だいぶ日も暮れ、ついに今夜の宿泊先である京都の古風な旅館へとたどり着いてしまった。
決して広いとは言えない和室。
窓の外に広がる坪庭の風景は情緒があって悪くはないのだが、今の俺には京の風情を楽しんでいる余裕など1ビットも残されていなかった。
浩也がいつ深山に仕掛けに行くのか分からない。
だが、二人きりになってガードが下がる夜こそが最大のエンカウントチャンスであることくらい、恋愛初心者(神視点)の俺にだって容易に弾き出せる。
「お、もう布団が敷いてあるじゃん」
三組の布団が横一列に隙間なく並べられた室内で、浩也は真っ先に中央の本命ポジションを分捕った。
しまった、ここでも後手に回ってしまった……!
ため息をつきながら深山へ視線を送ると、あいつの瞳には尋常ではない殺意を含んだ氷点下の光が宿っていた。
おそらく深山は、「浩也が俺と深山を物理的に分断するために真ん中を陣取った」と誤認し、嫉妬で脳内アラートを鳴らしているのだろう。
だが真相は違う。お前がターゲットとして狙われているのだ。
頼むから俺への嫉妬心は一旦横に置いて、己のセキュリティ(身の安全)を第一に考慮してほしい。
この配置では、何かあった時に俺が物理的に割り込んで深山を防衛することが不可能なのだ。
俺の知らないところで深山が浩也に襲われるかもしれないと想像しただけで、泣き出しそうになる。
「俺、今夜深山に告ろうと思ってさ。ここで告っていい?」
深山が大浴場へ向かい、部屋で浩也と二人きりになった瞬間、あっさりとそう宣告された。
「絶対にダメだ! っていうか、深山の好きな奴はお前じゃないって言ってるだろ!!」
「お前、深山じゃねーだろ。大丈夫だって。お前が寝静まってからやるからさ」
「だからそれが一番質が悪いっつってんだろ!!」
心の中だけで叫ぶつもりが、あまりの危機感に盛大に口から漏れてしまった。
浩也は俺の悲鳴のような拒絶を前に、完全に捕食者の笑みを浮かべてニヤついている。
ダメだ……。今夜は何が何でも徹夜で起きて、この盛りのついた猛獣を厳重監視しなければならない。
少しでも怪しい挙動を見せたら、即座に押さえつけて警察に通報してやる。
大浴場から戻ってきた深山と浩也を二人きりにさせないため、俺は人生最速の超高速シャワーを完了させた。
そして──いざ消灯時間が近づいたその時、思いもよらぬ『事件』が勃発した。
深山が水の入ったコップを手に、何食わぬ顔で敷かれた布団の上を横切ろうとした、まさにその瞬間だった。
「────あっ」
枕の端につまづいた拍子に、持っていたコップが手元から滑り落ち、中の液体が無残にも敷布団の真ん中へ広がっていく。
「だ、大丈夫か!?」
俺と浩也は慌てて深山へと駆け寄った。
自分の布団を豪快に湿らせてしまった深山は、「あーあ……」と深いため息を漏らしている。
うっかり自分のミスで布団を水浸しにしてしまったのだから自業自得ではあるが、流石にこの状態では寝られないだろう。
気の毒に……と俺が思った、次の瞬間だった。
「侑人、もう自分の布団では寝られないから、侑人の隣で一緒に寝かせて」
「……は?」
一瞬で脳内の思考回路が完全フリーズする。
目をぱちくりさせながらその言語データを反芻しようとした刹那、俺の腰へ滑らかに深山の腕が添えられた。
そして有無を言わせぬスマートさと圧倒的な圧力で、俺の布団の領域へと誘導される。
「……え、……あ、その……」
完全にパニックに陥ったまま、深山の手によって布団の中へと押し込まれると、
「……じゃあ、おやすみ」
何事もなかったかのように電気を消された。
そのままスルリと、俺の掛け布団の中へと侵入してくるリアルな体温。
──もう、深山の顔を見なくても分かる。
こいつは100%確信犯だ。
俺の隣(密室の最深部)で寝るという目的を完遂するため、あえて自らの布団を物理的に壊滅させるという恐ろしいほどの狡猾さに、絶句するしかなかった。
浩也が「俺の布団に来てもいいぜ?」と提案したものの、時すでに遅し。
「もう侑人のところに入れてもらったから」と氷のように突っぱねられ、そこで強制終了(チェックメイト)だ。
