クーデレ転校生は今日も前世の恋人(俺)を捜してる



俺は生まれ変わりをしている。ちなみに、前世の恋人も。

「博盟、ひとつ訊きたいんだけどさ。前世の恋人が目の前に現れたら、すぐにわかるモンなの?」

でも再会の喜びを分かち合うのは保留中だ。
俺は博盟の前世の恋人(※俺)捜しの為、情報収集を始めた。授業の中休みに、彼の隣でスマホをいじる。

「あぁ。絶対、ひと目見たらわかる」
「そ、そう。なら良かった」

気付いてないやんけ!
何を根拠に言ってるのかわからないが、博盟の目は確信に満ちている。この場は一旦頷き、スマホのメモには「課題1」として書かせてもらった。
「同じ高校って可能性も充分あるからな。片っ端からクラス回ってこうぜ!」
「あぁ」
休み時間を使い、俺は博盟と学校中のクラスを覗いていった。イケメン転校生が顔を出したことで、どのクラスに行っても女子の甲高い声が聞こえた。
「何かやけに注目されるな」
「しょうがないよ。お前多分学校一イケメンだもん」
一年から三年の教室まで全て回り、博盟に振り返る。
彼を初めて見た者なら尚さら、興味が湧いて注目するはずだ。でも当の本人は自身の美貌を自覚してない。
「で、どう? ビビッとくる人いた?」
「いや。ただ、廊下から覗いてるだけだから……正直に言うとわからない」
博盟は額を押さえ、申し訳なさそうに告げた。
「わざわざ付き合ってもらったのにごめんな」
「全然っ。そんなすぐわかったら苦労しないって」
出会って一秒で気付いてる俺が言うのも微妙だけど、彼の肩を叩いて励ます。すると、博盟は困ったように笑った。
「お前、ほんと優しいな」
「っ!」
彼の指が頬にあたる。不覚にもドキッとして、身を引いてしまった。
「あ。悪い、触られるの嫌だよな」
「い、いや! 好き」
「え?」
「いや! 嫌……ではない。少なくとも」
やばい。心臓がバクバク鳴ってる。
冷静に振る舞おうとしたら変に姿勢正しくなるし。逆に怪しすぎる。
これ以上この話をしたらボロが出そうだから、再び廊下を歩き出した。けど、博盟はまだ訝しげにこちらを見てきた。
「水継ってモテるだろ?」
「え?」
さっきの話と続いてるのかわからないが、驚いて振り返る。博盟は真剣な表情で尋ねた。
「彼女いないのか?」
「いないよ」
「つくる気は?」
何だ、この話は。恐る恐る視線を上げる。喉になにか刺さってるような感覚がしたが、何とか息は吸えた。
「……ない。そういうの、よくわからないんだ」
言葉にした瞬間、指先が冷たくなった。
俺が欲しいものは目の前にある。でも手が届かない。
さすがにこれで話が終わるだろうと思ったけど、博盟は口元に手を添え、距離を詰めてきた。
「トラウマでもあるのか?」
「別に。ただ、……虚しい気がして。今から恋愛する気になれない」
「何言ってんだよ、まだ高校生なのに」
博盟は眉を下げて呟いた。俺も、彼と同じことを思ってる。十代なんてまだまだこれから。同級生に対しては同じことを言うだろう。
でも俺は人生二周目だし、今まさに好きな奴に恨まれ中なんだ。恋愛できる状況じゃない。
そう! 博盟に理由があるのに、彼にアドバイスされるのは心外である。
「良いぞ? 恋愛。まずは誰かに興味持ってみな。……いや」
また、指先が触れる。博盟は俺と肩をぶつけ、少し前屈みになった。
「お前の場合、素直に可愛がられることから始めるといいかも」
「な、何それ」
「今まで恋愛してこなかったんだろ? それじゃ、いきなり女子と遊ぶのはハードル高い。俺が練習台になるよ」
恋人捜しに協力してもらってるし、と彼は笑った。でもこっちは笑えない。
「どういうことだよ。お、男同士だろ」
「男同士の方が緊張しないだろ? こう見えて得意だから心配すんな」
そう言うと彼は俺の手を取り、前に引き寄せた。
「ちょ、博盟」
「ほら。行こ、水継」
制止も虚しく、博盟に手を引かれる。恥ずかしいから振りほどきたかったけど、堂々と前に進む彼に見蕩れてしまった。
「そうそう。手を繋ぐのは良い練習だよ」
「う……恥ずかしくないのかよ」
「全然。むしろ見てほしいぐらい」
どういうことだ。恋人いるくせに。
「恋人のこと恨んでるのに、何で俺には恋愛しろって言うの」
「それはそれ。お前のことが好きだから、恋愛してほしいんだよ。……お前には幸せになってほしいし」
さっきよりも強く、手をぎゅっと握られる。緊張して手汗がやばいから離れたいのに、全然逃がしてもらえない。
もう生殺しだ。この爆発しそうな鼓動まで伝わってしまったらどうしよう。

