たぶん俺のことが好きな優等生の恋愛相談に乗ったら、いつの間にか脳内ハックされました

翌日、深山は学校を欠席した。

理由は不明。昨日は体調が悪いようには見えなかった。

ただ、俺があいつを致命的に怒らせてしまったことだけは、嫌というほど理解していた。

けれど、その根本的な原因は、一夜明けた今もなお特定できずにいた。

『……神視点じゃ、ないのかよ……』

去り際に深山が遺した、血を吐くような呟きが脳裏で何度もリピートされる。

神視点。俺はいつも通り、冷静な観察者の目で深山のいない教室を見渡してみた。

友達同士でくだらない冗談を言い合う、変わらない休み時間の風景。

だが、微細な視線の動きや仕草をスキャンすれば、夏休みを跨いで数人の『関心ターゲット』が書き換わっているのがわかる。

距離が縮まった者、離れた者。

全体の恋愛相関図を頭の中でアップデートしていく。

──だが翌日、その解析データは、思わぬ形で完全に無意味なものと化した。

始業のチャイムが鳴る直前、深山が教室に入ってきた瞬間、空間の空気が一変した。

ざわり、と明確な動揺の波がクラス中に広がっていく。

メガネを外し、計算された無造作さで整えられた短髪。

制服の襟元をわずかに崩したその姿は、息を呑むほど綺麗で、狂おしいほど艶やかだった。

(……嘘だろ。あんな顔、俺だって見たことない……!)

もともと、あいつのベースの顔面偏差値は狂っているほど高かったのだ。

それなのに、女子たちが今までそれほど騒がなかったことの方が異常だった。

あいつは今まで、意図的に地味な髪型とパブリックな服装を選択し、自身の異常なスペック(美貌)にリミッターをかけていたのだ。

こんな綺麗な男と、俺はあの夜、同じベッドで呼吸を分け合っていたのかという強烈な現実が、胸を激しく殴りつけてくる。

「深山、お前、どうしたんだよそれ!?」

「そのイメチェン、ヤバすぎだろ! どこの芸能人だよ!」

案の定、新しく解放された深山の引力に引き寄せられるように、浩也たちが真っ先に群がっていく。

「そうかな。少し、髪を切っただけだよ」

そう微笑む深山の視線の送り方、首の角度、声音。

そのすべてに、見る者を狂わせるような色気が最適化(プログラミング)されている。

こいつは完全に、意図的にやっている。俺にはわかる。

単なる外見の変更じゃない。

あいつは昨日という空白の1日を使って、人格そのものを別人級に書き換える「緊急アップデート」を実行したのだ。

唖然としてその圧倒的な存在を見つめていると、不意に深山と目が合った。

心臓が跳ね上がる。だが、あいつは興味を失ったように、すぐさま冷淡に視線を逸らした。

やはり、まだ怒っている。

あの空き教室で、俺の言葉の何かに幻滅し、当てつけのように自暴自棄な暴走(バグ)を起こしているのだろうか。

その日を境に、深山はクラスの、いや、学校中の好感度を無差別に独占していった。

女子だけでなく、男子でさえもあいつの放つ磁気につられて目を奪われている。

1週間も経つ頃には、同学年だけに留まらず、他学年の女子から告白されたという噂が絶え間なく流れてくるようになった。

その噂が耳に届くたび、胸の奥を鋭い爪でかきむしられるような焦燥感に襲われる。

……俺以外のやつと、付き合ったりしないよな……?

意を決して深山に問い詰めようと後ろを振り返るが、あいつの周囲には常に誰かがいるか、あるいはすでに席を外している。

物理的な距離はすぐ近くなのに、システム上のアクセス拒否(アクセスブロック)を食らっている気分だった。

「なあ、聞いたか? 深山、この間ついに他校の女子からも告られたらしいぞ」

「マジかよ、全方位無敵じゃん。俺もイメチェンしようかな」

「お前のはイメチェンじゃなくてキモチェンだろ」

ゲラゲラと笑い合う浩也たちの声が、今の俺にはちっとも響かない。

ただ、どす黒い嫉妬と焦りだけが、体内で限界容量を超えて膨れ上がっていく。

深山が怒っている理由(エラーコード)を早く突き止めなければ、あいつは本当に、誰か他の子と付き合ってしまうかもしれない。

その日の放課後。

深山は鞄を残したまま、どこかへ姿を消していた。

こういう時間帯の離席は大抵、誰かに呼び出されているケースだ。

また、誰かに想いを告げられているのだろうか。

想像しただけで、濁流のような嫉妬が思考をパニックに陥れる。

主人のいない深山の鞄を見つめたまま硬直していると、不意に前方のドアが開き、あいつが戻ってきた。

深山は俺の視線に気づきながらも、冷ややかにスルーして鞄を肩に掛ける。

「深山……っ!」

思わず身体が先に動いていた。

スッ、と俺に注がれる、冷徹で無表情な視線。

呼び止めてはみたものの、その先の言葉がどうしても喉に詰まって出てこない。

何を言っても再び冷たく突き放されそうで、俺はただ、最適解の言葉を探して無様に沈黙するしかなかった。

そんな俺の動揺を、深山は値踏みするような静かな瞳で見つめている。

痛いほどの静寂が、二人の間に流れた。

やがて、深山は小さくため息を吐くと、じりじりと俺の方へ足を進めてきた。

美形に磨きがかかったその姿はあまりにも圧倒的で、それだけで世界から隔絶されたような錯覚に陥る。

「……まだ、わからないの?」

「……え?」

眼鏡のない綺麗な切れ長の瞳が、まっすぐに俺を射抜く。

着崩した制服の襟元から覗く無防備で艶やかな首筋。

見る者すべてを狂わせるその姿を、今すぐ覆い隠してしまいたい衝動が胸を突き上げた。

深山はじりじりと距離を詰めると、俺の耳元にその薄い唇を寄せた。

「ほら、早くしないと──俺、他の子と付き合っちゃうよ?」

熱い吐息が耳たぶをかすめ、トクンと喉が鳴る。

吐き気すら覚えるほどの強烈な嫉妬と、奪われる恐怖。

手が届きそうなほど近いのに、決して越えられない絶対的なファイアウォール(障壁)を感じる。

悔しい。この完璧な防壁を、跡形もなくぶち壊してやりたい──。

「じゃあね、木瀬くん」

僅かに口角を上げ、俺を試すような視線を残して、深山は颯爽と教室を去っていった。

『木瀬くん』──。あんなに甘く俺の名を呼んでいた唇から放たれた余りに冷たい拒絶に、胸の奥が張り裂けそうになった。

一瞬で思考回路をかき乱された俺は、やり場のない悔しさを拳に込め、激しく机に叩きつけた。

見てろよ深山。

絶対にお前の頭の中をハックして、その正体を引きずり出してやる。

【フェーズ14:無差別ハッキングによる承認欲求の強制占有(完了)】
・ターゲット(侑人)へのアクセス制限(拒絶)の維持。
・全方位へのスペック解放(イメチェン)により好感度を独占し、ターゲットに強烈な「横取りの恐怖」と「喪失感」をバックグラウンドで強制実行させれば成功。