サングラスの奥に見えた光を灯さない古代魚モードのぼんやりとした瞳が、僕を見つめて優しく細められた気がした。
「むしろ俺は恵流くんが楽しそうにしてるところが見られて嬉しいんだ」
「……そうなんですか……?」
「うん!……ね、水族館に来るのは初めて?」
「いえ、中学1年生のころに兄さん――兄に、連れてきてもらってそれ以来です」
口にしながら、当時のことを思い出す。
仕事が忙しい両親に代わり、夏休みで暇をもてあましていた僕を外へ連れ出してくれたのはいつも兄さんだった。
“日焼けをしたくない”という僕のワガママを聞いて兄さんが決めた行き先。
それが水族館。
今いるこの場所とは違うところだったけど、あの日も僕は繋いだ手を振り回しながら年相応にはしゃいでいたような気がする。
それを話すと優彗先輩は「あはは」と笑った。
「いいなぁ。思い出の場所なんだね、恵流くんにとって」
「先輩にとってもでしょう?」
「いや、俺のは器物損壊の苦い記憶だから……」
己を自嘲するようになげく先輩を見て、僕は首を傾げた。
「塗り替えればいいじゃないですか、そんなの」
「えっ?」
先輩が呆けた声を上げてこちらを見つめる。
僕は両手の指先を後ろで組んで、背の高い先輩を見上げた。
「器物損壊の苦い記憶?そんなもの、僕と過ごした楽しい記憶で塗り替えてあげます!そしたら僕と先輩、楽しい思い出がお揃いになるでしょう?」
「っ…………」
僕の自信満々な答えに、先輩は一瞬だけ言葉に詰まり――顔を背けて上下に首を動かした。
隠れていない両の耳が赤いことは、あえて指摘せずにいてあげよう。
僕が優しくて良かったですね、先輩。
そのとき、頭上でポーンと音が鳴り響いた。
『ご来館いただいた皆様にお知らせです。間もなく2階、野外の特設ステージにてイルカショーを行います。皆様ぜひお集まりください――』
繰り返される館内アナウンスを聞いてボクの目が再び輝いた。
「優彗先輩!イルカショーが始まるって今――」
勢いよく話しかけた瞬間、先輩とサングラス越しに目が合う。
しまった、僕ってばまた子供っぽい反応を……。
「あ、いや、やっぱりそれより展示物コーナーを探しに……」
そう言った僕の手が、ギュッと握られた。
先輩が、真っ直ぐにこちらを見て僕と手を繋いでいる。
「行こう、恵流くん。イルカショー」
「で、でも今日の目的は……」
「展示物は後からでも逃げないよ。それに俺も恵流くんとイルカショー見たいし……ねっ?行こう」
優しく引っ張られた手の先へと足を動かす。
僕は目を伏せて、小さく口を開いた。
「……先輩が、そこまで言うなら……」
飛び出した、自分でも驚くほどに可愛げのない言葉。
それに文句も言わず、先輩は笑う。
館内のマップを頼りに2階へと向かう道中、僕よりも一回り大きな手の温かさにずっと心の奥が高鳴っていた。



