「侑人……! おい、ヤバイ、ヤバイって!」
昼休み、数人のグループで他愛のない雑談に興じていると、勢いよく教室のドアが開け放たれた。
鼻息を荒げながら、俺、木瀬侑人の席へと猛ダッシュしてきたのは、クラスメイトの笹山浩也だ。
運動部らしい無駄にガタイのいい身体と、額の出た明るい短髪。いつも騒がしいクラスのムードメーカーだが、いまの顔は最高潮にテンパっている。
「何がヤバいんだよ。落ち着けって」
荒い息を吐きながら俺の机にバンと両手をついた浩也は、そのままぐっと顔を近づけてきた。周囲の連中が「また始まったよ」とニヤニヤしながら俺たちを見ている。
「オッケーもらえたんだよ……!」
周囲を気にするように声をひそめつつも、歓喜に満ちた低音を響かせる浩也の顔は、耳まで真っ赤に染まっている。
「……え? まさか、結衣ちゃん?」
「ああ、そうだよ! お前が昨日言ってくれただろ?『ああいう一見大人しそうなタイプは、意外と強気で攻めたほうが落ちる』って。マジでその通りだった!」
「ああ、そういえばそんなこと言ったっけ」
記憶を探るのに数秒かかった。この手の相談は日常茶飯事だからだ。
そういえば昨日、「告白しようか迷ってる」とウジウジ悩む浩也の背中を押してやったのだった。あの子の浩也に対する視線の熱さや、話すときの不自然なはにかみ方を見ていれば、脈アリなことくらい一目瞭然だったから。
それだけじゃない。
『あの子は話すとき、つま先が浩也の方を向いている』
『髪を耳にかける頻度が、浩也と話すときだけいつもの3倍になる』
──そんな、ほんの少しの反応を観察していれば、脈アリなことくらい一目瞭然だった。なぜ他の奴らは、この「見えない空気感」を読めないのか、俺には不思議で仕方がない。
「侑人はやっぱすげーな。その神視点、マジで俺にも分けてほしいわ」
高校に入ってから誰からともなく広まった『神視点』という大層な二つ名のせいで、俺のまわりにはやたらと恋愛相談が集まるようになってしまった。
正直なところ、異性を落とすことなんて大して難しいことじゃない。清潔感を保って、相手の求めている役割を演じ、間違わずに順序を踏んで近づけば、大抵は計算通りにいくだろうに。
キーンコーンカーンコーン──。
昼休みの終了を告げるチャイムが響く。周囲の連中が「ごちそうさまー」と浩也をからかいながら散っていく。
「とにかく、上手くいってよかったな」
浩也の肩をぽんと叩き、俺も自分の席に座り直そうとした、その時。
ふと、右隣の席の男と一瞬、目が合った。
「っ……」
そいつは弾かれたようにバッと視線をそらした。教科書をめくる手元が、明らかに不自然なほどこわばっている。
(またか……)
俺は心の中で小さくため息をついた。
ほぼ高確率で、俺の隣の席の男──深山統織は、俺に『特別な感情』を抱いている。
その可能性に気づいたのは、つい数日前だ。やたらと視線を感じるようになり、ふいに振り返ると目が合う。向こうはすぐに他人の振りをするが、かすかに色づく耳の後ろまでは隠せていない。
いや、まさかな、とは思う。あいつは男だ。
気のせいだと思いたくて、自意識過剰だと自分を笑い飛ばそうとするのに、やっぱり見られている気がして俺の方も無意識に視線を追ってしまう。そして今日も、こうして目が合ってしまった。
深山とは二年になって初めて同じクラスになった。真面目な優等生タイプの男。知的で端正な横顔は一見クールで近づきがたい印象を与えるが、話してみると意外と人懐っこくて話しやすいやつだ。
だからこそ、そのギャップが少しだけ、男の俺から見ても危うい綺麗さに見えることがあった。
「木瀬くん」
椅子を引いて席に着いた途端、すぐ横から声をかけられた。俺のため息が聞こえてしまったのかと心臓が跳ねる。
「ど、どうした?」
努めて平静を装って視線を向けると、深山はいつになく真剣な、どこか硬い表情で俺をじっと見つめていた。眼鏡の奥の切れ長の瞳が、まっすぐに俺を射抜く。
「後で……放課後でもいいから、僕も恋愛相談にのってほしいんだけど」
「……へ?」
女の子の落とし方ならいくらでもプログラミングできるはずの俺の脳細胞が、その瞬間、完全にフリーズした。
気まずい。あまりにも気まずすぎる。
こいつが俺に抱いている『特別な感情』に気づいてしまっている以上、どんな顔で話を聞けばいいのかわからない。
向けられた真剣な眼差しから逃げ出すこともできず、想定外のエラーを起こした胸の奥が、激しく波打った。
