たぶん俺のことが好きな優等生の恋愛相談に乗ったら、いつの間にか脳内ハックされました

深山のプログラミングを崩壊させる方法。

昨夜から、俺はそればかりを考えていた。

そもそも、あいつはなぜ俺の心を弄ぶような真似をするのか。

初めは単に、深山が俺に惚れているのだと思っていた。だが、それすらもあいつの『計算』の一部なのだとしたら、もう何も信じられない。あいつの本当の目的は何だ?

言葉でストレートに聞いたところで、はぐらかされるのは目に見えている。だから、行動で引きずり出すしかない。本心さえ暴けば、あの完璧なプログラミングを狂わせるバグの糸口が見つかるはずだ。

いつまでも受け身でいてたまるか。これ以上敗北を積み重ねるくらいなら、自発的に罠を仕掛けてやる。

翌日。

俺は少々危険な賭けに出た。

初夏の鋭い日差しが照りつける運動場。

体育の授業中、俺はわざと深山の目の前で、大きく足元をよろめかせてみせた。

「……っ、木瀬くん!? 大丈夫か?」

予想通り、深山が焦ったように駆け寄ってくる。俺は「大丈夫だから」と突き放すフリをしながら、さらに数歩歩いて派手に倒れ込みそうになってみせた。

これが演技だと見破られないために、昨夜は一晩中起きて過ごし、朝食も抜いてある。

毎朝俺を見ている母さんでさえ、「侑人、顔色悪いけど、体調は大丈夫?」としきりに心配して、朝食を断る俺をオロオロと見送ったほどだ。身内すら完璧に騙せたんだ、隣の席のアイツごときにこの偽装が見破れるはずがない。

案の定、深山は見たこともないほど眉をひそめ、切迫した声で言った。

「顔色が真っ白だ。……保健室に行こう」

狙い通りだ。あいつの『巣窟』である閉鎖空間に自ら飛び込むのは狂気の沙汰だが、本心を暴くには二人きりになるしかなかった。

大丈夫だ。もし仮に深山が襲いかかってきても、力勝負なら押し負けない自信はある。

ひんやりとした保健室。

「木瀬くん、無理しないで。少し横になったほうがいい」

深山はいつになく真剣な表情で、俺をベッドへと誘導する。

「あ、ああ。そうだな……」

深山が甲斐甲斐しく掛け布団をめくろうと、俺に背を向けた。

──今だ。

「深山……っ!」

あいつが振り返った刹那、俺は全体重を浴びせるようにして、深山をベッドへと押し倒した。

いくら頭脳明晰な深山でも、この至近距離での完全な肉体的不意打ちには反応できなかったらしい。驚くほどあっけなく、あいつの身体がシーツに沈む。

すかさず俺は深山の上に跨がり、その両手首をベッドに縫い付けるように強く押さえつけた。

「木瀬、くん……?」

深山が、初めて見るような剥き出しの動揺を浮かべ、細い目を見開いて俺を見上げている。

俺は、あいつの鼻先が触れそうなほどの至近距離で、その端正な顔をじっと見つめ返してやった。

もし深山が本当に俺を好きなのなら、この密着状態で冷静でいられるはずがない。俺はあいつの手首を掴む手のひらに神経を集中させ、その脈拍を測ろうとした。

だが、脈の速さを確かめるまでもなかった。

深山の白い首筋から頬にかけて、みるみるうちに鮮やかな朱が昇っていくのが、目と鼻の先ではっきりと見えた。

──やっぱり、こいつは本気で俺のことを。

勝利を確信した、まさにその瞬間だった。

俺が一瞬の安堵に弛緩した隙を突いて、深山の手首がスルリと俺の拘束を抜けた。

気づいた時には、あいつの長い腕が俺の背中に回され、強引にその硬い胸板へと引き抱き寄せられていた。

「木瀬くん、ほら。この方が、僕の心臓の音がダイレクトに伝わるだろ?」

「……っ!?」

深山の胸のど真ん中に、俺の耳が無理やり押し当てられる。

あいつの汗の微かな匂い。トクトクトク、と、確かに耳元で早鐘を打っている心臓の音。

けれど最悪なことに、その深山の鼓動よりも、俺自身の心臓の方が──うるさいくらいに激しく鳴り響いていた。

「ああ、木瀬くん。少し熱があるんじゃないか? やっぱり、おとなしく休んだ方がいい」

深山は、動揺で身体を硬直させている俺の脇をすり抜けるようにして起き上がり、俺をそのままベッドへ優しく押し戻すと、何食わぬ顔で立ち上がった。

「ちょっと待てよ……っ!」

このままあいつのペースで逃げ切られるのは悔しすぎる。

ベッドから跳ね起き、深山の背中を追いかけようとした、その時だった。

視界がぐにゃりと歪み、激しい眩暈が襲う。足の感覚が消え、床に倒れ込む寸前──。

ガシッ、と強い力で身体を受け止められた。

「木瀬!! 大丈夫か!?」

鼓膜を震わせたのは、深山の余裕のない悲鳴。

見上げれば、これまで見たこともないほど形相を変えたあいつが、必死な目で俺を抱きしめていた。

って、そんな観察をしている場合じゃない。仮病のつもりが、徹夜と絶食のせいで本気で限界を迎えていた。マジで恥ずかしすぎる……。

再びベッドへ横たえられ、深山が焦った様子で濡れタオルを俺の額に当てる。

「軽い熱中症と、脱水症状だ」

どこからかコップに水を汲んできた深山に身体を起こされ、口元にコップを当てられる。喉を鳴らして飲み干しながら、自分が限界まで渇いていたことにようやく気づいた。情けない、完全な自己管理不足だ。

けれど、手際よく看病してくれる深山の横顔が、今は妙に頼もしく見えてしまう。

敗北感と、胸の奥から湧き上がる名前のない高鳴りを吐き出すように、俺は大きくため息をついた。

いや、だが待て。今回の俺の目的は、深山の動向を揺さぶることだったはずだ。あの余裕のない表情を引き出せたのだから、作戦としては成功だ。良しとしよう。

【侑人のログ:深山の心理のハッキング(一時的成功)】
→ 強制的な接触により、深山の鉄面皮を剥ぎ取り、本気の動揺を確認することに成功。

深山は、確実に俺のことが好きだ。あとはあいつの支配欲の正体を暴くだけだ。

そう決意して寝たふりをしようとした瞬間、深山が濡れタオルを俺の額に置き直し、耳元でそっと囁いた。

「好きな人のことばかり考えて寝不足になるのはいいけど、食事が喉を通らないほど焦がれるなんて、ちょっと健気すぎるよ。……あまり僕を心配させないで」

「……っ!!!!」

あいつは気づいていたのだ。体調不良の理由が「徹夜」と「絶食」であることに。

そしてそれを、「深山への恋煩い」だと都合よく解釈し、余裕の笑みを浮かべている。

【フェーズ7:自己防衛(抵抗)のハッキング(完了)】
→ 主導権を奪うための攻撃(反撃)すら「無自覚な甘え(恋煩い)」として変換・処理し、諦観と依存心を植え付ければ成功。

全ては見抜かれていた。俺の浅知恵の反撃すら、あいつにとっては極上の好意(愛)として処理されていただけだったのだ。

奥歯を激しく噛みしめながら、俺はあいつに背を向け、絶対にこの手でバグらせてやるというリベンジを誓った。