全ては、あの入学式の日から始まった────。
新入生が体育館に集まったあの日、僕は初めて君――木瀬侑人を見て、一瞬で恋に落ちたのだ。
あの日の光景は、今でも網膜に焼き付いている。
周囲の様子を窺いながら、誰もが緊張気味に自分の立ち位置を探り、必死に他者と同期(リンク)しようとしていた体育館。
だが、そんな有象無象の中で、どう考えても異質なタイムラインを生きている男がいた。
どこか退屈そうに、けれど全てを見通すような知的で冷めた瞳で人間観察をする横顔。
全てが予測可能な、退屈な既成プログラムを眺めているかのような奇妙な余裕。
そんな圧倒的なオーラを纏ってそこに佇む彼を見て、僕は思わず身震いした。
暴力的なまでに僕の好みに突き刺さるルックスと清潔感。
その全てが僕のストライクゾーンを完璧に貫いた。
ほんの一瞬だけ彼と目が合った瞬間、僕の強固に構築されていたシステムに、一生消去できない致命的なエラー(恋)が埋め込まれたのだ。
彼が『木瀬侑人』という名前だという事を知ったのは、それから数日後のことだった。
クラスは違ったが、彼の卓越した人間観察能力の噂──周囲の生徒には、どこか不思議な超能力のように見えたのだろう──は、いつしか『神視点』という二つ名と共に学年の間へ広がっていった。
『恋愛相談をすると恋が成就する』という都市伝説的な名目で、すぐに僕の耳にもその詳細がアップデートされた。
ああ、やっぱり僕のファーストインプレッションは間違いじゃなかった。
登下校で彼の姿を検知するたび、廊下ですれ違うたび、彼の視界を意識的に避けながらも、胸の奥では激しく希求していた。
あの『神視点』の瞳で、まっすぐに僕を見つめてほしい。
そして、君への恋心が暴走しそうな僕の内部セクタを、いっそ隅々まで覗いてほしい……。
そんな矛盾した願いが、日を追うごとに膨張していった。
だが、もし本当に覗き見られたらどうなる?
僕は男だ。当然、気持ち悪がられてアクセス拒否(ブロック)されるに決まっている。
今はクラスが違うから、彼の『神視点』の射程外でいられる。
だが、もし万が一一緒のクラスになろうものなら、僕の秘匿ファイル(恋心)なんて、彼の透徹した瞳によって一瞬でクラッシュさせられるだろう。
事故のようにバレて拒絶されたら、僕の精神は死ぬ。
何より致命的なことに、僕には、自分の想いを告白する勇気なんて1ビットも持ち合わせていなかったのだから。
中学の頃、好きだった男に思い切って気持ちを伝えたあの日の記憶が、今も最悪なトラップとして脳内に常駐している。
「お前、男だろ? キモいんだよ」
相手に爆笑され、罵られ、必死に「冗談に決まってるだろ」と必死に引きつった笑顔を作った瞬間、喉の奥が引き裂かれるように冷たくなった。
あの日、全身の血が引いていく冷たさと、惨めな嘘をついた口の中に広がる鉄の味。
あの吐き気と激痛を、僕は一生忘れることができない。
二度と自分から心を開くものかと、心の奥深くに重い鍵をかけたのだ。
侑人と違うクラスである限り、僕は彼の視線を欺き、この気持ちを一生暗号化したまま眠らせるつもりだった。
それなのに、2年への進級時、運命のエラーによって僕たちは同じクラスに配置されてしまった。
始業式の日から、僕は侑人の『神視点』に怯え続けていた。
いつ、この恋心(バグ)を検知され、気持ち悪がられ、パージ(拒絶)されるか。
その恐怖だけで、脳の全容量がパンクしそうだった。
耳の奥では、中学時代に俺を嘲笑ったあの男の引きつった声が、アラートのようになり響いていた。
よりによって、侑人の隣の席に決定した瞬間、もう隠し通すことは不可能だと悟った。
この終わりなき恐怖を根本から解決する方法。
それはただ一つ。──侑人の方から僕を好きになり、侑人の口から直接、告白(アンロック)してもらうこと。
やるしかない。
完全にデッドエンドへ追い詰められた僕は、その日から狂ったように、ありとあらゆるシミュレーションを重ねて「侑人を陥落させるためのプログラミング」を構築した。
それはどんなウイルスにもハッキングされず、開発者である自分自身でさえ破壊することのできない、完璧で狂暴な最適化コードだった。
このプログラミングをいつから作動させるべきか、そんなことは問題ではなかった。
【フェーズ1】は、システムが立ち上がる前から、既に始まっていたのだから。
無意識に侑人を目で追ってしまい、不意に目が合う。
たったそれだけで、僕の心臓は防壁を突き破るような爆音を立て、体温が急上昇していく。
こんなにも分かりやすく出力されている僕の恋心を、あの高尚な『神視点』が見落とすはずがない。
隠そうとしても、ログは全て漏洩している。隣の席ならなおさらだ。
案の定、侑人も僕の視線を過剰に意識し始めた。
確実に、僕の脳内は彼にハックされ始めている。
最悪の恐怖と、極上の歓喜が同時にシステムを直撃し、僕は身震いした。
ついに起動してしまった。
僕たちの運命を狂わせる、無限ループのプログラミングが。
【エラーログ1:ターゲット(侑人)とのエンカウント】
・同一空間(クラス)への配置による、強制的プログラミングの初期化および発動。
