「きゃあ!出てきた!」
「めっちゃカッコいい~!」
優彗先輩が登場するなり沸き上がる黄色い歓声。
貴重なその姿を誰よりも近くで見ようと、咲き乱れるカサの花が金網に押し寄せた。
一瞬、先輩の肩がビクリと跳ねた気がして僕は拳をキュッと握る。
しかし、先輩はそれに負けじと堂々たる振る舞いで笑顔を浮かべ手を振った。
先輩からの突然のファンサに飛び交う女子特有のかん高い声がプールサイドを包み込む。
雨によって濃くなった土の臭いとプールの塩素の臭いが鼻をつく中、先輩はプールへと飛び込んだ。
遠目でもよく分かる、美しいフォーム。
水の中を自由に、力強く泳ぐ優彗先輩の姿を見て思わず息をのむ。
なんて優雅な光景なんだろう。
こんな雨の日じゃなくて、天気が良ければきっとさらに絵になっていただろうに……それが残念でならない。
雨音と、先輩の長い手足が水をかく音だけがその場に響く。
誰もが声を上げることすらできないほど、優彗先輩の泳ぎにみとれていた。
やがて30分ほどの練習が終わり、雨の勢いも収まってきたころ……優彗先輩がプールから上がる。
髪も顔も、体も……全身が濡れたままで彼は金網越しに女子生徒たちに近寄った。
近くにいた子たちが先輩を見て小さく「きゃっ!」と叫んで口元を押さえる。
先輩は辺りを見渡し、ニコリと穏やかに微笑んだ。
「水泳部では随時、部員やマネージャーを募集しています。今回の催しでご興味を持たれた方はぜひ、検討してみてくださいね」
優彗先輩が言い終わるなり、黒い雨雲の隙間から陽射しが見えた。
それに照らされ、優彗先輩の顔から水気が少しずつ蒸発していく。
「っ……!」
「マズい、あのままじゃ優彗の顔が……!」
僕と部長の間に緊張が走り、急いで優彗先輩へと小声で退去を促す。
(先輩、もう充分です……!早く部室へ……!)
(優彗!早く来い!)
僕らのジェスチャーを踏まえた呼びかけに、先輩が頷いた。
「それじゃあ、俺はこれで――」
「あ、あのっ……!」
その瞬間、先輩を呼び止める女子生徒の声が聞こえた。
彼女は顔を真っ赤にしながら、真っ直ぐに先輩の顔を見上げている。
「水泳部に興味があって、そのっ……質問なんですが!」
――大変だ。
ここでこの流れは、非常にマズい。
「えっと……し、質問……?」
「は、はい!えっと……その」
硬直した先輩の目の前で、金網越しに必死に話しかける女子生徒。
しかし、モジモジと照れているせいか「えっと」と「あの」の一点張りで一向に話しが進まない。
そうしている間にも空は晴れていき、先輩から水気を奪っていく。
適当に理由をつけて会話を切り上げればいいのに。
そう思ったけれど、先輩の優しさでは無理か。
「――っ!!ちょ、ちょっと待って……!」
ついに優彗先輩が顔を両手で覆ってうつむいた。
ざわめく女子生徒たちの困惑した声に、僕は部室にあった“あるもの”を手に取る。
「これ、借りていきますね」
ため息交じりに部室を出て、優彗先輩の元へ走る。
そして僕は、彼の頭に持ってきた“あるもの”――タオルをふわりと被せた。



