レストランで何を食べたかは覚えているけど、味は一切覚えていない。
ただなんとなく甘かったのは覚えている。でもその甘さはきっと別の意味で甘かった。
お互いに好きだと伝えたということで、僕と陣くんはお付き合いを始めることとなったのだが、陣くん的には僕から告白をされるのではなく、自分から告白をしたかったようで、想いが通じ合った後、食事をしながら「嬉しいけど、俺から伝えたかった」と少しだけしょんぼりしていた。
すでにたくさんの告白に近い言葉はずっと貰っていたのだが、本人はそれに一切気づいていないようだ。
僕はしょんぼりしている彼に「今日の最初に今日の買い物を『デートだと思ってるよ』とか、カフェで割引券使ってたことに対して『まだ振らないで』とか言ってた時点でもう告白されてたようなもんだよ」とにこやかに教えてあげる。
それを聞いた陣くんはしょんぼりと落ち込んだ表情から一瞬絶望したような表情に変わり、そこから突如として沸騰したかのように一瞬にして顔を真っ赤に染め上げた。
「え! え! マジじゃん! やっば! 俺今日ずっと公羽に告白してた?」
「うん、ずっとしてた。何なら告白する前に『今から告白しようとしてるから心臓バックバク』って言ってたし」
「待って! 本当に恥ずかしいんだけど」
レストランでの食事を終えた僕らは、付き合い始めたばかりということもあり、このまま別れて帰るのが名残惜しいと言うことで、駅の近くにある公園のベンチに座りながらそんな話をしていたのだが、陣くんのそのあまりの恥ずかしさにベンチから立ち上がり、頭を抱えて悶え始めた。
僕はそんな普段の彼からは絶対に見ることのできない姿にときめいてしまった。
クールでかっこよく、女子生徒からの人気も高く、それでいて彼の奏でるフルートの音色は人々を魅了する力を持っている。
そんな彼が僕の前でだけ見せるその姿にときめかずにはいられないだろう。
「今日も俺って、ずっとダサかったよな?」
「え! そんなことないよ!」
恥ずかしさから両手で顔を覆っていたが、指を開きその隙間から僕の表情を伺いながらそんな質問をしてくる。
僕はすぐに否定するが、彼としてはもっとかっこよく決めたかったようだ。
「……一年の時からずっと好きで、どうやって話しかけようかって悩み続けてたのに、好きな人からお菓子貰えて、その嬉しさから咄嗟にデートとか誘ってみたりしてさ。俺マジで浮かれてるわ」
「ぼ、僕だって浮かれてるよ? 告白したときに言ったけど一年の時の演奏会のときから好きだからね?」
「好きになったのは同じタイミングかも知れないけどさ……。付き合った今だから言えるけど、俺結構ストーカーまがいな事してたからね?」
「……………………え?」
「マジで引かないでほしいんだけど、公羽が図書委員してるって聞いてそれから放課後の練習場所も図書室から一番近い位置にある空き教室に変更したし、アルバイト先もこれは偶然知ったんだけど、好きな人が働いてるからって俺実は結構あのコンビニ通ってたんだよね」
「え、知らないんだけど!」
引くことはないが、ストーカーまがいではなく、それはれっきとしたストーカー行為である。
これは陣くんがイケメンだから許され。また僕とお付き合いをすることになったからこそセーフになっているが、この行為が彼以外だった場合は即刻御縄状態だっただろう。
薄々感づいてはいたが、彼は僕の前でだけポンコツなのではないだろうか?普段の完璧超人で全校生徒の憧れの的である彼とは到底思えない。
しかしそんなことで僕の中の彼の評価が揺らぐことはない。
むしろ、僕にしか見せない彼の姿に、僕はもっと彼のことが好きになる。
「言ってねーもん、誰にも。……って引いてないよね?」
「引いてないよ、好きだよ」
「え、わ! ずるい! 俺も好きだよ」
バカップルのように見えるかもしれないが、付き合い始めたことに二人して浮かれているのだから、このくらいは許してほしい。
▽▽
陣くんから一緒に登校したい旨の連絡を貰ったのだが、そもそも陣くんは吹奏楽部の朝練があるため一緒に登校することは叶わないことを知ると、滝のような涙を流した動物のスタンプが大量に送られてきて、思わず「かわいいね」と送ってしまった。
翌日学校に登校すると、いつもとは違う雰囲気を感じ取った。
その雰囲気は少しどんよりしているというか、ジメジメとした負のオーラがそこかしこから湧き出ているような感覚で、一部の女子生徒はその雰囲気に当てられたのか涙を流している生徒の姿も見えた。
僕は昨日陣くんとお付き合いができたので、大変ハッピーな気持ちでいたのだが、こんなにも暗い空気を当てられると、若干ではあるものの気分が落ち込んでくる。
僕は教室にたどり着くと、スクールバッグを自分の席の横についているフックに掛けながら、前の席に座っているクラスメイトに話しかける。
「おはよー。この落ち込んでる雰囲気の正体知ってる?」
「おはよー…………って、それマジで言ってる?」
「…………どういうこと?」
「いや、おじいちゃんとジン様が付き合い始めたから、この学校の女子生徒が嘆いてるんじゃん」
「…………はい?」
彼は何を言っているのだろうか?
