村正くんのクラスは知っている。
というかこの学校の生徒なら誰しもが知っているのではないだろうか。
理由は廊下を歩いていればすぐに分かる。
二年三組の教室にだけ、女子生徒による人だかりができているからだ。
僕はすっかり忘れていたのだが、ジン様こと村正くんはこの学校の女子生徒の半数以上が彼と付き合いたいと思うほどのイケメン男子高校生であり、彼の奏でるフルートの旋律は誰しもを魅了してしまうほどの音色である。
そんな彼のことを一目でも見たいだとか、話しかけたいだとかいう、邪な考えを持った女子生徒で彼のクラスがごった返してしまうことなど考えればわかることであった。
「これじゃ渡せないじゃん……」
僕はラッピングされたミルフィーユの入った袋を両手で抱えるようにして持ちながら、二年三組にできた人だかりを眺めていた。
しかし人だかりといっても、常に女子生徒でごった返しているわけではない。
教室である以上はそのクラスの生徒の出入りはどうしても発生するもので、出入り口には人が一人通れるほどのスペースが空けられている。
そのスペースを使って二年三組に入り、村正くんにこのミルフィーユを渡すだけでミッションクリアとなるのだが、この中で村正くんにこんなラッピングされたミルフィーユを渡そうもんなら、総攻撃を喰らうに決まっている。
総攻撃といっても物理的ダメージを与えられるわけではなく、「ジン様とどういう関係なのか?」「誰から渡してと頼まれたのか」といった質問攻めにあうという意味合いである。
僕は少し大きめのため息を吐き、教室へと戻るため踵を返す。
ちなみに二年三組の誰かに、代わりに渡してもらえないかと一瞬考えはしたのだが、お礼の品を他人経由で渡すことに抵抗を覚えたためナシ。朝早く来て村正くんの机に置いておくことも考えたが、村正くんの席をそもそも知らないし、村正くんより先に来た生徒によって机の上に置かれたミルフィーユが処分されてしまう可能性だってある。
まぁ処分をするような生徒はいないとは思うが、そんな些細な事でも嫉妬の対象になりうるほど、村正くんは人気があるのだ。
しかし幸いなことに、僕には必ず村正くんと話す事のできる瞬間があることを知っている。
僕はその瞬間が訪れる放課後まで、ゆっくりと待つことにした。
放課後となり、僕は図書室のカウンターに座って図書委員としての仕事をしながら勉強をしている。
図書委員の仕事とは言っているものの、この学校でわざわざ図書室で本を借りていく生徒など片手で数えるほどしかおらず、放課後に図書室を利用する生徒もほとんどいない。
テスト期間となれば話は変わってくるが、それでも本を読むためではなく勉強をするために図書室を使う生徒がほとんどのため、図書委員の仕事と言えば図書室の戸締りくらいなものである。
そのため僕は図書委員の仕事中はカウンターで教科書とノートを広げて勉強をしていることが多い。
一応図書委員は僕の他にあと一名いるのだが、その子は部活があるからと僕に図書委員の仕事を押し付けてすぐに部活に行ってしまう。ならば図書委員に立候補するなよ、という話なのだが、その生徒は先輩から図書委員の仕事はラクだと教えられたらしく、立候補を決め込んだらしい。
らしい、というのは本人から直接聞いたわけではなく、図書司書の先生から又聞きしたため事実かどうかは不明だが、なんとなく真実なのだと思う。
幸いにも図書委員の仕事は本当に無いため、その生徒がいてもいなくとも、どちらでも変わりはしない。
むしろ僕個人の意見としては、いない方が助かっている節がある。
その理由はゆっくりと勉強ができるからだとか、図書室の本が読み放題だとか、そういう理由ではない。図書室から一番近い空き教室で吹奏楽部が練習を行っており、その美しい音色が風に乗って聞こえてくるからである。
吹奏楽部は音楽室で集まった後、各自での練習が行われる。練習は他の楽器の音が邪魔にならないように音楽室以外でも行われることがあり、廊下や準備室などを使う生徒が多い中、フルートの美しい旋律はいつも図書室から一番近い空き教室から聞こえてくる。