浩也はチッと言いながら諦めて自分の布団へ横になった。
突然の深山の領域侵犯に、俺の心臓は激しい警告音(ドラム)を打ち鳴らし、心拍数は青天井で跳ね上がっていく。
深山は浩也から俺をガードするように浩也へ背を向け、肉体の壁を作ってくれていた。
その庇護は心底嬉しいのだが、俺は深山が背後から浩也に襲われないかの方が死ぬほど心配だったのだ。
あいつが今夜どこかで深山に手を出すかもしれないと思ったら不安でたまらなくなり、暗闇の中で微かに触れ合った指先から、思わず俺の方から深山の手を固く握りしめていた。
その瞬間、深山の指先がビクッと小さく跳ねたのを確かに感じた。
ギュッと手を握り返してくる深山の掌は驚くほど熱く、かすかに汗ばんでいた。
指と指が隙間なく絡み合い、お互いの少し汗ばんだ熱い掌がぴったりと吸い付く。
至近距離から伝わる、深山の少し荒い息遣い。
今すぐ「好きだ」と伝えて、このハッキング戦線を終わらせたい。
胸を焼き尽くすほどの焦燥を抱えながら耐えていると、やがて浩也の枕元から豪快ないびきが聞こえ始め、張り詰めていた空気がふっと緩んだ。
「……深山?」
そっと耳元で囁きかけてみる。だが、返事はなかった。
すやすやと規則正しい寝息を立てる深山を、流石に叩き起こす気にはなれなかった。
薄暗がりの中にうっすらと浮かび上がる、息を呑むほど綺麗で儚い寝顔。
その横顔をじっと見つめながら、
──明日こそ、絶対に俺から『告白』して、お前を完全にハックしてやる。
俺は心の中で強くそう固く誓い、ゆっくりと静かに目を閉じた。
【フェーズ17:自傷型環境破壊(水没エラー)による排他的添い寝空間の奪還と最終アンロックの待機(完了)】
・障害オブジェクト(浩也)の中央占有に対し、自らの領域を物理破棄(水没)させる捨て身のコードを実行。
・ターゲット(侑人)の寝具への侵入に成功し、近接密着および手仕草によるバインド(恋人繋ぎ)を獲得。
・……ターゲットからの自発的接触(手握り)および心拍数上昇を確認。告白(アンロックコード)受診のスタンバイ完了。明日の決戦フェーズへ移行する。
決して広いとは言えない和室。
窓の外に広がる坪庭の風景は情緒があって悪くはないのだが、今の俺には京の風情を楽しんでいる余裕など1ビットも残されていなかった。
浩也がいつ深山に仕掛けに行くのか分からない。
だが、二人きりになってガードが下がる夜こそが最大のエンカウントチャンスであることくらい、恋愛初心者(神視点)の俺にだって容易に弾き出せる。
「お、もう布団が敷いてあるじゃん」
三組の布団が横一列に隙間なく並べられた室内で、浩也は真っ先に中央の本命ポジションを分捕った。
しまった、ここでも後手に回ってしまった……!
ため息をつきながら深山へ視線を送ると、あいつの瞳には尋常ではない殺意を含んだ氷点下の光が宿っていた。
おそらく深山は、「浩也が俺と深山を物理的に分断するために真ん中を陣取った」と誤認し、嫉妬で脳内アラートを鳴らしているのだろう。
だが真相は違う。お前がターゲットとして狙われているのだ。
頼むから俺への嫉妬心は一旦横に置いて、己のセキュリティ(身の安全)を第一に考慮してほしい。
この配置では、何かあった時に俺が物理的に割り込んで深山を防衛することが不可能なのだ。
俺の知らないところで深山が浩也に襲われるかもしれないと想像しただけで、泣き出しそうになる。
「俺、今夜深山に告ろうと思ってさ。ここで告っていい?」
深山が大浴場へ向かい、部屋で浩也と二人きりになった瞬間、あっさりとそう宣告された。
「絶対にダメだ! っていうか、深山の好きな奴はお前じゃないって言ってるだろ!!」
「お前、深山じゃねーだろ。大丈夫だって。お前が寝静まってからやるからさ」
「だからそれが一番質が悪いっつってんだろ!!」
心の中だけで叫ぶつもりが、あまりの危機感に盛大に口から漏れてしまった。
浩也は俺の悲鳴のような拒絶を前に、完全に捕食者の笑みを浮かべてニヤついている。
ダメだ……。今夜は何が何でも徹夜で起きて、この盛りのついた猛獣を厳重監視しなければならない。
