8月31日。
夏の最終日といえど、まだまだ暑さが残るそんな日。
僕は整理整頓された家の自室で市民プールへと持っていく物を指差し確認していた。
昨日の夜にまとめた持ち物。
忘れ物が無いかと再び開いた手提げカバンの中には競泳用水着がしっかりと収まっていた。
「こんなものかな……あとは――」
言いかけたとき、トントンと部屋の扉を叩く音が聞こえて「はーい」と声を投げる。
ガチャリと開かれたドアの先にいたのは兄さんだった。
その手には僕と同じようなデザインのバッグがあって、そちらの準備も万端らしい。
「恵流ー、準備できたか?プール行けそう?」
「うん、行こう」
先を行く兄さんの後を追いかけるように、バッグを持って部屋を出た。
今日も今日とて両親は仕事だ。
静かな家の電気と冷房を消して兄さんと二人で家を出る。
向かうのは非公式大会が行われる市民プール。
熱気のこもったアスファルトの道を歩き出すなり、兄さんが苦笑した。
「まさか因縁のライバルだけじゃなく、恵流とも競い合うことになるなんてなぁ」
「昨日の今日で知って驚いたでしょ、緊張してるんじゃない?」
「まぁね……まさか大会の“特別枠”を利用して俺たちの再試合を計画した上、ちゃっかり自分の参加もしちゃうなんて――全く、俺の弟は策士だよ」
市民プールで行われる水泳大会に出場が決まったということ、そしてそれに僕と優彗先輩が参加することを兄さんに告げたのは昨日の夜。
先輩がその昔、兄さんを負かした唯一のライバルであったということもしっかり教えてある。
突然の再戦となってしまったが、逆に前日に教えたことで気張る時間も減って肩に力が入ることもなくリラックスして試合に臨めるだろう。
少なくとも兄さんはそんな人だ。
最寄り駅より10分ほど離れた場所にある市民プールに到着したのは15時過ぎ。
水泳競技が始まるのは17時でまだ時間はあるけれど、建物の周辺にはすでに人だかりができていた。
目当ては恐らく市民プールが私有地としている空き地に並んで停まる、たくさんのキッチンカー。
“水泳大会”とは公言しているが、その側面は“お祭り”に近い。
僕と兄さんも、夏休み最終日にはよく二人でこの場所に遊びに来ていた。
クレープや焼きそば、タコ焼きにホットドッグ。
甘かったりスパイシーだったり、美味しそうな香りが鼻をくすぐるけど……今回の目的はそこではない。
食べ物の誘惑から顔を背けて歩みを進める。
今日だけ無料開放されている市民プールの入口に近づくと、見知った顔が並んでいることに気づく。
「あれ、佐藤……部長たちも一緒でどうしたんですか?」
「どうしたって恵流と架院先輩の応援に決まってるだろ?」
佐藤が頭の後ろで手を組み、ニカッと笑う。
その隣では部長たち水泳部の先輩たちも“そうそう!”と頷いていたけど、僕はその手に握られているチラシを見逃さなかった。
市民プールの運営委員が毎年来場者に配るキッチンカーの紹介チラシ。
間違いない。
佐藤はともかく……部長たちの目的は僕と先輩の応援ではなくキッチンカーの料理だな。
兄さんの手前、文句は呑みこみ佐藤へと質問を投げかける。
「それで、優彗先輩は?もう中?」
「うん、架院先輩ならもう市民プールの中!競技が始まるまでプールで自由練習できるらしくてさ……気合い入ってるよなぁ」
佐藤が尊敬しているように呟く。
直前練習も抜かりなく行うとは、さすが先輩だ。
僕も負けてはいられない。
「それじゃあ僕も中に行くよ、佐藤たちはキッチンカーでしょ?」
「おう!部長たちに奢ってもらってくる!」
『えっ!?』
屈託ない笑顔を向ける佐藤に、部長たちの声が重なる。
それに笑いながら建物へと去って行く僕の背中に、友人の彼だけが「優勝目指して頑張れよ!」と心からのエールを送ってくれていた。



