すでに、全員がプール壁にタッチしている。
恐らく、ゴールした秒数には僅かしか違いはない。
『Aチームの上位選手の結果が目視で判別できなかったため、これよりスタッフが撮影した映像でのビデオ判定をさせていただきます!』
小走りに駆け寄ってきたスタッフさんがそう言ってAチームの選手が集められる。
差し出されたのは私物だろうか、スマホのハイスピードカメラでの映像記録だった。
さすが非公式の大会……この日のための専用の高性能カメラとかは用意できなかったらしい。
まぁ、機種は最新モデルのようだし。
画質も良いしよく撮れてるけれど――それより今は結果が先だ。
僕は他の選手たち同様に互いの頭をくっつけながら映像を確認する。
そこには――第8レーンで一番最初に壁にタッチする僕の姿がくっきりと映っていた。
すぐさま映像の結果がマイクを持ったスタッフさんに伝えられる。
『1着は第8レーン、涼蘭高校の宝条恵流さん!続いて2着は第5レーンの――』
マイク越しの結果報告に僕は小さく拳を握ってガッツポーズをした。
そのまま“褒めてくれてもいいんですよ”と言わんばかりに振り返り先輩の姿を探すけど……見つからない。
どうやらBチームの選手全員、アップがてら軽く運動をしていたようで……先輩は僕の勇姿を最後まで見ていなかったようだ。
「恵流、お疲れ様!スゴかったぞ~、うちの高校の2年生を負かすなんてさすが俺の弟!」
「……別に、いつも通りやっただけだし」
「えっ、勝ったのになんでふて腐れてるんだ……?よく分からないけどほら、頭撫でてやるからこっちおいで?」
代わりに頑張りを見届けてくれていた兄にちゃっかり褒めてもらった僕は、先輩が競うBチームの試合を待つ。
……いや、別に先輩が見てくれてなかったからって気にしてないし。
邪魔にならないようプールサイドから少し離れた壁にもたれかかった僕が見守る中、やがてBチームも番号順にカギを預けてレーンに立った。
壁から一番近い第1レーンに9番のボールを引いた優彗先輩が立つ。
その顔にはすでにゴーグルが装着されていて、あらわになった口元は逆三角形をしていた。
それを見てすぐに“あ、顔の水気がなくなったんだな”と直感する。
目だけは急いでゴーグルで隠したんだろう。
四億年も前に生きていた古代魚の呪いは、今日も絶好調のようだった。
幸いにもスタート直前だったから良かったけど、そうでなければ僕が公衆の面前で先輩の顔面を掴み水中に沈めなければいけないところだった。
『位置について……よーい……!』
全員が飛び込みの姿勢をとる。
――ピィーーーッ!!
高く響き渡る笛の音と共に、水しぶきを上げてプールサイドに飛び散る水滴。
勝負はほんの一瞬だった。
結果は……優彗先輩の圧倒的な勝利。
強豪校の水泳部相手に頭一つ抜けてゴールした先輩の名前が、マイクで高らかに読み上げられる。
『1着は第1レーン、涼蘭高校の架院優彗さんです!2着は――』
ゴーグルを外した先輩が、水に濡れた大型犬のようにふるふると頭を振る。
再び顔面国宝に顔を変えた先輩を見て、隣の兄さんが「へぇ……」と嬉しそうに呟いた。
「そうか、彼が恵流の言っていた……」
その言葉に僕は得意気に胸を張って、実の兄へと挑発的な視線を向ける。
「そう、兄さんの因縁の相手。きっとあのときより強くて手強いよ?」
「煽ってくれるなぁ。恵流は俺の勝利じゃなく大好きな先輩の2連覇を願ってるみたいだね」
「――え?」
兄さんの口から飛び出した言葉に、僕は面食らう。
僕は今、優彗先輩の勝利を願ってるって?
……兄さんじゃなくて?
今まで気づかなかった気持ちにハッとする。
いつから、兄さんではなく先輩を応援していたんだろうか。
フリーズしてしまった僕の顔を覗き込んで、クスッと兄さんが笑った。



