標準サイズの小さなスマホの画面を覗き込み、決着のその瞬間を確認する。
流れた映像。
僕は呆然と開いた口をキュッと引き締めた。
ゴールに先着した二人の選手は本当に僅差で、だけど僅かにその順位は確定している。
マイクを通したスタッフさんの声が、勝者の名前を告げた。
『今年の水泳大会、優勝は第3レーン響樹高校の宝条流季さんです!』
最後まで観覧してくれたお客さんたちと、競い合った選手たちが送る祝福の拍手の中、マイクを向けられた兄さんが慣れた様子で言葉を交わす。
兄さんが勝って……リベンジを果たして嬉しい反面、胸を締める悔しさは消えてくれない。
どこか複雑な感情を抑えて、口角を上げる。
隣にいる先輩の顔は上手く見られなかった。
最終的な結果としては、兄さんが1位で優勝。
2位で優彗先輩、3位は兄さんと同じ高校の水泳部だった。
僕は惜しくも4位。
表彰台もメダルも無い代わりに、勝者である上位三人の選手たちにはそれぞれ異なる金額の、地域のキッチンカーで使える商品券が配られた。
「仕方ないよ、響樹高校の水泳部は強豪中の強豪って有名だから」
着替えを済ませ建物から出るなり、先輩が僕を励ますように声をかけた。
その顔には相変わらずのサングラスとマスク。
初対面の人には極度の恥ずかしがり屋という設定にしてある。
そして僕の隣には兄さんもいて、あやすように僕の濡れた頭を撫でている。
「そうだぞ恵流、非公式っていっても初出場の大会で4位につけるなんてスゴいことなんだからな?他の高校の水泳部たちなんて涙目だったぞ」
「そうだよ、だからそう落ち込まないで……元気出して?恵流くん」
大会が終わってからずっと黙っていた僕の様子を見て、二人とも何やら勘違いしているようだ。
“落ち込んでいる”?
いや――僕にそんな暇はない。
「決めた、僕は本格的に水泳部に入ります」
『えっ?』
「兄さんと先輩は知らないだろうけど――あの3位の水泳部の子、僕を見て鼻で笑ったんです」
たぶん、あの決勝戦で1年生は僕とあの子の二人だけだった。
勝手に敵対心を燃やされるのは慣れてる。
それはいい。
だけど……たった一度勝っただけで勝ち誇られてこちらの力量を舐められるのは気に入らない。
僕は腰に片手を当て、ビシッと兄さんを指差す。
「兄さんの後輩でしょ?あの子にしっかり言っておいてよ……“首を洗って待ってろ”ってね」
「俺の弟ってば相当に負けん気強いな……」
苦笑する兄さんの「分かった、言っておく」という了承の言葉を得て、僕はようやく満足した。
そうするとキッチンカーから漂ってくる美味しそうな香りに運動した体が反応するもので……。
つまり空腹を刺激された僕は“弟”らしく駄々をこねることにした。
「兄さん、商品券一万円分も貰ってたでしょ?ここで待ってるからなにか美味しいもの買ってきて?僕、お腹空いちゃった」
「ん、いいよ~了解。頑張った弟に奢ってあげる」
そう言って僕と先輩に手を振り、去って行く兄さん。
「それなら俺も五千円分の商品券貰ったし、なにか買ってくるよ」
先輩が兄さんの後を追いかけようとして立ち止まる。
僕が、彼の服の裾を掴んでいるからだ。
「買い物は兄さんに任せて、先輩はここに……僕のそばにいてください」
「えっ?……う、うん」
風の音もしない静寂。
その数メートル向こうでは、キッチンカーを楽しむ人々の賑やかな声が聞こえていて……。
まるで僕らだけ切り取られた世界にいるみたいだった。
近くのベンチに並んで腰を落として空を見上げる。
「ねえ、先輩」
切り出した僕の声はとても穏やかだった。



