朝、目が覚めた瞬間、視界のすべてを埋め尽くしていたのは──息を呑むほどに美しい深山の寝顔だった。
至近距離の美貌に跳ね起きようとして、俺は片手にズシリとした重みと柔らかな熱気を感じて硬直する。
……俺の手と深山の手が、指を隙間なく絡ませた「恋人繋ぎ」で固く結ばれていた。
そうだ、昨夜、浩也の気配に怯えるあまり、俺の方から深山の手を握りしめてしまったんだった……!
「……んっ……、侑人……?」
俺の急激な動揺を察知したのか、深山が長いまつ毛を揺らして薄く目を開けた。
俺は弾かれたようにその手を放す。
「ご、ごめん! 起こした……っ!?」
今更ながら自分のしでかした行いの破壊力に、顔から火が出そうなほどの羞恥が押し寄せてくる。
いくら同じ布団に潜り込んだからといって、朝まで手を繋いで寝るなんて昨日の俺は完全にどうかしていた。
ふと隣を見ると、浩也は掛け布団を豪快に吹っ飛ばし、口を開けて盛大にいびきをかいていた。
とりあえず、深山が夜間に襲われることもなく、無事に朝を迎えたことに安堵する。
だが、これ以上の至近距離に耐えられるほど俺の心臓のリソースは残されていなかった。
壊れたロボットのようにぎこちなく身を起こすと、俺は「トイレ」という見透かされそうな口実を吐いて、逃げるようにその場を離れた。
洗面所で高鳴る心臓を押さえつけながら考える。
浩也が眠っている今なら、深山に告白できるだろうか──。
だが、目覚めて開口一番に「好きだ」とハッキングを仕掛けるのも唐突すぎる。
下手をすれば気まずい処理落ちの時間が流れるだけだ。
絶好の二人きりの好機だったが、泣く泣くその案を却下した。
告白のタイミングというのは、なんと難解なアルゴリズムなのだろう。
修学旅行二日目は、京都市内の班別自主研修だ。
基本的に三人行動のため、深山をどこかへ連れ出さない限り、プライベートなアクセス(告白)など不可能に近い。
俺は焦る気持ちを抑え込みながら、主要な観光地を巡った。
どうか、告白の決定的なチャンス(フラグ)が巡ってきますように。
清水寺の本堂で、俺は人生最大の念を込めて深く手を合わせた。
すぐ右隣では、深山がきれいで洗練された所作で静かに祈りを捧げている。
こいつは今、俺からの告白(アンロック)を切実に祈願している……のだと思いたい。
そして左隣でガサツに手を合わせている地球規模の勘違い野郎には、どうか正しき道(現実)を示してやってください。
全身全霊で神様へ通信(データ送信)を試みたのだが──神様は残酷だった。
俺の必死な祈りをあざ笑うかのように、最悪のシステムエラーが起きてしまったのだ。
「侑人、あっちを見に行こう」
境内を歩いていた時のことだ。
浩也が別の建造物に気を取られて隙ができた瞬間、ふいに深山が俺の腕を強く引っ張った。
その拒絶を許さない力強さに流されるまま、俺は観光ルートから外れた建造物の裏手へと引きずり込まれた。
「ここ……何もなさそうだけど……」
観光客の喧騒が遠のき、辺りは静寂に包まれていた。
手入れされた美しい竹林が周囲を遮蔽し、笹の葉の隙間から淡く繊細な木漏れ日が落ちている。
「深山……?」
振り返ろうとした、まさにその時だった。
背後から伸びてきたしなやかな腕に力任せに引き寄せられ、気づいた時には俺は深山に後ろから強く抱きしめられていた。
一気に全身が硬直し、鼓膜の奥で警告音(心音)が狂ったように暴れ出す。
深山は何も言わない。
ただ、この激しい熱と脈拍を感じ取れとばかりに、全身の質量を預けてくる。
いつもの冷徹で計算し尽くされた深山からは想像もつかない行動だった。
背中に触れる身体の微かな震え、乱れた不安定な息遣い。
深山の胸の奥にある痛いほどの感情がダイレクトに流れ込んできて、俺の胸は壊れそうなほど締め付けられた。
……わかってる。俺だって、お前と同じ気持ちなんだ。
