学校指定の水着への着替えと軽い準備運動を済ませ、プールに向かう。
優彗先輩のパフォーマンスからきっかり10分後。
僕が現れた瞬間、金網の向こうの視線が一斉にこちらへ注がれた。
天気が晴れたおかげもあるのか、心なしか先ほどより生徒の数が多い。
中にはクラスメイトの男子生徒もちらほらとその姿が見える。
準備を終わらせる間に佐藤に“水泳部に人を集めて”とメッセージを送っておいたのは正解だったな。
僕は観衆に向けて手を振り、凛とした大きな声を投げかけた。
「みなさん!雨上がりで足元の悪い中、お集まりいただきありがとうございます!」
女子たちの黄色い歓声と男子たちの野太い声が辺りに響き渡る。
僕はバッチリと決めた営業スマイルでそれに応じた。
「僕のパフォーマンスは写真、動画撮影共にOKなので、ぜひSNSでハッシュタグ“凉蘭高校の顔面国宝”と付けて拡散してくださいね!」
そう言って、ペロリと舌を出しおどけた様子で小首を傾げた。
バカ真面目に自分のことを“顔面国宝”なんていえば反感を買うかもしれないから、このぐらいわざとらしくおどけた方が見栄えと感じがいい。
狙い通りにウケてくれている生徒たちの前で、僕はタイミングよくプールサイドに座り込む。
そして右足からゆっくりと水につけながら、垂れてきたサイドの髪の毛を一束、丁寧に耳の後ろにかけた。
そのまま、チラリと視線を金網の向こうに流す。
みるみるうちにスマホを構えていた生徒たちの顔が男女問わず朱に染まった。
中性的な色気――それが僕の武器であるかのように見る者を釘付けにしていく。
やがて全身がプールにつかり、僕は大きく息を吸って水中に顔を静める。
そして人魚のように流れるようなフォームで数メートル泳ぎ、プールの中央へ。
パシャッと水しぶきを上げながら水中から起き上がる。
上空に顔を向けたまま、濡れた黒髪を片手でかきあげ吐息をもらした。
「――ふぅ……ん?」
ふと部室のドアの隙間からこちらをのぞく、古代魚と目が合う。
僕は挑発的に笑い、伸ばした指先をくいくいっと曲げた。
しかし古代魚……先輩は慌てたように辺りを見渡し、再び部室へと引っ込んでしまう。
負けじと一緒に泳いでくれるかと思ったけど……まぁいいか。
ここは僕の独壇場として遺憾なく魅力を発揮してやろう。
そうほくそ笑んで再び泳ぎだした瞬間、左足に違和感を感じた。
「――っ……!?」
足がもつれる――!
突然のハプニングに、僕の体が少しずつ冷たい水中に沈んでいく。
「えっ……どうしたんだろ?」
「ねぇ、まさか溺れてるんじゃ」
「まさか!これもパフォーマンスだろ?」
聞こえてくる声。
ここで溺れるなんて失態を見せるわけにはいかない……。
それなのに吊った足が鉛のように重くて……バランスが取れない。
せめてもの抵抗で、沈みきる瞬間に大きく息を吸った。
ゴポゴポッという音がして、静まり返る水中。
僅かな苦しさに、ぎゅっと閉じていた両目を開くと――視界に白い波を立てながら入ってきた水着姿の人間の姿。
それがプールに飛び込んだ優彗先輩だと分かったとき、体が下から支えられるのを感じた。
ザパァッ――と一際大きな水しぶきが上がり、僕はようやく息苦しさから解放される。
「恵流くんっ……!大丈夫!?」
僕をお姫様抱っこの状態で抱え上げた優彗先輩が、心配そうに大きな瞳を見開いていた。
僕はきょとんとして……小さく口元をほころばせる。
そして力無く先輩の首筋に顔を埋めて、呟いた。
「……助けに来るなら、もうちょっと早く来てもらえます……?」



