たぶん俺のことが好きな優等生の恋愛相談に乗ったら、いつの間にか脳内ハックされました

「木瀬くん、また恋愛相談に乗ってほしいんだけど」

昼休み。俺たちが数人のグループで他愛のない雑談に興じている輪の中へ、深山が何食わぬ顔でしれっと割って入ってきた。

「いや、今はちょっと……。みんなと話してる最中だから」

ふざけんな。フェーズ4が何なのかはまだ分からないが、その『恋愛相談』とやらが新しいトラップなのは確定している。

昨日あれだけの爆弾を落とされておいて、ホイホイ二人きりになるわけがない。今の俺にできる唯一の防御策は、とにかくあいつと「二人きりにならないこと」だ。放課後だろうが何だろうが、絶対に網にかかってやるものか。

俺が明確な拒絶の意志を込めて無視を決め込もうとした、その時だった。

「なんだ深山、お前も見かけによらず真剣な恋の悩みとかあんの?」

「いいぜ、俺らでいくらでも聞いてやるよ。なあ、侑人先生?」

外堀から崩された。浩也たちが面白がって椅子を追加し、深山を強引に輪の中に引き込んでしまう。

「……は? いや、でも、こいつの相談は……!」

動揺を隠せない俺を置き去りにして、状況が最悪のスピードで転がり始める。

ちょっと待て、この展開はマジでヤバい。こいつがみんなの前で、あの計画書通りの相談を始めたらどうなる?

いや、待てよ。これもあいつの策略か? 俺がパニックになって「あっちで二人で話そう!」と自ら連れ出すのを誘っているのか……!?

思考が完全に冷静さを失う。深山、お前は本当に、一体どこまで計算して動いているんだ……!

「で? 恋愛相談って言うからには、好きな奴がいるんだろ?」

俺が脳内パニックを起こしている間にも、浩也が親しみを込めた笑みで深山を促す。

まさか、こんな大衆の前で俺の名前を出すはずがない。そう思いながらも、喉の奥がカラカラに干からびる。

深山は少し口ごもるような、絶妙にもったいぶる仕草を見せた後、静かに、けれど明確に唇を開いた。

「──きせ、」

「……はっ!?」

心臓が口から飛び出るかと思った。全身の血が逆流し、息が止まる。

その瞬間、横から冬真が納得したように手を叩いた。

「ああ、吉瀬(きせ)里奈(りな)ちゃんか!」

「あー、なるほどね! 1組の!」

周囲の奴らが一斉に賛同の声を上げる。

いや、違う。絶対に違う。今、こいつは確実に、俺の苗字(木瀬)を──。

「あの子、見てるとさ……なんか、男心が疼くっていうか」

深山は悪びれもせず、周囲のノリに合わせるように言葉を紡ぐ。だが、その視線はまっすぐに俺を射抜いていた。わざとだ。完全に俺の反応を見て楽しんでいる。

「確かに、里奈ちゃんは学年一可愛いもんなあ」

「深山って、意外とドSだったりするわけ?」

「ああ、まあね。壁ドンとかして、泣くまで追い詰めたくなるタイプかな」

深山はクスリと、どこか冷ややかな、けれど酷く艶っぽい笑みを漏らした。

「──例えば、こうやって、顔を近づけてじらしたりとか」

突然、引き寄せられた強力な力で、俺の身体が深山の胸板へと叩きつけられた。

「っ……!?」

瞬時に周囲の男子どもの「キャー!」という馬鹿騒ぎが、まるで水の中に潜ったかのように遠のく。

逃げ場のないゼロ距離。耳元に吹きかかる熱い吐息と、首筋をかすめる柔らかな髪の感触。

そして、至近距離で俺を見下ろす深山の瞳は──笑っていなかった。

周囲からは見えない角度、俺の視界の狭間だけで、あいつの薄い唇が酷く冷淡に、けれど不敵に吊り上がる。

獲物の喉笛にいつでも食らいつけると言わんばかりの、猛獣の光がそこにあった。

「……っ、う……」

あまりの不意打ち、あまりの熱量に、顔が噴火しそうなほど急激に熱くなる。ドクドクと、耳の奥で心臓が狂ったような警鐘を鳴らす。

遠くで「深山マジかよ!」「侑人顔真っ赤じゃん!」と囃し立てる声が聞こえるが、もう頭が追いつかない。

その瞬間、俺の脳内に、最悪のシステムログが脳内ハックの文字を上書きしていく。

【フェーズ4:身体性のハッキング(完了)】
→ 羞恥を伴う強制的な接触。
それによる心拍数の上昇(恐怖・パニック)を、僕(深山)への「ときめき」として脳に誤認(エラー)させれば成功。

「木瀬くん、やっぱり大人数だと、まともな恋愛相談にならないね」

深山は、さもこうなることを最初から予期していたかのように、冷静な口調で俺の肩から腕を離した。

「今度、また……二人きりの時に、じっくり相談に乗ってよ」

「二人きり」──その響きが、俺の身体の奥で、今まで経験したことのない奇妙な熱を帯び始めている。

頭では「これは罠だ」「恐怖による心拍数の上昇だ」と必死に拒絶しているのに、あいつの手が触れていた肩から、不快なはずの熱が全身へ侵食していく。

追いつかない脳と、勝手に高鳴る心臓。俺の身体そのものが、あいつのコードに書き換えられていくような感覚に恐怖した。

あいつの計画が、どこまで用意されているのかは分からない。

けれど、それが最後まで達成される前に、俺は本当に──こいつに、身も心もハッキングされてしまうんじゃないか。

底なしの恐怖が、足元からじわじわと、確実に俺を浸食し始めていた。