顔面国宝と噂されてるイケメンが、普段はサカバンバスピスみたいな顔してた件


エスカレーターで2階に上がり野外へ足を踏み入れる。

熱気に包まれた生ぬるい風が頬をかすめていき、僅かな不快感から顔を歪ませた。

暑さ対策なのか設置されていたミストがささやかな涼を来客に提供している中、特設ステージへ向かう。

さすが水族館の目玉であろうイルカショーというべきだろうか。

そこはすでに人で埋め尽くされていた。


「これは……外側の席か、その後ろで立ち見するしかなさそうですね」


思いがけず残念そうな声が自分の口からこぼれ落ちた。

迫力のショーを特等席で見たかったけど、少し出遅れたか……残念。

ふと、先輩がクイッと僕の手を引く。


「待って、ほらあそこ……まだ一番前が空いてるみたいだから、そっちに行こう」


「えっ……いや、でも一番前って……」


「ほら!早く早く!」


優彗先輩に誘われるまま、二人並んで大きな水槽を目の前にした最前列の席に腰かける。

少しして飼育員のお姉さんが登場して明るく声かけを行う中、僕は隣に座る先輩へと耳打ちした。


「先輩、大丈夫ですか?たぶん濡れますよこの席」


「俺は駅でも濡れてたし平気だけど――もしかして、恵流くんは濡れるの嫌だった?」


「い、いえ、そんなことは……特には……」


「……恵流くん……?」


そんな会話をしているうちに、主役である二頭のイルカたちが水槽をグルグルと回りながら泳ぎだした。

そのまま飼育員さんの指示に合わせて軽快なジャンプをして、高い場所から吊されていたボールに口でタッチする。

流れるようなショーのプログラムは手際良く進み、いよいよそのときがやってくる。


『続いてはイルカたちによる、お客様への涼しいプレゼントの贈呈でございます!皆様、受け取る準備はできておりますでしょうか~!』


『はーい!』


元気良く返事をするのは子供たちが圧倒的で、周りの大人たちは揃って苦笑いを浮かべていた。

ついに来る。

全身ずぶ濡れにされる瞬間を前に、僕の体は緊張感でカチコチに固まっていた。


『それでは参ります!3、2、1……!』


カウントダウンにイルカたちの動きが活発になる。

大きく上空へ跳ね上がった美しい体が、水面に着地する直前。

僕の体が視界ごとすっぽりと覆われる。

――えっ……?

見上げると、先輩の顔が僕の顔のすぐ近くにあって、耳元で「大丈夫だよ」と呟かれ抱き締められた。

その瞬間。


バシャンッ――!!


二頭分の大ジャンプ。

大量の水が辺り一面に降り注ぎ、通り雨のように激しく涼を打ちつける。

それを真正面、最前列で受けたせいだろうか、水圧で優彗先輩の顔のサングラスとマスクが落ちた。

全身から水を滴らせた顔面国宝と、顔と上半身はかろうじて濡れていない僕の目と目が合う。


「よかった、恵流くんがびしょ濡れにならなくて」


「な、んで……庇ったんですか」


「水かけられるの、ちょっと怖かったんでしょ?体が少しだけ震えてた……ごめんね、強引に前の席に連れてきちゃって」


そう言って申し訳なさそうに微笑む先輩に、胸がかぁっと熱くなって、顔を背けた。


「別に……イルカショー見たかったのは僕もですし……それと」


――庇ってくれて、ありがとうございます。


僕の呟いたお礼の言葉に優彗先輩が「どういたしまして」と柔らかに微笑む気配がした。

飼育員さんのマイク越しの声が辺りに響く。


『これにてイルカショーを終わらせていただきます!次のイルカショーは午後の――』


散り散りに去って行く観客たち。

ざわざわと落ち着かない胸の鼓動に“不整脈か?”と首を傾げながら、僕らもその場を後にした。