たぶん俺のことが好きな優等生の恋愛相談に乗ったら、いつの間にか脳内ハックされました

「あれ、侑人。今日、目の下にクマできてんぞ。寝不足か? もしかして、待望の好きな子でもできた?」

浩也にニヤニヤと茶化され、俺は思わず全力で首を振った。

「はあ!? んなわけねーだろ、ふざけんな!」

必死すぎる否定は余計に怪しまれる。わかっているのに、俺の防衛本能が細胞レベルで隣の男を拒絶していた。

昨日、深山の計画メモを見てからというもの、俺は一睡もしていない。

すべては【フェーズ3:嗜好性のハッキング】を阻止するため。あいつが仕掛けてくるであろう『好みのタイプ』の質問に対し、どう返せば完全なバグを発生させられるか、脳内でシミュレーションを無限に繰り返していたのだ。

これ以上、あいつの思い通りにされてたまるか。

恋愛相談を装って、俺の心臓をこれでもかと弄びやがったツケは払ってもらう。いくら俺に惚れているからって、あそこまで周到なプログラミング(計画)を組んで落とそうとするなんて、どう考えても狂ってる。

ここまではあいつの掌の上だったかもしれないが、今日からは違う。あいつの考えている裏の、そのさらに裏をかいてやる。

そう意気込んでベッドの中で悶々としていたら、いつの間にか夜が明けていた。

「俺もさー、夜中まで結衣とつい長電話しちゃってさあ」

ハッピーな桃色オーラを放ちながら、ドヤ顔でクマを自慢してくる浩也。頼むからお気楽な恋バナで俺に対抗しようとするのはやめてくれ。お前のそれはただのノロケで、俺のこれは──死活問題なのだ。

胃のあたりがチリチリと焼けるような焦燥感に耐えかね、俺は視線だけで、すべての元凶である隣の席の男を盗み見た。

深山は平然と教科書を広げている。けれど、その薄い唇の端が、かすかに、本当にわずかに吊り上がっているのを俺は見逃さなかった。

(……え、何だ、今の怪しい笑みは……?)

いつもなら、俺の視線に気づけばすぐに照れたように逸らすはずだ。

なのにあいつは、前を向いたまま、獲物が罠にかかったのを確信しているような、底知れない微笑を湛えている。

何かがおかしい。

背筋を冷たい汗が伝う。

まさか、俺はもう、この時点ですでにハメられている……?

本当にあいつの目的は、俺の『嗜好性』をハッキングすることだったのか?

思い返せば、昨日のあいつの行動は不自然極まりない。

あんなにスマートな男が、一番見られたらマズい『攻略メモ』を、わざわざ机の上に置き忘れて帰るだろうか?

あれは──まるで、俺に見せるために、これ見よがしに放置されていたかのような。

もし。

もし、あのメモの内容すら、俺に見せるために仕組まれたフェイクだったとしたら?

俺にあのメモを読ませることで、あいつが本当に狙っていた目的は、俺の思考を「深山統織」だけで埋め尽くし、脳内の領域そのものを乗っ取ること──。

「……脳内、ハッキング……」

パズルのピースが最悪の形で噛み合い、愕然と呟きが零れた。

その瞬間。

深山が、スロウモーションのように、横目でチラリと俺を見た。

細められた切れ長の瞳。その奥にギラリと宿った、獲物を完全に捕らえたという歓喜と、ゾッとするほど熱狂的なうっとりとした光。

目が合った瞬間、俺はすべてを悟った。

事故のようにつぶやいた言葉ひとつで、真の【フェーズ3】に完敗したことを知った。

「脳内ハッキング」──その言葉を脳内で、そして口から吐き出してしまった時点で、俺の負けだ。俺はもう、四六時中あいつのことばかり考えている。

俺の頭の中に、存在しないはずのメモの続きが鮮明に浮かび上がった。

【フェーズ3:脳内ハッキング(完了)】
→ メモを故意に読ませて信じ込ませ、夜も眠れないほど僕(深山)のことだけを考えさせることができれば成功。

「木瀬くん」

頭が真っ白になって、激しい眩暈にフリーズしている俺の耳元に、涼やかな声が滑り込んできた。

ビクッと肩を跳ね上げると、いつの間にか深山が、机の境界線を越えるほどに顔を近づけていた。端正な顔立ちが至近距離にあって、息が詰まる。

「顔色悪そうだけど、大丈夫? ──保健室、連れていってあげようか?」

眼鏡の奥の瞳が、ゾッとするほど艶やかに細められる。耳元にかかる吐息が微かに熱くて、恐怖なのかそれとも別の感情なのか、全身に鳥肌が立った。

確信犯だ。恐ろしすぎる。

絶対に、こいつと二人きりになってはいけない。閉鎖空間に連れ込まれたら、今度こそ何をされるか分かったものじゃない。

俺の脳内で、今までにない音量で非常警報(アラート)が鳴り響いていた。

「だ、大丈夫だから! 俺にかまうな!」

引き攣った声で拒絶し、俺はあいつから逃れるように、席の端へと身を縮めた。

深山は「そっか」と小さく、酷く冷ややかに呟くと、あからさまに深い、ひどく艶のあるため息を吐いて前を向いた。

もう、あいつが何を考えているのか、一ミリも読めない。

人の心が読める『神視点』だったはずの俺のプライドは、塵になって消え去った。

昨日までドヤ顔で浩也に恋愛講釈を垂れていた自分を、タイムマシンで戻って殴り飛ばしたい。俺が神視点なら、あいつは天界を創った創造主だ。勝てるわけがない。

ただ、得体の知れない美貌の怪物に狙われているという恐怖だけが、心臓を狂ったように叩いている。

次に俺を襲うはずの【フェーズ4】が一体何なのか。

今の俺には、予測することすら、もう何もできなかった。