「はぁ。修学旅行ってほんとにあったのかな」
冷房の効かない放課後の部室で、友瀬が呟いた。その顔は虚無そのもので、覇気がない。
修学旅行から一週間が経ったが、未だに青春ロスに陥ってるみたいだ。仕方なしにチョコを取り出し、彼の口元に差し出した。
「そろそろ立ち直れって、友瀬。スマホのフォトアルバム見返してみ。お前の青春は確かに存在してるから」
「ほんと……? あ、ほんとだ。霧山の水着姿が入ってる! 唐っちが飛行機で爆睡してる写真も入ってる!」
「おまっまた性懲りもなく……! 消せ!」
「えー、卒アル作るときに先生に渡そうと思ったのに」
よからぬことを企んでるから、強引に奪って写真を消した。友瀬の盗撮癖は本当に困ったものだ。
修学旅行が恋しいのは俺も同じだけど、高校生活はまだまだ続く。名前だけの写真部も然り、博盟と霧山はこちらに目もくれず、のんびりウノの続きをしていた。
「やっぱさ、俺らはデジタルよりこういうアナログの遊びの方が良いよね、叶本」
「だな。ボタンひとつで消せる思い出とは違う」
何かめんどくさいオッサンみたいな会話をしてる。
対する友瀬は感性が現代っ子で、スマホが大好き。片時も手放さず、ヘッドホンをつけてゲームしている。この対比は地味に面白かった。
「あ。そういえば唐っちのスマホケース良いよね。叶本とお揃い?」
「ん? あぁ……」
スマホを渡すと、友瀬は興味津々で見つめた。
ひとつ良い点を上げるなら、彼らの前では公然と博盟とイチャつけること。
こそこそ触れ合ってはいるけど、やっぱり学校ではある程度節度を保たないといけない。でも友瀬と霧山はわりとオープンにベタベタしてるから、こっちも罪悪感が生まれずに済んだ。
「あ、そうだ。来週の休み空いてたら、皆でどっか行かない? 先生にも報告しないといけないし、ちょっとは撮影したいんだ」
霧山は思い出したように手を叩き、顔だけこちらに向けた。自然や歴史的建築物の写真を取りに行きたいという。
「へー、霧山はすごいな。写真部みたい」
「いや写真部だから……君達もね? とりあえずスマホでいいからよろしく。部費も使っていいって言われてるし」
「部費? 甘いもんとか買っていいの?」
「いや交通費……」
俺と友瀬の回答に、霧山は頭が痛そうに瞼を伏せた。博盟は終始可笑しそうに頬杖をついていた。
もちろん活動内容は大事だけど、このメンバーじゃただのデートになりそうだ。
( ……って、ここにいる全員思ってそう )
翌週の休み当日、四人で古都鎌倉に集合した。ここは神社や寺院が集まり、自然も残ってるため写真を撮るには絶好のスポット。ということはわかってるけど、俺と友瀬はさっそく食べ歩きできるエリアで色々買い込んだ。
「友瀬、何買った?」
「わらび餅と醤油せんべいと紫芋コロッケと抹茶ソフトクリーム」
俺に代わり、霧山がドン引きした表情で呟く。
「また熱いもんと一緒に手に持って。ソフトクリーム溶けるぞ」
「そうなんだよ、ちょっと下の方食べて」
友瀬が差し出したソフトクリームを、霧山が食べる。またしても朝からイチャイチャを見せられ、俺も博盟もスンとした。
「写真撮りに来たんじゃなかったっけ」
「あっ! ごめんごめん! 友瀬、お前のせいだぞ!」
「ごめんて」
彼らは恒例のやりとりをしてるけど、せっかくだから俺も焼きたてのみたらし団子を博盟の口に差し出した。
「はい、博盟」
「……ひとに見られちゃうけどいいのか?」
「もちろん」
修学旅行のときと同じ。学校の外では、俺も結構大胆になる。
でも皆自分のことにいっぱいいっぱいだし、言うほど周りを見てない。博盟もそう思ったのか、長駆を屈めてお団子を食べた。
「ありがと。美味い」
「あは」