そして僕はそのフルートの奏者が誰なのかを知っている。
村正陣くんだ。
彼の演奏は吹奏楽部による体育館での演奏会で何度か聴いたことがある。
本校の吹奏楽部は運動部用の応援用の楽曲やコンクール用の曲目だけではなく、人を楽しませるための曲を自分たちで考えて演奏しているようで、実際僕でも知っている有名なゲームのBGMであったり、ドラマのサウンドトラックを演奏しているところを聴いたことがある。
中でも僕がとても印象に残っているのは、一年生の時に聴いた、テレビゲーム『ファイナルファンタジーX』のオープニング曲である『ザナルカンドにて』の演奏だ。
その曲には村正くんのソロパートがあり、彼が吹くフルートから発せられるその旋律はその場に居た者全員を動けなくしてしまったのだ。
呼吸をする音ですら、彼の演奏の邪魔になってしまうため、あの場にいた全員が息を殺していたに違いない。普段なら彼に黄色い声援を送っている女子生徒たちもあの時だけは静かだったと記憶している。
思い返せば、村正くんの呼吸音すら聞こえなかった。おそらく循環呼吸と呼ばれるもので、息を吸いながら吐き続けることで、息継ぎをすることなく演奏をし続けられる奏法なのだと思う。
単に距離が離れていただけで、彼の息継ぎの音が聞こえなかっただけの可能性も否定できないが、息継ぎを感じさせない滑らかな音色は、きっとそうなんじゃないかと思ってしまう。
その演奏で僕は初めて、音楽を聴いて涙を流すという体験をしたのだ。
もともと悲しい曲調ではあるものの、涙を流すなんて思わなかったし、なんなら涙を流していることを自覚しておらず、隣に座っていたクラスメイトにハンカチを無言で差し出されて、そこで初めて涙を流していることに気づいたほどだ。
それほどまでに村正くんの演奏は素晴らしいものであり、僕の心を魅了した。
その演奏会から程なくして、図書室から一番近い空き教室から放課後にあの時のような美しいフルートの音色が聞こえてきた。
僕は図書室の扉を少しだけ開けて、その演奏を聴く。
ゆっくりと目をつむり、耳で音だけを楽しむ。
音を聴いて、すぐに村正くんが演奏しているのだとわかった。息継ぎがされることなく奏でられ続けるその音色はきっと彼にしかできない技だろう。
そしてそれは、その日から毎日のように聴こえるようになった。
それが僕が二年生でも図書委員を選んだ理由でもあり、一人で図書委員の仕事をすることになっても怒りを覚えることの無い理由だ。
放課後、図書室にいるこの時間だけは、彼の演奏を独り占めしている気分になれる。
「あー、きっとこれは好きってことなんだ」
僕は誰もいない図書室でボソッと、そう呟く。
ふと時計を見ると、針は十七時を知らせていた。
それは図書室の閉館時間でもあり、吹奏楽部が各自での練習を止めて、音楽室で全体練習に切り替える時間でもある。
僕はその時間を見計らって、図書室から一番近い空き教室へと向かった。
狙い通り誰も空き教室の周りにはいない。僕はそっと胸を撫でおろし、そして深呼吸をする。
ただ昨日理不尽クレーマーから助けてくれたお礼としてお菓子を手渡すだけなのだが、それでも好きな人を前にすると途端に緊張してしまうのは、人間の性ではないだろうか。
僕が呼吸を整えていると、空き教室の扉がガラガラと音を立てて開いた。
出てきたのはもちろん村正くんで、扉の前に立っていた僕を見つけて「わ!」と驚きの声を上げた。
「ご、ごめん!」
「いや、俺もいきなり開けちゃったから……」
「あ、あの! 昨日はありがとうございました! これよかったら……!」
そう言って僕は大事に抱えていた綺麗にラッピングされているミルフィーユを手渡す。
それを受け取った村正くんはキョトン、としていた。
「え、えっと……これは?」
「昨日クレーマーから助けてくれたから、そのお礼、です!」
どこかで声が裏返ってしまうんじゃないかと心配したが、一応最後まで問題なく伝えることができた。