いや、本当の事を言ってはいるのだが、昨日の今日で女子生徒が嘆き、学校中の雰囲気がお通夜状態になるほど噂が広まるには早すぎではないだろうか?
いやよくよく考えてみれば、学生もよく利用するコンビニの前で堂々と「デートだと思ってる」と宣言をしたり、家族連れの多い日曜日の駅構内のカフェで「振らないで!」と大声で懇願したり、夕食時のレストランでお互いに公開告白をしたのだ。
この高校の生徒に見られていても、何らおかしい点はない。
ということはつまり、昨日の様子をここの生徒の誰かが見ており、僕と陣くんが付き合い始めたことを知った人間が一気にその情報を拡散したことで、今の状況になっているようだ。
「何で知ってるの?」
「え? ジン様のインスタ見てないの?」
「インスタ?」
そう言って彼はスマホをちょちょんと操作して画面を僕に見せてきた。
そこには『@jin_flute』と書かれたアカウントが表示されており、そのアカウントの投稿には「長年片思いしていた方とお付き合いさせていただくこととなりました」という一文と、昨日大事にスマホとスマホケースの間に挟んでいた二人で撮ったプリクラの写真がモザイク付きで投稿されていた。
「まぁ、とりあえずおめでと」
「えっと、ありがとうございます」
「良かったじゃん。おじいちゃんもずっと好きだったもんね」
「えっ! な、何で知ってるの?」
「だってジン様の演奏聞いて泣いてたじゃん」
彼は一年生の時に聞いた演奏会で、陣くんの演奏に感動して涙を流した僕に無言でハンカチを差し出してくれた友達だ。そして僕の名前を見て『おじいちゃん』というあだ名を付けた張本人でもある。
僕が呆気に取られていると、彼は続けざまに言い放った。
「でも気を付けなよ」
「え、あぁ、女子生徒にね。うん、恨みとかやっぱりあるのかな」
「いやそっちじゃなくて。てか多分そっちは絶対に大丈夫」
「え、あ、そうなの? でも絶対にって言いきれる?」
「言い切れるね。現に今の時点でなにもされてないだろ?」
「まぁなにもされてないけど……」
「じゃあ本当に女子生徒からは大丈夫。気を付けるのはおじいちゃんの彼氏様ね!」
なぜそこで陣くんが登場するのかわからない。
そんなことを考えていると、急に背中が温かくなり、誰かが僕の頭に顎を置いた。
誰かが僕に覆いかぶさってきたことはすぐに分かったのだが、僕に覆いかぶさってきた人物が誰なのかと言うよりも先に、先ほどまで会話を交わしていた友達の顔色が徐々に悪くなっていくため、そっちが気になって仕方がない。
「だ、大丈夫?」
「大丈夫だと思うよ」
返事をしたのは、友達ではなかった。
僕の頭上から聞こえたその声の主は、僕の頭を掴みゆっくりと上を向かせる。
「おはよ、公羽」
「っ! お、おはよう陣くん」
その正体は陣くんであった。
挨拶を交わした陣くんは僕の頬っぺたで遊びながら「ごめんね」と謝ってきた。
僕には謝っている理由がわからなかったが、聞くとモザイクをかけていたとはいえ勝手にプリクラの写真をSNSに投稿したことに対する謝罪であった。
それに対して陣くんは僕と付き合えたことに対して本当に浮かれているのだと悟った。
「僕はいいけど……女子たちから何か言われない?」
「たぶん大丈夫だよ。それに俺と付き合ってるのは公羽だから」
何の大丈夫なのだろうか?