少しでも怪しい挙動を見せたら、即座に押さえつけて警察に通報してやる。
大浴場から戻ってきた深山と浩也を二人きりにさせないため、俺は人生最速の超高速シャワーを完了させた。
そして──いざ消灯時間が近づいたその時、思いもよらぬ『事件』が勃発した。
深山が水の入ったコップを手に、何食わぬ顔で敷かれた布団の上を横切ろうとした、まさにその瞬間だった。
「────あっ」
枕の端につまづいた拍子に、持っていたコップが手元から滑り落ち、中の液体が無残にも敷布団の真ん中へ広がっていく。
「だ、大丈夫か!?」
俺と浩也は慌てて深山へと駆け寄った。
自分の布団を豪快に湿らせてしまった深山は、「あーあ……」と深いため息を漏らしている。
うっかり自分のミスで布団を水浸しにしてしまったのだから自業自得ではあるが、流石にこの状態では寝られないだろう。
気の毒に……と俺が思った、次の瞬間だった。
「侑人、もう自分の布団では寝られないから、侑人の隣で一緒に寝かせて」
「……は?」
一瞬で脳内の思考回路が完全フリーズする。
目をぱちくりさせながらその言語データを反芻しようとした刹那、俺の腰へ滑らかに深山の腕が添えられた。
そして有無を言わせぬスマートさと圧倒的な圧力で、俺の布団の領域へと誘導される。
「……え、……あ、その……」
完全にパニックに陥ったまま、深山の手によって布団の中へと押し込まれると、
「……じゃあ、おやすみ」
何事もなかったかのように電気を消された。
そのままスルリと、俺の掛け布団の中へと侵入してくるリアルな体温。
──もう、深山の顔を見なくても分かる。
こいつは100%確信犯だ。
俺の隣(密室の最深部)で寝るという目的を完遂するため、あえて自らの布団を物理的に壊滅させるという恐ろしいほどの狡猾さに、絶句するしかなかった。
浩也が「俺の布団に来てもいいぜ?」と提案したものの、時すでに遅し。
「もう侑人のところに入れてもらったから」と氷のように突っぱねられ、そこで強制終了(チェックメイト)だ。
浩也はチッと言いながら諦めて自分の布団へ横になった。
突然の深山の領域侵犯に、俺の心臓は激しい警告音(ドラム)を打ち鳴らし、心拍数は青天井で跳ね上がっていく。
深山は浩也から俺をガードするように浩也へ背を向け、肉体の壁を作ってくれていた。
その庇護は心底嬉しいのだが、俺は深山が背後から浩也に襲われないかの方が死ぬほど心配だったのだ。
あいつが今夜どこかで深山に手を出すかもしれないと思ったら不安でたまらなくなり、暗闇の中で微かに触れ合った指先から、思わず俺の方から深山の手を固く握りしめていた。
その瞬間、深山の指先がビクッと小さく跳ねたのを確かに感じた。
ギュッと手を握り返してくる深山の掌は驚くほど熱く、かすかに汗ばんでいた。
指と指が隙間なく絡み合い、お互いの少し汗ばんだ熱い掌がぴったりと吸い付く。
至近距離から伝わる、深山の少し荒い息遣い。
今すぐ「好きだ」と伝えて、このハッキング戦線を終わらせたい。
胸を焼き尽くすほどの焦燥を抱えながら耐えていると、やがて浩也の枕元から豪快ないびきが聞こえ始め、張り詰めていた空気がふっと緩んだ。
「……深山?」
そっと耳元で囁きかけてみる。だが、返事はなかった。
すやすやと規則正しい寝息を立てる深山を、流石に叩き起こす気にはなれなかった。
薄暗がりの中にうっすらと浮かび上がる、息を呑むほど綺麗で儚い寝顔。
その横顔をじっと見つめながら、
──明日こそ、絶対に俺から『告白』して、お前を完全にハックしてやる。
俺は心の中で強くそう固く誓い、ゆっくりと静かに目を閉じた。
【フェーズ17:自傷型環境破壊(水没エラー)による排他的添い寝空間の奪還と最終アンロックの待機(完了)】
・障害オブジェクト(浩也)の中央占有に対し、自らの領域を物理破棄(水没)させる捨て身のコードを実行。
・ターゲット(侑人)の寝具への侵入に成功し、近接密着および手仕草によるバインド(恋人繋ぎ)を獲得。
・……ターゲットからの自発的接触(手握り)および心拍数上昇を確認。告白(アンロックコード)受診のスタンバイ完了。明日の決戦フェーズへ移行する。