新入生が体育館に集まったあの日、僕は初めて君――木瀬侑人を見て、一瞬で恋に落ちたのだ。
あの日の光景は、今でも網膜に焼き付いている。
周囲の様子を窺いながら、誰もが緊張気味に自分の立ち位置を探り、必死に他者と同期(リンク)しようとしていた体育館。
だが、そんな有象無象の中で、どう考えても異質なタイムラインを生きている男がいた。
どこか退屈そうに、けれど全てを見通すような知的で冷めた瞳で人間観察をする横顔。
全てが予測可能な、退屈な既成プログラムを眺めているかのような奇妙な余裕。
そんな圧倒的なオーラを纏ってそこに佇む彼を見て、僕は思わず身震いした。
暴力的なまでに僕の好みに突き刺さるルックスと清潔感。
その全てが僕のストライクゾーンを完璧に貫いた。
ほんの一瞬だけ彼と目が合った瞬間、僕の強固に構築されていたシステムに、一生消去できない致命的なエラー(恋)が埋め込まれたのだ。
彼が『木瀬侑人』という名前だという事を知ったのは、それから数日後のことだった。
クラスは違ったが、彼の卓越した人間観察能力の噂──周囲の生徒には、どこか不思議な超能力のように見えたのだろう──は、いつしか『神視点』という二つ名と共に学年の間へ広がっていった。
『恋愛相談をすると恋が成就する』という都市伝説的な名目で、すぐに僕の耳にもその詳細がアップデートされた。
ああ、やっぱり僕のファーストインプレッションは間違いじゃなかった。
登下校で彼の姿を検知するたび、廊下ですれ違うたび、彼の視界を意識的に避けながらも、胸の奥では激しく希求していた。
あの『神視点』の瞳で、まっすぐに僕を見つめてほしい。
そして、君への恋心が暴走しそうな僕の内部セクタを、いっそ隅々まで覗いてほしい……。
そんな矛盾した願いが、日を追うごとに膨張していった。
だが、もし本当に覗き見られたらどうなる?
僕は男だ。当然、気持ち悪がられてアクセス拒否(ブロック)されるに決まっている。
今はクラスが違うから、彼の『神視点』の射程外でいられる。
だが、もし万が一一緒のクラスになろうものなら、僕の秘匿ファイル(恋心)なんて、彼の透徹した瞳によって一瞬でクラッシュさせられるだろう。
事故のようにバレて拒絶されたら、僕の精神は死ぬ。
何より致命的なことに、僕には、自分の想いを告白する勇気なんて1ビットも持ち合わせていなかったのだから。
中学の頃、好きだった男に思い切って気持ちを伝えたあの日の記憶が、今も最悪なトラップとして脳内に常駐している。
「お前、男だろ? キモいんだよ」
相手に爆笑され、罵られ、必死に「冗談に決まってるだろ」と必死に引きつった笑顔を作った瞬間、喉の奥が引き裂かれるように冷たくなった。
あの日、全身の血が引いていく冷たさと、惨めな嘘をついた口の中に広がる鉄の味。
あの吐き気と激痛を、僕は一生忘れることができない。
二度と自分から心を開くものかと、心の奥深くに重い鍵をかけたのだ。
侑人と違うクラスである限り、僕は彼の視線を欺き、この気持ちを一生暗号化したまま眠らせるつもりだった。
それなのに、2年への進級時、運命のエラーによって僕たちは同じクラスに配置されてしまった。
始業式の日から、僕は侑人の『神視点』に怯え続けていた。
いつ、この恋心(バグ)を検知され、気持ち悪がられ、パージ(拒絶)されるか。
その恐怖だけで、脳の全容量がパンクしそうだった。
耳の奥では、中学時代に俺を嘲笑ったあの男の引きつった声が、アラートのようになり響いていた。
よりによって、侑人の隣の席に決定した瞬間、もう隠し通すことは不可能だと悟った。
この終わりなき恐怖を根本から解決する方法。
それはただ一つ。──侑人の方から僕を好きになり、侑人の口から直接、告白(アンロック)してもらうこと。
やるしかない。
完全にデッドエンドへ追い詰められた僕は、その日から狂ったように、ありとあらゆるシミュレーションを重ねて「侑人を陥落させるためのプログラミング」を構築した。
それはどんなウイルスにもハッキングされず、開発者である自分自身でさえ破壊することのできない、完璧で狂暴な最適化コードだった。
このプログラミングをいつから作動させるべきか、そんなことは問題ではなかった。
【フェーズ1】は、システムが立ち上がる前から、既に始まっていたのだから。
無意識に侑人を目で追ってしまい、不意に目が合う。
たったそれだけで、僕の心臓は防壁を突き破るような爆音を立て、体温が急上昇していく。
こんなにも分かりやすく出力されている僕の恋心を、あの高尚な『神視点』が見落とすはずがない。
隠そうとしても、ログは全て漏洩している。隣の席ならなおさらだ。
案の定、侑人も僕の視線を過剰に意識し始めた。
確実に、僕の脳内は彼にハックされ始めている。
最悪の恐怖と、極上の歓喜が同時にシステムを直撃し、僕は身震いした。
ついに起動してしまった。
僕たちの運命を狂わせる、無限ループのプログラミングが。
【エラーログ1:ターゲット(侑人)とのエンカウント】
・同一空間(クラス)への配置による、強制的プログラミングの初期化および発動。