疑問ばかりが残るが、そのことを追及する前に「今日のお昼一緒に食べたい」とイケメンスマイルで言い放ってきたため、僕はそれ以上言及することはできず、それに断られないようにするためか、僕の頬っぺたを掌で温めるようにして支えると、それ以上口を開くことを許さず、ただ頷くことしかできなかった。
僕の頷きを確認すると「嬉し! じゃあ昼休みに迎えに来るから」と言い残して彼は自分の教室へと戻っていった。
「イケメンってすごいんだね」
「……イケメンって怖いんだな」
「え? 陣くんは怖くないよ?」
「そりゃ、おじいちゃんにだけだ!」
僕がその言葉の意味を理解する前にチャイムが鳴り響いたため、思考はそこで止まってしまった。
▽▽
昼休みになり、僕を迎えに来た陣くんに連れられ僕は図書室に一番近い空き教室に来ている。「ここの教室、俺しか使わないから、先生から鍵貰ってるんだよね」何て言いながら、彼は僕をプライベート空間に案内をしてくれた。
空き教室で少し埃っぽいのを想像していたが、実際にはそんなことは一切なく、陣くんに話を聞いてみると恥ずかしそうにしながら「公羽を呼んで、公羽だけのリサイタルをいつでも開けるように綺麗にしておきました」と答えてくれた。
「僕のこと好きすぎじゃない?」
「そりゃ好きだよ。って俺ってさ、好きになった理由って言ったっけ?」
そう言えばちゃんとは聞いていない気がする。
好きになった瞬間は聞いたが、好きになった理由は知らない。
「えっと、僕が泣いてるのを見て、好きになってくれたんだっけ?」
「……俺さ、実は結構モテるんだよ」
何を今更言っているのだろうか、という質問は押し殺して、彼の話を聞くことにした。
「でも俺のことを好きになってくれる人って大体が俺の外見を好きになるというか……。それが嫌ってわけじゃないけど、評価されるポイントが外見だと中身を見てくれてないような気がして。そして俺は音楽をずっとやってたから、評価されるなら音楽が良かったんだよね。でも俺がフルートを吹いてもさ、何て言うんだろ。ゾウが絵を描いてるみたいな。そういう評価な感じがしてたんだよね」
「そんなことない! 陣くんの演奏は本当にすごいんだよ!」
彼の話を黙って聞いていたが、好きになった彼の良いところを彼自身が否定しているような気がして、黙ってはいられなかった。
そして気が付くと口が勝手に動いていた。
「うん、ありがとう。だから俺の演奏を聞いて泣いてくれた公羽を見たとき、この人は外見で人を判断する人間ではなくて、俺を音楽で評価してくれたんだって思って、それからずっと好き。最初は気になってる人くらいな認識だったけど、今考えると気になってるって事は好きになりに行ってるってことだったんだよな」
陣くんは僕の頬をそっと撫でるようにして手を置くと「本当にありがとう。好きだよ」と僕の目を見て伝えてくる。
やっぱり彼はずるい。
僕は彼の手に沿わせるようにして、頭を傾けた。
「僕が好きになったのは、やっぱり陣くんの演奏を聞いたからだよ。演奏会の時に初めて聞いて魅了されて、それからほぼ毎日放課後の図書室でその音を独り占めしてた。この時間だけは僕だけのものだって思ってたよ。だから二年生に上がっても図書委員に立候補したんだよね。陣くんの音が聞いていたかったからね」
「……いまめっちゃキスしたい」
「え!」
「ダメ? ここなら誰も見てないけど」
「き、昨日付き合い始めたばっかりだよ?」
「関係ないよ。俺たち一年以上も前から両思いだったんだろ?」
僕がそれに返事をする前に、僕の薄い唇は彼の素敵な音色を奏でることのできる柔らかい唇で塞がれた。
強く押し付けられた後に、何度か僕の唇を啄むようにしてキスを落としてくる。
陣くんは満足したのか、顔をゆっくりと離すとものすごく勝ち誇ったような顔をしていた。
「俺からキスはできてよかった」
やっぱりずるいと思う。
▽▽
僕と陣くんが付き合い始めて四か月が経過しようとしていた。
お付き合いの状況はかなり順調で、お互いの家に遊びに行ったりしているし、お互いの母親に挨拶も済ませている。
一応同性同士でのお付き合いであったため、何か言われるのではないかと不安視していたのだが、そんな心配は杞憂に終わった。
まず付き合っていることを報告しに行ったのは村正家だ。
村正家は所謂豪邸であり、陣くんが言うには家族一人ひとりに防音室が与えられているという。挨拶に伺ったタイミングで陣くんのお母さんはお仕事中だったようで、その間は陣くんの部屋で待つことにした。
陣くんの部屋は言っていた通り防音室が存在しており、お母さんのお仕事が終わるまで待っている間、贅沢にも彼の演奏を間近で聞かせてもらうことになった。
実を言うと陣くんの演奏自体はいつも放課後聞いていたのだが、目の前で聞くのはこれが二回目である。一回目の一年生の時の体育館での演奏会で聞いたっきり、その機会は訪れなかったのだ。
