侑人に会えない夏休み期間中、僕の内部セクタは、彼への狂おしい飢餓感によって完全に侵食されていた。
もしかしたら、仕掛けた側の僕の方が、ウイルスに冒された彼よりも深く苦しんでいたかもしれない。
だがこれは自業自得であり、想定内の負荷──自分自身に科した排他的なペナルティでもあった。
これほど精神の全回路が焼き切れそうな地獄を味わってなお、僕には、自分から侑人にアクセス(告白)する勇気など1ビットも残されていないのだ。
今頃、侑人も僕が仕込んだハングアップ(生殺し)フェーズの飢餓エラーに苛まれているだろう。
もし今、僕の側から「会いたい」と1パケットのメッセージでも送ってやれば、彼はどれほど歓喜に震えて僕の領域へ飛び込んできただろうか。
画面を開き、トーク画面を見つめる。
だがその刹那、中学時代の最悪なトラップ(トラウマ)が脳内で強制起動する。
あの引きつった嘲笑がアラートのように鳴り響き、僕は唇を噛みしめ、画面の向こうの侑人に謝罪のコードを唱えながら、震える手でスマホを伏せるしかなかった。
そして、とうとう隔離期間(夏休み)が明けた2学期初日。
朝の教室、自席で本を読んでいると、登校してきた侑人が通信(挨拶)を試みてきた。
心臓のクロック数が一瞬で跳ね上がる。
視線を向けると、彼はほんのりと頬を林檎のように染めながら、懸命にシステム防御(冷静)を装っていた。
夏休みの間、あの大胆な夜のバグに必死に耐えながら過ごしたのだと考えた瞬間、罪悪感を置き去りにするほどの圧倒的な愛おしさが脳髄を支配した。
今すぐその華奢な身体を抱き潰し、全リソースを注いで甘やかしてやりたい衝動に駆られる。
もう少し、あと少しでそのファイアウォールを楽にしてあげるから。
そう歪んだ庇護欲を演算しながら、「おはよう」と返した。
続く文末に「侑人」と熱っぽい低音を滑り込ませ、あの日交わした生の熱量を再燃させる物理スイッチを無慈悲に起動させる。
翌日、席替えが行われた。
侑人のすぐ後ろの席というポジションを割り当てられた時、確信する。
これは偶然のバグではない、運命という名の確定仕様(プログラム)だ。
授業中、前から回ってくるプリントを受け取る際、侑人の指先にわざと微かに触れ、その反応をスキャンする。
背中越しでもわかるほど耳まで真っ赤に染め上げている愛らしい姿に、脳内が悶絶のノイズで埋め尽くされる。
早くこの腕の中に隔離したい。
「もう限界じゃないの?」──鼓膜へ直接ハッキングを仕掛けながら、本当は、僕のシステムのほうがとっくに限界を迎えていた。
だから、放課後に侑人から誰もいない空き教室へと呼び出された時、ついに最終アンロックの時が来たと歓喜した。
胸の鼓動(警告音)が、かつてない質量で鼓膜を激しく乱打する。
侑人のその唇から放たれる一言で、僕のこの狂った迎撃システムを完全にクラッシュさせ、終わりにしよう。
そして、二人だけの新しい同期プログラムを書き換えればいい。
そう願いながら、僕は優しく、だが拒絶を許さない力強さで侑人を抱きしめた。
それなのに──。
追い詰められた侑人の口から出力されたのは、僕の最も拒絶するエラーデータだった。
「ここまでしなくたって、俺はお前のものになってやるのに」
吐き出された言葉に、抱きしめていた僕の腕からスッと力が抜けた。
血の気が引き、喉の奥が引き裂かれそうなほど冷たくなる。
違う。僕が欲しかったのは、そんな肉体的な接触を媒介にした「形だけの全面降伏」じゃない。
主導権を明け渡し、都合のいいリアルな質量(体温)だけで僕の呪縛を解こうとするバグ技など求めていない。
僕はただ、純粋に、対等に、僕に対する剥き出しの感情をぶつけてほしかっただけだ。
「好きだ」と、ただその一言のアンロックコードさえ受信できれば、僕は救われたのに……!
