侑人はモテる。
僕がその深刻なファクト(事実)に気づいたのは、つい最近のことだった。
時折、教室のノイズに紛れて検知する、女子生徒たちの侑人に向けられた熱い視線。
だが侑人は、意図してか無意識か、自分に向けられる好意のベクトルを即座に判別し、自身のファイアウォールを発動させるかのように視線を逸らしてしまう。
最初は気にも留めていなかったが、近くで観察を続けるうちに、その行動の本質が見えてきた。
君は『神視点』という有能なパケット解析能力を持っているがゆえに、無意識レベルで自分への好意をいち早く検知し、無用なアプローチを受けないよう、絶妙な「関心のなさ」を視線でコントロールしているのだ。
おそらく、侑人自身も無自覚な防衛システム。
だからこそ、そのレーダーの射程外である他クラスからの視線には、いささか鈍感なのだろう。
だが、僕のシステムはすべてを記録(ログ)していた。
1組の吉瀬里奈が、侑人に明らかな好意を抱いていることを。
侑人が彼女に告白されるのは、もはや時間の問題(タイムアウト寸前)だ。
そう割り切っていたはずなのに──ある日の放課後、ついにその最悪なエンカウントが現実のものとなってしまった。
侑人が吉瀬さんに告白され、しかも返事を「保留」にしている。
その通信エラーのような報告を耳にした瞬間、僕の内部セクタは嫉妬心で狂いそうだった。
脳内が真っ赤なアラートで埋め尽くされるのを必死に抑え込み、何食わぬ顔で教室の席に戻る。
文庫本を開き、文字を目で追いながら侑人が戻ってくるのを待った。
だが実際は、視界が真っ赤に明滅していて本の内容なんて1文字も頭に入っていなかった。
指先が微かに震えるのを、文庫本の影に必死で隠した。
しばらくして入ってきた彼を、静かに引き留める。
本来なら、胸ぐらでも掴んで問い詰めたかった。
『どうしてすぐに断らなかったんだ。僕という存在がいながら、なぜ保留なんてバグを起こした』と。
今すぐ彼女の元へ行かせ、目の前でアクセス拒否(拒絶)のコードを実行させたい。
でも……、僕にはそんな権限(勇気)はない。
過去のトラップに縛られた今の僕には、侑人の意志を信じ、彼自身の選択によって、僕以外の全ての選択肢をアンインストール(消去)させることしかできなかったのだ。
僕は身を引き裂かれるような恐怖に耐えながら、あえて冷徹な仮面を被って言った。
「木瀬くん、チャンスは逃しちゃいけないと思うけどね」
「何も悩むことなんて、ないと思うよ、木瀬くん。もっと自分の気持ちに正直になればいいと思うのに」
そうだ、侑人。
もっと自分の本心(コード)に正直になってくれ。
探り合いではなく、君自身の意志で、僕以外の甘い選択肢をすべて切り捨ててほしいんだ。
平然と言い放つ僕の身体は、侑人を完全に失うかもしれない絶望で、小刻みに震えていた。
数日後、侑人が吉瀬さんを正式に振ってくれたことを知った時、僕のシステムは歓喜で打ち震えた。
今すぐその身体を強く抱きしめて、よく頑張ったねと頭を撫で回してやりたい衝動に駆られる。
だが一方で、僕のプログラミング回路には、どうしてもクリアできない致命的なノイズが引っかかっていた。
侑人が、吉瀬さんの告白に対して一度「保留」というタイムラグを作ったこと。
本来なら、迷わず即座にパージ(拒絶)してほしかったのに……。
足りない。侑人はまだ、僕への愛の深度を自覚しきれていない。
もっとはっきりと、脳髄に刻み込ませたい。
侑人は──木瀬侑人は、深山統織というバグなしでは生きていけないのだという、絶対的な自覚を。
歪んだ支配欲が思考をオーバーライドした瞬間、僕の唇からは、残酷な冗談がこぼれ落ちていた。
「木瀬くんが里奈を振ってくれたおかげで、僕が付き合うことができたよ」
吐き捨てた瞬間、僕の心臓は恐怖と狂気で破裂しそうだった。
口の中に酸っぱい罪悪感が広がり、自分の愚かさに吐き気がこみ上げる。
もしこれで侑人が完全に心を閉ざしてしまったら、僕は今度こそ死ぬ。
刹那、侑人の瞳に、強烈な嫉妬と絶望が入り混じった痛々しい感情がスパークする。
その脆く乱れた表情を見た瞬間、息が止まりそうになるほどの、暴力的なまでの愛おしさが僕の胸を貫いた。
すぐに冗談だと告げて防壁を戻したものの、今にも泣き出しそうなほど悔しがる侑人の顔を見て、すべてを投げ出したくなった。
『ごめん、嘘だよ。本当に嫉妬で狂いそうだったのは、僕の方なんだ』と、優しく抱きしめてバグを解消してあげたかった。
けれど、……それだけは絶対にできない。
僕が精神的に死なずに生き延びるためには、どれほど残酷になろうとも侑人を檻へと追い詰め、その愛しい唇から、僕への告白(アンロック)を引き出さなければいけないのだから。
『好きだ』と一言言えれば済む話なのに。
こんな最悪な回り道でしか君を愛せない自分が、心底嫌になる。
【エラーログ3:感情パラメータの制御不能(ディスコード)】
・ターゲット(侑人)の喪失恐怖による内部エラーの発生。
・防衛のための冷酷ムーブ(残虐な虚偽コード)を実行するも、ターゲットの絶望顔による精神的カウンターを受け、開発者(深山)の庇護欲および独占欲が規定値を超えて暴走寸前。