「水継」
「ん?」

教室に辿り着いたが、入る寸前、博盟は足を止めた。何かと思って振り返ると、不意に目元を撫でられる。
「俺もお前の力になりたい。だから遠慮しないで、何でも言って」
「え」
「生まれ変わりをひとに明かしたことはあるけど。協力したい、って言ってくれたのは、お前が初めてなんだ」
博盟は長駆を屈めるように俺の前に乗り出し、耳元で囁いた。
「だからちゃんと言わせてほしい。……ありがとう」
「……っ」
心臓が止まるかと思った。
こんなにも近くで誰かの顔を見るのは初めてだ。しかもそれが大好きな奴だから、ダブルでやばい。
全身が火照り、顔も熱くなった。
「顔赤いな。どうした?」
「な、何でもないよ」
何とか彼から距離を置き、汗を拭う。すると博盟は可笑しそうに肩を竦め、扉を開けた。
「どうでもいいけど、お前ってほんとわかりやすいな」
「え!」
嫌な汗が流れる。何かまずいことをしてしまったか。
「ななな何が?」
「見た目は遊び慣れそうだけど、実はピュアだろ。可愛いけど、ちょっと危ない」
ああ。良かった、勘づかれたわけじゃないようだ。
胸を撫で下ろし、二人で席へ向かう。鞄を置くと博盟は振り返り、不敵に笑った。
「悪い奴に攫われたら困るからな。お前に好きな奴ができるまでは、俺が守るよ」
体温が急上昇する。ただでさえ頭の中が熱でドロドロにとけてるのに、博盟は優し過ぎる笑顔で顔を近付けてきた。
「互いに、“今”は恋人いないからな。浮気には該当しない」
「そ、そう?」
「そう。お前が恋愛したいって思えるように協力する。だから前世の恋人を見つけるまで、俺に甘えればいい」
そう来たか。付き合いはしないけど、恋愛に関心がない俺のことが心配、と。
限りなくグレー。グレーゾーンの浮気だ。前で手を組み、熟考する。
もし、だ。俺ではなく、まったく別の男の子に同じ台詞を言ってたらどう思うか。
許せん。嫉妬で狂ってたに違いない。
「博盟。嫌いだろうが憎んでようが、お前には別れてない恋人がいるんだろ。彼を裏切るような真似は駄目! 絶対!」
「水継……」
博盟はハッとしたような表情を浮かべ、口を噤んだ。どこか焦ったようにも見えるが、すぐにいつもの真顔に戻り、徐に頷いた。
「悪い。お前の言う通りだ」
「いーえ。そういうことですから……引き続き前世の恋人を捜すぞ」
ふー、何とかかわした。っていうか、彼はかなりの頻度で俺を口説いてる気がする。
嬉しいのに腹立つ。前世の俺は、今世の俺に嫉妬してる。
博盟が納得して安心したのに、急に不安に襲われた。今の彼の中で、俺達の比重はどうなってるのか。一応前世の俺を……形はどうあれ一番想ってくれてるんだろうけど。それにしては、出会ったばっかの今の俺にかまいすぎてる。
まぁでも、元々気を許した相手には甘い奴だったっけ。
「博盟って、実はかなりのタラシだよな」
「そう?」
「そう! 可愛いとか守るとか、普通男に対して言わないから」
やや半ギレで返すと、彼はまた楽しそうに笑った。
「はは、悪い悪い。でも、俺も言ったことないよ。お前が初めて」
「な、何で俺には言うんだよ」
「ん〜。……確かに、何でだろうな」
博盟は口元に手を当て、不思議そうに首を傾げる。
油断ならんぞ、この無自覚タラシめ。
意外と笑うし。笑った顔は可愛いし。
困る。
照れ隠しからペットボトルのお茶を飲んでると、博盟はやたら近くに詰め寄り、俺の髪を手櫛で整えた。

「お前といると、何か胸の中があったかくなんだ。それでかな」
「……」

博盟は机に頬杖をつき、瞼を伏せる。
その間も、指は大切なものを愛でるように動いていた。
何で……恋人でもない奴に、こんな風に触れるんだ。
嬉しいと悔しいがせめぎ合う。

