「……っ」
唇が重なる。
ありがとうはこっちの台詞だ。
心の中だけ叫んで、彼に体重を預けた。
俺がどんだけ名前を呼びたかったか。ということを、彼も一字一句違わずに零した。
やっぱ一心同体過ぎる。
「うぅ……ひぐっ……逢いたかったぁ……道直……っ!」
「ははっ。よしよし」
長くて短い騙し合いが終わった。感情めちゃくちゃな俺が泣き止むまで、博盟はずっと頭を撫でてくれた。
俺はこの日を忘れない。
胸が張り裂けそうになった日は、夢も恋も叶った日。
世界で一番大切な人と、ようやく出逢えた日だから。
◇
「あ、この小瓶良いかも!」
海から上がり、お土産屋さんを回る。貝殻を入れるのにちょうどいいガラスの瓶を見つけたので、さっそく二つ購入して貝を入れた。
一方を博盟に渡すと、彼は微笑み、大事そうに鞄に仕舞った。
「宝物が増えた。ありがとな」
「えへへ」
これから先……俺達はまた、思いがけない壁とぶつかることがあるはずだ。
だから心揺れそうになった時は、この貝殻を見て思い出そう。彼と出逢えたことに比べれば、どんな困難もささいなもの。
彼と一緒なら絶対に乗り越えられる。
「ね、これからさ……二人きりのときも、博盟って呼んでいい?」
フェリーに乗り、ホテルに戻ってから、思いきって尋ねた。
道直の方が呼び慣れてるけど、見た目が違うから違和感がある。それに、やっぱり今世は今世の良さを味わいたい。どきどきしながら待ってると、博盟も笑顔で頷いた。
「もちろん。俺も、これからも水継って呼ぶよ。……その名前も好きだから」
「決まりだな。俺も、今のお前の名前大好き!」
手を繋ぎ、二人一緒にベットに倒れる。何も考えなくても、見つめ合ってるたけで胸がいっぱいになる。
勝手に笑いがこぼれてしまうほど楽しくて、懐かしい話をたくさんした。
「そうだ! 俺が正体バレたと思ったキッカケは友瀬だけど、元々修学旅行中に自白しようと思ってたんだ。それはマジで信じてほしい……!」
「信じるよ。何かこのところ難しい顔してたもんな」
博盟は頷き、俺の頬を優しくつまむ。
「俺も、多分そうじゃないかなって思ってた。だから尚さら、俺からはまだ告白しなくていいかなって」
「くっ……ズルい」
俺の寝言を聞いた後も平然と過ごして爆食いしてたわけだし。
でも、やっぱりお互い様か。頬を膨らますも、可笑しくて彼の胸に飛び込んだ。
互いに記憶が戻ってないと思い、他人のふりをした。
でも本当は最初から気付いていた。だからこそ、博盟も余裕たっぷりだったんだ。
俺はそうと知らず結構周りに妬いてたから恥ずかしい。やらかした時の記憶だけ都合よく消せたらいいのにナー……。
彼の胸に顔を押しつけて唸っていると、何故か左手を掴まれた。
「水継。実はプレゼントがあるから、機嫌直してほしいなぁ」
「プレゼント?」
前世でも今世で、別に誕生日じゃない。不思議に思って顔を上げると、銀色に輝く指輪を差し出された。
これって、まさか。
「本当はずっと、俺からプロポーズしたかったんだ」
「博盟……」
そこまで考えてくれていたなんて。驚きと、嬉しさでどう答えればいいかわからない。
博盟は以前出掛けた際に見ただけだからサイズは自信ないと謝ってきたけど、指輪は薬指にぴったりはまった。
「え。やば、綺麗。……ん? え、嬉しい」
「ふはっ。受け取ってくれる?」
「もちろん!!」
逆に、受け取らないなんて不可能。
「ありがとう、博盟」
「いいえ。……こちらこそ」
こちらこそ?