僕がリクエストした曲はもちろんあの日聞いた『ファイナルファンタジーX』の『ザナルカンドにて』。それを聞いた陣くんは「そこに座って聞いてて」と微笑みながら言って演奏を始めた。
あの日と同じように陣くんの息遣いの音は聞こえない。
美しい旋律だけがこの防音室に響き渡る。
「お待たせ―って、陣! あんた泣かせたの!」
防音室に入ってきたのは、仕事を終えた陣くんのお母さんであった。
僕はそのタイミングで感動で涙を流してしまっており、それをみた陣くん母が勘違いをしてしまったようで、一瞬にして僕だけに行われたリサイタル会場は謝罪会場へと早変わりしてしまった。
動揺する陣くん母に僕と陣くんで必死に説明をし、何とか理解してもらえたが、僕がずっと泣き続けてしまっていた場合はとんでもないことなっていたに違いない。
落ち着いたタイミングでお付き合いをさせてもらっていることを報告したのだが、次に泣いてしまったのは陣くん母であった。
「陣の音楽を愛してくれてありがとう」
と何度も泣きながら僕に感謝の言葉を捧げてくれた。
むしろお礼を言いたいのは僕の方だったのだが、「陣! いい子捕まえてきたじゃない!」と親子の会話を始めてしまったため、完全に空振りをすることになった。
その後「良かったら聞いていって」と言われて陣くん母の部屋に案内されると、陣くん母はピアノ、そして陣くんはというとヴァイオリンを肩に掛けた。
「え? フルートだけじゃないの?」
「俺もともとはヴァイオリンをずっとやってたんだよね」
そう言い残して演奏が始まる。
奏でられた二重奏は僕の想像を遥かに凌駕するもので、僕はそのあまりに美しい旋律にただただ口を閉じずに、放心状態になるだけであった。
沖田家の報告もかなりスムーズにいった。
僕と陣くんが思っていたスムーズでは無かったのだが、母より先に弟のみっちゃんが喜んでくれたことで円滑に話を進めることができたのだ。
弟的には新しいお兄ちゃんができたみたいで嬉しい。そして僕が自分にお金を使ってくれるようになるかもしれないと喜んでいた。
それを聞いた陣くんはみっちゃんに「大丈夫! 公羽が買い物に行くときは俺も絶対に付いていって、割引券使うからね!」と自信満々に宣言していた。
「公羽お兄ちゃんはね、自分でアルバイトして稼いだお金を自分のために使わないんだよ! 僕とかお母さんに毎回お土産買ってきてくれるの! 嬉しいんだけどやっぱり公羽お兄ちゃんには自分で稼いだお金なんだから自分に使ってほしいの」
「そうね。陣くんだったわね。公羽をお願いできるかしら」
「もちろんです。公羽から多少なりですがご家庭の事情を伺っておりまして、その際にお金に卑しい人間にはなりたくないからと、割引券やクーポン券を使わないと言っていました。でも安心してください! 割引券を使うのは俺です! 公羽は卑しい人間にはならない。そしてさせません! 思わせません!」
なんて恥ずかしい宣言をしているんだ、とここでも新しいツッコミを脳内で入れようとしたが、それを聞いた母は少しだけ泣きそうな顔をしていた。
きっと自分が父と離婚した原因が僕を苦しめていたのだと思ったのだろう。
実際にそうなのかもしれないが、僕はそれを苦しいと感じたことはなかった。
僕は母の方を見て「ありがとう」と告げる。
母は「まだ早いわよ」と微笑みながら言葉を紡ぐだけであった。
▽▽
「――合計で一七五三円です」
「あ、これ使えますか?」
レジでお会計を済ませようとしているところに、陣くんが僕の背後からスマホの画面を店員さんに見せた。
「はい、使えますよ。えぇー、合計変わりまして、一二五三円です」
「そのままQRコードで払います!」
「はい、お会計完了いたしました! ご利用ありがとうございました!」
店員さんがにこやかに僕と陣くんを送り出してくれる。
僕がお金を出す予定だったのに、陣くんがいっつも割引券を使う序に支払いまで済ませてしまうから、なかなか僕にお金を使わせてもらえない。
「次は僕が出すからね!」
「だーめ。公羽ママにも宣言しちゃってるんだから」
「そういう問題じゃないんだけど…………」
「じゃああとでみっちゃんのお土産一緒に選びに行こうか」
「それ僕がまた怒られない? 自分に使えーって」
「大丈夫でしょ! みっちゃんにお土産買ってあげることが自分に使ってるってことなんだもんね」
そう言って陣くんは僕の手を取り、そのまま本屋へと向かう。
やっぱりずるい人だ。
あぁ、そんな君が好きだと、心の底から思ってしまうよ。
―fin―
ただなんとなく甘かったのは覚えている。でもその甘さはきっと別の意味で甘かった。
