たぶん俺のことが好きな優等生の恋愛相談に乗ったら、いつの間にか脳内ハックされました

「木瀬くん、付き合ってください」

ある日の放課後。

校舎裏の西日が差し込む踊り場で、俺は唐突に告白された。

相手は――深山、ではない。

あろうことか、学年一の美少女と噂される他クラスの吉瀬(きせ)里奈(りな)さんだった。

完全にノーマークだった。

いや、悔しいが認めざるを得ない。

最近の俺は深山の動向に全神経をハッキングされすぎていて、周囲の状況観察という『神視点』の基本すらおろそかになっていたのだ。

吉瀬さんは、長い黒髪の毛先を細い指でくるくるといじりながら、落ち着かない様子で俯いている。

頬は夕焼けよりも赤く染まり、小刻みに震える肩からは本気の熱量が伝わってきた。

「……えっと」

本来なら、迷わずオッケーする場面だ。

学年一の美女から告白されて断る男子などこの高校には存在しないし、性格の良さも評判だ。

この機会を逃したら、俺のモテ期は生涯二度と訪れないかもしれない。

なのに。

どうしてこんな瞬間にまで、あのムカつく隣の席の男の顔が浮かんでくるんだ──!?

病んでいる。俺はあいつのせいで、細胞レベルで狂わされている。

あの昼休みの、周囲の喧騒を置き去りにした強制的な接触。

あいつの硬い胸板の感触と、耳元で囁かれた低い声。

あれ以来、触れられた場所が今もチリチリと熱を帯びて疼いているようだった。

だが、それがどうした。迷う必要なんてどこにある。

答えは簡単だ。「喜んで」の一言でイエスと答えればいい。

言え。今すぐ言うんだ、俺……っ!

「……返事は、少しだけ考えさせてほしいんだけど」

気がつけば、自分の口は最悪の保留を選んでいた。

そんな意気地なしの自分に、盛大に絶望した。



重い足取りで教室に戻ると、すでに人気のない空間に、ぽつんと深山が残っていた。

窓際の席で静かに文庫本をめくる横顔を見つけた瞬間、ドクンと心臓が跳ね上がる。

そんな自分自身の過剰反応が、本当に鬱陶しくてたまらない。

あいつに関わったらまた何をされるか分からない。

俺は鞄を乱暴に引っ掴み、さっさとこの場を立ち去ろうとした。

「木瀬くん」

すっと鼓膜に滑り込んできた涼やかな声に、身体が呪縛にかかったように硬直する。

無視して帰ればいいのに、足が床に張り付いて動かない。

「……何だよ」

極力ぶっきらぼうに振り返ると、深山は本を閉じ、どこか楽しげに目を細めて俺を見上げていた。

「……恋愛相談、乗ってあげようか?」

「……は?」

脳の理解が追いつかず、間抜けな声が出た。

恋愛相談に『乗ってほしい』の間違いじゃなくて、あいつが『乗ってあげる』だと?

恐る恐る深山の瞳を覗き込む。

そこには、すべてを手のひらの上で見下ろしているような、酷く不敵で完璧な笑みが湛えられていた。

その様子──まさか、俺がさっき校舎裏で告白されていた現場すら、こいつは知っているのか?

俺はあえて深山に聞こえるように大きくため息を吐き、自分の席にドサリと座り直した。

臆するな。ここで逃げたら『神視点』の名が廃る。

「へえ、どんな恋愛相談に乗ってくれるって? 悪いけど、俺は今、お前に相談するような悩みなんて一つもないんだけど」

「迷ってるんだろ?」

深山は遮るように、静かに、けれど逃げ道を塞ぐように言った。

「……は? べ、別に……迷うことなんて……」

バッと視線を逸らしてしまった。

その瞬間、またしても自分自身の敗北を察して絶望する。

「迷う」という単語にこれだけ動揺している時点で、答えているようなものだ。

というか、こいつは一体どこまで知っている!?

もし、俺が吉瀬さんへの返事を保留にしていることまで見抜いているのだとしたら。

こいつはまさか、俺が他の女と付き合うのを阻止したくて、嫉妬のあまり声をかけてきたんじゃないのか──?

『僕以外の奴と付き合わないでくれ』。

もしもそんな熱い言葉をこの男の口から突きつけられたら、俺は一体どうなってしまうのか。

ゴクリと喉が鳴り、全身の緊張が最高潮に達した、その時だった。

「木瀬くん、チャンスは逃しちゃいけないと思うけどね」

「……っ!?」

衝撃で息が止まり、弾かれたように深山を見た。

あいつの口から飛び出したのは、俺の脳内お花畑な予想を無慈悲に粉砕する、完全な「肯定」だった。

深山の顔には、からかうような色は一切なかった。

ただ冷徹で、ガラス細工のように綺麗な瞳が、淡々と俺を射抜いている。

つまり何だ? 深山は本気で、俺に吉瀬さんと付き合ったほうがいいと言っているのか?

脳内が激しいパニックを起こす。

待て、こいつは俺のことが好きなんじゃなかったのか?

入学式からの執着メモは? あの熱い視線は?

それとも最初から俺への好意なんて存在しなくて、ただ単に、自意識過剰な俺の心を弄んで楽しんでいただけなのか?

むしろ俺は、こいつに嫌われているのか──?

わからない。本当に、こいつが何を考えているのか一ミリもわからない!

「何も悩むことなんて、ないと思うよ、木瀬くん。もっと自分の気持ちに正直になればいいと思うのに」

深山はさらに甘やかな言葉を重ねて、俺を突き放す。

その底の透けて見えない深遠な瞳には、からかう色など微塵もなく、ただ冷徹に俺を射抜いていた。

──正解を選べ、とあいつは言っているのだ。

俺は気づいてしまった。

吉瀬さんの告白を受けるか、断るか。

どちらを選ぼうと、俺が勝てる選択肢など最初から用意されていない。

【フェーズ5:状況(ジレンマ)のハッキング】
・他者からのアプローチを利用し、「深山を失う恐怖」と「深山の本心への執着」を最大化させる。
・僕(深山)の意思で縛るのではなく、侑人自身の意思で、僕以外の選択肢をすべて捨てさせれば成功。

断れば「深山を意識して断った」ことになり、受け入れれば「深山を失う恐怖」に一生苛まれる。

「……っ」

あいつを試していたつもりが、追い詰められていたのは俺の方だった。

どちらを選んでも、俺の思考はあいつの手のひらの上。

底なしの沼の淵で、俺は自分がもう、深山統織以外の選択肢を選べなくなっている恐怖に震えていた。

「ねえ、木瀬くん。……どっちにするの?」

至近距離で首を傾げる深山の唇が、酷く美しく、酷く愉悦に満ちて歪んでいた。