やっぱデートだな。
有名な神社を回り、たくさん写真を撮った。友瀬達のカメラマンもしたけど、自分達からすれば納得のいくものがとれたと思う。
これからも、こういう一場面を残したい。スマホに写った皆を見て、顔を綻ばせた。
「博盟。今さらだけど、写真ってすごいよな。スマホもそうだけど。こんなの作れるなんて、人間てマジですごい」
「そうだな。空も飛べちゃうし、宇宙も行けちゃうし」
「うん。……この時代に生まれることができて、本当によかった」
こんな幸せな時代に、彼と生まれ変われてよかった。
神様に感謝し、彼の手を握る。博盟も微笑み、俺の頭を撫でた。
「頑張ったご褒美だよ。水継も、そろそろ受け入れちゃいな」
「ん〜。そーだなぁ……」
どうしても抵抗があったけど、もう諦めた方が良いのかもしれない。
「あ。俺ちょっと手洗ってきていい?」
さっきのみたらし団子のタレが垂れてしまっていたようで、袖が少し汚れてしまっていた。
「すぐ戻る」
「あぁ」
神社の境内の為、近くにお手洗いがあり助かった。袖を軽く洗い、再び外に出る。
参拝客は高齢夫婦や家族連れ。学校の行事で来てる学生達、カップルなどさまざまだった。
( あ )
ふと、友人同士には見えない青年二人組を見かけた。手を繋ぎ、笑いながら肩を寄せて歩いている。
楽しそうで、本当に、幸せそうだった。
「……」
まだまだ世間では珍かな関係で、公にするのは憚られる。
わかってるけど、胸の辺りが熱くなった。俺と博盟が願い続けた世界が、小さくとも存在していることに。
さすがに式は挙げられない。……昔はそう諦めていたけど、存外実現は難しくないのかも。
去っていく彼らを見守り、緑に包まれた石畳を歩く。途中に休憩できる庭と、大きな藤棚があった。
俺は花を愛でる柄じゃないけど、道直は花が結構好きだった。
俺達が生まれた島は鮮やかな花と蝶の楽園と言っても過言じゃなくて、花畑は常に傍にあった。体を動かすことが苦手な道直は、散歩がてらよく花を摘みに行っていた。
男のくせに、とか言う奴をこっそり懲らしめて、俺は花を見つめる道直に見惚れていた。
『道直って、暇さえあれば花見てるよな』
楽しい? と訊くと、彼はすぐに頷き返した。
『うん。可愛いけど、意外と強いだろ。お前みたい』
はあ。
俺が、というのは正直全然わからない。
どっちかって言うとお前だろ。という言葉を喉元で食い止め、花に囲まれた彼の隣にどかっと腰を下ろした。
雨や嵐にさらされても、次の年には美しく返り咲く。
強さと弱さ、世界の残酷と恩恵を知っている。それは俺にとって、彼以外の何ものでもなかった。
『藤正。いつか色んなところに旅しような』
『んー?』
『そんで、一緒に住もう。また海の近くでもいい。春には花がたくさん咲いて、皆が笑ってる場所に行こう』
そうかぁ……。
それが道直の望み。想像して、悪くないな、と瞼を伏せた。
叶うとしたら、それは何年後だろう。まだまだ相当かかりそうだけど、約束したい。
『そうだな。絶対、一緒に行く』
微笑むと彼は嬉しそうに、手作りの小さな花束を差し出した。
俺の幸せはここにある。どこへ行っても、彼が笑うたびに色づくんだ。
『大好きだよ、藤正』
初めての告白は、花畑の中。
あいつは覚えてるだろうか。情けなくも、嬉しくて泣いてしまった俺のことを。
「水継。やっと見つけた」
「お。博盟」
つい立ち尽くしてると、博盟がため息混じりにやってきた。
「お前が中々戻ってこないから、友瀬達が様子見て来いって。……どうかした?」
「別に。平和だなーって思って」
「何だそれ」
博盟は吹き出し、俺の前に設置された立派な藤棚を見上げた。