それを聞いた村正くんの表情は先ほどのきょとん顔から、満面の笑みへと変わっていった。
「え、マジ? ってことはコレは沖田くんが?」
「うん。お礼の品です」
「マジか! 本当に嬉しい! ほんとに嬉しい!」
ミルフィーユを受け取った村正くんはまるで子どものようにはしゃいでいた。
もしかしたらミルフィーユが大好物だったのかもしれない。そう考えると彼にとって良いものを渡せた事が嬉しくなり、僕も自然と笑顔になる。
しかし今彼は全体練習を行うため音楽室に移動をしようとしている最中である。
僕はあんまり長居するのはよくないと考え、「伝えられてよかった! 昨日は本当にありがとう」と言い残し、その場を去ろうとした。
すると「待って!」と腕を掴まれる。
「え」
「えっと、沖田くんはこのあと、暇?」
「え?」
「あ、じゃなくて! 図書委員だよね? 図書委員の仕事が終わったら帰るの?」
「あー、うん。帰るかも。弟が家にいるし、ご飯も作らないとだから……」
「そ、そっか……。あ、じゃあ! 土日は? 土日のどっちかバイトが終わった後、俺と遊ばない?」
心なしか村正くんの顔が赤い気もするし、僕の腕をつかんでいる手も震えているような気がする。
しかし今の僕には好きな人に遊びに誘われたという事実の方に脳のリソースを割かれており、そんな普段の彼とは様子の違うことに指摘をすることができないでいた。
「うん、遊びたい」
「ほんと! やった! 嬉しい! そうだ連絡先交換しよ」
そう言って制服の尻ポケットからスマホを取り出し、慣れた手つきで連絡先の交換できるQRコードを表示させて僕に見せてきた。
僕はそれを読み取り、友達の欄に一人が追加された。
フルートのアイコンで、名前は『村正陣』と書かれている。
「じゃあ詳細は連絡するから!」
スマホの画面を眺めていると、村正くんはそう言い残し音楽室へと駆けて行った。
夕焼けに染まる校舎で一人、遠ざかっていく彼の背中を眺めながら、心拍数が上がっていくのを実感する。
というかこの学校の生徒なら誰しもが知っているのではないだろうか。
理由は廊下を歩いていればすぐに分かる。
二年三組の教室にだけ、女子生徒による人だかりができているからだ。
僕はすっかり忘れていたのだが、ジン様こと村正くんはこの学校の女子生徒の半数以上が彼と付き合いたいと思うほどのイケメン男子高校生であり、彼の奏でるフルートの旋律は誰しもを魅了してしまうほどの音色である。
そんな彼のことを一目でも見たいだとか、話しかけたいだとかいう、邪な考えを持った女子生徒で彼のクラスがごった返してしまうことなど考えればわかることであった。
「これじゃ渡せないじゃん……」
僕はラッピングされたミルフィーユの入った袋を両手で抱えるようにして持ちながら、二年三組にできた人だかりを眺めていた。
しかし人だかりといっても、常に女子生徒でごった返しているわけではない。
教室である以上はそのクラスの生徒の出入りはどうしても発生するもので、出入り口には人が一人通れるほどのスペースが空けられている。
そのスペースを使って二年三組に入り、村正くんにこのミルフィーユを渡すだけでミッションクリアとなるのだが、この中で村正くんにこんなラッピングされたミルフィーユを渡そうもんなら、総攻撃を喰らうに決まっている。
総攻撃といっても物理的ダメージを与えられるわけではなく、「ジン様とどういう関係なのか?」「誰から渡してと頼まれたのか」といった質問攻めにあうという意味合いである。
僕は少し大きめのため息を吐き、教室へと戻るため踵を返す。
ちなみに二年三組の誰かに、代わりに渡してもらえないかと一瞬考えはしたのだが、お礼の品を他人経由で渡すことに抵抗を覚えたためナシ。朝早く来て村正くんの机に置いておくことも考えたが、村正くんの席をそもそも知らないし、村正くんより先に来た生徒によって机の上に置かれたミルフィーユが処分されてしまう可能性だってある。