本当はもう、一秒だって我慢できない。
今こそこの想いを伝えて、すべてのすれ違いを終わらせるんだ。
ここから、俺たちの新しい同期(関係)を始めるんだ。
俺は背後から回された深山の手を、指が痛むほど固く握り返した。
そして、絞り出すように声を紡ぐ。
「ごめん、深山……」
随分と待たせて、不安にさせて、本当にごめん。
「お前の気持ちに、ずっと応えてあげられなくて……」
けれど、今ここで言わせてくれ。
「俺はお前のことが────」
『好きだ!』と喉を破って声が出そうになった、まさにその一刹那だった。
「おーい! 侑人、深山! どこにいるんだー!?」
最悪のタイミングで、浩也の能気な声が竹林を切り裂いて接近してきた。
深山は弾かれたように素早く俺から身体を離す。
直後、竹の隙間から浩也が姿を現した。
「なんだよ、こんなところにいたのか。探したぞ」
「ご、ごめん……! こっちの方にも何かあるかと思って……な?」
俺は必死に動揺を隠し、深山へ同意を求めるように視線を向けた。
──だが。
深山は俯いたまま、無表情の抜け殻のように固まっていた。
その美しい顔立ちからは、血の気が完全に引いている。
一体……どうしたんだ……!?
「おい、行くぞ。そろそろ次の集合場所に向かわねーと」
ずんずん先を歩いていく浩也の背中を追いかけながら、俺は深山に声をかけた。
「深山、行こう」
だが、深山には俺の声がまったく届いていないようだった。
死人のような沈んだ表情のまま、機械的に足を動かしている。
「……大丈夫か?」
もう一度尋ねたが、返事はない。
それどころか、あいつは俺の存在を拒絶するように急激に歩幅を広げ、距離を置き始めた。
告白を途中で邪魔されたから拗ねているのだろうか──そんな生ぬるい理由ではないことくらい、嫌というほど理解できた。
俺は、さっきの己の出力を脳内メモリで高速再生(プレイバック)する。
……まさか……!?
俺はさっき、深山に何と言った……?
『ごめん、深山。お前の気持ちに、ずっと応えてあげられなくて──』
「……っ!?」
強烈な眩暈がして、視界が真っ暗に染まった。
最悪だ……。言葉の最悪な切り取り事故(バグ)を起こしてしまった……!
「好きだ」という核心のコードを出力する直前で遮られたせいで、深山のシステムには『お前の気持ちには応えられない(拒絶)』という壊滅的なエラーログだけが受信されてしまったのだ……!
「深山! 違うんだ! さっきの言葉は──」
慌てて追いかけ、言葉を重ねようとした。
振り向いた深山の瞳には、怒りすらなく、ただ冷たく澄み切った『無の暗闇』が広がっていた。
俺の存在そのものをシステムから消去(デリート)したかのようなその瞳に心臓を貫かれ、俺の喉は完全に凍りついた。
言葉が出ない。上手く息が吸えない。
どうして、こんなことに──。
胸が破裂しそうなほどの激痛に苛まれながら、俺は自分がどうやって宿泊先のホテルまで移動したのか、記憶が抜け落ちていた。
ただ、あの深山の瞳に広がっていた、世界が崩壊したかのような深い暗闇だけが、俺のシステム領域を絶望で支配し続けていた。
【フェーズ18:致命的エラー(応答拒絶)の受信と全システム拒絶】
・ターゲット(侑人)からの「謝罪および拒絶ログ」を受信。
・「お前の気持ちに応えられない」というデータの受信により、深山統織のプログラミング(恋心)は完全破綻。
・……全ファイアウォールを緊急閉鎖。ターゲットからの全アクセスを永久遮断(デリート)する。
至近距離の美貌に跳ね起きようとして、俺は片手にズシリとした重みと柔らかな熱気を感じて硬直する。
……俺の手と深山の手が、指を隙間なく絡ませた「恋人繋ぎ」で固く結ばれていた。
そうだ、昨夜、浩也の気配に怯えるあまり、俺の方から深山の手を握りしめてしまったんだった……!