お互いに好きだと伝えたということで、僕と陣くんはお付き合いを始めることとなったのだが、陣くん的には僕から告白をされるのではなく、自分から告白をしたかったようで、想いが通じ合った後、食事をしながら「嬉しいけど、俺から伝えたかった」と少しだけしょんぼりしていた。
すでにたくさんの告白に近い言葉はずっと貰っていたのだが、本人はそれに一切気づいていないようだ。
僕はしょんぼりしている彼に「今日の最初に今日の買い物を『デートだと思ってるよ』とか、カフェで割引券使ってたことに対して『まだ振らないで』とか言ってた時点でもう告白されてたようなもんだよ」とにこやかに教えてあげる。
それを聞いた陣くんはしょんぼりと落ち込んだ表情から一瞬絶望したような表情に変わり、そこから突如として沸騰したかのように一瞬にして顔を真っ赤に染め上げた。
「え! え! マジじゃん! やっば! 俺今日ずっと公羽に告白してた?」
「うん、ずっとしてた。何なら告白する前に『今から告白しようとしてるから心臓バックバク』って言ってたし」
「待って! 本当に恥ずかしいんだけど」
レストランでの食事を終えた僕らは、付き合い始めたばかりということもあり、このまま別れて帰るのが名残惜しいと言うことで、駅の近くにある公園のベンチに座りながらそんな話をしていたのだが、陣くんのそのあまりの恥ずかしさにベンチから立ち上がり、頭を抱えて悶え始めた。
僕はそんな普段の彼からは絶対に見ることのできない姿にときめいてしまった。
クールでかっこよく、女子生徒からの人気も高く、それでいて彼の奏でるフルートの音色は人々を魅了する力を持っている。
そんな彼が僕の前でだけ見せるその姿にときめかずにはいられないだろう。
「今日も俺って、ずっとダサかったよな?」
「え! そんなことないよ!」
恥ずかしさから両手で顔を覆っていたが、指を開きその隙間から僕の表情を伺いながらそんな質問をしてくる。
僕はすぐに否定するが、彼としてはもっとかっこよく決めたかったようだ。
「……一年の時からずっと好きで、どうやって話しかけようかって悩み続けてたのに、好きな人からお菓子貰えて、その嬉しさから咄嗟にデートとか誘ってみたりしてさ。俺マジで浮かれてるわ」
「ぼ、僕だって浮かれてるよ? 告白したときに言ったけど一年の時の演奏会のときから好きだからね?」
「好きになったのは同じタイミングかも知れないけどさ……。付き合った今だから言えるけど、俺結構ストーカーまがいな事してたからね?」
「……………………え?」
「マジで引かないでほしいんだけど、公羽が図書委員してるって聞いてそれから放課後の練習場所も図書室から一番近い位置にある空き教室に変更したし、アルバイト先もこれは偶然知ったんだけど、好きな人が働いてるからって俺実は結構あのコンビニ通ってたんだよね」
「え、知らないんだけど!」
引くことはないが、ストーカーまがいではなく、それはれっきとしたストーカー行為である。
これは陣くんがイケメンだから許され。また僕とお付き合いをすることになったからこそセーフになっているが、この行為が彼以外だった場合は即刻御縄状態だっただろう。
薄々感づいてはいたが、彼は僕の前でだけポンコツなのではないだろうか?普段の完璧超人で全校生徒の憧れの的である彼とは到底思えない。
しかしそんなことで僕の中の彼の評価が揺らぐことはない。
むしろ、僕にしか見せない彼の姿に、僕はもっと彼のことが好きになる。
「言ってねーもん、誰にも。……って引いてないよね?」
「引いてないよ、好きだよ」
「え、わ! ずるい! 俺も好きだよ」
バカップルのように見えるかもしれないが、付き合い始めたことに二人して浮かれているのだから、このくらいは許してほしい。
▽▽
陣くんから一緒に登校したい旨の連絡を貰ったのだが、そもそも陣くんは吹奏楽部の朝練があるため一緒に登校することは叶わないことを知ると、滝のような涙を流した動物のスタンプが大量に送られてきて、思わず「かわいいね」と送ってしまった。
翌日学校に登校すると、いつもとは違う雰囲気を感じ取った。
その雰囲気は少しどんよりしているというか、ジメジメとした負のオーラがそこかしこから湧き出ているような感覚で、一部の女子生徒はその雰囲気に当てられたのか涙を流している生徒の姿も見えた。
僕は昨日陣くんとお付き合いができたので、大変ハッピーな気持ちでいたのだが、こんなにも暗い空気を当てられると、若干ではあるものの気分が落ち込んでくる。
僕は教室にたどり着くと、スクールバッグを自分の席の横についているフックに掛けながら、前の席に座っているクラスメイトに話しかける。
「おはよー。この落ち込んでる雰囲気の正体知ってる?」
「おはよー…………って、それマジで言ってる?」
「…………どういうこと?」
「いや、おじいちゃんとジン様が付き合い始めたから、この学校の女子生徒が嘆いてるんじゃん」
「…………はい?」
彼は何を言っているのだろうか?
