいるのかすら知らないでいる。
「家まで送る」と言っても、毎回、駅までしか送らせてくれない。
「親が厳しいから」と言われたら何も言えない。
こっちはいつでも挨拶しに行くと言っているのだから、菜々子がその気になるのを待つしかない。


きっとまだどこかで信用されてないんだ……

カラオケボックスで初めて菜々子を見かけた時、黒髪のロングヘアがめずらしくて、つい見入ってしまった。

会社の女子社員はみんながみんな、髪を茶色く染めてパーマをかけていたから、新鮮に思ったのかもしれない。

どうやら部屋を間違えたらしい彼女に、部屋を間違えてることを告げた時、オレを見て恥ずかしそうにした仕草が印象的だった。

咄嗟に、「二度と会えないのは嫌だ」と思ってしまった。
だから何とかして次に繋げようと必死になった。

頭の中でいろんな知識を総動員して、なんとかして引きとめようと声をかけたのだけれど、あれが軽薄な印象を植え付けてしまったことは否めない。

しばらくの間、疑うような視線を投げかけられていた。



最初で失敗してしまったから、本気で思ってるってことをわかってもらうまで、大切にしていることが伝わるまで、慎重でいようと決めた。
九州にある実家は、大きくはないが、そこそこ名の知れた不動産会社で、今時世襲制なんて古いと思っていたけれど、いずれは会社を継ぐことが決まっている。
その前に、社会勉強を兼ねて今の会社で働いていることは上司も知っていた。

数年経験を積んだら地元に帰る約束でこっちに出て来たけれど、「そろそろ帰って来い」と親父にせっつかれるようになり、同時に、帰る度に見合い話を持ってこられるようになった。

結婚は自分で決めた相手としたい。
頭に浮かぶのは菜々子のこと。
ちゃんと菜々子の両親に挨拶をしたら、自分の親にも会ってもらいたい。
でも、いきなりそんな先のことなんて考えられないだろうから、待ち続けることになるんだろうな……



そんなオレの気持ちを知ってか知らずか、常広が会社の飲み会で、酔っ払って女子社員にペラペラしゃべった。


「小島さぁ、彼女にベタ惚れなんだよ」

「えーっ、惚気たりする人だったんだー」

「常広、言うなって」

「こいつ『この先もずっと一緒にいたいんだ』とか言ってさぁ」

「小島くんってばそういう人だったんだね」

「常広っ、お前もういいから黙っとけ」

「あと、あれも何回も聞かされたよなぁ。『かわいくて、かわいくて仕方ない』って」

「勘弁しろよー」

「じゃあさぁ、いいとこ教えてあげる。縁結びのパワースポット。神社なんだけど、そこのお守り持ってたら一生添い遂げられるらしいよ」

「それどこ?」

「何、食いついてんだよ」

「本当に彼女のこと好き好きなんだねぇ。後でメール送ってあげるよ」

「頼む」


随分ひやかされたけれど、隠すつもりもなかった。
彼女が年下の大学生だと知られた後は、「ロリコン?」なんて揶揄されることもあったけれど、「こういうとこ喜ぶと思うよ」と、いろんな店を教えてもらった。
さすが女子社員の情報は確かで、教えてもらった所へ菜々子を連れて行くと喜んでくれて、それを見るのが好きだった。

「嬉しい」
「楽しいね」
「ありがとう」

菜々子の一言一言が、ころころ変わる表情が、全て愛おしい。


菜々子と会うたびに想い出が増えていって、このままそれは続くものだと信じて疑わなかった。