深山がお風呂を淹れに脱衣所へ向かった隙を見計らい、俺はすぐにその部屋を脱出してリビングへと移動した。
あいつの本拠地(サーバー)に長居するのは危険すぎる。
今夜はとにかく、この家の中に留まりさえすれば「責任」を果たしたことになるはずだ。
俺がリビングのソファーで寝て、物理的に部屋を分けてしまえば、深山だって簡単に俺に手出しはできない。
何より、俺には『指一本触れるな』という絶対的な誓約(プロトコル)がある。
もしあいつが何か仕掛けてくれば、即座に契約違反で家を飛び出す正当な口実ができるというわけだ。
我ながら完璧な防衛システム。
さすがの創造主(深山)とて、この理詰めの作戦を突破する術はないだろう。
そもそも、俺の身体に接触した時点で深山の負けなのだ。この条件をあいつが了承した時点で、勝負の決着はついていた!
「木瀬くん、お風呂もうすぐ沸くから入って。バスタオルと着替えは脱衣所に用意してあるよ。……僕の服だけど、サイズが合えば使って」
「あ、ああ。ありがとう。……あとな、俺、今日はここのソファーで寝るから」
牽制を込めて告げた途端、深山の端正な眉がぴくりと動いた。
「ソファーじゃ寝心地が悪いだろ」
「別にいいよ。一人で静かに寝たいし」
そう突っぱねると、深山の顔が露骨に曇った。
痛快なほどの拒絶反応。あいつは小さくため息をついた後、諦めたように視線を落とした。
「わかったよ。じゃあ、君が僕のベッドを使ってくれ。さすがに強引に泊まらせた手前、ゲストをこんなソファーに寝かせるわけにはいかないから」
そう言って、深山はクローゼットから毛布を持ってくると、自らソファーに腰かけた。
やけに聞き分けが良い。だが、あいつの言うことは最もだ。
もともと理不尽に拉致同然で泊まれと言い出したのは深山なのだから、ペナルティとしてソファーの固さに身を震わせるのは当然の報いだ。
『指一本触れるな』と釘を刺されて、ついに俺を切り崩すのを諦めたのだろうか。
深山も馬鹿じゃない。仮に俺にほんの少しでも触れれば、それをトリガーに俺がこの家から即座にログアウト(退出)することくらい想定済みのはずだ。
けれど、あの執念深いバケモノが、そんなに簡単に引き下がるだろうか。だったら、もしかして……。
「お、俺が眠って意識のない隙に、何かよからぬことしようとか思ってないだろうな?」
「思ってないよ。約束しただろ? 君には指一本触れるつもりはないから。……ほら、早くお風呂に入って、安心してベッドで休んで」
「……あ、ああ」
そこまで淡々と言い切られると、なんだか調子が狂ってしまう。
だったら深山は一体、何のために俺をここに縛り付けたんだ?
一人が寂しくて、純粋に話し相手が欲しかっただけなのか?
もしそうなら、それでいいのだけれど……。
湯上がりに、少しあいつの話し相手になってやった方がいいのだろうか。
いや、その同情心こそがあいつの仕掛けた甘い罠かもしれない。油断は禁物だ。
シャワーを浴び、用意されていた深山の服に袖を通す。
俺よりも一回り大きなサイズ感。
あいつの体格の良さを衣類越しにダイレクトに突きつけられているようで、それだけで何故か無性に敗北感を抱いてしまった。
いや、負けていない。今夜の俺は難攻不落だ。
風呂から上がったことだけをソファーの深山に告げ、俺は指定されたあいつの部屋へと向かった。
広い部屋。そして、静かすぎる空間。
別々の部屋で寝ることを勝ち取ったのは俺自身のはずなのに、ベッドに腰掛けた瞬間、冷たい静寂が心細さとなって押し寄せてくる。
だめだ……、これもきっとあいつの作戦なんだ。
あえて隔離することで寂しさを募らせ、自発的にリビングへ向かわせる精神的なハッキングに違いない。
いや、それがそもそもフェイクで、もしかしたらこの部屋のどこかに隠しカメラでも仕掛けられていて、別室から俺の動揺を観察しているんじゃ……?