本当は告白したい。でも告白したら、恐ろしい報復が俺を待っている。
凄まじいジレンマだ。しかもこの葛藤を誰にも相談できない。
俺は博盟の味方だけど、俺の味方がいないな……く……っ。

スマホを自分の額にガンガン当てていると、クラスメイトの女子数人がやってきた。
「ねえ叶本君、軽音部興味ない? 体験入部は毎日やってるから、もしよかったら放課後とか」
「ありがと。でもバイトするかもしれなくて、考え中なんだ。ごめんね」
「そっかぁ……わかった、こっちこそごめんね」
女子の部活勧誘はひっきりなし。博盟は作り笑いも疲れてるようだった。
「軽音も悪くなさそうだけどなー」
「音楽は無理」
「でもお前歌上手い……」
じゃない。それは言っちゃいけないんだった。
「何? 歌?」
「いやいや、何でもない! 歌上手そーだなって思って!」
手をぶんぶん振り、慌てて話をスライドする。博盟は訝しげにこちらを見ていたけど、それ以上は突っ込んでこなかった。セーフ。
「ところでさ。博盟は食べ物何が好き?」
質問しといてなんだけど、俺はこの答えを知っている。彼が好きなのは魚や貝といった海鮮系、あと辛いものだ。
「寿司とか、辛いもの全般好きかな」
「へぇ。良いじゃん」
見よ。これが前世の力だ。
心の中だけ高らかに手を上げ、瞼を伏せた。
当然っちゃ当然だけど俺は彼のことを知り尽くしてる。雨が好き、嵐は嫌い。丼ものが好きだけど汁だくは嫌い。歌が上手くて、子どもが喜ぶような遊戯は下手。
特筆すべきは、恋人の俺が大好き! ってことだったんだけど、何故か今は恨まれてるので……あとはちょっと病弱だったことだけ思い出していた。
「俺、前は海なし県に住んでたから神奈川に来られて嬉しいよ。海が好きなんだ」
「そだな! 神奈川も良いとこだぞ。夏は海行って、遊園地や水族館に行って! あと回る寿司行こう!」
はにかむと、博盟もフッと目を細め、微笑んだ。
「絶対楽しいな。行こう」
「……っ」
彼が見せた不意打ちの笑顔に息を飲む。
まるで太陽のよう。眩しすぎて目と心臓が痛い。
( やっぱり最強なのは博盟の方だな )
彼が俺のことを覚えてないとしても。正体を明かすことができなくても。ずっとずっと一緒にいたい。
だって絶対好きになってしまう。離れるという選択肢は、どう頑張っても掴み取れそうになかった。
「あ、あのさ。前世の恋人のこと……怒ってるって言ってたけど、ほんとは好きなんだろ?」
迷いまくったものの、声を潜めて尋ねる。博盟は少し考え、窓の方を向いた。この問いに答える気はないみたいだ。
じゃあ質問の仕方を変えるか。
「前世の恋人以外と恋愛する気はないのか?」
彼の好意のベクトルがどこに向いてるのかわかれば、答えは明白だ。彼の心の中にあるのが、本当に怒りだけなのか。これだけは絶対に確かめないといけない。
博盟は、俺の目を見返し、肩を竦めた。
「しない。……確信してるんだ。誰と付き合っても、絶対また同じ奴を好きになる、って」
その言葉は、澄んだ泉のようだった。
そこにあるのが当たり前で、今まで気付いてすらいなかった、心を癒す源。
( 俺と全く同じこと思ってるとか…… )
それに驚いて、同時にすごく嬉しくて。何だかジタバタ暴れたい気分だった。
やっぱり想い合ってる。く、今すぐ抱き締めたい。
ほんとは好きでたまらないんだ。何で怒らせたのかわからないけど、俺は絶対的にお前の味方だ。って、大声で叫びたい。
「水継? 顔赤いぞ」
「お、お前がクサいこと言うからだよ。何か一々オッサンみたい」
「そりゃ悪かったな。なんせ人生二周目だし。……そっちの経験も、お前よりあるだろうから」
ファ─────!!
怒りと羞恥心で危うく爆発するところだった。
澄ましてるけど、お前の経験値イコール俺の経験値だぞ。わかってんのか。
あんなこともこんなことも、初体験は全部俺が関わってんだからな。お前が大人の階段のぼれたのも俺という恋人がいたからで!!
「それを忘れちゃいけない」
「何の話?」
心の中でぶちまけまくったらちょっと落ち着いた。晴れやかな気持ちで財布を持ち、立ち上がる。
「腹減ったし売店行こ!」
「何か情緒不安定なんだよな……」
博盟は眉を下げながら後をついてくる。その日は終始、彼の頭上にハテナが見えていた。