顔面国宝と噂されてるイケメンが、普段はサカバンバスピスみたいな顔してた件


特訓実行の日がやってきたのは6月の半ば。

雨がざぁざぁと降りしきる中、プールを囲む金網の向こうにはたくさんの人だかりがあった。

僕は水泳部の部室のドアから、その様子をそっとのぞき見る。

案の定、来ているのは女子生徒が多いようだ。

その手には、いずれも僕が水泳部の部費で勝手に作成したチラシが握られている。


“水泳部の顔面国宝による雨の日の特別練習!”


多少なりとも紙の配色には工夫を凝らしたが……それだけの文言と開催日しか書いていないのに、よくもこれだけ集まったものだと思う。

やはりみんな先輩の噂を知っていて、興味を持っているというだろう。


「優彗、お前ホントに大丈夫か?」


水泳部の部長が、準備運動をしていた優彗先輩の肩に手を置いた。

すでに先輩も学校指定の黒い水着に着替えていて、すらりとした上半身と足の筋肉があらわになっている。


「だ、大丈夫です、たぶん……この日のために恵流くんと練習してきましたから!」


その言葉に、今日までの道のりを思い出す。

人前に出る特訓をする、と決めた日から変わらずスキンケアは続けてきた。

いまや肌質ピッチピチのサカバンバスピス。

それから彼は休み時間の廊下に佇み……ちょくちょくマスクを外したり瓶底メガネを外したりして僕と人前に立つ練習を重ねた。

口か目、どちらかが晒されても気にする生徒はいなかったため成果があったかは分からないけど……優彗先輩は手応えを感じている様子。

僕もそれなりに“先輩ならやり遂げる”という謎の自信を募らせている。

それでも部長は心配そうに声をかけた。


「でもお前……部活紹介のあとの放課後でも大変だったろ?お前目当てに押し寄せる女子たちにみるみるうちに真っ青になって逃げだして……」


その説明を聞いてようやく4月のあの日、先輩が手洗い場でうずくまっていた理由が分かった。

“イケメンじゃない自分を見たらガッカリさせてしまうかもしれない”……そんな理由で女子を避ける優しい先輩のことだ。

女子たちに囲まれ、あまりの緊張感で本当に具合が悪くなったのかもしれない。

……どうしよう。

そう思うと、途端に心配になってきた。

古代魚モードでも人前に出ることに慣れて……それで自信をつけてくれたら。

そうすれば兄さんと再び水泳対決もできるのではと思って、今日まで強制的に引っ張ってきてしまったけれど……。

もしかしてこの展開は、かなり先輩に無理をさせているんじゃないだろうか。


「あの、優彗先輩――」


もしキツいなら、僕からみんなに中止を伝えようと思ったそのとき……優彗先輩が僕を見た。


「大丈夫だよ、恵流くんとやってきたことはなにも間違ってないから安心して……それに恵流くんがそばにいてくれたら俺、頑張れる気がするんだ」


「僕が……いたら……?」


先輩は頷くと、用意していた霧吹きを手にして、自分の顔に向かって水を噴射した。

彼の髪の毛からぽたりと落ちた雫が床に小さな水たまりを作る。


「じゃあ、行ってくるよ」


そう言って笑う“顔面国宝”は、やはり死ぬほど顔が良かった。