「おい! お前、吉瀬さんを振ったって、マジかよ!!」
「一体、お前は何を考えてんだ!!」
「……あ、いや、その……」
朝、登校早々。教室の自分の机に鞄を置く間もなく、クラスの男子連中に取り囲まれた。
まるで不祥事でもやらかして報道陣の突撃取材に遭っているかのような、凄まじい迫力だ。
「で、理由はなんだ? そういえばお前、こないだ酷いクマ作って寝不足だったよな。まさか、他にめちゃくちゃ好きな子でもできたってことか? あの吉瀬さんを振るなんて相当だぞ! わかってんのか!!」
「……わかってるよ」
そんなこと、言われなくたって自分が一番よくわかっている。
けれど、あの学年一の美少女をどうして振ってしまったのか、自分でも未だに説明がつかない。ただ、吉瀬さんの真っ直ぐな好意に、嘘の気持ちで応えるわけにはいかなかった。
彼女の涙を見るのは胸が痛んだけど、あのムカつく男の顔が脳裏に焼き付いて離れず、どうしても『イエス』と言えなかったのだ。
「お前をそこまで虜にしてる好きな子って、一体誰なんだよ」
「いや、好きな子と言われても……」
特にいないと言ったところで、興奮したこいつらが納得するはずもない。
だが、ここで「好きな人がいる」と一言でも認めれば、隣の席で涼しい顔をしながら腹黒い計算を巡らせているあの男を喜ばせるだけだ。あいつの狂った征服欲を、これ以上刺激してたまるか。
深山だけは、絶対にない。絶対に認めない。
「そういえば、深山は吉瀬さんのこと狙ってたんだよな?」
浩也がふと思い出したように、窓際で静かに話を聞いていた深山に水を向けた。
深山はふっと顔を上げると、微笑みを湛えたまま、さらりと爆弾を投下した。
「あはは、そうだね。木瀬くんが里奈を振ってくれたおかげで、僕が付き合うことができたよ」
「「「……は?」」」
一瞬、全員が凍りついたように間抜けな顔で深山を見つめた。
そしてその沈黙の中で、誰よりも激しく、得体の知れない黒い嫉妬の炎に身を焼かれたのは──間違いなく、俺だった。
どす黒い感情が頭に血を昇らせ、視界がカッと赤く染まる。
あいつが、吉瀬さんと? 付き合って、触れ合って、あんなことやこんなことを……?
嫌だ。そんなの、絶対に、死んでも嫌だ。
心臓が引きちぎられそうなほどの衝動に襲われた、その刹那。
「……なんて。そうなったらいいのに、って思ったけど。やっぱり僕じゃ難しいよね」
深山は少し肩をすくめて、いたずらが成功した子供のように冗談っぽく笑った。
「なんだよ、冗談かよ! 脅かすなよ、深山!」
周囲の男子どもはドッと笑い声を上げて肩の力を抜いたが、俺はとてもそんな気になれなかった。
あいつが今、あの最悪な冗談を口にした瞬間。その切れ長の両目は、射抜くような鋭さで俺の心の奥の奥を凝視していた。
わざとだ。あいつは確信してやがった。俺がどれだけ激しく、醜い嫉妬の牙を剥くかを。
最低なやつだ。本当に、最低で、悪魔みたいなやつだ。
なのに、なんで俺はこんな最低なやつの嘘に、これほど心臓をバカみたいに躍らせて──。
「……そんなに好きになっちゃったんだ?」
ふいに、鼓膜のすぐ近くで滑らかな声が響いた。
心臓が跳ね上がり、呼吸が止まる。深山がいつの間にか俺の耳元まで顔を寄せ、俺の心の中を直接ハッキングしたかのような声を漏らしていた。
「好きなんだね。あの吉瀬さんを振っちゃうくらい、その人のことが」
確信犯の瞳。すべてを察し、攻略を完了した者の笑み。
カッと顔が火照り、全身に情けないほどの熱が駆け巡る。俺は悔しさに震える拳を、机の下で強く、強く握りしめた。
「おいおい侑人、マジかよ! そんな真っ赤になって……そこまで惚れてる奴がいるなら仕方ねぇな!」
「今度密かに誰だか教えろよなー!」
俺の分かりやすすぎる反応に納得した連中が、からかいながら自分の席へと散っていく。
残された静寂の中、深山は追撃するように薄い唇を開いた。
「好きな人と、上手くいくといいね」
俺を見つめるその瞳は、罠にかかった獲物を完全に仕留めた歓喜の熱に満ちていた。
そして、優等生の笑みの奥に見え隠れする、「いい加減、自分が誰に惚れてるのか自覚しろよ」という、身が竦むほどの強烈なオスの支配欲。
朝から狂ったようにかき乱された俺の心。
やり場のない怒り、情けなさ、そして──深山への敗北感が、じわじわと全身を侵食していった。
【フェーズ6:認識(アイデンティティ)のハッキング(完了)】
→ 他者の介入(ライバル)を利用して強制的に「嫉妬」を発生させ、自分自身が誰を求めているのかを不可逆的に自覚(バグ)させれば成功。
──全部、こいつの書いたコードの通りだ。
悔しくて、恐ろしくて、奥歯がガタガタと震える。
なのに、心臓はあいつの視線を受けて、破裂しそうなほど歓喜の音を刻んでいる。
……ああ、もういい加減、我慢の限界だ。
ただ怯えて踊らされるだけの俺はもう終わりだ。お前が完璧なプログラマーとして俺を構築(ハッキング)してきたなら、俺はあいつの計算を狂わせる唯一の『バグ』になってやる。
恐怖で震える拳をぎゅっと握りしめ、俺はうつむいたまま、唇の端を吊り上げた。
明日、俺はお前のその完璧なプログラミングを──残さず全て、バグらせてやる。
