17歳、未定。

それから数日が経った。
俺は相変わらず、将来のことを考えていた。
考えている、と言っても、実際には何も思いつかない。
大学、就職、夢。
興味のあること。

スマホで検索してみたり、進路サイトを眺めてみたりもした。
けれど、どれも自分のことのようには思えなかった。
画面に並んだ「おすすめの職業」を見ていても、
「へえ」
と思うだけ。
心が動くことはなかった。

そんなある日の五時間目。
「今日は少し変わった授業をするぞ」
教室に入ってきた高橋先生が、いつもの教科書ではなく、何枚かのプリントを持っていた。
「何ですか、それ」
陸が後ろから声を上げる。

「進路について考えるためのプリントだ」
「うわ」
教室のあちこちから嫌そうな声が上がる。
「お前ら、露骨すぎるだろ」
先生が苦笑する。

「別に今日、進路を決めろって言ってるわけじゃない。ただ、自分がこれからどうしたいのか、一度考えてみてほしいだけだ」
そう言いながら、先生がプリントを配っていく。
俺の机にも一枚置かれた。
紙の一番上には、大きな文字でこう書かれていた。
『将来の自分について考えてみよう』
その下には、いくつかの質問が並んでいる。

──将来の夢
──興味のあること
──十年後、どんな自分になっていたいか
──そのために今できること

「じゃあ、二十分くらい時間を取る。友達と相談してもいいけど、できるだけ自分で考えろよ」
先生が教卓に戻る。
教室が静かになり、みんなが一斉にプリントに向かう。
「俺、もう書けた」
前の席の男子が小声で言う。

「早っ」
「だって決まってるし」
その隣では、
「私は大学名まで書く」

という声も聞こえる。
ペンが紙の上を走る音が、やけに大きく聞こえた。
俺もペンを持つ。
そして、一番上の欄を見る。
『将来の夢』
ペン先を紙に近づける。
しかし、紙に触れることはなかった。

何も思いつかない。
少し考えてみる。
やっぱり思いつかない。
仕方なく、次の欄を見る。
『興味のあること』
……ない

いや、正確には「興味がない」わけじゃない。
ゲームも好きだし、友達と遊ぶのも好きだ。
動画を見るのも好き。
でも、それを将来の仕事にしたいかと聞かれたら違う。
またペンが止まった。

「……何これ」
小さく呟く。
周りを見ると、みんな書いている。
僕だけ、真っ白だった。
なんだか急に、自分だけ置いていかれたような気がした。

「ねえ」
突然、隣から声がした。
顔を上げると、隣の席の水野ひかりが、俺のプリントを覗き込んでいた。
「全然書いてないじゃん」
「……見んなよ」
「だって気になるじゃん」

ひかりは楽しそうにこちらを見ている。
「湊くんって、こういうのすぐ書けそうなのに」
「なんで?」
「なんとなく。明るいし、友達多いし。将来もなんか楽しそうにしてそう」
「何それ」
思わず吹き出した。

「俺、そんな適当に生きてそう?」
「うん」
「ひど」
ひかりも肩を揺らす。
けれど、すぐに俺のプリントへ視線を戻した。

「……もしかして」
「何?」
「まだ決まってない?」
その言葉に、俺は少しだけ黙った。
「……うん」
「私も」
「え?」

思わず聞き返した。
ひかりは自分のプリントを見せてきた。
驚くほどに真っ白だった。

「ほら」
「お前もじゃん」
「だから言ったでしょ」
「何も決まってないの?」
「うん。何にも」

ひかりは、自分の真っ白なプリントを見ながらも、特に気にしている様子はなかった。
「でも、みんな決まってるじゃん」
「そう?」
「ほら」

俺は教室を見回す。
プリントに夢を書いている人。
大学名を書いている人。
将来就きたい職業を書いている人。
みんな、自分の未来を知っているように見えた。

「俺だけ何もないのかなって」
気づけば、そんな言葉が口から出ていた。
「……なんか、怖くない?」
ひかりは少し黙った。

「みんなはちゃんと前に進んでるのに、俺だけ止まってるみたいで」
自分でも驚いていた。
こんなことを誰かに話したことはなかった。
いつもなら、
「まあ、そのうち決まるでしょ」
と笑って終わらせる。

でも、今日はなぜか話してしまった。
ひかりは少しだけ考えるように窓の外を見た。
そして、
「別にいいんじゃない?」
と言った。

「……え?」
「まだ決まってないんでしょ?」
「うん」
「じゃあ、別にいいじゃん」
あまりにもあっさり言うから、俺は思わず息を漏らした。

「いや、よくないだろ」
「なんで?」
「だって来年受験だぞ?」
「そうだね」
「進路も決めなきゃいけないし」
「うん」
「夢とか、やりたいこととか……」
「だから?」

ひかりが俺を真っすぐに見つめる。
その顔は、いつもの明るさを残しながらも、どこか落ち着いていた。
「まだ十七歳だよ?」
その言葉に、俺は黙った。
「十七年しか生きてないんだよ、私たち」
「……十七年しか?」
「そう。なのに、この先の人生全部決めろって言われても無理じゃない?」

ひかりは、自分のプリントの余白に何かを書きながら続けた。
「いっぱい考えればいいじゃん」
「……」
「やってみて、違ったらやめればいいし」
「そんな簡単に言うけどさ」
「簡単だよ」

ひかりは顔を上げた。
「だって、まだ十七歳なんだから」
そして少しだけ間を置いて、
「たくさん考えて、たくさん間違えればいいんだよ」
その言葉が、妙に胸に残った。
たくさん考えて、たくさん間違える。

今まで俺は、間違えないために将来を決めなきゃいけないと思っていた。
一度選んだら、変えちゃいけない。
失敗しちゃいけない。
だから、何も選べなかった。

「……ひかりってさ」
「ん?」
「意外と大人っぽいよな」
「え、今さら?」
「自分で言うなよ」

ひかりが目を細める。
俺も思わず口元を緩めた。
その瞬間、さっきまで真っ白だったプリントが、少しだけ違って見えた。
夢は、まだない。
やりたいことも分からない。
それでも。

──分からないままでもいいのかもしれない。
俺はそう思いながら、もう一度ペンを握った。
まだ何を書くかは決まっていない。
だけど今度は、ペンを置かなかった。