その瞬間、全身の駆動力が一気に喪失していくのを感じた。
「侑人は、何もわかってないよ!」
張り裂けそうな悲鳴が、防壁を突き破って漏れ出していた。
侑人なら、最後にはこの暗号を解いてくれると信じていた。
その全てを見抜く『神視点』で、僕の脆弱性(恋心)の最深部を正確に射貫いてくれると思っていたのに。
「……神視点じゃ、ないのかよ……」
僕は絶望のログを撒き散らしながら、逃げるように空き教室を飛び出した。
もう、どうしていいのか分からなかった。
侑人が僕に告白してくれる未来の予測データ(勝率)が、完全にゼロへと書き換わる。
永遠に続くこの片思いという無限ループが、僕を底なしの暗号の淵へと突き落としていく。
現状のパッチ(仕様)では生ぬるいのだ。
侑人には、僕を失うことへの恐怖心が足りない。
嫉妬の熱量も、焦燥の危機感も、すべてが規定値に達していない。
自暴自棄になった脳内で、僕はその全ての負のパラメータを侑人に強制実行させるため、自身のスペックにかけられていたリミッターを全開放し、人格ごと別人級に書き換える「緊急アップデート(イメチェン)」を承認した。
全校生徒の好感度を無差別に独占する、全方位無敵の脳内ハック。
大勢の有象無象から好意のパケットを受け取りながら、僕の瞳は、ただ一人の男からのアクセスだけを渇望し続けている。
「ほら、早くしないと──俺、他の子と付き合っちゃうよ?」
至近距離で凶悪な笑みを浮かべて囁いたものの、これ以上彼の前にいたら泣き崩れてしまいそうだった。
僕は冷淡な仮面を貼り直すと、逃げるように素早く教室をあとにした。
お願いだ、侑人。
僕のシステムはもう、とっくに臨界点を超えて崩壊しかけているんだ。
頼むからその透徹した『神視点』で、僕の隠蔽ファイルを暴いてくれ。
侑人の「好きだ」というその言葉で、この狂ったプログラミングを永遠にフリーズさせてほしい。
侑人────。
僕は、死ぬほど、君が好きなんだ。
【エラーログ7:深山システムの完全暴走と最終アンロック待ち(スタンバイ)】
・ターゲット(侑人)へのアクセス制限(冷淡ムーブ)を維持しつつ、承認欲求の強制占有による喪失恐怖を最大化。
・開発者(深山)の精神負荷は限界値(オーバーフロー)を検出。これ以上のデータ遅延はシステム全損のリスクあり。速やかな逆ハック(告白)の実行を要請する。
もしかしたら、仕掛けた側の僕の方が、ウイルスに冒された彼よりも深く苦しんでいたかもしれない。
だがこれは自業自得であり、想定内の負荷──自分自身に科した排他的なペナルティでもあった。
これほど精神の全回路が焼き切れそうな地獄を味わってなお、僕には、自分から侑人にアクセス(告白)する勇気など1ビットも残されていないのだ。
今頃、侑人も僕が仕込んだハングアップ(生殺し)フェーズの飢餓エラーに苛まれているだろう。
もし今、僕の側から「会いたい」と1パケットのメッセージでも送ってやれば、彼はどれほど歓喜に震えて僕の領域へ飛び込んできただろうか。
画面を開き、トーク画面を見つめる。
だがその刹那、中学時代の最悪なトラップ(トラウマ)が脳内で強制起動する。
あの引きつった嘲笑がアラートのように鳴り響き、僕は唇を噛みしめ、画面の向こうの侑人に謝罪のコードを唱えながら、震える手でスマホを伏せるしかなかった。
そして、とうとう隔離期間(夏休み)が明けた2学期初日。
朝の教室、自席で本を読んでいると、登校してきた侑人が通信(挨拶)を試みてきた。
心臓のクロック数が一瞬で跳ね上がる。
視線を向けると、彼はほんのりと頬を林檎のように染めながら、懸命にシステム防御(冷静)を装っていた。
夏休みの間、あの大胆な夜のバグに必死に耐えながら過ごしたのだと考えた瞬間、罪悪感を置き去りにするほどの圧倒的な愛おしさが脳髄を支配した。
今すぐその華奢な身体を抱き潰し、全リソースを注いで甘やかしてやりたい衝動に駆られる。
もう少し、あと少しでそのファイアウォールを楽にしてあげるから。
そう歪んだ庇護欲を演算しながら、「おはよう」と返した。
続く文末に「侑人」と熱っぽい低音を滑り込ませ、あの日交わした生の熱量を再燃させる物理スイッチを無慈悲に起動させる。