「……んっ……、侑人……?」
俺の急激な動揺を察知したのか、深山が長いまつ毛を揺らして薄く目を開けた。
俺は弾かれたようにその手を放す。
「ご、ごめん! 起こした……っ!?」
今更ながら自分のしでかした行いの破壊力に、顔から火が出そうなほどの羞恥が押し寄せてくる。
いくら同じ布団に潜り込んだからといって、朝まで手を繋いで寝るなんて昨日の俺は完全にどうかしていた。
ふと隣を見ると、浩也は掛け布団を豪快に吹っ飛ばし、口を開けて盛大にいびきをかいていた。
とりあえず、深山が夜間に襲われることもなく、無事に朝を迎えたことに安堵する。
だが、これ以上の至近距離に耐えられるほど俺の心臓のリソースは残されていなかった。
壊れたロボットのようにぎこちなく身を起こすと、俺は「トイレ」という見透かされそうな口実を吐いて、逃げるようにその場を離れた。
洗面所で高鳴る心臓を押さえつけながら考える。
浩也が眠っている今なら、深山に告白できるだろうか──。
だが、目覚めて開口一番に「好きだ」とハッキングを仕掛けるのも唐突すぎる。
下手をすれば気まずい処理落ちの時間が流れるだけだ。
絶好の二人きりの好機だったが、泣く泣くその案を却下した。
告白のタイミングというのは、なんと難解なアルゴリズムなのだろう。
修学旅行二日目は、京都市内の班別自主研修だ。
基本的に三人行動のため、深山をどこかへ連れ出さない限り、プライベートなアクセス(告白)など不可能に近い。
俺は焦る気持ちを抑え込みながら、主要な観光地を巡った。
どうか、告白の決定的なチャンス(フラグ)が巡ってきますように。
清水寺の本堂で、俺は人生最大の念を込めて深く手を合わせた。
すぐ右隣では、深山がきれいで洗練された所作で静かに祈りを捧げている。
こいつは今、俺からの告白(アンロック)を切実に祈願している……のだと思いたい。
そして左隣でガサツに手を合わせている地球規模の勘違い野郎には、どうか正しき道(現実)を示してやってください。
全身全霊で神様へ通信(データ送信)を試みたのだが──神様は残酷だった。
俺の必死な祈りをあざ笑うかのように、最悪のシステムエラーが起きてしまったのだ。
「侑人、あっちを見に行こう」
境内を歩いていた時のことだ。
浩也が別の建造物に気を取られて隙ができた瞬間、ふいに深山が俺の腕を強く引っ張った。
その拒絶を許さない力強さに流されるまま、俺は観光ルートから外れた建造物の裏手へと引きずり込まれた。
「ここ……何もなさそうだけど……」
観光客の喧騒が遠のき、辺りは静寂に包まれていた。
手入れされた美しい竹林が周囲を遮蔽し、笹の葉の隙間から淡く繊細な木漏れ日が落ちている。
「深山……?」
振り返ろうとした、まさにその時だった。
背後から伸びてきたしなやかな腕に力任せに引き寄せられ、気づいた時には俺は深山に後ろから強く抱きしめられていた。
一気に全身が硬直し、鼓膜の奥で警告音(心音)が狂ったように暴れ出す。
深山は何も言わない。
ただ、この激しい熱と脈拍を感じ取れとばかりに、全身の質量を預けてくる。
いつもの冷徹で計算し尽くされた深山からは想像もつかない行動だった。
背中に触れる身体の微かな震え、乱れた不安定な息遣い。
深山の胸の奥にある痛いほどの感情がダイレクトに流れ込んできて、俺の胸は壊れそうなほど締め付けられた。
……わかってる。俺だって、お前と同じ気持ちなんだ。
本当はもう、一秒だって我慢できない。
