「……」
状況に限らず、博盟はこういう奴だ。いつも自分より誰かを気にかけてる。
犠牲的で、それにハラハラしたりやきもきすることもあったけど。最終的に、そんな彼が誇りだった。
「そだな。なら良いと思う!」
博盟の肩にぶつかり、腕を組む。何故か猛烈に嬉しくなって、彼を笑顔で見上げた。
「うーん。やっぱ俺、お前のこと大好き!」
「……っ!」
いつものノリで言ったんだけど、急に壁側に引き寄せられた。
「博盟?」
「ごめん、水継。我慢できそうにない」
驚いて固まる俺の顎を掴み、博盟はキスをしてきた。
が、学校……っ。
さすがにレッドカードを出したかったけど、博盟の力は強い。とても振りほどくことはできず、簡単に淫らな糸を引いてしまった。
「あ、ふぁ……博盟……」
「……無自覚なんだろうけど、あんま俺の理性を崩壊させないでくれ」
博盟も辛そうに、俺の肩にもたれる。
自覚あったら怖いって……。泣きそうになりながら彼の手を握る。
「笑っただけで刺激しちゃうなら、俺笑わない方が良いか?」
「それは駄目。常に笑ってて」
「めちゃくちゃだ……」
この矛盾ボーイをどうしたら良いのか。困り果てながら天井を仰ぐと、横から小気味よいシャッター音が鳴った。
( えっ? )
一気に血の気が引き、音がした方に振り返る。博盟も即座に身を引き、廊下を見た。
そこにいたのはひとりの少年だった。上履きが俺達と同じ青色だから、二年生だ。
何でいきなり写真なんて……大体いつから見てたんだ?
「やっほ〜。いきなりごめんね、叶本君と唐谷君だよね?」
「は……」
「俺、三組の友瀬。ついさっき永居先生から聞いたんだけど、写真部に入ってくれるんだって?」
ありがとーと笑い、彼は俺達に握手を求めてきた。が、彼の手を取ることなく、博盟はもう片方の彼のスマホを取り上げた。
「さっきの写真はどこだ?」
「わ! 待って待って! 悪用なんてしないから!」
友瀬のスマホには俺達が抱き合ってる写真がおさめられていたが、博盟のおかげで無事この世から葬ることができた。ホッと息をつき、友瀬に向き直る。
「あ、あのさ。さっきのは俺も博盟もちょっとふざけてただけで、変な意味はないからよろしく」
「ん? 隠さなくていいよ、付き合ってるんでしょ?」
「付き合ってない」
「“俺も”同じだから安心して。部室もすぐそこだから、ちゃんと紹介させてよ」
……。
まさかとは思ったが、友瀬は件の写真部だった。偶然とはいえ、お互い第一印象が最悪過ぎる。
早くも卒倒しそうになってると、案内された教室からもうひとり背の高い男子が出てきた。
「こっち、俺と同じ三組の霧山」
霧山と呼ばれた眼鏡の男子は俺と博盟が現れたことに驚いていたけど、状況を理解するのも速かった。すぐに自己紹介をして、優しく中に誘導してくれた。
「霧山です、はじめまして。……って言っても君達有名人だから、あまりはじめましてって感じしないけど」
「そうそう、人気のイケメン二人組だし」
霧山と友瀬は仲が良いみたいで、のほほんと笑っている。だが俺も博盟も、心中穏やかじゃなかった。
「友瀬だっけ。俺も水継も写真部に入ろうと思ってたけど、今は気が変わって考え中なんだ。……盗撮した本当の目的を訊かせてくれる?」
博盟はいつもの数倍低いトーンで告げた。普通に怖いけど、俺も同じ意見だから黙って見守る。
事情を知らない霧山が「と、盗撮?」と首を傾げると、友瀬は「二人が廊下で抱き合ってたから撮っちゃった」と答えた。
「馬鹿! 何考えてんだ!」
「ごめんってぇ。初めて仲間見つけたから嬉しくてさ」
