次の日の昼休み。
俺が弁当を食べていると、ひかりが突然、俺の机を軽く叩いた。
「湊くん」
「ん?」
「昨日の帰り、陸くんと何話してたの?」
「なんで?」
「なんとなく」
「それ昨日も言ってたな」
「便利な言葉だから」
ひかりは笑いながら、自分の席に座った。
「別にたいした話じゃないよ」
「進路?」
「まあ、そんな感じ」
「そっか」
ひかりはそれ以上聞かなかった。
でも、いつものように明るく話しかけてくるわけでもなかった。
放課後に俺たちはいつものように図書室へ向かった。
最近は放課後に二人で進路について調べるのが、なんとなく習慣になっていた。
図書室に入ってから、しばらくの間、俺たちは何も話さなかった。
それぞれの机に向かって、進路のパンフレットを眺めている。
ページをめくる音だけが、静かな図書室に響いていた。
俺は何気なく、ひかりの手元を見る。
さっきまで話していたときとは違って、ひかりは黙ったままだった。
「……ひかり」
「ん?」
「どうした?」
「何が?」
「いや……なんか、静かだから」
「私、いつもそんなにうるさい?」
「まあ」
「ひどい」
ひかりは少しだけ頬を膨らませた。
けれど、その表情もすぐに消えた。
「ねえ、湊くん」
「ん?」
「高校卒業したら、これになりたいですって言える人って、すごいよね」
「……うん」
「私、何にも言えないもん」
いつものひかりなら、
「まあ、そのうち決まるでしょ!」
なんて言って終わらせそうな話だった。
でも、今日は違った。
「この前さ」
ひかりが言葉を切る。
「私、友達に聞かれたんだ」
「何を?」
「将来何になりたいのって」
「うん」
「それで、まだ決まってないって言ったの」
「……うん」
「そしたら、『えー、意外。ひかりなら何かありそうなのに』って」
ひかりは一度だけ口元を緩めた。
「それだけなんだけどね」
けれど、その表情には少しだけ寂しさが残っていた。
「なんかさ」
ひかりが窓の外を見る。
「私って、いつも明るいじゃん?」
「うん」
「だから、悩みとか何にもないと思われてるのかも」
「……そんなことないだろ」
「分かってる。でも、たまにそう思う」
ひかりは机の上に置いたペンを、指先でゆっくり転がした。
「みんなに『大丈夫でしょ』って言われると、逆に大丈夫じゃないって言いづらくなるんだよね」
その言葉が、妙に胸に刺さった。
「だから、私も……」
ひかりが少し黙る。
「本当は怖いよ」
俺は何も言えなかった。
「高校卒業したら、みんなそれぞれ違うところに行くじゃん」
「うん」
「大学に行く人もいるし、就職する人もいるし、県外に行く人もいる」
「うん」
「そのとき、自分だけ何も決まってなかったらどうしようって」
ひかりは笑おうとした。
けれど、いつものようにはならなかった。
「みんなは前に進んでるのに、私だけ取り残されたらどうしようって」
俺はその言葉を聞いて、少し驚いた。
それは、俺がずっと感じていたことと同じだった。
「……俺も」
「え?」
「同じこと思ってた」
ひかりが俺を見る。
「みんなが先に行って、俺だけ置いていかれるんじゃないかって」
「……そっか」
「うん」
二人の間に、短い沈黙が流れた。
図書室には、ページをめくる音だけが響いている。
「なんだ」
ひかりの表情が、ふっと明るくなった。
「私たち、同じじゃん」
「そうだな」
「じゃあ、よかった」
「何が?」
「一人じゃなかった」
ひかりは窓の外へ視線を向けた。
その横顔を見ていると、さっきまでの明るさとは少し違って見えた。
強がっていたわけじゃない。
ただ、自分の不安を笑顔の奥に隠していただけなのかもしれない。
「ねえ、湊くん」
「ん?」
「この前言ったこと、覚えてる?」
「どれ?」
「たくさん考えて、たくさん間違えればいいってやつ」
「ああ」
「私、あれさ」
ひかりがパンフレットを閉じた。
「自分にも言ってたんだと思う」
「……」
「湊くんに言ったつもりだったけど」
ひかりは少しだけ視線を落とした。
「たぶん、自分にも言ってたんだよね」
その言葉を聞いたとき。
俺は初めて、この子も同じ十七歳なんだと思った。
いつも明るくて。
何でも楽しそうにしていて。
何も悩んでいないように見える。
でも、そんな人なんていない。
みんなそれぞれ、自分の未来が見えないことを怖がっている。
ただ、それを見せないようにしているだけなのかもしれない。
「じゃあさ」
俺は言った。
「これからも一緒に探す?」
「何を?」
「夢」
ひかりが少しだけ目を丸くする。
そして、
「うん」
と頷いた。
「見つからなくても?」
「見つからなくても」
「途中でやめたくなっても?」
「そのときはやめればいいじゃん」
「別のことやりたくなったら?」
「それもやればいい」
ひかりが口元を緩める。
「だから、たくさん間違えればいいんでしょ?」
「……そうだな」
俺も頷いた。
窓の外は、もう夕方だった。
まだ俺たちの未来は何も決まっていない。
でも少なくとも今は、それを怖がっているのが自分だけじゃないと分かっていた。
