それからしばらく、俺とひかりは「気になること」が見つかるたびに、とりあえず調べてみるようになった。
別に、本気で将来の仕事を決めようとしていたわけじゃない。
面白そうだから。
ちょっと気になるから。
それくらいの理由だった。
ある日の昼休み、ひかりがスマホの画面を見せてきた。
「これ、行ってみない?」
「何これ?」
「地域のイベント。高校生向けのボランティア体験だって」
「ボランティア?」
「うん。子どもたちと遊んだり、イベントのお手伝いしたりするみたい」
「急だな」
「いいじゃん。前に人と関わる仕事も調べたでしょ?」
「まあ」
「だったら、実際にやってみれば分かるかもよ」
俺は画面を眺めた。
正直、そこまで興味があったわけじゃない。
でも、
「……行ってみる?」
「行こう!」
ひかりはすぐに身を乗り出した。
休日に俺たちは学校から少し離れた場所で開かれているイベント会場に来ていた。
「思ったより人いるね」
「帰りたい?」
「ちょっとだけ」
「早い!」
ひかりが肩を揺らす。
受付を済ませ、スタッフの人から簡単な説明を受ける。
その日は、地域の子どもたちが参加するイベントの手伝いだった。
最初は緊張した。
どう接すればいいのか分からない。
何を話せばいいのかも分からない。
けれど、少しずつ慣れてくると、意外と楽しかった。
子どもたちとゲームをしたり、会場の片付けをしたり。
ひかりは、気づけば子どもたちに囲まれていた。
「ひかり、すごいな」
「何が?」
「もうあんなに囲まれてる」
「子ども好きだから!」
「初耳なんだけど」
「今言ったからね」
「それ初耳って言わないだろ」
思わず吹き出した。
気づけば、あっという間に時間が過ぎていた。
ボランティアの帰り道。
駅までの道を歩きながら、ひかりが言った。
「どうだった?」
「うん。楽しかった」
「でしょ?」
「……でも」
「でも?」
「仕事にしたいかって言われると、分かんない」
「私も」
二人で顔を見合わせた。
「じゃあ、夢じゃないね」
「だな」
それで終わるはずだった。
でも、その夜。
俺は一人でベッドに寝転びながら、今日のことを思い出していた。
楽しかった。
それは本当だった。
でも、「これを将来やりたい」と思ったわけじゃない。
また一つ、違うものが見つかっただけだった。
スマホを眺める。
進路について調べた履歴が並んでいる。
大学、職業、資格、ボランティア。
いろんなものを調べた。
そして、いろんなものを知った。
でも、まだ何も決まっていない。
急に、胸の奥が重くなった。
──結局、俺には何もない。
翌日、学校に行くとひかりがいつものように話しかけてきた。
「おはよ!」
「おはよう」
「昨日の写真見た?」
「何の?」
「イベントのやつ。送ったじゃん」
「ああ」
俺はスマホを確認した。
そこには、昨日のイベントで撮った写真が何枚か送られていた。
「これ、いいじゃん」
「でしょ?」
ひかりは満足そうに頷いた。
俺は写真を見ながら、ふと思った。
「なあ」
「ん?」
「俺たち、何か見つかったのかな」
「何が?」
「夢」
ひかりが少し黙った。
「……まだじゃない?」
「だよな」
俺はスマホの画面に視線を戻した。
「結局、何やっても『これじゃない』ってなる」
「うん」
「俺、本当に何もないのかも」
ひかりが俺を見る。
「湊くん」
「ん?」
「それ、違うよ」
「何が?」
ひかりは、机の上に置かれた俺のスマホを指差した。
「昨日、一個見つけたじゃん」
「だから、何を?」
「これ」
ひかりが画面を指で軽く叩いた。
「『これは違う』ってこと」
「……」
一瞬、意味が分からなかった。
「それって、見つけたって言うの?」
「言うよ」
「なんで?」
「だって、やってみなかったら分からなかったでしょ?」
「……」
「やってみて、違った。それなら次に行けばいいじゃん」
ひかりは、当たり前のことを言うみたいに続けた。
「夢ってさ」
少し考えてから、言葉を選ぶ。
「最初から『これだ!』って見つかるものじゃないんじゃない?」
「……」
「好きかもしれないと思ってやってみて、違うって思って。また別のことをやってみて」
ひかりが窓の外を見る。
「そうやって、少しずつ近づいていくんじゃないかな」
俺は黙って聞いていた。
「だから、間違えたっていいんだよ」
その言葉を聞いた瞬間。
以前、ひかりに言われた言葉を思い出した。
──たくさん考えて、たくさん間違えればいい。
「……そっか」
俺は小さく呟いた。
今までの俺は、間違えることが怖かった。
大学を選んで、違ったらどうしよう。
仕事を選んで、違ったらどうしよう。
夢を決めて、それが夢じゃなかったらどうしよう。
だから、何も決められなかった。
でも、間違えたっていいのなら。
選んでみてもいいのかもしれない。
「じゃあさ」
俺はひかりを見る。
「次、何やる?」
「お!」
ひかりの顔がぱっと明るくなる。
「やる気になった?」
「ちょっとだけ」
「じゃあ次は――」
「待って。いきなり決めるな」
「えー」
ひかりが不満そうに口を尖らせる。
その顔を見て、俺も思わず口元が緩んだ。
夢はまだ見つからない。
でも、昨日までとは少しだけ違う。
何もないと思っていた俺の前には、実はたくさんの道があった。
ただ、そのどれが自分の道なのか分からないだけだった。
だったら間違えてもいい。
遠回りしてもいい。
