修学旅行当日の朝。
浩也というとんでもない超大型エマージェンシーを抱えたまま、俺はついに決戦の初日を迎えていた。
集合場所である新幹線改札口。
俺は深山を前に、意気揚々と告白の機を伺う超ポジティブハイパー呑気男(浩也)を、射殺さんばかりの視線で睨みつける。
浩也の「深山に好かれている」という地球規模の超絶バグ(勘違い)を正そうと、あれから何度も訂正を試みた。
だが、こちらが何言おうと火に油を注ぐ結果となり、やつの狂った受信感度は加速する一方だったのだ。
改札口に集まった100名近い生徒たちへ視線を走らせる。
浩也に限らず、この中に深山へ相当な好意を抱き、いつ告白を仕掛けてきてもおかしくない競合ターゲットが潜んでいることはすでにスキャン済みだ。
だが、さすがに学年全員の好意ベクトルまで完璧に網羅できているわけじゃない。
修学旅行という非日常のイベントに乗じて、深山との距離を縮めようと企む未知のバグは数知れず存在しているはずだ。
浩也という最大級のエラーだけでも頭が痛いのに、その他大勢の未知のノイズをかいくぐり、俺はなんとしても深山にこの想いをハック(告白)しなければならないのだ。
昨夜はそのプレッシャーと焦燥感でろくに眠れぬまま、当日の朝を迎えてしまっていた。
やがて集合場所に姿を現した深山は、いつになく洗練された圧倒的なオーラと美貌で、周囲の視線を一瞬にして独占していた。
イメチェン(スペックフル解放)後のあいつの引力は正気じゃない。
もし同じ班に滑り込めていなければ、俺は修学旅行中、あいつの警戒領域(近距離)に近づくことすらできずに詰んでいただろう。
新幹線の車内。
座席は班ごとに固まって座る仕様になっていた。
3人掛けのシートで後手に回ってしまった俺は、【窓際:深山 / 中央:浩也 / 通路側:俺】という最悪の配置(フォーメーション)を余儀なくされた。
ちゃっかり意中の深山の隣を分捕った浩也は、図々しくも両側の肘掛けを専有し、背もたれを限界まで倒したシートで満足げにふんぞり返っている。
一方、奥の席に物理的に閉じ込められた形となった深山からは、凍てつくような殺気のログがダダ漏れになっていた。
だが、ポンコツ受信感度の浩也はその凶悪な信号を感知するどころか、
「あいつ、俺が隣に座ったから緊張して固まってんだぜ?」
などと、ピンク色の脳内変換を施して俺の耳元で囁いてくる。
腹が立ちすぎて、今すぐ走行中の新幹線のドアを蹴破り、こいつを線路へ突き落としてやりたくなった。
朝からストレス値が最高潮に達していた、まさにその時だった。
「うぅ……」
突然、深山がお腹を押さえて苦しそうに顔を歪めた。
「お、おい、どうした!? 大丈夫か!?」
浩也が深山の異常に気づき、バッと背もたれから体を起こして覗き込む。
「……昨日から、ちょっとお腹の調子が悪くて……。ごめん、トイレ行きたいから、通して……」
深山は弱々しい声でそう言うと、俺たちの前を通り抜け、痛むお腹を押さえながら通路の奥へと消えて行った。
……大丈夫だろうか。
もしかしてあいつも、浩也と同じ班になったストレスで、システムに深刻な胃痛エラーを起こしてしまったのだろうか……。
ハラハラしながら待っていると、しばらくして深山が戻ってきた。
そして、心底申し訳なさそうな顔でこう告げたのだ。
「やっぱり、まだ途中でトイレに立つかもしれないから……俺、通路側の席に座るよ。浩也、奥に詰めてもらえるかな」
「え、あ、ああ。……そっか、腹痛いならしょうがねぇな」
浩也は深山に促されるまま、素直に窓際の一番奥へと移動する。