俺が弁当を食べていると、ひかりが突然、俺の机を軽く叩いた。
「湊くん」
「ん?」
「昨日の帰り、陸くんと何話してたの?」
「なんで?」
「なんとなく」
「それ昨日も言ってたな」
「便利な言葉だから」
ひかりは笑いながら、自分の席に座った。
「別にたいした話じゃないよ」
「進路?」
「まあ、そんな感じ」
「そっか」
ひかりはそれ以上聞かなかった。
でも、いつものように明るく話しかけてくるわけでもなかった。
放課後に俺たちはいつものように図書室へ向かった。
最近は放課後に二人で進路について調べるのが、なんとなく習慣になっていた。
図書室に入ってから、しばらくの間、俺たちは何も話さなかった。
それぞれの机に向かって、進路のパンフレットを眺めている。
ページをめくる音だけが、静かな図書室に響いていた。
俺は何気なく、ひかりの手元を見る。
さっきまで話していたときとは違って、ひかりは黙ったままだった。
「……ひかり」
「ん?」
「どうした?」
「何が?」
「いや……なんか、静かだから」
「私、いつもそんなにうるさい?」
「まあ」
「ひどい」
ひかりは少しだけ頬を膨らませた。
けれど、その表情もすぐに消えた。
「ねえ、湊くん」
「ん?」
「高校卒業したら、これになりたいですって言える人って、すごいよね」
「……うん」
「私、何にも言えないもん」
いつものひかりなら、
「まあ、そのうち決まるでしょ!」
なんて言って終わらせそうな話だった。
でも、今日は違った。
「この前さ」
ひかりが言葉を切る。
「私、友達に聞かれたんだ」
「何を?」
「将来何になりたいのって」
「うん」
「それで、まだ決まってないって言ったの」
「……うん」
「そしたら、『えー、意外。ひかりなら何かありそうなのに』って」
ひかりは一度だけ口元を緩めた。
「それだけなんだけどね」
けれど、その表情には少しだけ寂しさが残っていた。
「なんかさ」
ひかりが窓の外を見る。
「私って、いつも明るいじゃん?」
「うん」
「だから、悩みとか何にもないと思われてるのかも」
「……そんなことないだろ」
「分かってる。でも、たまにそう思う」
ひかりは机の上に置いたペンを、指先でゆっくり転がした。
「みんなに『大丈夫でしょ』って言われると、逆に大丈夫じゃないって言いづらくなるんだよね」
その言葉が、妙に胸に刺さった。
「だから、私も……」
ひかりが少し黙る。
「本当は怖いよ」
俺は何も言えなかった。
「高校卒業したら、みんなそれぞれ違うところに行くじゃん」
「うん」
「大学に行く人もいるし、就職する人もいるし、県外に行く人もいる」
「うん」
「そのとき、自分だけ何も決まってなかったらどうしようって」
ひかりは笑おうとした。
けれど、いつものようにはならなかった。
「みんなは前に進んでるのに、私だけ取り残されたらどうしようって」
俺はその言葉を聞いて、少し驚いた。
それは、俺がずっと感じていたことと同じだった。
「……俺も」
「え?」
「同じこと思ってた」
ひかりが俺を見る。
「みんなが先に行って、俺だけ置いていかれるんじゃないかって」
「……そっか」
「うん」
二人の間に、短い沈黙が流れた。
図書室には、ページをめくる音だけが響いている。
「なんだ」
ひかりの表情が、ふっと明るくなった。
「私たち、同じじゃん」
「そうだな」
「じゃあ、よかった」
「何が?」
「一人じゃなかった」
ひかりは窓の外へ視線を向けた。
その横顔を見ていると、さっきまでの明るさとは少し違って見えた。
強がっていたわけじゃない。
ただ、自分の不安を笑顔の奥に隠していただけなのかもしれない。
「ねえ、湊くん」
「ん?」
「この前言ったこと、覚えてる?」
「どれ?」
「たくさん考えて、たくさん間違えればいいってやつ」
「ああ」
「私、あれさ」
ひかりがパンフレットを閉じた。
「自分にも言ってたんだと思う」
「……」
「湊くんに言ったつもりだったけど」
ひかりは少しだけ視線を落とした。
「たぶん、自分にも言ってたんだよね」
その言葉を聞いたとき。
俺は初めて、この子も同じ十七歳なんだと思った。
いつも明るくて。
何でも楽しそうにしていて。
何も悩んでいないように見える。
でも、そんな人なんていない。
みんなそれぞれ、自分の未来が見えないことを怖がっている。
ただ、それを見せないようにしているだけなのかもしれない。
「じゃあさ」
俺は言った。
「これからも一緒に探す?」
「何を?」
「夢」
ひかりが少しだけ目を丸くする。
そして、
「うん」
と頷いた。
「見つからなくても?」
「見つからなくても」
「途中でやめたくなっても?」
「そのときはやめればいいじゃん」
「別のことやりたくなったら?」
「それもやればいい」
ひかりが口元を緩める。
「だから、たくさん間違えればいいんでしょ?」
「……そうだな」
俺も頷いた。
窓の外は、もう夕方だった。
まだ俺たちの未来は何も決まっていない。
でも少なくとも今は、それを怖がっているのが自分だけじゃないと分かっていた。