まぁ処分をするような生徒はいないとは思うが、そんな些細な事でも嫉妬の対象になりうるほど、村正くんは人気があるのだ。
しかし幸いなことに、僕には必ず村正くんと話す事のできる瞬間があることを知っている。
僕はその瞬間が訪れる放課後まで、ゆっくりと待つことにした。
放課後となり、僕は図書室のカウンターに座って図書委員としての仕事をしながら勉強をしている。
図書委員の仕事とは言っているものの、この学校でわざわざ図書室で本を借りていく生徒など片手で数えるほどしかおらず、放課後に図書室を利用する生徒もほとんどいない。
テスト期間となれば話は変わってくるが、それでも本を読むためではなく勉強をするために図書室を使う生徒がほとんどのため、図書委員の仕事と言えば図書室の戸締りくらいなものである。
そのため僕は図書委員の仕事中はカウンターで教科書とノートを広げて勉強をしていることが多い。
一応図書委員は僕の他にあと一名いるのだが、その子は部活があるからと僕に図書委員の仕事を押し付けてすぐに部活に行ってしまう。ならば図書委員に立候補するなよ、という話なのだが、その生徒は先輩から図書委員の仕事はラクだと教えられたらしく、立候補を決め込んだらしい。
らしい、というのは本人から直接聞いたわけではなく、図書司書の先生から又聞きしたため事実かどうかは不明だが、なんとなく真実なのだと思う。
幸いにも図書委員の仕事は本当に無いため、その生徒がいてもいなくとも、どちらでも変わりはしない。
むしろ僕個人の意見としては、いない方が助かっている節がある。
その理由はゆっくりと勉強ができるからだとか、図書室の本が読み放題だとか、そういう理由ではない。図書室から一番近い空き教室で吹奏楽部が練習を行っており、その美しい音色が風に乗って聞こえてくるからである。
吹奏楽部は音楽室で集まった後、各自での練習が行われる。練習は他の楽器の音が邪魔にならないように音楽室以外でも行われることがあり、廊下や準備室などを使う生徒が多い中、フルートの美しい旋律はいつも図書室から一番近い空き教室から聞こえてくる。
そして僕はそのフルートの奏者が誰なのかを知っている。
村正陣くんだ。
彼の演奏は吹奏楽部による体育館での演奏会で何度か聴いたことがある。
本校の吹奏楽部は運動部用の応援用の楽曲やコンクール用の曲目だけではなく、人を楽しませるための曲を自分たちで考えて演奏しているようで、実際僕でも知っている有名なゲームのBGMであったり、ドラマのサウンドトラックを演奏しているところを聴いたことがある。
中でも僕がとても印象に残っているのは、一年生の時に聴いた、テレビゲーム『ファイナルファンタジーX』のオープニング曲である『ザナルカンドにて』の演奏だ。
その曲には村正くんのソロパートがあり、彼が吹くフルートから発せられるその旋律はその場に居た者全員を動けなくしてしまったのだ。
呼吸をする音ですら、彼の演奏の邪魔になってしまうため、あの場にいた全員が息を殺していたに違いない。普段なら彼に黄色い声援を送っている女子生徒たちもあの時だけは静かだったと記憶している。
思い返せば、村正くんの呼吸音すら聞こえなかった。おそらく循環呼吸と呼ばれるもので、息を吸いながら吐き続けることで、息継ぎをすることなく演奏をし続けられる奏法なのだと思う。
単に距離が離れていただけで、彼の息継ぎの音が聞こえなかっただけの可能性も否定できないが、息継ぎを感じさせない滑らかな音色は、きっとそうなんじゃないかと思ってしまう。
その演奏で僕は初めて、音楽を聴いて涙を流すという体験をしたのだ。
もともと悲しい曲調ではあるものの、涙を流すなんて思わなかったし、なんなら涙を流していることを自覚しておらず、隣に座っていたクラスメイトにハンカチを無言で差し出されて、そこで初めて涙を流していることに気づいたほどだ。
それほどまでに村正くんの演奏は素晴らしいものであり、僕の心を魅了した。
その演奏会から程なくして、図書室から一番近い空き教室から放課後にあの時のような美しいフルートの音色が聞こえてきた。