少し不思議だったが嬉しさのあまりプルプル震えていると、博盟も自分の左手に同じ指輪をはめ、こちらに翳した。
……。
静かに左手を上げ、その手を握る。指輪同士があたり、カチン、という甲高い音が鳴った。
「俺もしたかったのに、プロポーズ先越されちゃった」
「あははっ。まぁまぁ、良いじゃんか」
博盟は上体を起こし、寝ている俺の頬を撫でた。
夜が深まる。
旅行先で、尋常じゃない不良行為と思いながら、俺達は抱き合った。
シーツを痛いぐらい掴んでるとき、彼に貰った指輪が見えた。嬉しくいけど昔の気持ちが溢れて、涙が零れた。
「水継、大丈夫? 辛かったら言って」
「大丈夫。……そうじゃなくて……」
彼は何も知らないけど、“これ”は俺の最大の未練で、後悔そのものなんだ。
「……博盟。……指輪、渡せなくてごめん」
彼の手つきは優しい。安心感から段々と眠くなって、瞼を伏せる。
博盟は俺の言葉に触れず、額にキスを落とした。
「……水継。愛してる」
前世で、俺は博盟に贈るため指輪を買った。その帰り、航海中に嵐に巻き込まれた。
危険と判断して日を改めれば嵐も過ぎ去った。けど一日でも早く彼に渡したくて、島に戻ろうとしたんだ。
博盟は指輪のことを知らないから、俺が無謀な真似をしただけだと思ってるはずだ。
けど、意外にもそれについては深く突っ込まれなかった。生まれ変われたから結果オーライ、ということなのか何なのか……いずれにしても俺的には助かる。
「過去最高、濃くて短い三日だったなぁ。もっといたかった」
キャリーケースを引き、空港の中を移動する。もう帰るのかと思うと切ない。あと一週間は他の島にも行って思い出巡りをしたい。
ブルーな俺とは反対に、博盟は晴れ晴れとしていた。
「じゃ、また来よう。今度は二人きりで」
彼は周りに聞こえないよう、悪戯っぽく囁いた。
「二人なら好きなときに好きなところに行けるだろ?」
「……おぉ」
それは控えめに言って神。頷き、こっそり左手の指輪に触れる。
友人に勘繰られたら困るから、今は中指にはめている。博盟は指輪をチェーンに通し、ネックレスにしていた。
「俺は嬉しいよ、水継。どこに行ってもお前がいるから」
「お。……俺も」
「嬉しい?」
「嬉し……って、言わなくてもわかるだろ」
「言ってくれないとわかんないなぁ」
博盟はおどけて肩を揺らした。昔と比べて本当に明るく、よく笑うようになった。
恋人の変化がこんなにも愛おしく感じるなんて、これこそ生まれ変わりの特権じゃないだろうか。それか、単なる欲目か。どちらにしても喜ばしい。
「唐谷。ごめん、俺お前の一歩先に行ったわ」
博盟と肩を寄せてると、突如その間に織辺が割り込んできた。
一体なにかと思ったら、告白が成功しめでたく花川さんと付き合うことになったらしい。嬉し過ぎたのか逆に目がイッてしまっている。
「彼女といたいから、これからはあんまり一緒に遊べないかも。モテる男って罪深いよな……でもどうか許してくれ」
「あ、いつまでもどうぞ」
「何だよそれ! たまには遊んでくれよ!」
「情緒が不安定過ぎる」
織辺の理不尽なキレ方に引いてると、博盟は楽しそうに笑った。相変わらず他人事だと思ってそうだ。
ま、笑い事には違いない。
誰かと誰かが結ばれることは、嬉しいことだから。織辺には祝福の言葉を掛け、帰りの飛行機に乗り込んだ。
「そういや博盟、ずっと訊きたかったんだけど……俺に怒ってた理由って何?」
運良くシートは二人の列。博盟に窓際に座っていいと言われたから、こそっと彼の肩に寄りかかる。
彼は少し考えた後、俺の左手を握ってはにかんだ。
「内緒」
「なっ!」
理由がわからないせいで正体を隠す羽目になったのに、博盟は爽やかにコーヒーを飲んでいる。
「……安心しな。前も言った通り、自分に怒ってたようなもんだから」
「うぅ……それでも気になる」
「大丈夫大丈夫。……東京着いたら起こすから寝ていいぞ? 昨日もはしゃぎまくって寝不足だろ」
「く……」
彼の言う通り、昨日は彼と想いが通じ合った嬉しさから羽目を外してしまった。思い出したらめちゃくちゃ恥ずかしくて、顔を手で覆い項垂れる。
「人生二周目なら慣れるかと思ったけど、むしろ羞恥心強まってる。何でだろ」
「性格変わったからじゃないか? お前、昔はこんな分かりやすくわちゃわちゃする奴じゃなかったもん」
はぇー、そういうもんか。陽キャになって耐性ついたと思ったのに、それは自惚れだったか。
「今のお前はウブで、手が触れただけで顔真っ赤にしてキャーキャー言いそう」
「言うか!」
さすがにそこまで女々しくない。猛抗議したけど、肩を抱き寄せられ、言葉を封じられる。
「ほら。ゆっくりおやすみ」
「もう……っ」
周りの生徒達も疲れて寝てるからって、───またこんなところでキスして。
実はバレても良いとか思ってたらどうしよ。高校生活はまだ後一年あるから、何とか慎ましく過ごさないと。
……できるかなぁ。こいつ意外と独占欲強くて、大胆だから。
溺愛される覚悟をしてないといけない。瞼を伏せ、心地良い夢の中へ潜り込んだ。
「……怒ってないよ」
眠ってしまった恋人の前髪に触れ、誰にも聞こえない声で囁く。
博盟は目を細め、愛おしそうに額を寄せた。
「指輪。……用意してくれてありがと」
前世の恋人が何も言わず島の外に出掛けてしまった。その帰り、嵐に巻き込まれてしまった。
何もできなかった、自分に対する怒りと虚しさに打ちのめされていたとき……同じ船に乗っていた、唯一助かった女性が言っていた。
帰ったら恋人に指輪を渡すんだと話していた青年がいた、と。
若い青年がいなかったことに加えて、特徴からしても藤正に間違いなかった。
前世で叶えられなかったからこそ……俺は今世で彼を必ず見つけ出し、幸せにすると誓った。
もう絶対に失いたくない。この命にかけて、彼を守ると約束する。
一緒に生きよう。
今世も来世もその先も、世界で一番愛しいひと。