いや、本当の事を言ってはいるのだが、昨日の今日で女子生徒が嘆き、学校中の雰囲気がお通夜状態になるほど噂が広まるには早すぎではないだろうか?
いやよくよく考えてみれば、学生もよく利用するコンビニの前で堂々と「デートだと思ってる」と宣言をしたり、家族連れの多い日曜日の駅構内のカフェで「振らないで!」と大声で懇願したり、夕食時のレストランでお互いに公開告白をしたのだ。
この高校の生徒に見られていても、何らおかしい点はない。
ということはつまり、昨日の様子をここの生徒の誰かが見ており、僕と陣くんが付き合い始めたことを知った人間が一気にその情報を拡散したことで、今の状況になっているようだ。
「何で知ってるの?」
「え? ジン様のインスタ見てないの?」
「インスタ?」
そう言って彼はスマホをちょちょんと操作して画面を僕に見せてきた。
そこには『@jin_flute』と書かれたアカウントが表示されており、そのアカウントの投稿には「長年片思いしていた方とお付き合いさせていただくこととなりました」という一文と、昨日大事にスマホとスマホケースの間に挟んでいた二人で撮ったプリクラの写真がモザイク付きで投稿されていた。
「まぁ、とりあえずおめでと」
「えっと、ありがとうございます」
「良かったじゃん。おじいちゃんもずっと好きだったもんね」
「えっ! な、何で知ってるの?」
「だってジン様の演奏聞いて泣いてたじゃん」
彼は一年生の時に聞いた演奏会で、陣くんの演奏に感動して涙を流した僕に無言でハンカチを差し出してくれた友達だ。そして僕の名前を見て『おじいちゃん』というあだ名を付けた張本人でもある。
僕が呆気に取られていると、彼は続けざまに言い放った。
「でも気を付けなよ」
「え、あぁ、女子生徒にね。うん、恨みとかやっぱりあるのかな」
「いやそっちじゃなくて。てか多分そっちは絶対に大丈夫」
「え、あ、そうなの? でも絶対にって言いきれる?」
「言い切れるね。現に今の時点でなにもされてないだろ?」
「まぁなにもされてないけど……」
「じゃあ本当に女子生徒からは大丈夫。気を付けるのはおじいちゃんの彼氏様ね!」
なぜそこで陣くんが登場するのかわからない。
そんなことを考えていると、急に背中が温かくなり、誰かが僕の頭に顎を置いた。
誰かが僕に覆いかぶさってきたことはすぐに分かったのだが、僕に覆いかぶさってきた人物が誰なのかと言うよりも先に、先ほどまで会話を交わしていた友達の顔色が徐々に悪くなっていくため、そっちが気になって仕方がない。
「だ、大丈夫?」
「大丈夫だと思うよ」
返事をしたのは、友達ではなかった。
僕の頭上から聞こえたその声の主は、僕の頭を掴みゆっくりと上を向かせる。
「おはよ、公羽」
「っ! お、おはよう陣くん」
その正体は陣くんであった。
挨拶を交わした陣くんは僕の頬っぺたで遊びながら「ごめんね」と謝ってきた。
僕には謝っている理由がわからなかったが、聞くとモザイクをかけていたとはいえ勝手にプリクラの写真をSNSに投稿したことに対する謝罪であった。
それに対して陣くんは僕と付き合えたことに対して本当に浮かれているのだと悟った。
「僕はいいけど……女子たちから何か言われない?」
「たぶん大丈夫だよ。それに俺と付き合ってるのは公羽だから」
何の大丈夫なのだろうか?