仲間。何かさっきも似たようなこと言ってたぞ。
不思議に思ってると、友瀬は俺の肩に寄りかかって囁いた。
「そろそろ気付いただろ。俺と霧山、付き合ってるんだ」
「ふえ。君ら同性愛者なの?」
「うん」
軽。あまりに軽くて、むしろ羨ましい。
でも飄々としてる友瀬と反対に、霧山は気まずそうに額を押さえている。
その対比が何となく、彼らは本当にカップルなのだと思った。
「叶本君と、唐谷君。友瀬が馬鹿なことして、本当にごめん。こんなんじゃ信用できないだろうし、部活も無理して入らなくていいから……」
霧山は申し訳なさそうに俺と博盟に頭を下げた。彼は何も悪くないけど、しっかりしていて誠実な印象を受けた。
友瀬もまた、霧山を見て慌て始めた。
「わわ……いきなり写真なんか撮ってマジでごめん! 霧山が何でもするから許してもらえないかな」
「いや原因お前だって」
思わずツッコむと、博盟もため息をついて霧山に声を掛けた。
「悪用しようとしたわけじゃないならいいよ。部活も在籍だけするつもり。俺も、バレる場所で水継を抱いたから同罪だ」
そう言うと、友瀬は目を潤わせて博盟の手を握った。
「ありがと!! 叶本って顔だけじゃなくて、心も美しいんだな!」
んな。美しいって何だ。
高校生らしかぬ言葉遣いに顔を顰めるも、友瀬はまだ博盟の手をにぎにぎしている。
見ると霧山も怖い顔で友瀬を睨んでいた為、無理矢理間に入って彼の手を振り払った。
「オイ。近い」
「あはは、悪い悪い。大好きな叶本に勝手に触られたら妬いちゃうよなー。初々しくてかわいー」
「こ……このひと何なんですか? さっきから……」
「水継って動揺すると敬語になるよな」
友瀬が未知の人種過ぎて、博盟のツッコミも耳に入らない。高校生相手に大人げないが、この場で地団駄を踏みたい衝動に駆られた。
けど、友瀬はまた可笑しそうに肩を竦め、霧山を肘でつついた。
「心配すんなよ、唐谷。俺と霧山は、マジで互いのことしか見えてないから。浮気とかは絶対にしない。お前らのことも応援するし、何だって協力するよ」
浮気というワードが胸の奥に突き刺さる。しかし博盟の手前、冷静を装った。
「二人は本当に付き合ってんだ?」
「うん。そりゃもう、何十年も」
……は?
意味がわからず、友瀬の顔を見返す。冗談だろうけど、……一番に否定しそうな霧山が険しい顔で押し黙っている。
何だか胸がざわざわした。
息が浅くなって後ずさると、後ろから博盟に抱き寄せられた。
「よくわからないけど、熱いみたいで安心した。……それじゃ、お互い他言無用ってことでいいかな。霧山」
「う、うん。色々申し訳ない」
「警戒すんのは当然だよな〜。叶本も、唐谷を守ってて偉いよ」
「友瀬、お前はちょっと黙ってて」
霧山と友瀬は何だかんだ息が合ってて、口論はしても楽しそうだった。
初っ端色々あって警戒心マックスだったけど、俺と博盟を見つけて心から喜んでるように見える。……それがわかって、ちょっと親近感を覚えた。
( 何だろ…… )
彼らを見てると、昔の自分達を思い出す。
「入部届、これでいい?」
「うん。本当にありがとう!」
先生から渡されていた用紙を見せ、部長になる予定の霧山に手渡した。二人は嬉しそうに笑い、手を繋いだりじゃれ合ったりしている。癒やされる反面、何だか妙に冷静になった。
「こうも堂々とイチャつかれると複雑だよ。博盟のキスでピーピー騒いでた俺がアホみたい」
「初々しくて良いじゃんか」
良くない。口には出せないけど、俺だって経験あるし……!