そして俺も続いて中央の席へ──。
深く座り直した瞬間、俺はハッと息を飲んで深山を見つめた。
あいつの無表情な瞳の奥で、冷徹で美しい計算がギラりと光った気がして、思わず背筋がゾッとする。
……お腹が痛いフリをして見事に通路側へ退避し、浩也という凶悪な猛獣を奥の檻(窓際)へ封印。
その上で、俺の隣という絶対的本命ポジションを完璧なロジックで奪取してみせたのだ。
理由(ロジック)を完璧に組み立てて物理空間を支配する、深山の静かな狡猾さが恐ろしすぎる。
「侑人、ほら。向こうに富士山が見えてきたよ」
何事もなかったかのように、深山は通路を挟んだ反対側の窓を指さした。
俺がじっと目を凝らして外を見ようとすると、
「もっとこっちに来ないと、見えないよ。ほら、あそこ」
囁かれた直後、深山の長くて美しい手が俺の腰を強引に引き寄せた。
密着した肩から、電熱のような熱が一気に駆け巡る。
夏休み中のあの寸止めの夜、シーツ越しに感じていたあいつの生の体温が、鮮烈な記憶となって全身を駆け抜けた。
(……っ、ずるいんだよ、お前はいつも……!)
鼻腔を突く甘い髪の香り。
すぐ至近距離で揺れる深山の瞳を見つめ返しながら、俺の心臓は爆音を立て始める。
早く、この胸の奥で暴れ回る本当の言葉を伝えたい──。
狂おしいほどに高まる焦燥感と、狂ったように早まる鼓動を感じながら、俺たちの修学旅行が始まった。
【フェーズ15:環境(フォーメーション)の強制書き換え(完了)】
・他個体(浩也)による侵入エラーに対し、「擬態コード(腹痛の偽装)」を実行して窓際への隔離(封印)を完了。
・ターゲット(侑人)の「隣接ポジション」を確保。
・修学旅行という非日常空間における「排他的占有(二人の同期)」を強制開始させれば成功。
浩也というとんでもない超大型エマージェンシーを抱えたまま、俺はついに決戦の初日を迎えていた。
集合場所である新幹線改札口。
俺は深山を前に、意気揚々と告白の機を伺う超ポジティブハイパー呑気男(浩也)を、射殺さんばかりの視線で睨みつける。
浩也の「深山に好かれている」という地球規模の超絶バグ(勘違い)を正そうと、あれから何度も訂正を試みた。
だが、こちらが何言おうと火に油を注ぐ結果となり、やつの狂った受信感度は加速する一方だったのだ。
改札口に集まった100名近い生徒たちへ視線を走らせる。
浩也に限らず、この中に深山へ相当な好意を抱き、いつ告白を仕掛けてきてもおかしくない競合ターゲットが潜んでいることはすでにスキャン済みだ。
だが、さすがに学年全員の好意ベクトルまで完璧に網羅できているわけじゃない。
修学旅行という非日常のイベントに乗じて、深山との距離を縮めようと企む未知のバグは数知れず存在しているはずだ。
浩也という最大級のエラーだけでも頭が痛いのに、その他大勢の未知のノイズをかいくぐり、俺はなんとしても深山にこの想いをハック(告白)しなければならないのだ。
昨夜はそのプレッシャーと焦燥感でろくに眠れぬまま、当日の朝を迎えてしまっていた。
やがて集合場所に姿を現した深山は、いつになく洗練された圧倒的なオーラと美貌で、周囲の視線を一瞬にして独占していた。
イメチェン(スペックフル解放)後のあいつの引力は正気じゃない。
もし同じ班に滑り込めていなければ、俺は修学旅行中、あいつの警戒領域(近距離)に近づくことすらできずに詰んでいただろう。
新幹線の車内。
座席は班ごとに固まって座る仕様になっていた。