疑問ばかりが残るが、そのことを追及する前に「今日のお昼一緒に食べたい」とイケメンスマイルで言い放ってきたため、僕はそれ以上言及することはできず、それに断られないようにするためか、僕の頬っぺたを掌で温めるようにして支えると、それ以上口を開くことを許さず、ただ頷くことしかできなかった。
僕の頷きを確認すると「嬉し! じゃあ昼休みに迎えに来るから」と言い残して彼は自分の教室へと戻っていった。
「イケメンってすごいんだね」
「……イケメンって怖いんだな」
「え? 陣くんは怖くないよ?」
「そりゃ、おじいちゃんにだけだ!」
僕がその言葉の意味を理解する前にチャイムが鳴り響いたため、思考はそこで止まってしまった。
▽▽
昼休みになり、僕を迎えに来た陣くんに連れられ僕は図書室に一番近い空き教室に来ている。「ここの教室、俺しか使わないから、先生から鍵貰ってるんだよね」何て言いながら、彼は僕をプライベート空間に案内をしてくれた。
空き教室で少し埃っぽいのを想像していたが、実際にはそんなことは一切なく、陣くんに話を聞いてみると恥ずかしそうにしながら「公羽を呼んで、公羽だけのリサイタルをいつでも開けるように綺麗にしておきました」と答えてくれた。
「僕のこと好きすぎじゃない?」
「そりゃ好きだよ。って俺ってさ、好きになった理由って言ったっけ?」
そう言えばちゃんとは聞いていない気がする。
好きになった瞬間は聞いたが、好きになった理由は知らない。
「えっと、僕が泣いてるのを見て、好きになってくれたんだっけ?」
「……俺さ、実は結構モテるんだよ」
何を今更言っているのだろうか、という質問は押し殺して、彼の話を聞くことにした。
「でも俺のことを好きになってくれる人って大体が俺の外見を好きになるというか……。それが嫌ってわけじゃないけど、評価されるポイントが外見だと中身を見てくれてないような気がして。そして俺は音楽をずっとやってたから、評価されるなら音楽が良かったんだよね。でも俺がフルートを吹いてもさ、何て言うんだろ。ゾウが絵を描いてるみたいな。そういう評価な感じがしてたんだよね」
「そんなことない! 陣くんの演奏は本当にすごいんだよ!」
彼の話を黙って聞いていたが、好きになった彼の良いところを彼自身が否定しているような気がして、黙ってはいられなかった。
そして気が付くと口が勝手に動いていた。
「うん、ありがとう。だから俺の演奏を聞いて泣いてくれた公羽を見たとき、この人は外見で人を判断する人間ではなくて、俺を音楽で評価してくれたんだって思って、それからずっと好き。最初は気になってる人くらいな認識だったけど、今考えると気になってるって事は好きになりに行ってるってことだったんだよな」
陣くんは僕の頬をそっと撫でるようにして手を置くと「本当にありがとう。好きだよ」と僕の目を見て伝えてくる。
やっぱり彼はずるい。
僕は彼の手に沿わせるようにして、頭を傾けた。
「僕が好きになったのは、やっぱり陣くんの演奏を聞いたからだよ。演奏会の時に初めて聞いて魅了されて、それからほぼ毎日放課後の図書室でその音を独り占めしてた。この時間だけは僕だけのものだって思ってたよ。だから二年生に上がっても図書委員に立候補したんだよね。陣くんの音が聞いていたかったからね」
「……いまめっちゃキスしたい」
「え!」
「ダメ? ここなら誰も見てないけど」
「き、昨日付き合い始めたばっかりだよ?」
「関係ないよ。俺たち一年以上も前から両思いだったんだろ?」
僕がそれに返事をする前に、僕の薄い唇は彼の素敵な音色を奏でることのできる柔らかい唇で塞がれた。
強く押し付けられた後に、何度か僕の唇を啄むようにしてキスを落としてくる。
陣くんは満足したのか、顔をゆっくりと離すとものすごく勝ち誇ったような顔をしていた。
「俺からキスはできてよかった」
やっぱりずるいと思う。
▽▽
僕と陣くんが付き合い始めて四か月が経過しようとしていた。
お付き合いの状況はかなり順調で、お互いの家に遊びに行ったりしているし、お互いの母親に挨拶も済ませている。
一応同性同士でのお付き合いであったため、何か言われるのではないかと不安視していたのだが、そんな心配は杞憂に終わった。
まず付き合っていることを報告しに行ったのは村正家だ。
村正家は所謂豪邸であり、陣くんが言うには家族一人ひとりに防音室が与えられているという。挨拶に伺ったタイミングで陣くんのお母さんはお仕事中だったようで、その間は陣くんの部屋で待つことにした。
陣くんの部屋は言っていた通り防音室が存在しており、お母さんのお仕事が終わるまで待っている間、贅沢にも彼の演奏を間近で聞かせてもらうことになった。