ゾッとして部屋を一通りぐるりと見渡したが、それらしき怪しい形跡は見当たらなかった。
そもそも無駄を削ぎ落とした深山の部屋はシンプルすぎて、そんなものを設置する隙間すらなさそうだった。
ほっと胸をなでおろして照明を消し、深山の匂いが微かに残るシーツへと横になる。
だが、妙な胸騒ぎと緊張感で、どれだけ目を閉じても一向に眠気が訪れない。
しばらくして、深山が風呂に入るかすかな水音が聞こえ、やがてリビングへと戻っていく足音が響いた。
その音を耳の奥で追いかけながら、俺はシステム防御の「勝利」と、言いようのない「孤独」の双方を同時に感じていた。
【侑人のログ:鉄壁のセーフモード(一時的稼働)】
→ 物理的隔離(別室)および接触禁止の誓約(プロトコル)により、深山からの直接ハッキングを無力化。安全圏での夜間ホールドに成功。
眠れないままどれほどの時間が経っただろう。
ようやくうとうとし始め、意識が闇に沈み込もうとした、その時だった。
カチャッ……。
静まり返った暗闇に、明らかなドアノブの解放音が響いた。
一気に跳ね上がった心臓が、肋骨を内側から激しくぶち叩く。
来た──────!!
油断していた矢先の奇襲に、全身の細胞がパニックを起こす。
俺はとっさに布団を頭まで被り、隙間から眼だけを出して様子をうかがった。
月明かりの中、深山は迷いのない足取りでゆっくりとこちらへ近づいてくると、あろうことか、躊躇なくベッドの掛け布団をめくって中へと滑り込んできたのだ。
「……っ! え、おい、ちょっと待て! さっきと話が違うだろ! お前はソファーで寝るんじゃなかったのかよ!」
「何のこと? 僕はソファーで寝るとは一言も言ってないよ」
「……は? だって、あの時は完全にそういう雰囲気だったし……!」
「雰囲気だけだろ?」
暗がりの中で、深山の唇の端が妖しく弧を描いたのが見えた。
その瞬間、俺は冷水を浴びせられたように気づいたのだ。
またしても、最初からハメられていたのだと。
あいつは「君をソファーには寝かせられない」と言っただけで、自分がソファーで朝まで寝るなどとは一言も約束していない。
「ずるいだろ、お前……っ!」
だが、こちらにはまだ最強の切り札がある。
深山がどれだけ同じ布団に入ってこようと、俺の肌に指一本でも触れた瞬間、あいつの敗北であり契約違反だ。
そう自分に言い聞かせて身を固くするが、深山は狭いシングルベッドの境界線を無視して、じりじりと距離を詰めてくる。
横たわった状態のまま、俺は完全に壁際へと追い詰められた。
カーテンの隙間から漏れる月光が、至近距離にある深山の美しいシルエットを冷酷に浮かび上がらせる。
「『指一本でも触れてはいけない』んだったよね」
深山が俺の頭上の壁に片手をつき、上から覆いかぶさるように間を詰めてくる。
呼吸が触れ合うほどのゼロ距離。
俺が少しでも身じろぎすれば、あいつの身体に接触してしまう。自分からは触れない代わりに、俺の側から接触(エラー)を起こさせる気か……!?
「……もっとあっちに行けよ……」
「ああ、ごめん。近すぎたね。暗がりだからよく見えなくて」
深山はわざとらしく低く囁くと、壁から手を離し、ほんの数センチだけ身体を引いた。
けれど、気休めにもならない。シングルベッドに男二人で並ぶには、物理的な限界を超えている。
衣服越しに伝わってくる深山の熱が、俺の皮膚をじりじりと灼いていくようだ。
「……俺、やっぱりリビングで寝る」
耐えかねて起き上がろうとした、その刹那。
胸元に強烈な質量がのしかかり、俺はなす術なくシーツへと押し戻された。
深山の腕が、俺の胸を真っ向から押さえ込んでいる。
心臓が恐怖と混乱で破裂しそうになる。……今、こいつ、明確に俺を──!