今はもう花が散り、つるだけが張っている。きっと来年にはまた、鮮やかな藤紫を見せてくれるのだろう。
博盟は手を伸ばしたが、つるには触れず、そのまま俺の頭に手を下ろした。
「来年は、一緒に藤を見に来よう」
「良いね」
短く返事し、再び歩き出す。涼しい風が吹き抜け、互いの髪を優しく揺らした。
左手に輝く指輪を見つめ、ぐっと背伸びする。
「俺達もとうとう、幸せになる番が巡ってきたってことかー」
「そういうこと!」
博盟が笑うと、つられて笑ってしまう。ポジティブは伝染するらしい。
辛いことがデフォルトになるとたまの幸せが怖くなるときがある。でも、それに慣れちゃいけないんだ。
前世があっても、来世がなくても、俺達はこの瞬間を楽しまないといけない。
愛しいひとを見つけてしまったら、もう後ろ向きにはなれないんだ。
「叶本達、これからデートするでしょ? 今日はここで解散しようか」
夕方になり、霧山は意味ありげな笑顔を浮かべて足を止めた。
「お前らもだろ?」
「あはは、バレた。というか今日一日そんなん感じだったけどねえ」
永居先生に申し訳ないと言いながら、霧山は照れくさそうに咳払いする。
「二人の邪魔しちゃいけないし。また月曜日、学校でね!」
「おう。唐っち、叶本、気をつけてな〜」
「ありがと。二人もね」
駅に向かう彼らに手を振り、息をつく。空は薄暗くなってきたけど、人集りが減る気配はない。橙の灯りが道標のように続き、辺りを囲っていく。
夜と夏の香りが風に運ばれる。
「今日のはデートの予行演習だな」
「うえっ」
突然肩を寄せられ、変な声を上げてしまう。見ると、博盟はホッとしながら口元を隠していた。
「これからはたくさん、恋人として出掛けられるんだ。って思ったら、途中からそのことで頭いっぱいだった」
「おま……」
りんごのように頬を赤く染める彼に、俺まで顔が熱くなる。
今まで無表情だったから気付かなかったけど、ほんとにクーデレだな。
「博盟、行きたいところある?」
「えー。あるけど、言ったら殴られそう」
「あぁ、じゃ言わんでいい」
どうせ卑猥な話だ。呆れながら彼の手を掴み、人の間を縫って歩き出す。
馬鹿言って、𠮟り合って、毎日笑い合う。そんな平凡な日をずっと夢見てきた。
「でも今日は疲れたし、とりま俺の家行くか」
「え、博盟の? やったー!」
嬉しくてバンザイすると、博盟は苦笑し、俺を引き寄せた。
平凡は、ありふれてるけどとても脆いんだ。一粒の砂と同じく、一度波に攫われると中々見つけられない。
だから、再び巡り逢えることは奇跡なのだ。
見つけてくれたのは、他でもない彼。
「さすがに急に泊まるのは無理だよな」
「平気」
「はやっ! 冗談で言ったのに」
偶然と必然を手繰り寄せてくれる彼は、どう頑張っても敵わない、最強の恋人。
「困ったな。……嬉しい」
「そりゃ良かった」
今頃気付いた俺も相当しょうもない。
ひとつの時代だけじゃわからないことがあるけど、だからこそ面白いのかもしれない。
地面を蹴り、堂々と博盟に抱き着く。彼は驚くことなく、俺を強く抱き締めた。
遠い昔に交わした言葉が蘇る。
認められなくても、祝福されなくても、自分を押し殺さないといけない時代は終わった。
「博盟、待たせてごめんな」
孤独な時間はこれから巻き戻す。泣いた数の何倍も笑わせてみせる。
「もう大丈夫だよ」
二度と離れないと誓い、強く抱き締め合う。笑顔なのに目元は少し光ってて、それがまた綺麗と思ってしまった。
彼の泣き顔も笑い顔も、世界で一番の宝物だ。
「水継」
「……博盟」
素直になるまで本当に時間がかかったけど、全てはひとつの想いに回帰する。
「愛してる」
ありふれてるけど、伝えられなかった告白。それは二人同時に重なった。
