凉蘭高校。
その水泳部は夏休みも相変わらず緩い活動を続けていた。
プールサイドに寝そべり日焼けを目論む部員。
プールに足だけつけて涼みながら数人で駄弁っている部員。
ただ水に浮かんでクラゲのごとくぷかぷかと漂う部員。
本当に部活が目的で来ているのか疑問に思うほど自由すぎる部員たちの中――ただ一人、真面目に泳ぎを練習している人間がいた。
力強く水をかき分けて泳ぐジャプジャプという音がプールサイドに響いている。
優彗先輩の体質が“呪い”であると判明した、あのすぐあとから彼は大会へ向けて水泳の練習を行っていた。
市民プール水泳大会、その運営委員からSNSでもっとも話題を集めた“特別枠”として招待された日から2週間。
体力面のブランクを少しでも取り戻すため、先輩は日々こうして泳ぎ続けている。
「――ぷはっ……!恵流くん、タイムは……!?」
壁にタッチするなり顔を上げた優彗先輩が、ゴールで待っていた僕へと問いかけた。
「28秒ジャストです」
そう言って右手に持っていたストップウォッチを見せる。
もう片方の手に持った僕の日焼け対策である黒い日傘が、疲弊した様子の先輩の顔に影を落とした。
「また28秒か……恵流くん、もう一度計測お願いできるかな?」
「ダメです、少し休憩してください。非公式の物とはいえ、大会出場だから気合いが入ってるんですか?ここ連日ハードトレーニング過ぎです」
「ううん……でも、今日こそは27秒台の感覚を掴んでおきたくて――」
「ダメです!マネージャーストップです!」
両手で大きくバツ印を作り、食い下がる先輩の腕をグイッと水中から引っ張り上げる。
金網の外に茂った木々の下、木陰になったプールサイドの一角で先輩と並んで座る。
他の部員たちは、どこから持ってきたのか水鉄砲を乱射して遊んでいた。
顧問と部長に見つかったら怒られるぞ……。
そう思った矢先、率先して水鉄砲を打ちまくる顧問と部長を見つけてため息をついた。
何でもアリか、この高校の水泳部。
「ごめんね、恵流くんもずっと立ちっぱなしで俺のタイム測ってくれてたから疲れてるでしょ?」
先ほどの僕のため息を、立ち作業の疲れからきたものだと勘違いしたらしい先輩が申し訳なさそうに眉を寄せた。
「大丈夫です、先輩ほどじゃないですよ……僕もそんなにヤワじゃないので」
首を振りながら小さく笑う。
そよそよと辺りの木の葉を揺らした風は、ここが水辺ということもあってかいつもより涼しく感じた。
膝を抱え体育座りをする僕の隣で、あぐらをかく先輩がポツリと呟く。
「そういえば……恵流くんはなんで大会で泳ぐ俺が見たかったの?」
「大会で泳ぐ先輩が見たかった……というより、そこで競ってもらいたかった人がいまして」
「え、そうなの?誰?うちの水泳部の人……じゃないよね、きっと」
まだ水気が乾ききっていない顔面国宝の顔がキョトンとしている。
絵になるなぁ……なんて思いながら、そういえば“大会で泳いでほしい”と伝えたときに、その詳細は詳しく教えてなかったなと気づいた。
「先輩は覚えてないと思いますけど……あなたが一度だけ出場したっていう水泳大会に、僕の兄も出ていたんです」
「恵流くんのお兄さん……?」
「はい、結果は知っての通りですが兄が二位であなたが優勝……それ以来、兄は再びあなたと本気の勝負をしたくて水泳を続けてきました」
そこまで説明すれば、先輩にも伝わったらしい。
僕が先輩と競ってほしい相手が誰なのか。
先輩は「そっかぁ」と呟いて、もこもこの入道雲が広がる青い空を見上げた。