今こそこの想いを伝えて、すべてのすれ違いを終わらせるんだ。
ここから、俺たちの新しい同期(関係)を始めるんだ。
俺は背後から回された深山の手を、指が痛むほど固く握り返した。
そして、絞り出すように声を紡ぐ。
「ごめん、深山……」
随分と待たせて、不安にさせて、本当にごめん。
「お前の気持ちに、ずっと応えてあげられなくて……」
けれど、今ここで言わせてくれ。
「俺はお前のことが────」
『好きだ!』と喉を破って声が出そうになった、まさにその一刹那だった。
「おーい! 侑人、深山! どこにいるんだー!?」
最悪のタイミングで、浩也の能気な声が竹林を切り裂いて接近してきた。
深山は弾かれたように素早く俺から身体を離す。
直後、竹の隙間から浩也が姿を現した。
「なんだよ、こんなところにいたのか。探したぞ」
「ご、ごめん……! こっちの方にも何かあるかと思って……な?」
俺は必死に動揺を隠し、深山へ同意を求めるように視線を向けた。
──だが。
深山は俯いたまま、無表情の抜け殻のように固まっていた。
その美しい顔立ちからは、血の気が完全に引いている。
一体……どうしたんだ……!?
「おい、行くぞ。そろそろ次の集合場所に向かわねーと」
ずんずん先を歩いていく浩也の背中を追いかけながら、俺は深山に声をかけた。
「深山、行こう」
だが、深山には俺の声がまったく届いていないようだった。
死人のような沈んだ表情のまま、機械的に足を動かしている。
「……大丈夫か?」
もう一度尋ねたが、返事はない。
それどころか、あいつは俺の存在を拒絶するように急激に歩幅を広げ、距離を置き始めた。
告白を途中で邪魔されたから拗ねているのだろうか──そんな生ぬるい理由ではないことくらい、嫌というほど理解できた。
俺は、さっきの己の出力を脳内メモリで高速再生(プレイバック)する。
……まさか……!?
俺はさっき、深山に何と言った……?
『ごめん、深山。お前の気持ちに、ずっと応えてあげられなくて──』
「……っ!?」
強烈な眩暈がして、視界が真っ暗に染まった。
最悪だ……。言葉の最悪な切り取り事故(バグ)を起こしてしまった……!
「好きだ」という核心のコードを出力する直前で遮られたせいで、深山のシステムには『お前の気持ちには応えられない(拒絶)』という壊滅的なエラーログだけが受信されてしまったのだ……!
「深山! 違うんだ! さっきの言葉は──」
慌てて追いかけ、言葉を重ねようとした。
振り向いた深山の瞳には、怒りすらなく、ただ冷たく澄み切った『無の暗闇』が広がっていた。
俺の存在そのものをシステムから消去(デリート)したかのようなその瞳に心臓を貫かれ、俺の喉は完全に凍りついた。
言葉が出ない。上手く息が吸えない。
どうして、こんなことに──。
胸が破裂しそうなほどの激痛に苛まれながら、俺は自分がどうやって宿泊先のホテルまで移動したのか、記憶が抜け落ちていた。
ただ、あの深山の瞳に広がっていた、世界が崩壊したかのような深い暗闇だけが、俺のシステム領域を絶望で支配し続けていた。
【フェーズ18:致命的エラー(応答拒絶)の受信と全システム拒絶】
・ターゲット(侑人)からの「謝罪および拒絶ログ」を受信。
・「お前の気持ちに応えられない」というデータの受信により、深山統織のプログラミング(恋心)は完全破綻。
・……全ファイアウォールを緊急閉鎖。ターゲットからの全アクセスを永久遮断(デリート)する。
