「……それ、本当ですか?本気で言ってます?」
疑惑の念から寄せた眉とジトリとした目つきを先輩に送る。
すると彼はあたふたと「本当だよ!」と身ぶり手ぶりで身の潔白を示そうとした。
「本当に触ってもいないのに突然、化石にヒビが入って真っ二つに割れたんだ!それで、近くにいたおじさんに声をかけられて……」
「……それで逃げちゃったんですか?謝りもせずに」
「はい……。言い訳だけど、あのとき頭が真っ白になっちゃったんだ……あっ、壊しちゃった!って」
「まぁ、話を聞く限り先輩のせいではないような気がしますけどね……運悪く先輩の前で経年劣化した化石が勝手に壊れたと考えるべきでしょうし」
そうはいっても。
逃げたことで誤解され、当時のスタッフさんから器物損壊の汚名を着せられている可能性はまだ残っている。
やはり、ここで一度は正直に経緯を話して……謝っておくのが筋だろう。
その方が先輩の苦い記憶も少しは緩和されるかも知れないし。
優彗先輩にそう伝えると、彼も賛同してくれた。
率先して僕が、近くにいた男性のスタッフさんに声をかける。
「すみません、お聞きしたいことがあるんですが――」
「はい?なんでしょうか」
30代か40代くらいのそのスタッフさんは、穏やかに微笑みを浮かべて僕の話に耳を傾けてくれた。
およそ7年ほど前に展示されていた丸い魚の化石について。
それを子供のころの先輩が壊してしまったかも知れないということ。
だけどそれは誤解で、目の前で壊れたんだという事実。
それでも逃げてしまったことを謝りたくてこの水族館に来たということ……それらを伝えて、僕と優彗先輩は揃って頭を下げる。
「あの日、逃げてしまってすみませんでした」
先輩の心からの謝罪に、驚くでもなく怒るでもなく。
スタッフさんは開口一番にこう言った。
「その後、お体に異常などありませんでしたか?」
『え……?』
困惑した僕たちの声が重なり、同時に顔を上げて目の前のスタッフさんを見つめる。
彼は少しだけ目を伏せたあと、こんなことを語り出した。
「実は、その当時も私は展示物コーナーを担当しておりまして……お客様のおっしゃっていた化石が割れた現場にも立ち会っていたんです」
まさかの二人目の目撃者の存在が明らかになり、僕は先輩と顔を見合わせた。
外の賑やかな空気とは打って変わり、この場の空気は水を打ったような静けさに包まれている。
ふとその沈黙を破るかのように、優彗先輩が声を上げた。
「もしかして、あのとき俺に声をかけてくれたのは……?」
「はい、私です。目の前で起きた光景が信じられなくて……咄嗟にその場にいた唯一のお客様であるあなたに声をかけました」
スタッフさんは「驚かせてしまって申し訳ない」と頭を下げたあと、もう一度こう問いかけた。
「それで……体調などはお変わりなく過ごせておりますでしょうか?どこか痛んだり、おかしいところなどは……」
しきりに先輩の体調を心配するスタッフさんに、僕は違和感を口にする。
「あの……なぜそんなに先輩の体のことを気にしていらっしゃるんですか?こう言ってはなんですが……壊れた化石とは関係ない、ですよね?」
僕の指摘にスタッフさんは難しい顔をした。
そして一瞬だけ迷う素振りを見せたあと薄い口を開く。
「それが――関係あるんです」
返ってきた答えに僕たちは再び沈黙する。
スタッフさんは展示物コーナーのガラスケースを眺めながら呟いた。
「勝手にヒビ割れた化石が不気味で、私は館長に断りを入れてその化石を近くの神社に持っていきました……そこで判明したんです」
――化石の。
――サカバンバスピスの呪いが。
鼓膜を揺らしたその非現実的な言葉は先輩の背筋をゾクリと震わせていた様子、だが。
僕はただ“なにを言ってるんだこの人”と別の意味で寒気を感じていた。