「一体、お前は何を考えてんだ!!」
「……あ、いや、その……」
朝、登校早々。教室の自分の机に鞄を置く間もなく、クラスの男子連中に取り囲まれた。
まるで不祥事でもやらかして報道陣の突撃取材に遭っているかのような、凄まじい迫力だ。
「で、理由はなんだ? そういえばお前、こないだ酷いクマ作って寝不足だったよな。まさか、他にめちゃくちゃ好きな子でもできたってことか? あの吉瀬さんを振るなんて相当だぞ! わかってんのか!!」
「……わかってるよ」
そんなこと、言われなくたって自分が一番よくわかっている。
けれど、あの学年一の美少女をどうして振ってしまったのか、自分でも未だに説明がつかない。ただ、吉瀬さんの真っ直ぐな好意に、嘘の気持ちで応えるわけにはいかなかった。
彼女の涙を見るのは胸が痛んだけど、あのムカつく男の顔が脳裏に焼き付いて離れず、どうしても『イエス』と言えなかったのだ。
「お前をそこまで虜にしてる好きな子って、一体誰なんだよ」
「いや、好きな子と言われても……」
特にいないと言ったところで、興奮したこいつらが納得するはずもない。
だが、ここで「好きな人がいる」と一言でも認めれば、隣の席で涼しい顔をしながら腹黒い計算を巡らせているあの男を喜ばせるだけだ。あいつの狂った征服欲を、これ以上刺激してたまるか。
深山だけは、絶対にない。絶対に認めない。
「そういえば、深山は吉瀬さんのこと狙ってたんだよな?」
浩也がふと思い出したように、窓際で静かに話を聞いていた深山に水を向けた。
深山はふっと顔を上げると、微笑みを湛えたまま、さらりと爆弾を投下した。
「あはは、そうだね。木瀬くんが里奈を振ってくれたおかげで、僕が付き合うことができたよ」
「「「……は?」」」
一瞬、全員が凍りついたように間抜けな顔で深山を見つめた。
そしてその沈黙の中で、誰よりも激しく、得体の知れない黒い嫉妬の炎に身を焼かれたのは──間違いなく、俺だった。
どす黒い感情が頭に血を昇らせ、視界がカッと赤く染まる。
あいつが、吉瀬さんと? 付き合って、触れ合って、あんなことやこんなことを……?
嫌だ。そんなの、絶対に、死んでも嫌だ。
心臓が引きちぎられそうなほどの衝動に襲われた、その刹那。
「……なんて。そうなったらいいのに、って思ったけど。やっぱり僕じゃ難しいよね」
深山は少し肩をすくめて、いたずらが成功した子供のように冗談っぽく笑った。
「なんだよ、冗談かよ! 脅かすなよ、深山!」
周囲の男子どもはドッと笑い声を上げて肩の力を抜いたが、俺はとてもそんな気になれなかった。
あいつが今、あの最悪な冗談を口にした瞬間。その切れ長の両目は、射抜くような鋭さで俺の心の奥の奥を凝視していた。
わざとだ。あいつは確信してやがった。俺がどれだけ激しく、醜い嫉妬の牙を剥くかを。
最低なやつだ。本当に、最低で、悪魔みたいなやつだ。
なのに、なんで俺はこんな最低なやつの嘘に、これほど心臓をバカみたいに躍らせて──。
「……そんなに好きになっちゃったんだ?」
ふいに、鼓膜のすぐ近くで滑らかな声が響いた。
心臓が跳ね上がり、呼吸が止まる。深山がいつの間にか俺の耳元まで顔を寄せ、俺の心の中を直接ハッキングしたかのような声を漏らしていた。
「好きなんだね。あの吉瀬さんを振っちゃうくらい、その人のことが」
確信犯の瞳。すべてを察し、攻略を完了した者の笑み。
カッと顔が火照り、全身に情けないほどの熱が駆け巡る。俺は悔しさに震える拳を、机の下で強く、強く握りしめた。
「おいおい侑人、マジかよ! そんな真っ赤になって……そこまで惚れてる奴がいるなら仕方ねぇな!」
「今度密かに誰だか教えろよなー!」
俺の分かりやすすぎる反応に納得した連中が、からかいながら自分の席へと散っていく。
残された静寂の中、深山は追撃するように薄い唇を開いた。
「好きな人と、上手くいくといいね」
俺を見つめるその瞳は、罠にかかった獲物を完全に仕留めた歓喜の熱に満ちていた。
そして、優等生の笑みの奥に見え隠れする、「いい加減、自分が誰に惚れてるのか自覚しろよ」という、身が竦むほどの強烈なオスの支配欲。
朝から狂ったようにかき乱された俺の心。
やり場のない怒り、情けなさ、そして──深山への敗北感が、じわじわと全身を侵食していった。
【フェーズ6:認識(アイデンティティ)のハッキング(完了)】
→ 他者の介入(ライバル)を利用して強制的に「嫉妬」を発生させ、自分自身が誰を求めているのかを不可逆的に自覚(バグ)させれば成功。
──全部、こいつの書いたコードの通りだ。
悔しくて、恐ろしくて、奥歯がガタガタと震える。
なのに、心臓はあいつの視線を受けて、破裂しそうなほど歓喜の音を刻んでいる。
……ああ、もういい加減、我慢の限界だ。
ただ怯えて踊らされるだけの俺はもう終わりだ。お前が完璧なプログラマーとして俺を構築(ハッキング)してきたなら、俺はあいつの計算を狂わせる唯一の『バグ』になってやる。
恐怖で震える拳をぎゅっと握りしめ、俺はうつむいたまま、唇の端を吊り上げた。
明日、俺はお前のその完璧なプログラミングを──残さず全て、バグらせてやる。
