顔面国宝と噂されてるイケメンが、普段はサカバンバスピスみたいな顔してた件


中学三年生になり受験生となったある日。

教室で志望校について書くプリントと睨めっこしながら考えていた僕の耳に女子生徒たちの黄色い声が聞こえた。

最初は僕に向けられたものかと思ったけど、耳を傾けてみるとどうも違うらしい。


「ねえ、聞いた?あの噂――」


「聞いた聞いた!凉蘭(りょうらん)高校の水泳部にいるっていう顔面国宝のイケメン男子でしょ!?」


「私、そこ受験しようかな~!」


僕の整った眉がピクリと動く。

水泳部にいる顔面国宝のイケメン男子?

そのキーワードに過去のほろ苦い記憶が蘇る。

忘れもしない。

あれは兄が10歳、僕が8歳だったころだ。

勉強もスポーツも、少し見ただけでなんでもそつなくこなす自慢の兄が、水泳の大会で初めて他人に負けた。

後にも先にも、それが僕の兄にとって初めての敗北。

涙を流しながら“悔しいなぁ”と呟いた兄の姿に、幼かった僕は唇を噛み締めた。

自分のことのように悔しくて、兄を負かした相手の顔を睨むように視線を向ける。

その先に見たやつの顔に、衝撃を受けた。

水をしたたらせた黒くツヤのある髪の毛。

前髪の隙間からのぞく、大きな切れ長の瞳。

競技を終えたばかりの興奮を静めるように、形のいい唇から吐息がもれた。

僕にも兄にも劣らない、絶世の美少年。

ふと、目が合った。

やつは僕を見て目を丸くしたあと……ニコリと笑いかける。


「こんにちは、俺に何か用かな?」


まだ子供らしい、高めの声。

僕は弾かれたようにその場を去った。

それ以来、僕はずっとやつを探している。

兄も“リベンジしたい”と意欲的に水泳を続けていたけど、やつがその後の大会に出ることはなかった。

水泳を止めたのかもしれない。

そう思っていたけれど……噂の顔面国宝がやつだったら?

プリントの上でシャーペンの細い芯が折れ、黒い点を残す。


「凉蘭高校……ね」


僕はニヤリとほくそ笑む。

もし噂の“水泳部の顔面国宝”がやつならば……あの日の兄の敵討ちを僕がしてやろう。

高校に入学し、可愛い後輩として近づいて仲良くなって……僕の優秀さを見せつけてやるんだ。

僕がやつより優秀だと証明できれば、僕より優秀な兄はもっと上の存在だと示すことができる。

……。

けして、やつの顔をもう一度近くで見てみたいなんてよこしまな気持ちは入っていない。

僕は鼻歌交じりに第一志望と書かれた箇所へ“凉蘭高校”の名前を書いた。