一件落着で帰ろうとしたものの、どうしてもさっきの台詞が気になり、友瀬に近付いて耳打ちした。
「さっきのあれ、どういう意味?」
「何のこと?」
「何十年も付き合ってるって言っただろ」
こちらをからかってるだけかもしれない。
それでも確かめずにはいられない。頭に浮かんだひとつの仮説は、今の自分を完全に支配していた。
「教えてもいいけど、信じないと思うよ」
「信じる!! 嘘ついたら裸踊りでも何でもする!」
「あはは! 唐っちは面白いな〜」
謎のあだ名を呼びながら、友瀬は可笑しそうに涙を拭いた。いつの間にか博盟も傍に寄り、俺達の話に耳を傾けている。
……博盟の前で訊くのがやけに緊張するけど、仕方ない。
固唾を飲んで待っていると、友瀬はふぅと肩の力を抜いた。
「いいよ、教える。俺と霧山は、前世で恋人同士だったんだ」
「こ……っ」
彼の回答は予想通りだった。
普通なら信じられないと笑い飛ばす状況。……でも、俺も博盟もそんなことはできない。顔を見合わせ、口を噤んだ。
「あれ、反応うす。引いた?」
「い、いや。すごい偶然だなって」
「え? もしかして唐っちと叶本もそうなの?」
「あ。俺は違うけど……博盟も生まれ変わりをしてるんだ」
そう答えると、友瀬も霧山も驚き、立ち上がった。
「マジ? 偶然っていうか……それは奇跡だな」
「俺達以外にもいたんだね……!」
感動してる二人に、博盟はやや冷めた声音で呟く。
「そんな驚くことじゃない。言わないだけで、実際はたくさんいると思うよ」
博盟は俺のことを一瞥し、気怠そうに瞼を伏せた。
初めて同じ生まれ変わりを見つけたんだから、もっと喜んでもよさそうなのに。変なの。
「そうはゆーてもここで出会えたことを祝おうぜ! 改めてよろしくな!」
友瀬は飛び跳ねそうな勢いでバンザイし、何度目かのハイタッチを交わした。
今日顔合わせをする予定もなかったのに、急急急展開だ。彼らと別れ、嵐のような時間が過ぎ去る。無意識に気を張っていたみたいで、帰り道は汗が吹き出た。
「本当かどうかわからないけど、すごいなー。生まれ変わって、来世でも同じ学校に通って付き合ってるなんて!」
博盟がおとなしい分、俺の方が興奮していた。もし本当なら、とてつもない奇跡を目の当たりにしたことになる。自分もそうなのに、他者の生まれ変わりを聞く方が衝撃が強いから不思議だ。
博盟もわずかに笑い、乱れた俺の髪を整える。
「友瀬は怖いもの知らずな感じだな。暴走して、落ち着いた霧山がセーブしてる」
「うん。俺達みたい」
「お前は別に暴走してないだろ」
「いやいや。浮気してますから」
最寄り駅の手前、無人の橋を渡る。陽はすっかり落ちて、鮮やかなブルーアワーを描いていた。
「あの二人が出逢えたなら、博盟も絶対藤正さんと逢えるよ」
足を止め、前を行く博盟の背中を眺める。足音がやんだことで、彼も振り返った。
「博盟……俺さ、修学旅行行ったら、お前に伝えたいことあるんだ」
「なーに? 今でも良いぞ」
「や、今はちょっとぉ……」
心の準備ができてない。頬を掻いて俯くと、前から明るい笑い声が聞こえた。
「大丈夫だよ。いつまでも待つ」
優しく、どこまでも澄み渡る声。
背景の夕焼け空と同化した少年は、今まで見てきたものの中で一番綺麗だった。
俺の宝物。俺の世界。
車は横を通り過ぎているが、今日は羞恥心より寂しさが勝った。
「ありがと、博盟」
彼がこらしめたい相手は、こんなにも弱い。それを教えてあげたいけど。
「なぁ、引くこと言ってもいい?」
「何?」
「今めっちゃ抱き着きたい」
俺は世界で一番ズルい奴だから、今日も涙を堪える。
博盟は何も言わず、手を広げて微笑んだ。
小走りして彼に抱き着く。外でとんでもないことをしてるけど、博盟は強く強く抱き締めてくれた。
「水継。何度も言ってるけど、俺は幸せだよ」
彼が俯き、前髪が耳元にかかる。
「友瀬達と出会ったことは嬉しい。でも独りだと思ったことは一度もないんだ。生まれ変わってからは藤正が心の中にいたし、……今は抱き締められる距離にお前がいるから」
頬を撫で、博盟は嬉しそうに微笑んだ。
「今はもう、明るい未来しか見えない。……お前も同じだから大丈夫だよ。どう転んだって、幸せにしかなれないから」
