その日の夜。
僕は自宅リビングのソファに仰向けで力無く寝転がっていた。
共働きの両親はまだ帰ってこない。
ふわふわとした布地の上、黒いクッションをたぐり寄せて胸に抱き締め目を閉じる。
小さく開いた口から、重たい息がもれた。
「めーぐる、どうした?ため息なんかついて」
ひょこっと顔を出した兄さんが僕の頭を撫でる。
無抵抗の僕を面白がっているのか、彼はやがて遊ぶように毛先をつまみ上げ、サラサラと落としてを繰り返しだした。
温かい温度をまとった指先……そこからこぼれ落ちる自分の髪の毛をぼんやりと眺めながら、僕は兄さんに視線を向ける。
「兄さん……僕ってさ、嫌なやつ?」
「本当にどうしたんだ?お前はいい子だよ、俺にとってはね」
「今日さ……高校の先輩のこと、見た目で判断しちゃったんだ。それに気づいてから……なんかずっとモヤモヤしてて……その……」
クッションを握る手に自然と力がこもる。
兄さんから視線を逸らすと、再び頭に大きな手のひらがポンと置かれた。
「ふむ……恵流は自分がされて嫌なこと、その人にしちゃったから心がモヤついて……だからソファの上でふて腐れてるんだ~?」
からかうように笑う兄さんの人差し指が、僕の柔らかなほっぺをツンツンとつついた。
それにムッとしてほっぺをぷくりと膨らませる。
兄さんは「悪い悪い」と言って太陽のような眩しい笑顔を浮かべた。
「んー、それってさ……恵流が先輩を見た目で判断したことに対して“申し訳ないなー”って思ってるってことだろう?」
「そう、なの?」
「きっとそうだよ、俺の弟は優しいから。で、そうなると――解決策は一つだな」
「解決、策……?」
クッションを手放し、ソファから上半身を起こした僕が兄さんの前で首を傾げた。
それを見て、兄さんがパチンと片目を閉じた。
「その先輩に罪滅ぼしをするんだ、簡単だろ?」
「罪滅ぼしって、例えばどんなことすればいいの」
「そうだなぁ、その人が困っていたら助けてあげたり、悩みが解決するように手助けしてあげればいいんじゃないかなーって俺は思うよ」
「僕が……あの人を助ける……?」
脳内によぎったのは、先輩のあの顔。
水を浴びたらイケメンに、水がなくなれば古代魚に。
サカバンバスピスそっくりのあの顔は、なにかの経緯を得てそういった体質になったのだろう。
つまり昔は違ったということ。
それなら……変わってしまった体質とやらを元の状態に戻すことも可能なのではないか?
この僕の高い知力なら、それができるかもしれない。
僕は目に輝きを取り戻し、こくりと頷いた。
「そうだね……僕ならやれる、頑張ってみる」
「その意気その意気。……ほら、元気出たなら夕飯にしよう!今日のハンバーグは自信作なんだ」
「うん、食べる」
ソファから腰を上げて、リビング中央にある四人がけのテーブルへと向かう。
新たな目標ができたことで、だいぶ心はスッキリとしていた。
とりあえず、また優彗先輩に話しかけてみよう。
そう決めて、僕は兄さん特製デミグラスソースがかかった出来たてのハンバーグに箸を入れた。



