顔面国宝と噂されてるイケメンが、普段はサカバンバスピスみたいな顔してた件


受け付けでエントリーの確認作業を終えて更衣室で水着に着替える。


「ところでさ、兄さんの学校の水泳部の人は?そっちに行かなくていいの?」


服を脱ぎながら隣の兄に問いかけた。

テキパキと着替える兄さんはその合間に僕を見て困ったように笑う。


「うーん、もう着いてるらしいんだけどな。恵流の先輩と同じで先にプールで泳いでるのかも」


「じゃあ合流する前に優彗先輩を紹介しようか?」


「いや、止めておくよ」


カバンを入れたロッカーのカギを閉めながら首を振る兄は、手首にカギ付きのゴムをはめながら続けた。


「競技前に余計な情を感じたくない。……あのときみたいに、お互いの顔もよく知らないまっさらな状態で競いたいんだ」


――だから、紹介は試合のあとに頼む。


そう言って僕の頭を軽く撫でたあと、兄さんは先にプールへと行ってしまった。

気合いが入っているのは兄さんも同じらしい。

それは大いにけっこうだけど、僕としては少し面白くない。


「あの様子だと僕のことは危険視してないな、兄さんめ……」


これは是が非でも上位に入賞しなければ……僕の水泳力が軽んじられているようでプライドが許さない。


「……僕も早く練習しよう」


手早く競技用のグレーの水着に着替えて、兄さんと同じくカギを手首に巻いてプールへ向かう。

殆どの人が外のキッチンカーに集まっているのか、水泳大会を観覧しようとする人は少なそうだった。

25メートルの長さのプールで代わる代わる反復練習を行うのは全員大会の参加者だろうか。

みんな、色が微妙に異なる競技用の水着に、髪の毛をしまうキャップを被ってゴーグルを乗せている。

いや、優彗先輩どこだよ……。

そう思ったのは一瞬。

この一ヶ月で覚えた彼の美しいフォームは、この似通った背格好の集団の中でも、一際よく目立っていた。


「優彗先輩、調子はどうですか?」


泳ぎ終わり水中から上がってきた先輩に声をかける。

恵流くん、と僕の名前を呼ぶ彼は少しだけ強張った表情で、顔に付けていたゴーグルを上げてぎこちなく笑う。

久しぶりの大会、周りは現役水泳部の参加者。

そんな環境に慣れず緊張しているのは目に見えて明らかだった。


「ちょっと……大丈夫ですか?表情ガッチガチなんですけど」


「あはは……それがさっきから手が震えてて、上手く水をかけないんだよね……体の軸もブレてるし」


「ダメじゃないですか」


競技前から疲れた顔の先輩に、僕はどうしたことかと思考を巡らせる。

このままでは納得のいくパフォーマンスなんてできないだろう。

なにか……先輩の気を紛らわす方法はないかな。

…………。

――そうだ。

僕はおもむろに優彗先輩の冷たい手を取った。


「練習は終わりにして、少し遊びましょう」


「えっ――?」


思い出したのは8月の練習中、ずっと遊んでいた水泳部の部員たちの姿。

いつもなら不真面目極まりないその活動内容をあえてマネさせてもらう。

先輩はすでに練習では好成績を残しているし……タイムは問題ないはず。

あとは緊張さえ克服すれば、兄さんとも張り合えるはずだ。

それに大会を直前に控えた今だからこそ“遊ぶ”という行為は肩の力を抜くにちょうどいいだろう。

僕は戸惑う先輩を引き連れ、大会参加用のレーンから見物客が遊ぶ自由遊泳エリアのあるプールへと歩みを進めた。