「お前……今、俺に触ったろ……っ!」
「触っていないよ」
深山は俺を見下ろしたまま、至極冷静に、酷く甘やかに微笑んだ。
「布団の『上』からだからね。ダイレクトには指一本触れていない」
「……っ!?」
布団越しにズシッとあいつの男らしい身体の質量がのしかかってくる。
重い。逃げられない。
布地を一枚隔てているだけのはずなのに、深山の高い体温と激しい心音の振動が、ダイレクトに俺の全身へと伝わってくる。
完全なる屁理屈。システムの脆弱性を突いた最低のバグ技だ。
だけど、反論できない……! 確かに、正確には布地に触れているだけで、俺の皮膚には一切接触していないのだから。
「さあ、朝まで一緒に寝よう。……『責任』、取ってくれるんだろ? まさか、その責任とやらが、本当にただ部屋を借りて眠るだけだなんて思っていなかったよね」
深山の切れ長の瞳が、獲物をねっとりと味わうように怪しく明滅する。
「それに……ただ同じベッドで夜を明かすだけだ。安いものだろ?」
最悪だ……。
直接でなければ、衣服や布団の上からならどれだけ組み伏せても、愛撫しても『セーフ』になってしまう。
俺が抵抗すれば「俺の側から深山に触れた」ことになり、契約違反の盾すら奪われる。
あいつは規約の穴の中で、好きなように俺を蹂躙できるのだ。
そして「責任」という呪縛のせいで、俺はこの檻(ベッド)から逃げ出すことも許されない。
ついさっきまで、完璧な勝利を確信していた自分が最高にマヌケに思えてくる。
気づけば防壁は内側から完全に解体され、あっさりと形勢逆転を許してしまっていた。
俺はシーツを涙が出そうなほど強く握りしめ、カタカタと震える唇を噛みしめた。
「み、深山……責任は、取る。だから……絶対にそれ以上、俺にさわるなよ……」
「ああ。絶対に『直接は』触らないから、安心して」
クスクスと、暗闇に深山の楽しげな忍び笑いが漏れる。
質が悪すぎる。悪魔かこいつは。
完全に逃げ場を失い、怪物の腕の中にロックオンされてしまった。
心臓のエラーログが限界値を突破する中、俺たちの、本当の危険すぎる夜が幕を開ける。
【フェーズ11:規約(プロトコル)のハッキングと論理的(ロジック)監禁(完了)】
→ ターゲット(侑人)の提示した「接触禁止」の仕様の穴を突き、遮蔽物(布団・衣服)越しの肉体拘束システムを構築。
「責任」という誓約で退路を断ち、同一ベッド内での絶対的な支配領域(ケージ)へとハッキング完了。これより、夜間限定の強制デバッグを開始する。
あいつの本拠地(サーバー)に長居するのは危険すぎる。
今夜はとにかく、この家の中に留まりさえすれば「責任」を果たしたことになるはずだ。
俺がリビングのソファーで寝て、物理的に部屋を分けてしまえば、深山だって簡単に俺に手出しはできない。
何より、俺には『指一本触れるな』という絶対的な誓約(プロトコル)がある。
もしあいつが何か仕掛けてくれば、即座に契約違反で家を飛び出す正当な口実ができるというわけだ。
我ながら完璧な防衛システム。
さすがの創造主(深山)とて、この理詰めの作戦を突破する術はないだろう。
そもそも、俺の身体に接触した時点で深山の負けなのだ。この条件をあいつが了承した時点で、勝負の決着はついていた!
「木瀬くん、お風呂もうすぐ沸くから入って。バスタオルと着替えは脱衣所に用意してあるよ。……僕の服だけど、サイズが合えば使って」
「あ、ああ。ありがとう。……あとな、俺、今日はここのソファーで寝るから」
牽制を込めて告げた途端、深山の端正な眉がぴくりと動いた。
「ソファーじゃ寝心地が悪いだろ」
「別にいいよ。一人で静かに寝たいし」
そう突っぱねると、深山の顔が露骨に曇った。
痛快なほどの拒絶反応。あいつは小さくため息をついた後、諦めたように視線を落とした。
「わかったよ。じゃあ、君が僕のベッドを使ってくれ。さすがに強引に泊まらせた手前、ゲストをこんなソファーに寝かせるわけにはいかないから」
そう言って、深山はクローゼットから毛布を持ってくると、自らソファーに腰かけた。
やけに聞き分けが良い。だが、あいつの言うことは最もだ。
もともと理不尽に拉致同然で泊まれと言い出したのは深山なのだから、ペナルティとしてソファーの固さに身を震わせるのは当然の報いだ。
『指一本触れるな』と釘を刺されて、ついに俺を切り崩すのを諦めたのだろうか。
深山も馬鹿じゃない。仮に俺にほんの少しでも触れれば、それをトリガーに俺がこの家から即座にログアウト(退出)することくらい想定済みのはずだ。
けれど、あの執念深いバケモノが、そんなに簡単に引き下がるだろうか。だったら、もしかして……。
「お、俺が眠って意識のない隙に、何かよからぬことしようとか思ってないだろうな?」
「思ってないよ。約束しただろ? 君には指一本触れるつもりはないから。……ほら、早くお風呂に入って、安心してベッドで休んで」
「……あ、ああ」
そこまで淡々と言い切られると、なんだか調子が狂ってしまう。
だったら深山は一体、何のために俺をここに縛り付けたんだ?