何度でも選び直せばいい。
俺は初めて、そんなふうに思えた。
別に、本気で将来の仕事を決めようとしていたわけじゃない。
面白そうだから。
ちょっと気になるから。
それくらいの理由だった。
ある日の昼休み、ひかりがスマホの画面を見せてきた。
「これ、行ってみない?」
「何これ?」
「地域のイベント。高校生向けのボランティア体験だって」
「ボランティア?」
「うん。子どもたちと遊んだり、イベントのお手伝いしたりするみたい」
「急だな」
「いいじゃん。前に人と関わる仕事も調べたでしょ?」
「まあ」
「だったら、実際にやってみれば分かるかもよ」
俺は画面を眺めた。
正直、そこまで興味があったわけじゃない。
でも、
「……行ってみる?」
「行こう!」
ひかりはすぐに身を乗り出した。
休日に俺たちは学校から少し離れた場所で開かれているイベント会場に来ていた。
「思ったより人いるね」
「帰りたい?」
「ちょっとだけ」
「早い!」
ひかりが肩を揺らす。
受付を済ませ、スタッフの人から簡単な説明を受ける。
その日は、地域の子どもたちが参加するイベントの手伝いだった。
最初は緊張した。
どう接すればいいのか分からない。
何を話せばいいのかも分からない。
けれど、少しずつ慣れてくると、意外と楽しかった。
子どもたちとゲームをしたり、会場の片付けをしたり。
ひかりは、気づけば子どもたちに囲まれていた。
「ひかり、すごいな」
「何が?」
「もうあんなに囲まれてる」
「子ども好きだから!」
「初耳なんだけど」
「今言ったからね」
「それ初耳って言わないだろ」
思わず吹き出した。
気づけば、あっという間に時間が過ぎていた。
ボランティアの帰り道。
駅までの道を歩きながら、ひかりが言った。
「どうだった?」
「うん。楽しかった」
「でしょ?」
「……でも」
「でも?」
「仕事にしたいかって言われると、分かんない」
「私も」
二人で顔を見合わせた。
「じゃあ、夢じゃないね」
「だな」
それで終わるはずだった。
でも、その夜。
俺は一人でベッドに寝転びながら、今日のことを思い出していた。
楽しかった。
それは本当だった。
でも、「これを将来やりたい」と思ったわけじゃない。
また一つ、違うものが見つかっただけだった。
スマホを眺める。
進路について調べた履歴が並んでいる。
大学、職業、資格、ボランティア。
いろんなものを調べた。
そして、いろんなものを知った。
でも、まだ何も決まっていない。
急に、胸の奥が重くなった。
──結局、俺には何もない。
翌日、学校に行くとひかりがいつものように話しかけてきた。
「おはよ!」
「おはよう」
「昨日の写真見た?」
「何の?」
「イベントのやつ。送ったじゃん」
「ああ」
俺はスマホを確認した。
そこには、昨日のイベントで撮った写真が何枚か送られていた。
「これ、いいじゃん」
「でしょ?」
ひかりは満足そうに頷いた。
俺は写真を見ながら、ふと思った。
「なあ」
「ん?」
「俺たち、何か見つかったのかな」
「何が?」
「夢」
ひかりが少し黙った。
「……まだじゃない?」
「だよな」
俺はスマホの画面に視線を戻した。
「結局、何やっても『これじゃない』ってなる」
「うん」
「俺、本当に何もないのかも」
ひかりが俺を見る。
「湊くん」
「ん?」
「それ、違うよ」
「何が?」
ひかりは、机の上に置かれた俺のスマホを指差した。
「昨日、一個見つけたじゃん」
「だから、何を?」
「これ」
ひかりが画面を指で軽く叩いた。
「『これは違う』ってこと」
「……」
一瞬、意味が分からなかった。
「それって、見つけたって言うの?」
「言うよ」
「なんで?」
「だって、やってみなかったら分からなかったでしょ?」
「……」
「やってみて、違った。それなら次に行けばいいじゃん」
ひかりは、当たり前のことを言うみたいに続けた。
「夢ってさ」
少し考えてから、言葉を選ぶ。
「最初から『これだ!』って見つかるものじゃないんじゃない?」
「……」
「好きかもしれないと思ってやってみて、違うって思って。また別のことをやってみて」
ひかりが窓の外を見る。
「そうやって、少しずつ近づいていくんじゃないかな」
俺は黙って聞いていた。
「だから、間違えたっていいんだよ」
その言葉を聞いた瞬間。
以前、ひかりに言われた言葉を思い出した。
──たくさん考えて、たくさん間違えればいい。
「……そっか」
俺は小さく呟いた。
今までの俺は、間違えることが怖かった。
大学を選んで、違ったらどうしよう。
仕事を選んで、違ったらどうしよう。
夢を決めて、それが夢じゃなかったらどうしよう。
だから、何も決められなかった。
でも、間違えたっていいのなら。
選んでみてもいいのかもしれない。
「じゃあさ」
俺はひかりを見る。
「次、何やる?」
「お!」
ひかりの顔がぱっと明るくなる。
「やる気になった?」
「ちょっとだけ」
「じゃあ次は――」
「待って。いきなり決めるな」
「えー」
ひかりが不満そうに口を尖らせる。
その顔を見て、俺も思わず口元が緩んだ。
夢はまだ見つからない。
でも、昨日までとは少しだけ違う。
何もないと思っていた俺の前には、実はたくさんの道があった。
ただ、そのどれが自分の道なのか分からないだけだった。
だったら間違えてもいい。
遠回りしてもいい。
何度でも選び直せばいい。
俺は初めて、そんなふうに思えた。