実を言うと陣くんの演奏自体はいつも放課後聞いていたのだが、目の前で聞くのはこれが二回目である。一回目の一年生の時の体育館での演奏会で聞いたっきり、その機会は訪れなかったのだ。
僕がリクエストした曲はもちろんあの日聞いた『ファイナルファンタジーX』の『ザナルカンドにて』。それを聞いた陣くんは「そこに座って聞いてて」と微笑みながら言って演奏を始めた。
あの日と同じように陣くんの息遣いの音は聞こえない。
美しい旋律だけがこの防音室に響き渡る。
「お待たせ―って、陣! あんた泣かせたの!」
防音室に入ってきたのは、仕事を終えた陣くんのお母さんであった。
僕はそのタイミングで感動で涙を流してしまっており、それをみた陣くん母が勘違いをしてしまったようで、一瞬にして僕だけに行われたリサイタル会場は謝罪会場へと早変わりしてしまった。
動揺する陣くん母に僕と陣くんで必死に説明をし、何とか理解してもらえたが、僕がずっと泣き続けてしまっていた場合はとんでもないことなっていたに違いない。
落ち着いたタイミングでお付き合いをさせてもらっていることを報告したのだが、次に泣いてしまったのは陣くん母であった。
「陣の音楽を愛してくれてありがとう」
と何度も泣きながら僕に感謝の言葉を捧げてくれた。
むしろお礼を言いたいのは僕の方だったのだが、「陣! いい子捕まえてきたじゃない!」と親子の会話を始めてしまったため、完全に空振りをすることになった。
その後「良かったら聞いていって」と言われて陣くん母の部屋に案内されると、陣くん母はピアノ、そして陣くんはというとヴァイオリンを肩に掛けた。
「え? フルートだけじゃないの?」
「俺もともとはヴァイオリンをずっとやってたんだよね」
そう言い残して演奏が始まる。
奏でられた二重奏は僕の想像を遥かに凌駕するもので、僕はそのあまりに美しい旋律にただただ口を閉じずに、放心状態になるだけであった。
沖田家の報告もかなりスムーズにいった。
僕と陣くんが思っていたスムーズでは無かったのだが、母より先に弟のみっちゃんが喜んでくれたことで円滑に話を進めることができたのだ。
弟的には新しいお兄ちゃんができたみたいで嬉しい。そして僕が自分にお金を使ってくれるようになるかもしれないと喜んでいた。
それを聞いた陣くんはみっちゃんに「大丈夫! 公羽が買い物に行くときは俺も絶対に付いていって、割引券使うからね!」と自信満々に宣言していた。
「公羽お兄ちゃんはね、自分でアルバイトして稼いだお金を自分のために使わないんだよ! 僕とかお母さんに毎回お土産買ってきてくれるの! 嬉しいんだけどやっぱり公羽お兄ちゃんには自分で稼いだお金なんだから自分に使ってほしいの」
「そうね。陣くんだったわね。公羽をお願いできるかしら」
「もちろんです。公羽から多少なりですがご家庭の事情を伺っておりまして、その際にお金に卑しい人間にはなりたくないからと、割引券やクーポン券を使わないと言っていました。でも安心してください! 割引券を使うのは俺です! 公羽は卑しい人間にはならない。そしてさせません! 思わせません!」
なんて恥ずかしい宣言をしているんだ、とここでも新しいツッコミを脳内で入れようとしたが、それを聞いた母は少しだけ泣きそうな顔をしていた。
きっと自分が父と離婚した原因が僕を苦しめていたのだと思ったのだろう。
実際にそうなのかもしれないが、僕はそれを苦しいと感じたことはなかった。
僕は母の方を見て「ありがとう」と告げる。
母は「まだ早いわよ」と微笑みながら言葉を紡ぐだけであった。
▽▽
「――合計で一七五三円です」
「あ、これ使えますか?」
レジでお会計を済ませようとしているところに、陣くんが僕の背後からスマホの画面を店員さんに見せた。
「はい、使えますよ。えぇー、合計変わりまして、一二五三円です」
「そのままQRコードで払います!」
「はい、お会計完了いたしました! ご利用ありがとうございました!」
店員さんがにこやかに僕と陣くんを送り出してくれる。
僕がお金を出す予定だったのに、陣くんがいっつも割引券を使う序に支払いまで済ませてしまうから、なかなか僕にお金を使わせてもらえない。
「次は僕が出すからね!」
「だーめ。公羽ママにも宣言しちゃってるんだから」
「そういう問題じゃないんだけど…………」
「じゃああとでみっちゃんのお土産一緒に選びに行こうか」
「それ僕がまた怒られない? 自分に使えーって」
「大丈夫でしょ! みっちゃんにお土産買ってあげることが自分に使ってるってことなんだもんね」
そう言って陣くんは僕の手を取り、そのまま本屋へと向かう。
やっぱりずるい人だ。
あぁ、そんな君が好きだと、心の底から思ってしまうよ。
―fin―