一人が寂しくて、純粋に話し相手が欲しかっただけなのか?
もしそうなら、それでいいのだけれど……。
湯上がりに、少しあいつの話し相手になってやった方がいいのだろうか。
いや、その同情心こそがあいつの仕掛けた甘い罠かもしれない。油断は禁物だ。
シャワーを浴び、用意されていた深山の服に袖を通す。
俺よりも一回り大きなサイズ感。
あいつの体格の良さを衣類越しにダイレクトに突きつけられているようで、それだけで何故か無性に敗北感を抱いてしまった。
いや、負けていない。今夜の俺は難攻不落だ。
風呂から上がったことだけをソファーの深山に告げ、俺は指定されたあいつの部屋へと向かった。
広い部屋。そして、静かすぎる空間。
別々の部屋で寝ることを勝ち取ったのは俺自身のはずなのに、ベッドに腰掛けた瞬間、冷たい静寂が心細さとなって押し寄せてくる。
だめだ……、これもきっとあいつの作戦なんだ。
あえて隔離することで寂しさを募らせ、自発的にリビングへ向かわせる精神的なハッキングに違いない。
いや、それがそもそもフェイクで、もしかしたらこの部屋のどこかに隠しカメラでも仕掛けられていて、別室から俺の動揺を観察しているんじゃ……?
ゾッとして部屋を一通りぐるりと見渡したが、それらしき怪しい形跡は見当たらなかった。
そもそも無駄を削ぎ落とした深山の部屋はシンプルすぎて、そんなものを設置する隙間すらなさそうだった。
ほっと胸をなでおろして照明を消し、深山の匂いが微かに残るシーツへと横になる。
だが、妙な胸騒ぎと緊張感で、どれだけ目を閉じても一向に眠気が訪れない。
しばらくして、深山が風呂に入るかすかな水音が聞こえ、やがてリビングへと戻っていく足音が響いた。
その音を耳の奥で追いかけながら、俺はシステム防御の「勝利」と、言いようのない「孤独」の双方を同時に感じていた。
【侑人のログ:鉄壁のセーフモード(一時的稼働)】
→ 物理的隔離(別室)および接触禁止の誓約(プロトコル)により、深山からの直接ハッキングを無力化。安全圏での夜間ホールドに成功。
眠れないままどれほどの時間が経っただろう。
ようやくうとうとし始め、意識が闇に沈み込もうとした、その時だった。
カチャッ……。
静まり返った暗闇に、明らかなドアノブの解放音が響いた。
一気に跳ね上がった心臓が、肋骨を内側から激しくぶち叩く。
来た──────!!
油断していた矢先の奇襲に、全身の細胞がパニックを起こす。
俺はとっさに布団を頭まで被り、隙間から眼だけを出して様子をうかがった。
月明かりの中、深山は迷いのない足取りでゆっくりとこちらへ近づいてくると、あろうことか、躊躇なくベッドの掛け布団をめくって中へと滑り込んできたのだ。
「……っ! え、おい、ちょっと待て! さっきと話が違うだろ! お前はソファーで寝るんじゃなかったのかよ!」
「何のこと? 僕はソファーで寝るとは一言も言ってないよ」
「……は? だって、あの時は完全にそういう雰囲気だったし……!」
「雰囲気だけだろ?」
暗がりの中で、深山の唇の端が妖しく弧を描いたのが見えた。
その瞬間、俺は冷水を浴びせられたように気づいたのだ。
またしても、最初からハメられていたのだと。
あいつは「君をソファーには寝かせられない」と言っただけで、自分がソファーで朝まで寝るなどとは一言も約束していない。
「ずるいだろ、お前……っ!」
だが、こちらにはまだ最強の切り札がある。
深山がどれだけ同じ布団に入ってこようと、俺の肌に指一本でも触れた瞬間、あいつの敗北であり契約違反だ。
そう自分に言い聞かせて身を固くするが、深山は狭いシングルベッドの境界線を無視して、じりじりと距離を詰めてくる。
横たわった状態のまま、俺は完全に壁際へと追い詰められた。
カーテンの隙間から漏れる月光が、至近距離にある深山の美しいシルエットを冷酷に浮かび上がらせる。
「『指一本でも触れてはいけない』んだったよね」
深山が俺の頭上の壁に片手をつき、上から覆いかぶさるように間を詰めてくる。
呼吸が触れ合うほどのゼロ距離。
俺が少しでも身じろぎすれば、あいつの身体に接触してしまう。自分からは触れない代わりに、俺の側から接触(エラー)を起こさせる気か……!?