僕は図書室の扉を少しだけ開けて、その演奏を聴く。
ゆっくりと目をつむり、耳で音だけを楽しむ。
音を聴いて、すぐに村正くんが演奏しているのだとわかった。息継ぎがされることなく奏でられ続けるその音色はきっと彼にしかできない技だろう。
そしてそれは、その日から毎日のように聴こえるようになった。
それが僕が二年生でも図書委員を選んだ理由でもあり、一人で図書委員の仕事をすることになっても怒りを覚えることの無い理由だ。
放課後、図書室にいるこの時間だけは、彼の演奏を独り占めしている気分になれる。
「あー、きっとこれは好きってことなんだ」
僕は誰もいない図書室でボソッと、そう呟く。
ふと時計を見ると、針は十七時を知らせていた。
それは図書室の閉館時間でもあり、吹奏楽部が各自での練習を止めて、音楽室で全体練習に切り替える時間でもある。
僕はその時間を見計らって、図書室から一番近い空き教室へと向かった。
狙い通り誰も空き教室の周りにはいない。僕はそっと胸を撫でおろし、そして深呼吸をする。
ただ昨日理不尽クレーマーから助けてくれたお礼としてお菓子を手渡すだけなのだが、それでも好きな人を前にすると途端に緊張してしまうのは、人間の性ではないだろうか。
僕が呼吸を整えていると、空き教室の扉がガラガラと音を立てて開いた。
出てきたのはもちろん村正くんで、扉の前に立っていた僕を見つけて「わ!」と驚きの声を上げた。
「ご、ごめん!」
「いや、俺もいきなり開けちゃったから……」
「あ、あの! 昨日はありがとうございました! これよかったら……!」
そう言って僕は大事に抱えていた綺麗にラッピングされているミルフィーユを手渡す。
それを受け取った村正くんはキョトン、としていた。
「え、えっと……これは?」
「昨日クレーマーから助けてくれたから、そのお礼、です!」
どこかで声が裏返ってしまうんじゃないかと心配したが、一応最後まで問題なく伝えることができた。
それを聞いた村正くんの表情は先ほどのきょとん顔から、満面の笑みへと変わっていった。
「え、マジ? ってことはコレは沖田くんが?」
「うん。お礼の品です」
「マジか! 本当に嬉しい! ほんとに嬉しい!」
ミルフィーユを受け取った村正くんはまるで子どものようにはしゃいでいた。
もしかしたらミルフィーユが大好物だったのかもしれない。そう考えると彼にとって良いものを渡せた事が嬉しくなり、僕も自然と笑顔になる。
しかし今彼は全体練習を行うため音楽室に移動をしようとしている最中である。
僕はあんまり長居するのはよくないと考え、「伝えられてよかった! 昨日は本当にありがとう」と言い残し、その場を去ろうとした。
すると「待って!」と腕を掴まれる。
「え」
「えっと、沖田くんはこのあと、暇?」
「え?」
「あ、じゃなくて! 図書委員だよね? 図書委員の仕事が終わったら帰るの?」
「あー、うん。帰るかも。弟が家にいるし、ご飯も作らないとだから……」
「そ、そっか……。あ、じゃあ! 土日は? 土日のどっちかバイトが終わった後、俺と遊ばない?」
心なしか村正くんの顔が赤い気もするし、僕の腕をつかんでいる手も震えているような気がする。
しかし今の僕には好きな人に遊びに誘われたという事実の方に脳のリソースを割かれており、そんな普段の彼とは様子の違うことに指摘をすることができないでいた。
「うん、遊びたい」
「ほんと! やった! 嬉しい! そうだ連絡先交換しよ」
そう言って制服の尻ポケットからスマホを取り出し、慣れた手つきで連絡先の交換できるQRコードを表示させて僕に見せてきた。
僕はそれを読み取り、友達の欄に一人が追加された。
フルートのアイコンで、名前は『村正陣』と書かれている。
「じゃあ詳細は連絡するから!」
スマホの画面を眺めていると、村正くんはそう言い残し音楽室へと駆けて行った。
夕焼けに染まる校舎で一人、遠ざかっていく彼の背中を眺めながら、心拍数が上がっていくのを実感する。