僕がその深刻なファクト(事実)に気づいたのは、つい最近のことだった。
時折、教室のノイズに紛れて検知する、女子生徒たちの侑人に向けられた熱い視線。
だが侑人は、意図してか無意識か、自分に向けられる好意のベクトルを即座に判別し、自身のファイアウォールを発動させるかのように視線を逸らしてしまう。
最初は気にも留めていなかったが、近くで観察を続けるうちに、その行動の本質が見えてきた。
君は『神視点』という有能なパケット解析能力を持っているがゆえに、無意識レベルで自分への好意をいち早く検知し、無用なアプローチを受けないよう、絶妙な「関心のなさ」を視線でコントロールしているのだ。
おそらく、侑人自身も無自覚な防衛システム。
だからこそ、そのレーダーの射程外である他クラスからの視線には、いささか鈍感なのだろう。
だが、僕のシステムはすべてを記録(ログ)していた。
1組の吉瀬里奈が、侑人に明らかな好意を抱いていることを。
侑人が彼女に告白されるのは、もはや時間の問題(タイムアウト寸前)だ。
そう割り切っていたはずなのに──ある日の放課後、ついにその最悪なエンカウントが現実のものとなってしまった。
侑人が吉瀬さんに告白され、しかも返事を「保留」にしている。
その通信エラーのような報告を耳にした瞬間、僕の内部セクタは嫉妬心で狂いそうだった。
脳内が真っ赤なアラートで埋め尽くされるのを必死に抑え込み、何食わぬ顔で教室の席に戻る。
文庫本を開き、文字を目で追いながら侑人が戻ってくるのを待った。
だが実際は、視界が真っ赤に明滅していて本の内容なんて1文字も頭に入っていなかった。
指先が微かに震えるのを、文庫本の影に必死で隠した。
しばらくして入ってきた彼を、静かに引き留める。
本来なら、胸ぐらでも掴んで問い詰めたかった。
『どうしてすぐに断らなかったんだ。僕という存在がいながら、なぜ保留なんてバグを起こした』と。
今すぐ彼女の元へ行かせ、目の前でアクセス拒否(拒絶)のコードを実行させたい。
でも……、僕にはそんな権限(勇気)はない。
過去のトラップに縛られた今の僕には、侑人の意志を信じ、彼自身の選択によって、僕以外の全ての選択肢をアンインストール(消去)させることしかできなかったのだ。
僕は身を引き裂かれるような恐怖に耐えながら、あえて冷徹な仮面を被って言った。
「木瀬くん、チャンスは逃しちゃいけないと思うけどね」
「何も悩むことなんて、ないと思うよ、木瀬くん。もっと自分の気持ちに正直になればいいと思うのに」
そうだ、侑人。
もっと自分の本心(コード)に正直になってくれ。
探り合いではなく、君自身の意志で、僕以外の甘い選択肢をすべて切り捨ててほしいんだ。
平然と言い放つ僕の身体は、侑人を完全に失うかもしれない絶望で、小刻みに震えていた。
数日後、侑人が吉瀬さんを正式に振ってくれたことを知った時、僕のシステムは歓喜で打ち震えた。
今すぐその身体を強く抱きしめて、よく頑張ったねと頭を撫で回してやりたい衝動に駆られる。
だが一方で、僕のプログラミング回路には、どうしてもクリアできない致命的なノイズが引っかかっていた。
侑人が、吉瀬さんの告白に対して一度「保留」というタイムラグを作ったこと。
本来なら、迷わず即座にパージ(拒絶)してほしかったのに……。
足りない。侑人はまだ、僕への愛の深度を自覚しきれていない。
もっとはっきりと、脳髄に刻み込ませたい。
侑人は──木瀬侑人は、深山統織というバグなしでは生きていけないのだという、絶対的な自覚を。
歪んだ支配欲が思考をオーバーライドした瞬間、僕の唇からは、残酷な冗談がこぼれ落ちていた。
「木瀬くんが里奈を振ってくれたおかげで、僕が付き合うことができたよ」
吐き捨てた瞬間、僕の心臓は恐怖と狂気で破裂しそうだった。
口の中に酸っぱい罪悪感が広がり、自分の愚かさに吐き気がこみ上げる。
もしこれで侑人が完全に心を閉ざしてしまったら、僕は今度こそ死ぬ。
刹那、侑人の瞳に、強烈な嫉妬と絶望が入り混じった痛々しい感情がスパークする。
その脆く乱れた表情を見た瞬間、息が止まりそうになるほどの、暴力的なまでの愛おしさが僕の胸を貫いた。
すぐに冗談だと告げて防壁を戻したものの、今にも泣き出しそうなほど悔しがる侑人の顔を見て、すべてを投げ出したくなった。
『ごめん、嘘だよ。本当に嫉妬で狂いそうだったのは、僕の方なんだ』と、優しく抱きしめてバグを解消してあげたかった。
けれど、……それだけは絶対にできない。
僕が精神的に死なずに生き延びるためには、どれほど残酷になろうとも侑人を檻へと追い詰め、その愛しい唇から、僕への告白(アンロック)を引き出さなければいけないのだから。
『好きだ』と一言言えれば済む話なのに。
こんな最悪な回り道でしか君を愛せない自分が、心底嫌になる。
【エラーログ3:感情パラメータの制御不能(ディスコード)】
・ターゲット(侑人)の喪失恐怖による内部エラーの発生。
・防衛のための冷酷ムーブ(残虐な虚偽コード)を実行するも、ターゲットの絶望顔による精神的カウンターを受け、開発者(深山)の庇護欲および独占欲が規定値を超えて暴走寸前。