「……もっとあっちに行けよ……」
「ああ、ごめん。近すぎたね。暗がりだからよく見えなくて」
深山はわざとらしく低く囁くと、壁から手を離し、ほんの数センチだけ身体を引いた。
けれど、気休めにもならない。シングルベッドに男二人で並ぶには、物理的な限界を超えている。
衣服越しに伝わってくる深山の熱が、俺の皮膚をじりじりと灼いていくようだ。
「……俺、やっぱりリビングで寝る」
耐えかねて起き上がろうとした、その刹那。
胸元に強烈な質量がのしかかり、俺はなす術なくシーツへと押し戻された。
深山の腕が、俺の胸を真っ向から押さえ込んでいる。
心臓が恐怖と混乱で破裂しそうになる。……今、こいつ、明確に俺を──!
「お前……今、俺に触ったろ……っ!」
「触っていないよ」
深山は俺を見下ろしたまま、至極冷静に、酷く甘やかに微笑んだ。
「布団の『上』からだからね。ダイレクトには指一本触れていない」
「……っ!?」
布団越しにズシッとあいつの男らしい身体の質量がのしかかってくる。
重い。逃げられない。
布地を一枚隔てているだけのはずなのに、深山の高い体温と激しい心音の振動が、ダイレクトに俺の全身へと伝わってくる。
完全なる屁理屈。システムの脆弱性を突いた最低のバグ技だ。
だけど、反論できない……! 確かに、正確には布地に触れているだけで、俺の皮膚には一切接触していないのだから。
「さあ、朝まで一緒に寝よう。……『責任』、取ってくれるんだろ? まさか、その責任とやらが、本当にただ部屋を借りて眠るだけだなんて思っていなかったよね」
深山の切れ長の瞳が、獲物をねっとりと味わうように怪しく明滅する。
「それに……ただ同じベッドで夜を明かすだけだ。安いものだろ?」
最悪だ……。
直接でなければ、衣服や布団の上からならどれだけ組み伏せても、愛撫しても『セーフ』になってしまう。
俺が抵抗すれば「俺の側から深山に触れた」ことになり、契約違反の盾すら奪われる。
あいつは規約の穴の中で、好きなように俺を蹂躙できるのだ。
そして「責任」という呪縛のせいで、俺はこの檻(ベッド)から逃げ出すことも許されない。
ついさっきまで、完璧な勝利を確信していた自分が最高にマヌケに思えてくる。
気づけば防壁は内側から完全に解体され、あっさりと形勢逆転を許してしまっていた。
俺はシーツを涙が出そうなほど強く握りしめ、カタカタと震える唇を噛みしめた。
「み、深山……責任は、取る。だから……絶対にそれ以上、俺にさわるなよ……」
「ああ。絶対に『直接は』触らないから、安心して」
クスクスと、暗闇に深山の楽しげな忍び笑いが漏れる。
質が悪すぎる。悪魔かこいつは。
完全に逃げ場を失い、怪物の腕の中にロックオンされてしまった。
心臓のエラーログが限界値を突破する中、俺たちの、本当の危険すぎる夜が幕を開ける。
【フェーズ11:規約(プロトコル)のハッキングと論理的(ロジック)監禁(完了)】
→ ターゲット(侑人)の提示した「接触禁止」の仕様の穴を突き、遮蔽物(布団・衣服)越しの肉体拘束システムを構築。
「責任」という誓約で退路を断ち、同一ベッド内での絶対的な支配領域(ケージ)へとハッキング完了。これより、夜間限定の強制デバッグを開始する。