3人掛けのシートで後手に回ってしまった俺は、【窓際:深山 / 中央:浩也 / 通路側:俺】という最悪の配置(フォーメーション)を余儀なくされた。
ちゃっかり意中の深山の隣を分捕った浩也は、図々しくも両側の肘掛けを専有し、背もたれを限界まで倒したシートで満足げにふんぞり返っている。
一方、奥の席に物理的に閉じ込められた形となった深山からは、凍てつくような殺気のログがダダ漏れになっていた。
だが、ポンコツ受信感度の浩也はその凶悪な信号を感知するどころか、
「あいつ、俺が隣に座ったから緊張して固まってんだぜ?」
などと、ピンク色の脳内変換を施して俺の耳元で囁いてくる。
腹が立ちすぎて、今すぐ走行中の新幹線のドアを蹴破り、こいつを線路へ突き落としてやりたくなった。
朝からストレス値が最高潮に達していた、まさにその時だった。
「うぅ……」
突然、深山がお腹を押さえて苦しそうに顔を歪めた。
「お、おい、どうした!? 大丈夫か!?」
浩也が深山の異常に気づき、バッと背もたれから体を起こして覗き込む。
「……昨日から、ちょっとお腹の調子が悪くて……。ごめん、トイレ行きたいから、通して……」
深山は弱々しい声でそう言うと、俺たちの前を通り抜け、痛むお腹を押さえながら通路の奥へと消えて行った。
……大丈夫だろうか。
もしかしてあいつも、浩也と同じ班になったストレスで、システムに深刻な胃痛エラーを起こしてしまったのだろうか……。
ハラハラしながら待っていると、しばらくして深山が戻ってきた。
そして、心底申し訳なさそうな顔でこう告げたのだ。
「やっぱり、まだ途中でトイレに立つかもしれないから……俺、通路側の席に座るよ。浩也、奥に詰めてもらえるかな」
「え、あ、ああ。……そっか、腹痛いならしょうがねぇな」
浩也は深山に促されるまま、素直に窓際の一番奥へと移動する。
そして俺も続いて中央の席へ──。
深く座り直した瞬間、俺はハッと息を飲んで深山を見つめた。
あいつの無表情な瞳の奥で、冷徹で美しい計算がギラりと光った気がして、思わず背筋がゾッとする。
……お腹が痛いフリをして見事に通路側へ退避し、浩也という凶悪な猛獣を奥の檻(窓際)へ封印。
その上で、俺の隣という絶対的本命ポジションを完璧なロジックで奪取してみせたのだ。
理由(ロジック)を完璧に組み立てて物理空間を支配する、深山の静かな狡猾さが恐ろしすぎる。
「侑人、ほら。向こうに富士山が見えてきたよ」
何事もなかったかのように、深山は通路を挟んだ反対側の窓を指さした。
俺がじっと目を凝らして外を見ようとすると、
「もっとこっちに来ないと、見えないよ。ほら、あそこ」
囁かれた直後、深山の長くて美しい手が俺の腰を強引に引き寄せた。
密着した肩から、電熱のような熱が一気に駆け巡る。
夏休み中のあの寸止めの夜、シーツ越しに感じていたあいつの生の体温が、鮮烈な記憶となって全身を駆け抜けた。
(……っ、ずるいんだよ、お前はいつも……!)
鼻腔を突く甘い髪の香り。
すぐ至近距離で揺れる深山の瞳を見つめ返しながら、俺の心臓は爆音を立て始める。
早く、この胸の奥で暴れ回る本当の言葉を伝えたい──。
狂おしいほどに高まる焦燥感と、狂ったように早まる鼓動を感じながら、俺たちの修学旅行が始まった。
【フェーズ15:環境(フォーメーション)の強制書き換え(完了)】
・他個体(浩也)による侵入エラーに対し、「擬態コード(腹痛の偽装)」を実行して窓際への隔離(封印)を完了。
・ターゲット(侑人)の「隣接ポジション」を確保。
・修学旅行という非日常空間における「排他的占有(二人の同期)」を強制開始させれば成功。
