月城くんの偏食事情。

そうは思っていても、まだ吸われる勇気はないし、
月城くんも元気になってきたので、家に帰ることにした。

「こーくん、今日はありがとうね。僕が送って行くよ。もう眠たくないし!」

「あ!じゃあ俺も…!」

「緋美は僕のことおんぶして帰って疲れたでしょ。洗ってあげられなくて悪いけど、先にお風呂入って(血を吸われるの)待ってて?」

うわっ、『先にシャワー浴びてこいよ』ってか!
セリフの破壊力よ……

月城くんに洗われるのを回避出来た上、
この後ラブラブ吸血タイムが待っているとわかった緋美は、ホッとしたような顔で大人しく俺たちを見送った。


まだ日が暮れ始めたばかりだったけれど、帰り道の森はもう薄暗かった。

「1人で帰れるから、送ってくれなくてよかったのに。月し…静夢が、帰り1人になっちゃう方が心配だよ。」

「大丈夫だよ!僕、このくらいの時間からの方が元気なんだ。夜目も効くし、心配ないよ!」

「…それに…」

「2人になりたかったし…」

「エッ?」

「こーくん、」

「何??」

「……おんぶして。」

「はぁ?!」

「眠くなったの??」

「…ううん。」

「あ!まさか、また緋美直伝の血が美味しくなる儀式的な??」

「いや、儀式は関係なくて…。」

「じゃあ、何で?」

「う〜ん…わかんない。あはっ。」

「……ダメ?」

そう言うと、月城くんは立ち止まった。
振り返ると、潤んだ大きな瞳で、俺をじっと見つめている。

無理やり血を吸おうとしているわけでも無さそうだし、吸血に関しての儀式でもないのなら…おんぶが気に入ったのかな?
寝てただけなのに?

よくわからない人だな……。

でも俺だって、月城くんをおんぶしてる緋美を、実は羨ましいな…って、どこかで感じていたんだ。

重い荷物と傘を持たされていたから──
だけじゃなくて。

何なんだろうな……。

理由なんて、わかんない時もあるよね。
頭で考えるのはよそう。

『そうしたい』と心が動いたなら、
それが全てだ。

「ダメじゃないよ、ちょっと待ってね。」

俺は背中のリュックを前に掛け直し、空いた背中を見せるよう向き直り、右膝を立てて屈んだ。

「やったぁ!こーくん、ありがとう!」

言うや否や、月城くんは俺の背中に飛び乗った。
表情こそわからなかったが、その明るい声で、喜んでいる様子が伝わった。

良かった、嬉しそうだな。

俺は真綿のような月城くんをおんぶして、森を抜け、駅までの道を歩き続けた。
重さは殆ど感じないけれど、背中に月城くんの温もりと、首元にほのかな息づかいを感じる。

月城くん、満足してるのかな?
おんぶして〜なんて我儘言ってきた割には、何も喋んないじゃん。

「静夢って、軽いね。体重どのくらいなの?」

「やだっ、乙女に体重聞くなんて!」

「ははっ、それ自虐?」

「静夢お嬢さま、俺の乗り心地はいかがでしょうか?」

「悪くなくて…よ……。」

「……ハァッ……!」

「どうしたの!?」

「ヤバい、こーくんの首筋が近くて……」

「血も出てないのに、良い匂いする……噛みたくなっちゃってる。ふざけきれない…」

「えええ!ヤバいヤバい!」

「下ろしていい??」

「いやっダメっ!」

「我慢するから……」

「噛まないって約束するから、ちょっとだけ、首舐めてもいい?」

「はっ??なめっ?!」

承諾もしていないのに、月城くんは俺の首筋を、

ペロッ

軽くひと舐めした。

「あっ……!」

俺のピュアッピュア拗らせメーターの針が、ギュイン!と唸り、体の一点に血を集めた。

これは俺の方がヤバい……!!


それからも、俺の首筋を何度か舐めたり、唇で挟んだりしてきたが、俺は頑張って無言で耐えていた。

でも、俺が何も言わないのをいいことに、


チュッ♡

「だぁぁぁぁああああ!!」

「ッツ…!タタタタタ…!」

「ストップストップ!!」

「こーくん!どうしたの?痛かった??ごめん!!大丈夫??」

「痛いのは違う、こっちの話…!」

「キスしていいなんて言ってない!!」

「ごめーん、ついつい!」

「メーターの針、ぶっ飛んじゃうから!首絞めることになるから!」

「こーくん??」

「えっとつまりその、静夢のためにならない」

「……から………」

そう言って振り返ってしまったのは──

失敗だったのか、成功だったのか。

唇が重なりそうなほどの至近距離で、
顔を真っ赤にした月城くんと目が合ってしまって……。

えっ、血を吸う側が、こんなに照れる作法って、あったっけ??


驚いた顔で見ていると、月城くんは目を逸らし、
その顔を隠すように、ゆっくりと俺の背中に頭を沈めた。


「なんか、今日の僕、おかしいね。」

「もう、何もしないから、お願い。このまま連れてって……」


「……うん。」


それから駅までは、お互い言葉を発することはなかった。

駅に着いて、背中から降りた月城くんは、
俺が見えなくなるまで、手を振り見送ってくれたけれど、
視線は斜め下に落としたままだった。

いつも変だけど、今日はなんか、変の方向性が違ったような気がするな…。



空にはもう、青白い月が浮かんでいた。