翌日、席替えが行われた。
侑人のすぐ後ろの席というポジションを割り当てられた時、確信する。
これは偶然のバグではない、運命という名の確定仕様(プログラム)だ。
授業中、前から回ってくるプリントを受け取る際、侑人の指先にわざと微かに触れ、その反応をスキャンする。
背中越しでもわかるほど耳まで真っ赤に染め上げている愛らしい姿に、脳内が悶絶のノイズで埋め尽くされる。
早くこの腕の中に隔離したい。
「もう限界じゃないの?」──鼓膜へ直接ハッキングを仕掛けながら、本当は、僕のシステムのほうがとっくに限界を迎えていた。
だから、放課後に侑人から誰もいない空き教室へと呼び出された時、ついに最終アンロックの時が来たと歓喜した。
胸の鼓動(警告音)が、かつてない質量で鼓膜を激しく乱打する。
侑人のその唇から放たれる一言で、僕のこの狂った迎撃システムを完全にクラッシュさせ、終わりにしよう。
そして、二人だけの新しい同期プログラムを書き換えればいい。
そう願いながら、僕は優しく、だが拒絶を許さない力強さで侑人を抱きしめた。
それなのに──。
追い詰められた侑人の口から出力されたのは、僕の最も拒絶するエラーデータだった。
「ここまでしなくたって、俺はお前のものになってやるのに」
吐き出された言葉に、抱きしめていた僕の腕からスッと力が抜けた。
血の気が引き、喉の奥が引き裂かれそうなほど冷たくなる。
違う。僕が欲しかったのは、そんな肉体的な接触を媒介にした「形だけの全面降伏」じゃない。
主導権を明け渡し、都合のいいリアルな質量(体温)だけで僕の呪縛を解こうとするバグ技など求めていない。
僕はただ、純粋に、対等に、僕に対する剥き出しの感情をぶつけてほしかっただけだ。
「好きだ」と、ただその一言のアンロックコードさえ受信できれば、僕は救われたのに……!
その瞬間、全身の駆動力が一気に喪失していくのを感じた。
「侑人は、何もわかってないよ!」
張り裂けそうな悲鳴が、防壁を突き破って漏れ出していた。
侑人なら、最後にはこの暗号を解いてくれると信じていた。
その全てを見抜く『神視点』で、僕の脆弱性(恋心)の最深部を正確に射貫いてくれると思っていたのに。
「……神視点じゃ、ないのかよ……」
僕は絶望のログを撒き散らしながら、逃げるように空き教室を飛び出した。
もう、どうしていいのか分からなかった。
侑人が僕に告白してくれる未来の予測データ(勝率)が、完全にゼロへと書き換わる。
永遠に続くこの片思いという無限ループが、僕を底なしの暗号の淵へと突き落としていく。
現状のパッチ(仕様)では生ぬるいのだ。
侑人には、僕を失うことへの恐怖心が足りない。
嫉妬の熱量も、焦燥の危機感も、すべてが規定値に達していない。
自暴自棄になった脳内で、僕はその全ての負のパラメータを侑人に強制実行させるため、自身のスペックにかけられていたリミッターを全開放し、人格ごと別人級に書き換える「緊急アップデート(イメチェン)」を承認した。
全校生徒の好感度を無差別に独占する、全方位無敵の脳内ハック。
大勢の有象無象から好意のパケットを受け取りながら、僕の瞳は、ただ一人の男からのアクセスだけを渇望し続けている。
「ほら、早くしないと──俺、他の子と付き合っちゃうよ?」
至近距離で凶悪な笑みを浮かべて囁いたものの、これ以上彼の前にいたら泣き崩れてしまいそうだった。
僕は冷淡な仮面を貼り直すと、逃げるように素早く教室をあとにした。
お願いだ、侑人。
僕のシステムはもう、とっくに臨界点を超えて崩壊しかけているんだ。
頼むからその透徹した『神視点』で、僕の隠蔽ファイルを暴いてくれ。
侑人の「好きだ」というその言葉で、この狂ったプログラミングを永遠にフリーズさせてほしい。
侑人────。
僕は、死ぬほど、君が好きなんだ。
【エラーログ7:深山システムの完全暴走と最終アンロック待ち(スタンバイ)】
・ターゲット(侑人)へのアクセス制限(冷淡ムーブ)を維持しつつ、承認欲求の強制占有による喪失恐怖を最大化。
・開発者(深山)の精神負荷は限界値(オーバーフロー)を検出。これ以上のデータ遅延はシステム全損のリスクあり。速やかな逆ハック(告白)の実行を要請する。
